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ドワーフの魔術師とエルフ

第29話 移植と過去話

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「綺麗ですね」

 カニの大群に襲われた翌日。

 へとへとになりながら、私たちは目的の場所にたどり着きました。

 そこには一面の黄色の絨毯が広がっていました。水平線の向こうまで、黄色い花が平原を埋め尽くしています。

「綿毛を見ない限りハッキリとは言えんが……ほぼ星屑タンポポで間違いないな。こんなところで群生しているとは。世界最大規模ではないか、これ」

 しゃがんだセイランが黄色い花の葉っぱとがくを見ました。

 そう。目の前に広がるのは星屑タンポポの花です。鮮やかなで可憐な黄色の花が風に撫でられてサァーと揺れます。

「確かなるべく咲き終わっているのが欲しいんでしたよね」
「ああ。閉じているやつでいいだろう。先端が黒くなっている」
「分かりました」

 メモリからの依頼は、星屑タンポポを植木鉢に移して持ち帰ることです。

 花が閉じた星屑タンポポを探します。

「見つからんな」
「全部一斉に咲いたのではないですか、これ」
「栽培でないかぎり、それはない。聞こえてくる花の音にかすかにだが異物も混ざっている。閉じているがあるのは確かだ」
「まぁ、貴方エルフがいうならそうなのでしょう」

 けれどあまり見つかりません。こう見つからないと、セイランよりも先に見つけたいという対抗心が生まれます。

 黙々と探すこと、十分ほど。

「セイラン! どうですかっ! 私が最初に見つけましたよ!!」
「植物でドワーフに負けた……だと。エルフのアタシが……」

 私が花が閉じた星屑タンポポを見せつければ、セイランは膝から泣き崩れ落ちます。

 十分くらい呆然していた彼女はようやく再起して、唇を尖がらせながら巾着袋から植木鉢を一つ取り出しました。

 その植木鉢は私が昨日作った魔法具アーティファクトであり、事前にセイランが配合した土が入っています。

 本当は魔術具として植木鉢を作りたかったのですが、技術的な理由に断念しました。悔しすぎる。泣きたい。

「移すのはアタシがやる。がさつなお前は触るなよ。繊細なんだから」
「脳筋の貴方には言われたくありません」
「あぁん?」

 ちょっと不機嫌なセイランは、他の星屑タンポポを踏まないように慎重にしゃがみます。

 そして花が閉じた星屑タンポポの周りの土を手でけていきます。

 根っこなどを傷つけないように繊細に土を除く慈愛に満ちたその姿は、流石エルフというべきでしょう。美しいです。

「ごめんな。少し我慢してくれ」

 赤子をあやすような優しい声音でそういった彼女は、両手で星屑タンポポの根鉢をすくいあげ、植木鉢に移植します。

 最後に植木鉢に魔力を注いで、付与してある魔法を媒介に星屑タンポポを保管する特殊な結界を張ります。

「……よし。まずは一つ目だな」
「じゃあもう一つも勝負ですよ」
「望むところだ。今度こそ、負けないぞ」

 私たちはもう一つ花が閉じた星屑タンポポを探し、植木鉢に移しました。

「ふふんっ!」
「クソッたれ!!」

 ちなみにまた私が勝ちました。ひげを撫でてドヤ顔すれば、セイランは地面をダンダンと叩いて悔し泣きしていました。いい気味です。

「あとは持ち帰るだけだな」
「それが一番大変なんですがね」

 星屑タンポポはとても繊細な植物です。限られた場所でしか咲かず、気温や土はもちろん、周囲の大気中の魔力の些細な変化で死んでしまうことが多々あるのです。

「植木鉢に付与した結界魔法で環境は調節していますけど」
「それでも四六時中見張る必要はあるな。植物には予期せぬことが多々起こるからな」
「エルフの貴方でも予期できないことがあるのですか?」
「お前らだってはがねの全てを把握できるわけではないだろう」
「確かに」

 ドワーフは鋼の音を聴くことができます。けれど僅かに不純物が混合しているだけで、同じような音がするのに、その特性が大きく変わってくる場合もあります。

 なので、一度鍛えて叩いてみないと分からない事も多々あるのです。

 私たちは一つずつ植木鉢を持ち、黄色い絨毯を背にして王都へと向かって歩き出しました。 


 Φ


 夜空の下を歩いていました。二日は寝ていません。

「……くー」
「こら、セイラン。起きてください」
「ふぐっ」

 歩きながら寝そうになっていたセイランの脇腹を肘でどつきます。彼女はハッと顔をあげました。

「……ありがとう、グフウ」
「どういたしまして。あと数時間の辛抱ですよ」
「……そうだな」

 星屑タンポポが植えた植木鉢をトランクや巾着袋にしまうことはできません。

 魔術具である前者や魔法具アーティファクトである後者は共に魔力で稼働していますので、その影響が星屑タンポポに出てしまうからです。

 つまり植木鉢は手で持ち帰らなくてはなりません。

 そこで問題になるのが魔物。襲われたら、逃げるか戦うかしなくてはいけませんが、激しく動くのは必至。

 星屑タンポポに余計なストレスを与えてしまい、死なせてしまう可能性があります。

 結局、魔物との遭遇する確率を減らすために、私たちは不眠不休で歩き平原を抜けようとしていたのでした。
 
「セイラン。殺気をお願いできますか」
「任せろ」

 魔力探知でこちらに近づく魔物を感知。セイランにその情報を渡します。すれば、彼女は闘気をうねらせ、魔物がいる方向へ放ちます。

「キュイッ!」

 遠くから魔物の悲鳴が聞こえました。魔力探知でこちらに近づく魔物が逃げるのが確認できました。

 こうやってセイランよりも格下の魔物を追い払っています。

「……ぐぅ」
「こら、セイラン」
「……ハッ」

 ぼけぼけエルフのセイランはすぐに寝そうになってしまいます。目がしょぼしょぼと細められていて、長い耳はしんなりとしています。

「……グフウ。何か話をしてくれないか。じゃないと寝そうだ」
「話って、急に言いますね……じゃあ夜話やわの定番、『ドワーフと枯れ葉男』――」
「エルフを馬鹿にする話じゃないか!」
「ほら、目が醒めた」

 キッと怒るセイラン。

「そういうのを求めていたわけではないのだ! ほら、こういう時アレだろうっ。過去話をするのが定番だろう!」
「どこの定番ですか。というか、普通に聞きたいことがあるんですよね?」
「……まぁ」
「なら、意地を張らずに聞いてくださいよ」

 セイランに隠し事をするつもりはありませんし。

「……じゃあ、二つ。お前はどうして魔術師になったのだ? それとどうして魔法具アーティファクトではない計測器を求めた?」
「ああ、メモリ殿との会話で」
「そうだ。両方ともドワーフからは縁遠い物だろう?」

 頭の中で過去を反芻はんすうします。

 ……セイランの過去も聞きましたしね。

「少し長くなりますよ」
「構わん」

 ゆっくりと口を開きました。


 Φ


 きっかけは四歳の時です。とあるヒューマンの国が国交を求めて使節団を送ってきたのです。

 その内の一人に彼はいました。ヒューマンの間ではかなり名が知れた鍛冶師だったそうです。

 その鍛冶師の名前はよく覚えていません。なんせ、幼い頃でしたから。ただ、『オー』から名前が始まっていたのは確かです。オー爺と呼んでいたので。

 それと、顔は覚えています。

 眼鏡をかけていたのですが、いつも眉間に皺がよっていました。でも、目元はとても柔和で、穏やかで優しいだとすぐに分かりました。

 オー爺と父とかなり親しくしており、よくうちの鍛冶場に顔を出していました。神聖な鍛冶場に招かれるほどでしたから、よほど仲がよかったのだと思います。

 当時の私は鍛冶に対してそこまで興味はありませんでした。普通のドワーフの子供並みです。

 それよりも外で走り、友達と遊んでいる事の方が楽しかった。

 でも、少し鍛冶に興味も湧いていたのです。

 ある日、姉さんたちと悪戯で鍛冶場を覗いたのですが、たまたまオー爺が剣を打っていたのです。

 その姿が私の心を打ちました。

 彼が鍛える鉄から聞こえる音。熱気。美しさ。魂。

 圧倒的でした。その場で倒れこんでしまうほど、強く激しい情熱があったのです。

 それから私はオー爺に懐きました。鍛冶について熱心に聞きました。

 彼は嫌がることなく、穏やかな表情で色々な事を教えてくださいました。

 その時に計測器の存在を知ったのです。

 彼は非魔法具アーティファクトの計測器の作成の仕事も請け負っていたらしく、いくつかの試作品を私に見せてくださいました。

 ご存じの通り、ドワーフは計測器を必要としません。

 目や耳、手の感触、つまり己の感覚で全てを見極めろ。己が感覚を鍛え上げろ。

 それが信条であるが故に、ドワーフの国には計測器は一切存在せず、とても珍しいものだったのです。

 子どもは珍しい物に心惹かれるものであり、私も例に漏れず珍しい計測器に興味をもちました。

 そんな私に彼は優しく計測器の使い方を教えてくださいました。父はその様子に少し顔をしかめましたが、いい経験になるだろうと許してくださいました。

 そんな折です。

 きっかけは忘れましたが、彼が自分の鍛冶場に案内してくれたのです。そこで私に短剣を打ってくださいました。

「どうだ?」
「凄いです!」

 やはり彼の鍛冶姿はとても情熱的でした。そして私が見たどんな剣よりも鉄の魂が輝いていました。

 もう興奮しぱなっしです。

 自分もそんな短剣が打ちたいという気持ちが逸り、父と彼に頼み込んで少し打たせて貰うことにしました。

 彼が作った短剣を、いや、それ以上を。無邪気に強い想いとイメージを抱きながら、魔力と共に一振り鎚を振り下ろしました。

 ええ、そうです。ドワーフなら誰でも使える鍛冶魔法を使ったのです。それを彼に見せたのです。

「オー爺! どうですか! 私もこんなのが打てるんですよ!」
「…………」

 彼は呆然としていました。それに気が付かず、私ははしゃぎました。

 彼が静かに尋ねてきました。

「……グフウ。どうやって……どうやってそれを叩いたのだ?」
「え? 普通にですよ? こうやって魔力と一緒にカンッて叩けばいいんです。鉄の音を聞けば、グワーっと簡単にできるんです」
「……鉄の音……だと?」
「うん。聞こえないんですか? 姉さんたちや友達も聞こえるんですけど。みんな音をきいて叩けばできますよ?」

 私が打った短剣の音はオー爺が打った短剣の音と比べて、熱も美しさも何もかもが足りませんでした。

 だから、自分ができることはオー爺は全部できると本気で思っていたのです。

 言い訳がましいですが、悪気はなかったのです。

 けれど、無邪気であったのは確かです。人を傷つける言葉を発したのは確かなのです。

「オー爺はできないんですか?」
「ッ!!」

 私はそう言いました。

 その時のオー爺の表情を今でも忘れていません。

 数秒間、耳が痛くなるほどの静寂の末、彼は私の手から短剣をひったくり自らが作った短剣に振り下ろしました。

 彼が作った短剣が貫かれました。真っ二つに折れました。

「帰ってくれ! 帰れ!!」
「え……」
「二度と俺の前に姿を見せるな!!」

 いつもの優しい声音はありませんでした。怒声だけです。

 怯えた私は家に戻りました。

 すぐに彼が追いかけてきて、謝罪をしてくださいました。何度も額を地面にこすりつけるほど深々と頭を下げていたのを、その背中がとても小さかったのを覚えています。

 そして居づらくなったのか、それとも使節団としての仕事を終えたのか、数日後に彼はドワーフの国から去りました。

 残ったのは、彼がおいていった測定器と、そして彼がなぜ怒ったのかという疑問でした。

 当時の私には彼が怒った理由が分からなかったのです。
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