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ドワーフの魔術師と弟子

第2話 尾行とスイーツ

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「バイバ~~イッ! バイバ~~イッ!」
「ええ、また会いましょう」
「じゃあな」

 ヒンベーレで、サナエたちと別れました。彼女たちはここから東に向かうらしいです。

「三日ほど滞在するか」
「そうですね」

 手続きを済ませて街に入った私たちは宿を取りました。廊下で別れ、それぞれの部屋に行きます。トランクを置きます。

「さて、聞き込みをしますか。日が高くて助かりました」

 夕方に街についていたら準備ができませんでしたからね。

 私は部屋を出ました。ちょうどセイランも隣の部屋から出てきました。

「なんだ、出掛けるのか?」
「……ええ、まぁ」
「ふぅん」

 私の反応にセイランが目をすがめます。

「アタシには来てほしくなさそうだな」
「個人的な買い物なの」
「……そうか。まぁ、いい。久しぶりにゆっくり読書でもしているさ」
「そう拗ねないでください。夕飯は一緒に食べましょう」
「当り前だ」

 唇を尖がらせたセイランは自室に戻りました。

 ふぅ、危ない危ない。計画が台無しになるところでした。

「では、気を取り直して調査に向かいますか」

 私は街へと繰り出しました。


 Φ


「そりゃあ、仲間といえどプライベートは大事だと思うぞ」

 ベッドの寝転がるセイラン。

「だけど、露骨にあんな顔をしなくてもいいだろう。だいたい、個人的な買い物ってなんなのだ。あいつが買うのなんて魔法書と酒しかないだろう」

 ため息を吐いたセイランは気を取りなすように巾着袋から本を取り出す。ベッドにうつ伏せになりながら、ペラリペラリとページをめくる。

「……ああ、もう集中できん! よし決めた! 尾行するぞ!」

 本を脇においてダッと勢いよく立ち上がり、そう決意した。

 仲間のプライベートを尾行するのはイケないことだと分かっている。しかし、個人的な買い物の内容が気になって読書に集中できないのだ。

「アタシをこんなに悩ますグフウが悪いのだ。というか、アイツが変な奴に騙されないように見張る必要があるのだ。うん、そうだ」

 そう早口で自己弁護したセイランは顎に手をあて真剣な表情で思案する。

「普通に尾行しては気づかれるな」

 自分の体を見下ろす。体からそれなりの量の魔力や闘気が放出されているのが感じ取れる。

 なので、集中して魔力や闘気を操作し放出を抑える。先ほどの放出量の千分の一ほどになる。ほとんど無だ。ここまで隠蔽できる者はそう多くない。

「少し疲れるが流石のグフウといえど、この魔力と闘気の放出なら探知はできないだろう。むしろ問題はアタシが宿にいないことだな」

 闘気探知はともかくとして、グフウの魔力探知の範囲はかなり広い。この街のどこにいてもセイランを探知することができる。

 それゆえに読書をする言ったセイランが宿にいないとなれば不審に思い、そしてグフウは魔力探知の精度を最大まであげてくるはず。

 そうしたら、隠蔽も見破られてしまう。

「確かあの魔法が使えるだろう」

 明確にイメージをして自然魔法で風を操り、人型の風の塊を作り出す。たっぷりと自分の魔力を注ぎ込み、人間のように魔力を放出させる。

「いくつかの誤認魔法もかけたし、これならグフウも風魔法のデコイをアタシと勘違いするな」

 むふーと満足そうに頷いたセイランは気配を消しながら、宿を出た。

「……これだな」

 エルフは狩人の天才だ。

 石畳の地面にすら残った僅かな足跡や、魔力や闘気の痕跡を容易に見つけることができる。

 自身の居場所がバレてしまう可能性のある魔力探知や闘気探知が使えない今、その能力はとても有用だ。

「相変わらずグフウの痕跡は分かりやすいな。魔力はともかく闘気の練度がまだまだ甘いな。こんなに大きな痕跡を残して」

 セイランは「なってないな」と呟きながら、グフウの闘気の痕跡を追って、街を歩く。

「見つけた」

 しばらくしてグフウを見つけた。物陰から僅かに顔を出して様子を伺う。

「……聞き込みをしているのか?」

 大通りでグフウは行き交う冒険者や街の人間に訊ねごとをしていた。

「雑音が多くて分からないな」

 耳をすますが、流石のエルフでも雑音にかき消されて具体的な会話の内容までは聞こえなかった。

「だが、お店を探しているのは分かったな」

 グフウがとある老人に頭を下げ、地図を手に移動する。一定距離を保ちつつ、尾行をした。

 迷ったのか何度か同じ道を行ったり来たりしていたグフウが、人通りの少ない裏路地へと入った。

 首をかしげて立ち止まったグフウはちょうど通りかかった人に尋ねる。

「あ、少しよろしいですか。ここらにスイーツのお店があると聞いたのですが」
「ああ、次の角を右にまがったところにあるよ」

 頭を下げ、グフウは言われた通りに次の角を右に曲がり、「ここですね」と呟いてお店に入った。

(アタシ抜きでスイーツなんてっ。どうして誘ってくれないのだ!)

 今頃美味しいスーツを食べているのだろうと思い、セイランはギリリッと顔を歪ませたが。

(あ、あれ?)

 数分も経たずにグフウが手ぶらで店から出てきた。流石に数分でスイーツを注文し食べることはできないため、セイランは困惑する。

 そしてグフウは再び大通りで聞き込みを行い、道に迷いながらもあるお店へと移動した。

 そのお店は料理店だった。キノコの看板が特徴的だ。キノコ料理専門なのだろう。

(スイーツはともかく、それは流石にズル過ぎるぞ!! 一人キノコパーティーなんてズルい!!)

 あまりの羨ましさにセイランは「明日一人で行くもん!」と、若干おかしな口調で小さく叫び、地団太を踏む。

 だが、ここでも不思議なことにグフウはお店に入って数分もせずに出てきたのだ。

「どういうことだ?」

 スイーツ店はともかくとして、キノコ料理店に長居しないなんてありえない。その店の料理を全て食べるまでは出ないのが普通だ。

 なのに、すぐに出てくるなんて……

 セイランは不審に思い眉をひそめるが、更に不審なことが起こる。

「アクセサリーショップだと?」

 グフウがアクセサリー店に足を踏み入れたのだ。

 ちらほらと羽振りのよさそうなカップルや女性が入っていくを見る限りグフウが入ったアクセサリーショップはそれなりに高級な店なのだろう。

(確かにアイツは髪やひげをよく結わえたりはしているが、アクセサリーにこだわりはなかったはずだ)

 「うむ~~?」と盛大に首を傾げて考え込むセイランだったが、ハッと我に返った。

「ヤバい。風のデコイの魔法がもうそろ切れる時間だ」

 デコイの魔法が切れてしまえば、宿にいないことがバレてしまう。セイランは慌てて宿に戻った。


 Φ


「……はぁ」

 手配を済ませた私は夕食前に宿に戻りました。小さなため息がもれます。

 部屋で髪とひげをもう一度整え、見栄えの良いローブに着替えて部屋を出ます。セイランの部屋の扉をノックします。

「……帰ってきたのか」

 セイランの顔が少し強張っていました。たぶん、私一人で街に繰り出したことに怒っているのでしょう。

「夕食に行きませんか?」
「分かった。少し待っていろ」

 しばらくしてセイランが出てきました。

 鎧を脱ぎ少しオシャレなパンツルック姿で、コブシモチーフのイヤリングと先ほどまでつけていなかった花モチーフの髪飾りを身に着けていました。

 宿を出ます。

「お店は私が決めていいですか?」
「え、ああ、いいぞ。……ちなみにどこなのだ?」
「ついてからのお楽しみです」

 少し迷いながら、目的の店にたどり着きました。そこはキノコ料理を主に出す料理店です。

「ここは……」

 セイランはピカピカと光るキノコの形をした魔法具アーティファクトの看板を見て、驚いています。

 お店に入り、店員さんに声をかけます。

「昼間予約したグフウですが」
「……グフウ様ですね。お待ちしておりました」

 奥の席に案内されました。呆然としているセイランに微笑みます。

「今日は私の奢りです。好きなだけ食べてください」
「ッ! ほ、本当に好きなだけいいのかっ!?」
「本当です」

 頷けば、セイランはキラキラと顔を輝かせました。メニュー表を見て、だらしなく頬を緩めながら、沢山のキノコ料理を注文します。

「いただきます」
「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受するっ」

 まるで待てから解放された犬のよう。セイランは目の前に並べられたキノコ料理に勢いよく手を伸ばします。

「もう少しゆっくり味わって食べたらどうですか」
「味わって食べているぞ!」

 リスのように頬を膨らせるセイランに呆れます。けれど、夢中になって美味しそうに料理を食べる姿に頬が緩んでしまうのも事実です。

 喜んでくれて本当によかったです。ホッと胸を撫でおろしました。とはいえ、まだまだ不安はあるのですが。

「ふぅ~。食った。本当に美味かった……」

 キノコ料理全品食べ終えたセイランは満足したように口を拭いました。

「ずいぶんと食べましたね……」

 会計を済ませ、お店を出ます。

「本当にいいのか? お前のおごりで。あんなに食べたのに……」
「いいと言ったではないですか」
「……そうか。ありがとう」
「どういたしまして。それより、この後、スイーツ店に行く予定なのですが、食べれますか?」

 大食漢だとは知ってしましたが、全品食べるとは思いもしませんでした。

 流石にあの量を食べたら、スイーツは――

「問題ない。スイーツは別腹だ」
「エルフの胃袋は一つだけですよ。ウシになるつもりですか?」
「女の子はスイーツを前にするとお腹がすくのだ。茶化すな」
「すみません」

 女の子の部分に少し疑問をもちますが、謝っておきま――

「グフウ?」
「ど、どうしました?」

 拳が私の頬をかすめました。思考を読まないでくださいよ。

「ここです」

 そして少し迷いながら、スイーツ店にたどり着きました。スイーツ店を見て、セイランが申し訳なさそうに顔を歪めます。

「……グフウ、その、色々と本当にすまない」
「え、何がですか?」
「いや、何でもない」

 どうしたのでしょう。やっぱり、お腹が一杯でスイーツは食べられないのでしょうか。

 けれど、予約してしまったのでお店に入ります。

 裏路地に入り口があるそのスイーツ店は、しかし周りよりもひと際高い建物でもあります。

 店に入り店員の案内で階段を昇れば、魔法具アーティファクトの灯に照らされた夜の街を一望できる大きなテラスが現れました。

「……綺麗だな。いい眺めだ」
「この街一番のお勧めスポットだそうです」

 この眺めを気に入ってもらえたようです。良かった。

 席に座りました。二人でメニュー表を眺めます。

「どれにしようか」
「そうですね。私は――」

 メニュー表をめくりながら悩む仕草を取りますが、ぶっちゃけもう決まっています。

 しかし、それを口にする前に。

「キャラメルアップルパイだろう?」
「……どうしてそれを?」
「どうしてって、お前の好物だろう? 一年近く一緒にいるのだ。お前が好きなスイーツくらいわかる」

 ……そうですか。

「その、ごめんなさい」
「ん? どうして謝るのだ」
「いや、私は貴方の具体的な好物をあまり知らなくて。キノコが好きなのは寝言で知ったのですが」
「……寝言で知ったのか。というか、アタシそんな事を寝言で……」

 エルフなので葉っぱや果実が好きなのは知っています。けど、具体的にどの葉っぱや果実が好きなのかは知りませんでした。それは他のものも同様です。

 懐からあるものを取り出し、セイランに渡しました。

「……これは」
「その、先日欲しがっていたでしょう。ぬいぐるみ」

 それはセイランを模した小さなぬいぐるみです。

 セイランは驚き、少し呆れたように、それでいて嬉しそうに頬を緩めました。

「……そういえば今日はアタシの誕生日だったか。よく知っていたな」
「パーティー申請をしたときに見ましたので」
「そうか。覚えてくれて、祝ってくれてありがとう」

 セイランは自分のスイーツを決め、私のと一緒に注文しました。ぬいぐるみを抱きしめ、頬を緩めます。

「グフウ。ぬいぐるみ、ずっと大事にする」
「……百年もすれば腐りますよ」
「それでも大事にするさ。仲間からの大切な贈り物だからな」

 その微笑みが眩しくて、夜空に浮かぶ九つの月のように綺麗で。

 本当に喜んでもらえたなんだなと安堵する一方、少し悔しい想いもあり、弱音を吐露してしまいます。

「……本当はイヤリングにしようかなとも思ったのです」
「そういえばアクセサリーショップに入っていたな」
「え?」
「あ、なんでもない。こっちの話だ。続けてくれ」

 私は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開きます。

「セイランのイヤリングって具体的な植物をモチーフとしたものばかりでしょう? けれど、私は、その貴方の好きな花を知らなくて迷ってしまい」
「それで単なる花モチーフのものにしようかと思ったが、それで誤魔化すのも嫌だと思ったのか」
「……えぇ、はい。それで先日から作っていたぬいぐるみを……」

 なんでしょう。自分で言って本当に恥ずかしくなります。っというか、言わなければよかった。

 顔を落とした視界にチラつく街の灯に小さな溜息を吐くと、それ以上の大きなため息が聞こえました。

「はぁ~~。グフウは本当にアホだな。そんな事を気にしていたのか」
「そんなことってなんですかっ」

 師匠の誕生日を祝ったことは何十回とありますが、友人の誕生日を祝うのはこれが初めてなのです。変わり者だったが故に故郷に誕生日を祝うような友はおらず、色々と不安だったのにっ。

 睨むように顔をあげれば、セイランが柔らかく微笑んでいました。その表情に息を飲んでしまいます。

「確かに好きな物をプレゼントされたら嬉しい。だが、お前が誕生日を祝ってくれたこと、プレゼントを贈ってくれたこと。そしてアタシのために悩んでくれたことがもっと嬉しいのだ」
「……そういうものですか?」
「そういうものだ」

 そういうものだそうです。心が軽くなりました。喜んでくださったのなら、それでいいのですね。

 私たちはスイーツを食べました。
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