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ドワーフの魔術師と弟子
第6話 教える楽しさに師匠を想う
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ナギの面倒を見るようになって一週間近くが経ちました。
「うっひょーっ!」
「っ、び、びっくりした……」
その日は朝からナギと一緒に魔法店に行きました。
そしてセイランは情報屋から依頼した情報を受け取るとかでいません。
つまり口うるさい人がおらず、思う存分に魔法書を選べるのです。テンション爆上がりです。
「店主! これとこれとこれと……魔法書を全部ください!」
「……金はあるのか」
「ありますよ!」
魔法書二十冊を抱えた私は、魔法書の表紙を眺めていたナギの隣に移動します。
「欲しいのですか?」
「……いえ。手持無沙汰に手にとっただけですわ」
そのわりには随分と真剣な目で見ていた気もしますが。
私の疑問を他所に、ナギは近くにあった魔法具を手に取り、ジーっと見つめます。飽きたのか、無感情の黒の目を伏せて魔法具をもとあった場所に戻しました。
ふむ。どうやら魔法店にはあまりいたくなさそうですね。
「宿に帰りますか」
魔法店を出て宿に戻ります。宿屋の奥さんに言って、裏庭を貸してもらいました。
「グフウ様。何をするの……ですの?」
私は先ほど買った魔法書のある一冊を手に取り、彼女に見せました。
「……蝶々が光る魔法?」
「簡単な民間魔法の一つですね。魔法書は読めますか?」
「少し読めるですわ」
「なら一緒に読みましょう」
別にナギを弟子にするつもりはありません。
ただ、少しだけ魔法や魔術を教えてみたいと思っただけです。彼女にはその才能と積み重ねてきた努力が見て取れたので。
そして思った通りでした。
『少し』と言っていたにも関わらず、私が教えるまでもなく魔法書に書かれた言葉や内容をキチンと理解し、読んでいました。それも楽しそうに。本人は気が付いていないようでしたが。
魔法書を読み終えます。
「ナギ。私が蝶々を出しますので、魔法で光らせてみてください」
「……それは無理ですわ。わたしは魔法の才能がないですわ」
「そうですか。では、少し待っていてください」
辛そうに目を伏せた彼女の頭を優しく撫でて宿の自室に戻った私は、トランクを手に取って再び裏庭に行きます。
裏庭に戻ると、ナギが他の魔法書を読んでいました。私に気が付き慌てて魔法書を元の場所に戻します。
「読んでても構いませんよ」
「そ、そういうわけにもいかないですわ!」
トランクから紙とペンを取り出します。
「〝土は我が想いに応えその意思を示す――土操〟」
「っ、魔術」
四つの魔術陣を浮かべ土を操り、小さな机を作りました。
それに目を丸くしたナギは私の肩を掴み、言います。
「や、やっぱりグフウ様は魔術師なのっ!? 弟子にしてくださいですわ!」
「駄目です」
すぐに断ります。
「ですが、ちょっと魔術を教えてあげましょう」
私は紙にペンを走らせ、魔術陣を描いていきます。
「……何を書いているのですの?」
「蝶々が光る魔術の魔術陣です」
鶏や猫、オオサンショウウオを光らせる魔術を習得しているので、蝶々が光る魔法を魔術化するのは容易でした。
さらさらっと二枚の紙に魔術陣を書いていきます。
私の手元と魔術陣に食い入るような眼を注いでいたナギは、ふと首を傾げました。
「あれ、ここが違う」
「どこですか」
「ここの文字です。この魔術記号だと回路がショートして魔力が……え、この記号は何? これもこれも。本には載ってない記号や文字ばかり……というか、聖霊語以外も使われている?」
『ですわですわ』はどこへいったのか。ナギは素の口調で困惑した声をあげました。
私はその疑問を口にすることなく、ナギに尋ねます。
「本とは?」
「魔術の本……ですわ」
思い出したように『ですわ』を付け加えるナギ。気にせずナギにお願いします。
「その本の内容をできるだけ教えてください」
「わ、分かったですわ」
ナギは緊張した面持ちで本の内容を話してくださいました。
そしてそれを聞いて一番最初に出てきたのが。
「……遅れてる」
その一言でした。
ナギから教えてもらった本の内容は、魔術の基礎の基礎の基礎。つまり、魔術が誕生したその時の理論しか書かれていないようでした。
私が知っている魔術の理論と比べて遥かに遅れていました。
これでは魔術が半端魔法などと世間から罵られ認められていないのも納得です。
「それより、グフウ様! 何故、ここにこの魔術記号を使うのですかっ!? それにこの文字は聖霊語ではありませんよねっ?」
我慢できなかったのか、ナギは子どものように魔術陣を指さしては質問をまくしたててきます。
私はそれが妙に嬉しくて、トランクから他の魔法書や魔術具を取り出して、具体例を交えながら魔術について教えていきます。
すれば、ナギは頬を紅潮させて好奇心に黒の瞳を輝かせてさらに質問してくるのです。
「凄い凄い! グフウ様は魔術の天才ですわ!」
「いや~それほどでもありますかね」
実際、師匠からも魔法を魔術化するのが上手とよく褒められました。天才なのは間違いないしょう。
「み、認めるんですね。じゃあ、天才のグフウ様に質問ですわ! 同じ魔術を同時に複数展開する際――」
「それは〝斉唱〟で短縮できますよ。同じ魔術を同時発動する際に使う詠唱でして――」
……師匠もこんな気持ちだったのでしょうか。
目を輝かせて学び、何かを教えれば打てば響くように質問してくる。教えてくれる相手の事を慮ることもなく、その好奇心と向学心を満たそうとする子どものような無邪気さ。
けれど、それがとても嬉しく思ってしまう。
確認することはできないけれど今の私の気持ちと一緒だったらいいなぁ、とペンを必至に動かして紙にメモするナギを見ながら、そう思いました。
「ナギ。貴方は好きな魔法がありますか?」
「……それは」
楽しそうに学ぶナギを見て、ふとそんな質問をしてしまいました。ナギは少し虚を突かれたように目を見開き、少し逡巡したあと目を伏せながら答えました。
「……蝶々を出す魔法、ですわ」
「そうですか。なら、ちょうどいい。その魔術も教えてあげますよ」
私は蝶々を出す魔法が書かれた魔法書をトランクから引っ張り出し、ナギと一緒に解読しながら紙に魔術陣を書いていきました。
「おい、グフウ。帰ったぞ……」
数時間ほどしてセイランが帰ってきました。
紙や魔法書、魔術具を散らかしまくった私たちを見て黙り込みました。こめかみに青筋を浮かべます。
「……色々と言いたいことはあるが、おい、グフウ! この魔法書に見覚えがないぞっ! 他にも買っただろうっ? 今日何冊買った!? 何冊買ったのだっ!」
「か、買っていません! もとから持っていたものです!」
「嘘吐け! お前が持っている魔法書は全部把握してるのだからなっ!」
「え、気持ち悪」
いつ把握したのですか。勝手にトランクを漁ったのですか。
「そのトランクが壊れて中身が全部溢れたときに、一緒に片付けただろう! その時に覚えたのだ!」
なるほど。
「ともかく、何冊買ったのだっ!」
「ご、五冊――」
「セイラン師匠! 二十冊ですわ!」
「そうか二十冊か。よく教えてくれた、ナギ。ありがとう」
「ではその褒美に弟子にしてくださいですわ!」
「断る。っというか、いい加減土下座はやめろ」
土下座するナギを起き上がらせたセイランはギヌロと私を睨んできました。
「で? グフウ。どうして魔法書を二十冊も買ったか――」
「そ、それより、飛来果物と歩きキノコの名産地についての情報は集まったのですかっ?」
「……まぁな」
私が露骨に話を逸らしたのに顔をしかめながらも、セイランはちょっと嬉しそうに懐から紙の束を取り出して見せてきます。
「かなり金を払ったからな。一週間で確度の高い情報が集まった。特にキノコ系の魔物だけがでるダンジョンの情報があってな――」
この人、私の魔法書についてとやかく言えないと思うんですよね。キノコや果実のためにライゼ小金貨一枚使っていますし。
ナギがこそっと尋ねてきます。
「グフウ師匠、グフウ師匠」
「師匠がありませんが」
「セイラン様ってその、キノコが好きなのですの?」
「歩きキノコのフルコースが楽しみだ……」とうっとり語るセイランをチラリと一瞥します。
「好きですよ。特にキノコの生食が」
「生食……」
「エルフは大抵生食が好きです。あほみたいにこだわります」
「じゃあキノコも?」
「キノコは……好きな人もいる程度ではないですか? 果実と葉っぱは種族全体で好きですが」
「……変なの」
キノコのフルコースを妄想してジュルリとよだれを拭うセイランを微妙な眼差しで眺めるナギ。その視線に気が付いたセイランが耳を少し赤く染め、咳払いします。
「と、ともかく欲しい情報は集まった。あとはちょっとした裏どりをするだけだ」
「ふぅん。ところで、この紙には悪魔の侵攻状況や討伐依頼が出ている名持ち竜の情報も載っているのですが、もしかして戦うつもりですか?」
「当り前だろう。強いやつらばかりだからな。それに竜は呪いを解くためにもなるべく倒しておきたい」
「呪いなら教会で解いてもらいなさいよ」
「悪神関係ではないし、祝福だから解けん。いわゆる呪いだ」
「は?」
意味がわかりません。まぁいいや。
ともかく、悪魔と竜はなるべく倒していく方針なのですね。
旅の目的地が変わるわけではありませんし、多少の遠回りくらい全くもって問題ありません。仲間であるセイランの要望をかなえたい気持ちもありますし。
「では、最初は一番近くにいる焔禍竜エルドエルガーの討伐――」
紙の束をペラリとめくり、一番最初に倒す竜の名を口にした瞬間。
「グフウ様ッ! あいつは今どこにいるのですかッ!?」
鬼気迫る表情で、ナギが怒鳴り尋ねてきました。殺意や恐怖などが混じった複雑な、されど強い炎がその瞳に浮かんでいました。
私は驚き目を見開きました。セイランも私と同様驚いているようでしたが、それとは別に迷いのような表情を浮かべていました。
「あ、ごめんなさい。今のは忘れてくださいですわ」
ナギはハッと我に返り、頭を下げました。同時にゴーンッと鐘塔の鐘の音が響きました。
セイランがパンッと手を鳴らします。
「もう十三の鐘の時間だ。腹が減っただろう。お昼にしよう」
「じゃあ、私が――」
「いや、久しぶりにアタシが作ろう。ナギにエルフの手料理を食べさせてやりたいしな」
「いや、それは……」
「なんだ、その反応は」
いや不機嫌になっているところ悪いですが、貴方、料理をするたびに食材を空中に放り投げて包丁で切り刻むとかいう大道芸をするのですよ?
しかも、近くにいると斬撃が飛んでくるとかいう滅茶苦茶してきますし。
ナギが少し顔をしかめて首を傾げます。
「もしかしてキノコまみれの料理なのですの?」
「何故嫌そうな顔をする」
「……美味しくないですわ」
「いや、キノコは美味しいぞ!」
「美味しくないですわ! 不味いですわよ!」
ナギはキノコが嫌いなのですか。
「ッ! もう怒った。絶対に美味いキノコ料理を食わせてやるからな! 女将、厨房を貸してくれ!」
「貴方が厨房を使ったら、宿が壊れてしまいます! せめて外で作りなさい!」
顔を真っ赤にして宿に入ろうとするセイランを止めました。
「うっひょーっ!」
「っ、び、びっくりした……」
その日は朝からナギと一緒に魔法店に行きました。
そしてセイランは情報屋から依頼した情報を受け取るとかでいません。
つまり口うるさい人がおらず、思う存分に魔法書を選べるのです。テンション爆上がりです。
「店主! これとこれとこれと……魔法書を全部ください!」
「……金はあるのか」
「ありますよ!」
魔法書二十冊を抱えた私は、魔法書の表紙を眺めていたナギの隣に移動します。
「欲しいのですか?」
「……いえ。手持無沙汰に手にとっただけですわ」
そのわりには随分と真剣な目で見ていた気もしますが。
私の疑問を他所に、ナギは近くにあった魔法具を手に取り、ジーっと見つめます。飽きたのか、無感情の黒の目を伏せて魔法具をもとあった場所に戻しました。
ふむ。どうやら魔法店にはあまりいたくなさそうですね。
「宿に帰りますか」
魔法店を出て宿に戻ります。宿屋の奥さんに言って、裏庭を貸してもらいました。
「グフウ様。何をするの……ですの?」
私は先ほど買った魔法書のある一冊を手に取り、彼女に見せました。
「……蝶々が光る魔法?」
「簡単な民間魔法の一つですね。魔法書は読めますか?」
「少し読めるですわ」
「なら一緒に読みましょう」
別にナギを弟子にするつもりはありません。
ただ、少しだけ魔法や魔術を教えてみたいと思っただけです。彼女にはその才能と積み重ねてきた努力が見て取れたので。
そして思った通りでした。
『少し』と言っていたにも関わらず、私が教えるまでもなく魔法書に書かれた言葉や内容をキチンと理解し、読んでいました。それも楽しそうに。本人は気が付いていないようでしたが。
魔法書を読み終えます。
「ナギ。私が蝶々を出しますので、魔法で光らせてみてください」
「……それは無理ですわ。わたしは魔法の才能がないですわ」
「そうですか。では、少し待っていてください」
辛そうに目を伏せた彼女の頭を優しく撫でて宿の自室に戻った私は、トランクを手に取って再び裏庭に行きます。
裏庭に戻ると、ナギが他の魔法書を読んでいました。私に気が付き慌てて魔法書を元の場所に戻します。
「読んでても構いませんよ」
「そ、そういうわけにもいかないですわ!」
トランクから紙とペンを取り出します。
「〝土は我が想いに応えその意思を示す――土操〟」
「っ、魔術」
四つの魔術陣を浮かべ土を操り、小さな机を作りました。
それに目を丸くしたナギは私の肩を掴み、言います。
「や、やっぱりグフウ様は魔術師なのっ!? 弟子にしてくださいですわ!」
「駄目です」
すぐに断ります。
「ですが、ちょっと魔術を教えてあげましょう」
私は紙にペンを走らせ、魔術陣を描いていきます。
「……何を書いているのですの?」
「蝶々が光る魔術の魔術陣です」
鶏や猫、オオサンショウウオを光らせる魔術を習得しているので、蝶々が光る魔法を魔術化するのは容易でした。
さらさらっと二枚の紙に魔術陣を書いていきます。
私の手元と魔術陣に食い入るような眼を注いでいたナギは、ふと首を傾げました。
「あれ、ここが違う」
「どこですか」
「ここの文字です。この魔術記号だと回路がショートして魔力が……え、この記号は何? これもこれも。本には載ってない記号や文字ばかり……というか、聖霊語以外も使われている?」
『ですわですわ』はどこへいったのか。ナギは素の口調で困惑した声をあげました。
私はその疑問を口にすることなく、ナギに尋ねます。
「本とは?」
「魔術の本……ですわ」
思い出したように『ですわ』を付け加えるナギ。気にせずナギにお願いします。
「その本の内容をできるだけ教えてください」
「わ、分かったですわ」
ナギは緊張した面持ちで本の内容を話してくださいました。
そしてそれを聞いて一番最初に出てきたのが。
「……遅れてる」
その一言でした。
ナギから教えてもらった本の内容は、魔術の基礎の基礎の基礎。つまり、魔術が誕生したその時の理論しか書かれていないようでした。
私が知っている魔術の理論と比べて遥かに遅れていました。
これでは魔術が半端魔法などと世間から罵られ認められていないのも納得です。
「それより、グフウ様! 何故、ここにこの魔術記号を使うのですかっ!? それにこの文字は聖霊語ではありませんよねっ?」
我慢できなかったのか、ナギは子どものように魔術陣を指さしては質問をまくしたててきます。
私はそれが妙に嬉しくて、トランクから他の魔法書や魔術具を取り出して、具体例を交えながら魔術について教えていきます。
すれば、ナギは頬を紅潮させて好奇心に黒の瞳を輝かせてさらに質問してくるのです。
「凄い凄い! グフウ様は魔術の天才ですわ!」
「いや~それほどでもありますかね」
実際、師匠からも魔法を魔術化するのが上手とよく褒められました。天才なのは間違いないしょう。
「み、認めるんですね。じゃあ、天才のグフウ様に質問ですわ! 同じ魔術を同時に複数展開する際――」
「それは〝斉唱〟で短縮できますよ。同じ魔術を同時発動する際に使う詠唱でして――」
……師匠もこんな気持ちだったのでしょうか。
目を輝かせて学び、何かを教えれば打てば響くように質問してくる。教えてくれる相手の事を慮ることもなく、その好奇心と向学心を満たそうとする子どものような無邪気さ。
けれど、それがとても嬉しく思ってしまう。
確認することはできないけれど今の私の気持ちと一緒だったらいいなぁ、とペンを必至に動かして紙にメモするナギを見ながら、そう思いました。
「ナギ。貴方は好きな魔法がありますか?」
「……それは」
楽しそうに学ぶナギを見て、ふとそんな質問をしてしまいました。ナギは少し虚を突かれたように目を見開き、少し逡巡したあと目を伏せながら答えました。
「……蝶々を出す魔法、ですわ」
「そうですか。なら、ちょうどいい。その魔術も教えてあげますよ」
私は蝶々を出す魔法が書かれた魔法書をトランクから引っ張り出し、ナギと一緒に解読しながら紙に魔術陣を書いていきました。
「おい、グフウ。帰ったぞ……」
数時間ほどしてセイランが帰ってきました。
紙や魔法書、魔術具を散らかしまくった私たちを見て黙り込みました。こめかみに青筋を浮かべます。
「……色々と言いたいことはあるが、おい、グフウ! この魔法書に見覚えがないぞっ! 他にも買っただろうっ? 今日何冊買った!? 何冊買ったのだっ!」
「か、買っていません! もとから持っていたものです!」
「嘘吐け! お前が持っている魔法書は全部把握してるのだからなっ!」
「え、気持ち悪」
いつ把握したのですか。勝手にトランクを漁ったのですか。
「そのトランクが壊れて中身が全部溢れたときに、一緒に片付けただろう! その時に覚えたのだ!」
なるほど。
「ともかく、何冊買ったのだっ!」
「ご、五冊――」
「セイラン師匠! 二十冊ですわ!」
「そうか二十冊か。よく教えてくれた、ナギ。ありがとう」
「ではその褒美に弟子にしてくださいですわ!」
「断る。っというか、いい加減土下座はやめろ」
土下座するナギを起き上がらせたセイランはギヌロと私を睨んできました。
「で? グフウ。どうして魔法書を二十冊も買ったか――」
「そ、それより、飛来果物と歩きキノコの名産地についての情報は集まったのですかっ?」
「……まぁな」
私が露骨に話を逸らしたのに顔をしかめながらも、セイランはちょっと嬉しそうに懐から紙の束を取り出して見せてきます。
「かなり金を払ったからな。一週間で確度の高い情報が集まった。特にキノコ系の魔物だけがでるダンジョンの情報があってな――」
この人、私の魔法書についてとやかく言えないと思うんですよね。キノコや果実のためにライゼ小金貨一枚使っていますし。
ナギがこそっと尋ねてきます。
「グフウ師匠、グフウ師匠」
「師匠がありませんが」
「セイラン様ってその、キノコが好きなのですの?」
「歩きキノコのフルコースが楽しみだ……」とうっとり語るセイランをチラリと一瞥します。
「好きですよ。特にキノコの生食が」
「生食……」
「エルフは大抵生食が好きです。あほみたいにこだわります」
「じゃあキノコも?」
「キノコは……好きな人もいる程度ではないですか? 果実と葉っぱは種族全体で好きですが」
「……変なの」
キノコのフルコースを妄想してジュルリとよだれを拭うセイランを微妙な眼差しで眺めるナギ。その視線に気が付いたセイランが耳を少し赤く染め、咳払いします。
「と、ともかく欲しい情報は集まった。あとはちょっとした裏どりをするだけだ」
「ふぅん。ところで、この紙には悪魔の侵攻状況や討伐依頼が出ている名持ち竜の情報も載っているのですが、もしかして戦うつもりですか?」
「当り前だろう。強いやつらばかりだからな。それに竜は呪いを解くためにもなるべく倒しておきたい」
「呪いなら教会で解いてもらいなさいよ」
「悪神関係ではないし、祝福だから解けん。いわゆる呪いだ」
「は?」
意味がわかりません。まぁいいや。
ともかく、悪魔と竜はなるべく倒していく方針なのですね。
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「では、最初は一番近くにいる焔禍竜エルドエルガーの討伐――」
紙の束をペラリとめくり、一番最初に倒す竜の名を口にした瞬間。
「グフウ様ッ! あいつは今どこにいるのですかッ!?」
鬼気迫る表情で、ナギが怒鳴り尋ねてきました。殺意や恐怖などが混じった複雑な、されど強い炎がその瞳に浮かんでいました。
私は驚き目を見開きました。セイランも私と同様驚いているようでしたが、それとは別に迷いのような表情を浮かべていました。
「あ、ごめんなさい。今のは忘れてくださいですわ」
ナギはハッと我に返り、頭を下げました。同時にゴーンッと鐘塔の鐘の音が響きました。
セイランがパンッと手を鳴らします。
「もう十三の鐘の時間だ。腹が減っただろう。お昼にしよう」
「じゃあ、私が――」
「いや、久しぶりにアタシが作ろう。ナギにエルフの手料理を食べさせてやりたいしな」
「いや、それは……」
「なんだ、その反応は」
いや不機嫌になっているところ悪いですが、貴方、料理をするたびに食材を空中に放り投げて包丁で切り刻むとかいう大道芸をするのですよ?
しかも、近くにいると斬撃が飛んでくるとかいう滅茶苦茶してきますし。
ナギが少し顔をしかめて首を傾げます。
「もしかしてキノコまみれの料理なのですの?」
「何故嫌そうな顔をする」
「……美味しくないですわ」
「いや、キノコは美味しいぞ!」
「美味しくないですわ! 不味いですわよ!」
ナギはキノコが嫌いなのですか。
「ッ! もう怒った。絶対に美味いキノコ料理を食わせてやるからな! 女将、厨房を貸してくれ!」
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