38 / 63
ドワーフの魔術師と弟子
第7話 決闘
しおりを挟む
ヴィントシュティレ街に着いて、早二週間が経ちました。
私たちはヴィントシュティレ辺境伯の屋敷にいました。クロウに話があったのです。
単刀直入にセイランが要件を言います。
「クロウ様。明日、アタシたちは旅立つ」
「……そうか」
ナギの面倒はもう見ることはできません、と言外に言いました。
クロウは驚くことはなく、分かっていたように頷きました。食料などを買い込みましたから既に悟られていたのでしょう。
しばらく黙り込んだ彼は、深々と私たちに頭を下げました。
「最後に頼みがある。ナギと決闘をしてやってはくれないか。そしてナギを立ち直れないくらいに叩きのめしてほしい」
切実な願いでした。
「あの子はあなた方に随分懐いた。だからこそ、あなた方が厳しくしてくだされば諦めてくれるはずなんだ。もちろん子どもを傷つけるのが嫌なのはわかる。家の資産からは無理だが、僕の蓄えからでも五年は遊べるお金を出せる。どうか、頼む」
報酬をクロウが出すということは、ヴィントシュティレ辺境伯の意向ではなく、彼の個人的な依頼ということでしょう。
「何故、そこまで?」
「……あの子は昔ああではなかったのだ。怖がりで大人しく、それでいて好奇心が強く賢い。よく彼女と一緒に悪戯をして、叔父上たちに怒られていた普通の幸せな女の子だった」
ポツリと語りだしたクロウ。
「けれど今は違う。まるで彼女のように振舞い、血豆ができるほど短剣を振るって、脱水症状で倒れるほど走って、使い道のない魔術を夜中まで練習して、勝てもしない魔物に挑む」
修羅、という言葉が思い浮かびました。子どもには似合わない言葉です。
「あの子の気持ちも理解はできる。けれど、あれは災害だ。僕たちではどうしようもできない。諦めるしかないのだ」
グッと拳を握り、顔をあげます。
「父上はあの子の出生もあってどう接すればいいか戸惑っている。時間が解決してくれるだろうと楽観視している。だけど、このままだと遅い。あの子は近い内に、それこそあと一ヵ月もしないでこの領地から出て行ってしまう。私たちではそれを止められない」
クロウは深々と頭を下げました。
「だから、その前に頼む。あの子を諦めさせてやってくれ」
たった二週間ですが、それなりにナギの事を知りました。
だから、私はセイランをチラリと見やり。
「分かりました。決闘をしましょう。けれど、報酬はいりません」
頷きました。
Φ
決闘は翌日となりました。私たちはナギを決闘で負かし、そのまま旅立つのです。
クロウから話を聞いてから、ずっと黙っていたセイランが、小さく口を開きました。
「なぁ、グフウ」
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
何でもないわけないでしょう。まったく、遠慮して。
「そういえば、葉っぱは自然のありのままを受け入れろ、とかよく言っていますよね。なら私よりもクロウの言葉に賛成しているでしょうし、明日は貴方がナギの相手をしてください」
「……悪いが無理だ」
「でしょうね。貴方の辞書に手加減の文字がないですから」
「当り前だだろう」
「威張らないでください」
呆れます。
彼女は決して力任せに武器を振るっているわけではありません。技術はあるのです。そこらの戦士では敵わないほどの技術が。
なのに手加減ができないとか、どういうわけなのでしょう。
「そういう呪いだ」
「こないだもそんな事を言っていましたね。隠し事ですか」
「話す機会を逃していただけだ。重要は話でもないからな」
「なら雑談で話してください」
セイランはちょっと口下手な気がするのですよね。自己完結しすぎると言いますか。一人で生きてきた時間が多すぎる弊害でしょうか。
「まぁともかく、明日次第ですかね」
「……そうだな」
私たちは宿に戻りました。
そして翌日。
いつも通り日の出前に起き、日課を済ませ、旅支度を整え、ヴィントシュティレ辺境伯の屋敷に向かいます。
決闘場所は屋敷の訓練場です。
東に傾く太陽に燦々と照らされ、熱気を孕んだ風が通り抜けるそこでナギが待っていました。
周りにはクロウや騎士たち、使用人たちが集まって固唾を飲んでいました。
ナギはメイド服を着ていました。鎧などの防具は一切身に着けず、代わりにいくつものポーチを身に着けています。
また、短剣や杖、短弓など、その小さい体でも使える武器をなりふり構わず携えていました。
セミロングの黒髪を蝶々のバレッタで後ろにまとめた彼女は、闘志を燃やした黒の瞳を私たちに向けました。
「クロウ様から聞いたですわ! わたしが勝ったら弟子にしてくださるのですわよね!」
そうなのですか? とクロウを見やれば、頷きました。
なるほど。ナギのやる気を高めるために、そしてその後の落差を作るために勝手にそんな事を言ったのですね。
なら、都合がいい。
「ナギ、ルールは簡単です。砂時計の砂が落ち切るまでに、私に傷をつけるか、もしくはこの円の外に追い出せば貴方の勝ちです」
懐から取り出した砂時計を見せながら、杖で半径一メートルほどの円を描きました。
「他にルールはあるのですの?」
「ないです」
「分かったですわ。くっきりはっきりとグフウ様に傷をつけて弟子になるですわ!」
その心意気やよし。
「では、審判はセイランに――」
砂時計を放り投げながら、審判役を頼もうとして。
「シッ!!」
ナギがポーチから取り出したナイフを投擲してきました。奇襲です。慌てることなくナイフを杖で弾きます。
「せっかちさんですね」
「開始に関するルールはなかったですわ!」
「ごもっとも」
弾かれることは想定内だったのか、ナギは驚くことなく私の背後に回り、ナイフを三本投擲しながら短剣で私に切りかかってきます。
ナイフを全て杖で弾き、また短剣の攻撃を半身でかわします。
「まだですわ!」
子どもの小さな体格を生かした素早い動きに、少しばかり熟達した闘法の“身体強化”と短剣さばき。
齢八歳にしてはかなりの動きをします。
が。
「シッ」
「カハッ!?」
殺気を込めて杖を軽く横に振い、短剣と共にナギを吹き飛ばしました。短剣が転がります。
……子どもを杖で叩くのはあまりいい気分ではありませんが、必要なこと。心を鬼にします。
吹き飛ばされたナギは一瞬だけ恐怖に視線を落とし体を震わせましたが、けれどすぐに深呼吸をして立ち上がりました。
彼女は短弓を構えて矢を三本つがえてました。放ちます。
「ん?」
訓練不足なのか三本の矢は私の上空を通過し、けれど。
「〝爆ぜて煙を散らせ〟、ですわ!」
「自作の魔術具ですか」
詠唱によって矢に刻み込まれた術式が発動。爆散し、煙が私の周囲を満たします。
魔術で発生した煙のためちょっとの風では散らず、ずっとその場にとどまり続けます。
唐突に、足元に拳大の丸い道具が転がってきました。
「〝静寂に帳よ降りろ〟、ですわ!」
詠唱が聞こえると同時に、道具に込められていた魔力がうねり魔術が発動。周囲に音が聞こえなくなる結界が張られます。
込められた魔力からして、三分ほど続くでしょう。
ともかく、煙と結界で視覚と聴覚を封じられました。
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
魔力探知に反応がありました。〝魔弾〟が私に向かって飛んできたのです。狙いは正確です。
慌てず〝魔盾〟で防ぎます。
「……相変らず神出鬼没ですね」
気づいた時にはナギが背後にいました。煙の中で回収したのであろう短剣を振り下ろしてきます。
少しだけ目を見開きながらも、かわす動作はしません。
無音の結界のせいでカンッという音は鳴りませんでしたが、短剣は私が事前に張った〝魔盾〟に防がれました。
彼女はそれに一瞬驚くものの、すぐにその場から離れ煙の中に消えます。
魔力探知で反応を追いますが、すぐに見失いました。闘気探知も同様です。
「何度やっても同じですよ」
一撃離脱。ナギは短剣を振るい、煙の中に隠れるという事を何度も繰り返します。〝魔盾〟や杖で短剣の攻撃を全て防ぎます。
単調ですね……とぼんやりしていますと、ふと足元や周囲から魔力を感じました。
よくよく目を凝らしてみれば、私を中心に地面に魔術陣が刻まれていたのです。しかも、古い術式ではなく私が先日教えた術式の魔術陣です。
一撃離脱をしながら私に気づかれないように作ったのです。大したものです。
そして魔術陣は次の瞬間大きく輝きだし。
「これはちょっと不味いですね。〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
私を中心とした半径五メートルほどの〝魔弾〟が地面から上空に向かって放たれました。
足元から頭まで全身を覆うように球体状の〝魔盾〟を展開して、極太の〝魔弾〟を防ぎます。
数秒して〝魔弾〟が消え、煙が晴れました。また無音の結界も壊れました。
「あれ? 見当たりませんね」
周囲を見渡しても見えるのは、驚いたようにあんぐりと口を開くクロウや執事たち、あと少し沈痛な面持ちをしているセイランだけです。
ナギはどこでしょうか?
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!!」
「ッ!?」
本当に意識外でした。
いつの間にか上空から私の背後へと落下してきたナギは、先日教えたばかりの〝斉唱〟を使い、十のそれぞれの魔術陣から〝魔弾〟を同時に放ってきました。
この距離でもギリギリ〝魔盾〟の詠唱が間に合います。〝魔弾〟を防げます。
けれどそれをしてしまうと、落下するナギを受け止められません。頭から落下している彼女は、確実に大怪我をするでしょう。
セイランを睨みますが、彼女が動く様子がありません。
……本当に感心します。
最初の奇襲はもちろん、様々な手段を用いて相手を撹乱して攻撃する手管や、私の人柄を見抜いて自分すら人質にする狡猾さと胆力。
武器を扱う技術や闘法の練度はもちろん、学んだばかりの魔術の知識をものにする努力と機転。
そして何より、その隠密能力。
自慢ではありませんが、私の魔力探知の精度はとても高いです。特に半径二十メートル範囲内の精度はかなり高く、大抵の魔力隠蔽はすぐに見破れます。
人類ではよほどの存在でない限り、私の魔力探知を欺けないでしょう。
しかし、ナギは違いました。私が探知できない程、魔力や闘気を完璧に隠蔽していたのです。
それは天賦の才だけはまったく足りません。文字通り四六時中、血のにじむような隠蔽の修練を行ってやっと為せる神業です。
齢八歳の幼子がそう行える修練ではありません。その鍛えは称賛に値します。鍛治と技巧の神の子、ドワーフとして敬意を表しましょう。
けれど、だからこそ、彼女はここが限界なのです。
「〝二重唱〟」
私は声を二つに分け。
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
「〝風よ。優しき腕で抱きとめよ――風籃〟」
一つと二つ。別々の魔術陣を展開し、二つの詠唱を同時に行いました。
全方位に張った〝魔盾〟で十発の〝魔弾〟を全て防ぎ、〝風籃〟でナギの落下速度を殺しゆっくりと着地させました。
「え……」
「手加減は終わりです」
呆然とするナギに杖の先端を向けました。
唇を噛みしめ、痛む心に鍵をして、魔力を練り上げ口を開きます。
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「ッ! 〝魔の光よ。――」
それぞれ十の魔術陣から〝魔弾〟を連射しました。
ナギは慌てて魔術の詠唱を行いますが、間に合いません。
貫通性能をほぼ無にした〝魔弾〟が何度も、何度も、何度もっ。彼女の体を打ち、吹き飛ばし、地面に転がします。
「ま、まだ……」
「無駄です」
口が開けなくなるまで、私は〝魔弾〟を撃ち続けました。彼女をボロボロにしました。
そして地面に伏したナギを飛行魔術を応用して私の足元まで連れてきます。乱雑に落とし、頭に杖をのせました。
「貴方は強くなれない。竜殺しは不可能です。諦めなさい」
「……」
冷酷に言いました。優しさは捨てました。
ナギは言い返しません。そもそも意識はあるようですが、傷つき過ぎて口が開けないのでしょう。
ナギの悲惨さを見ていられないのか、辛そうに顔をしかめているセイランへと視線を移します。
彼女がもつ砂時計の砂は、あと数十秒もしないで落ち切ります。
だから、最後の一発。
二週間の思い出が憎しみに変わってもいい。その覚悟をもって。
「〝魔の光よ。翔りて――」
私が〝魔弾〟を放とうとしたその時。
「おねえ、さまみたいなっ……〝二重唱〟ッ!」
「ッ!」
ナギが顔をあげ。
「〝我が想いに舞い踊れ――夢蝶〟」
「〝煌めき舞え。月夜の光よ――光蝶〟」
三つと二つ。別々の魔術を同時に発動させ、煌々と輝く無数の蝶が舞い飛び、私の視界を覆い隠しました。
私たちはヴィントシュティレ辺境伯の屋敷にいました。クロウに話があったのです。
単刀直入にセイランが要件を言います。
「クロウ様。明日、アタシたちは旅立つ」
「……そうか」
ナギの面倒はもう見ることはできません、と言外に言いました。
クロウは驚くことはなく、分かっていたように頷きました。食料などを買い込みましたから既に悟られていたのでしょう。
しばらく黙り込んだ彼は、深々と私たちに頭を下げました。
「最後に頼みがある。ナギと決闘をしてやってはくれないか。そしてナギを立ち直れないくらいに叩きのめしてほしい」
切実な願いでした。
「あの子はあなた方に随分懐いた。だからこそ、あなた方が厳しくしてくだされば諦めてくれるはずなんだ。もちろん子どもを傷つけるのが嫌なのはわかる。家の資産からは無理だが、僕の蓄えからでも五年は遊べるお金を出せる。どうか、頼む」
報酬をクロウが出すということは、ヴィントシュティレ辺境伯の意向ではなく、彼の個人的な依頼ということでしょう。
「何故、そこまで?」
「……あの子は昔ああではなかったのだ。怖がりで大人しく、それでいて好奇心が強く賢い。よく彼女と一緒に悪戯をして、叔父上たちに怒られていた普通の幸せな女の子だった」
ポツリと語りだしたクロウ。
「けれど今は違う。まるで彼女のように振舞い、血豆ができるほど短剣を振るって、脱水症状で倒れるほど走って、使い道のない魔術を夜中まで練習して、勝てもしない魔物に挑む」
修羅、という言葉が思い浮かびました。子どもには似合わない言葉です。
「あの子の気持ちも理解はできる。けれど、あれは災害だ。僕たちではどうしようもできない。諦めるしかないのだ」
グッと拳を握り、顔をあげます。
「父上はあの子の出生もあってどう接すればいいか戸惑っている。時間が解決してくれるだろうと楽観視している。だけど、このままだと遅い。あの子は近い内に、それこそあと一ヵ月もしないでこの領地から出て行ってしまう。私たちではそれを止められない」
クロウは深々と頭を下げました。
「だから、その前に頼む。あの子を諦めさせてやってくれ」
たった二週間ですが、それなりにナギの事を知りました。
だから、私はセイランをチラリと見やり。
「分かりました。決闘をしましょう。けれど、報酬はいりません」
頷きました。
Φ
決闘は翌日となりました。私たちはナギを決闘で負かし、そのまま旅立つのです。
クロウから話を聞いてから、ずっと黙っていたセイランが、小さく口を開きました。
「なぁ、グフウ」
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
何でもないわけないでしょう。まったく、遠慮して。
「そういえば、葉っぱは自然のありのままを受け入れろ、とかよく言っていますよね。なら私よりもクロウの言葉に賛成しているでしょうし、明日は貴方がナギの相手をしてください」
「……悪いが無理だ」
「でしょうね。貴方の辞書に手加減の文字がないですから」
「当り前だだろう」
「威張らないでください」
呆れます。
彼女は決して力任せに武器を振るっているわけではありません。技術はあるのです。そこらの戦士では敵わないほどの技術が。
なのに手加減ができないとか、どういうわけなのでしょう。
「そういう呪いだ」
「こないだもそんな事を言っていましたね。隠し事ですか」
「話す機会を逃していただけだ。重要は話でもないからな」
「なら雑談で話してください」
セイランはちょっと口下手な気がするのですよね。自己完結しすぎると言いますか。一人で生きてきた時間が多すぎる弊害でしょうか。
「まぁともかく、明日次第ですかね」
「……そうだな」
私たちは宿に戻りました。
そして翌日。
いつも通り日の出前に起き、日課を済ませ、旅支度を整え、ヴィントシュティレ辺境伯の屋敷に向かいます。
決闘場所は屋敷の訓練場です。
東に傾く太陽に燦々と照らされ、熱気を孕んだ風が通り抜けるそこでナギが待っていました。
周りにはクロウや騎士たち、使用人たちが集まって固唾を飲んでいました。
ナギはメイド服を着ていました。鎧などの防具は一切身に着けず、代わりにいくつものポーチを身に着けています。
また、短剣や杖、短弓など、その小さい体でも使える武器をなりふり構わず携えていました。
セミロングの黒髪を蝶々のバレッタで後ろにまとめた彼女は、闘志を燃やした黒の瞳を私たちに向けました。
「クロウ様から聞いたですわ! わたしが勝ったら弟子にしてくださるのですわよね!」
そうなのですか? とクロウを見やれば、頷きました。
なるほど。ナギのやる気を高めるために、そしてその後の落差を作るために勝手にそんな事を言ったのですね。
なら、都合がいい。
「ナギ、ルールは簡単です。砂時計の砂が落ち切るまでに、私に傷をつけるか、もしくはこの円の外に追い出せば貴方の勝ちです」
懐から取り出した砂時計を見せながら、杖で半径一メートルほどの円を描きました。
「他にルールはあるのですの?」
「ないです」
「分かったですわ。くっきりはっきりとグフウ様に傷をつけて弟子になるですわ!」
その心意気やよし。
「では、審判はセイランに――」
砂時計を放り投げながら、審判役を頼もうとして。
「シッ!!」
ナギがポーチから取り出したナイフを投擲してきました。奇襲です。慌てることなくナイフを杖で弾きます。
「せっかちさんですね」
「開始に関するルールはなかったですわ!」
「ごもっとも」
弾かれることは想定内だったのか、ナギは驚くことなく私の背後に回り、ナイフを三本投擲しながら短剣で私に切りかかってきます。
ナイフを全て杖で弾き、また短剣の攻撃を半身でかわします。
「まだですわ!」
子どもの小さな体格を生かした素早い動きに、少しばかり熟達した闘法の“身体強化”と短剣さばき。
齢八歳にしてはかなりの動きをします。
が。
「シッ」
「カハッ!?」
殺気を込めて杖を軽く横に振い、短剣と共にナギを吹き飛ばしました。短剣が転がります。
……子どもを杖で叩くのはあまりいい気分ではありませんが、必要なこと。心を鬼にします。
吹き飛ばされたナギは一瞬だけ恐怖に視線を落とし体を震わせましたが、けれどすぐに深呼吸をして立ち上がりました。
彼女は短弓を構えて矢を三本つがえてました。放ちます。
「ん?」
訓練不足なのか三本の矢は私の上空を通過し、けれど。
「〝爆ぜて煙を散らせ〟、ですわ!」
「自作の魔術具ですか」
詠唱によって矢に刻み込まれた術式が発動。爆散し、煙が私の周囲を満たします。
魔術で発生した煙のためちょっとの風では散らず、ずっとその場にとどまり続けます。
唐突に、足元に拳大の丸い道具が転がってきました。
「〝静寂に帳よ降りろ〟、ですわ!」
詠唱が聞こえると同時に、道具に込められていた魔力がうねり魔術が発動。周囲に音が聞こえなくなる結界が張られます。
込められた魔力からして、三分ほど続くでしょう。
ともかく、煙と結界で視覚と聴覚を封じられました。
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
魔力探知に反応がありました。〝魔弾〟が私に向かって飛んできたのです。狙いは正確です。
慌てず〝魔盾〟で防ぎます。
「……相変らず神出鬼没ですね」
気づいた時にはナギが背後にいました。煙の中で回収したのであろう短剣を振り下ろしてきます。
少しだけ目を見開きながらも、かわす動作はしません。
無音の結界のせいでカンッという音は鳴りませんでしたが、短剣は私が事前に張った〝魔盾〟に防がれました。
彼女はそれに一瞬驚くものの、すぐにその場から離れ煙の中に消えます。
魔力探知で反応を追いますが、すぐに見失いました。闘気探知も同様です。
「何度やっても同じですよ」
一撃離脱。ナギは短剣を振るい、煙の中に隠れるという事を何度も繰り返します。〝魔盾〟や杖で短剣の攻撃を全て防ぎます。
単調ですね……とぼんやりしていますと、ふと足元や周囲から魔力を感じました。
よくよく目を凝らしてみれば、私を中心に地面に魔術陣が刻まれていたのです。しかも、古い術式ではなく私が先日教えた術式の魔術陣です。
一撃離脱をしながら私に気づかれないように作ったのです。大したものです。
そして魔術陣は次の瞬間大きく輝きだし。
「これはちょっと不味いですね。〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
私を中心とした半径五メートルほどの〝魔弾〟が地面から上空に向かって放たれました。
足元から頭まで全身を覆うように球体状の〝魔盾〟を展開して、極太の〝魔弾〟を防ぎます。
数秒して〝魔弾〟が消え、煙が晴れました。また無音の結界も壊れました。
「あれ? 見当たりませんね」
周囲を見渡しても見えるのは、驚いたようにあんぐりと口を開くクロウや執事たち、あと少し沈痛な面持ちをしているセイランだけです。
ナギはどこでしょうか?
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!!」
「ッ!?」
本当に意識外でした。
いつの間にか上空から私の背後へと落下してきたナギは、先日教えたばかりの〝斉唱〟を使い、十のそれぞれの魔術陣から〝魔弾〟を同時に放ってきました。
この距離でもギリギリ〝魔盾〟の詠唱が間に合います。〝魔弾〟を防げます。
けれどそれをしてしまうと、落下するナギを受け止められません。頭から落下している彼女は、確実に大怪我をするでしょう。
セイランを睨みますが、彼女が動く様子がありません。
……本当に感心します。
最初の奇襲はもちろん、様々な手段を用いて相手を撹乱して攻撃する手管や、私の人柄を見抜いて自分すら人質にする狡猾さと胆力。
武器を扱う技術や闘法の練度はもちろん、学んだばかりの魔術の知識をものにする努力と機転。
そして何より、その隠密能力。
自慢ではありませんが、私の魔力探知の精度はとても高いです。特に半径二十メートル範囲内の精度はかなり高く、大抵の魔力隠蔽はすぐに見破れます。
人類ではよほどの存在でない限り、私の魔力探知を欺けないでしょう。
しかし、ナギは違いました。私が探知できない程、魔力や闘気を完璧に隠蔽していたのです。
それは天賦の才だけはまったく足りません。文字通り四六時中、血のにじむような隠蔽の修練を行ってやっと為せる神業です。
齢八歳の幼子がそう行える修練ではありません。その鍛えは称賛に値します。鍛治と技巧の神の子、ドワーフとして敬意を表しましょう。
けれど、だからこそ、彼女はここが限界なのです。
「〝二重唱〟」
私は声を二つに分け。
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
「〝風よ。優しき腕で抱きとめよ――風籃〟」
一つと二つ。別々の魔術陣を展開し、二つの詠唱を同時に行いました。
全方位に張った〝魔盾〟で十発の〝魔弾〟を全て防ぎ、〝風籃〟でナギの落下速度を殺しゆっくりと着地させました。
「え……」
「手加減は終わりです」
呆然とするナギに杖の先端を向けました。
唇を噛みしめ、痛む心に鍵をして、魔力を練り上げ口を開きます。
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「ッ! 〝魔の光よ。――」
それぞれ十の魔術陣から〝魔弾〟を連射しました。
ナギは慌てて魔術の詠唱を行いますが、間に合いません。
貫通性能をほぼ無にした〝魔弾〟が何度も、何度も、何度もっ。彼女の体を打ち、吹き飛ばし、地面に転がします。
「ま、まだ……」
「無駄です」
口が開けなくなるまで、私は〝魔弾〟を撃ち続けました。彼女をボロボロにしました。
そして地面に伏したナギを飛行魔術を応用して私の足元まで連れてきます。乱雑に落とし、頭に杖をのせました。
「貴方は強くなれない。竜殺しは不可能です。諦めなさい」
「……」
冷酷に言いました。優しさは捨てました。
ナギは言い返しません。そもそも意識はあるようですが、傷つき過ぎて口が開けないのでしょう。
ナギの悲惨さを見ていられないのか、辛そうに顔をしかめているセイランへと視線を移します。
彼女がもつ砂時計の砂は、あと数十秒もしないで落ち切ります。
だから、最後の一発。
二週間の思い出が憎しみに変わってもいい。その覚悟をもって。
「〝魔の光よ。翔りて――」
私が〝魔弾〟を放とうとしたその時。
「おねえ、さまみたいなっ……〝二重唱〟ッ!」
「ッ!」
ナギが顔をあげ。
「〝我が想いに舞い踊れ――夢蝶〟」
「〝煌めき舞え。月夜の光よ――光蝶〟」
三つと二つ。別々の魔術を同時に発動させ、煌々と輝く無数の蝶が舞い飛び、私の視界を覆い隠しました。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。
▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ......
どうしようΣ( ̄□ ̄;)
とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!!
R指定は念のためです。
マイペースに更新していきます。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる