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ドワーフの魔術師とエルフ
第22話 セイランの過去と旅立ち
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「アタシは臆病なんだ」
「知ってますよ」
雪が降ってきそうなほど冷たい風が吹き、そっと微笑む九つの月の光が街を照らします。
「昔は、そうじゃなかった。無鉄砲だった。エルフだったアタシは、だが戦士に憧れたのだ。大剣を担いで戦場を駆け、竜を討つ戦士に」
「ドワーフみたいですね」
「だろう? 弓や魔法の練習ではなく、大剣を振り回して闘法の練習をするアタシを皆は遠巻きに見ていた。強く否定されなかったが、受け入れもされなかった」
それで国を出たのですか。
「冒険者になった。闘法の才能もあったし、戦いの才能もあった。当然エルフの魔法の才も。驕るには十分だった」
セイランがジャンプします。そのまま魔法で風の足場を作って空を駆け、鐘塔の屋根に座ります。
私は十の魔術陣を浮かべ飛行魔術で移動し、セイランの隣に座りました。
「古竜だった。生ける伝説だった」
古竜は生態系の頂点に存在する生物です。基本的に人類では太刀打できません。相性次第では災害を引き起こすボルボルゼンすらも非捕食者にしてしまいます。
「それはもう、あっけなかった。散歩の途中にあった小石を蹴とばすように仲間の冒険者は吹き飛ばされた。アタシだけが運よく助かった」
グッと拳を握った彼女の表情は、私では読み解くことはできませんでした。
確かに無念や悔しさ、恐怖が混じっていました。けれど、興奮のようなものが混じっていて。
「眠れなかったのだ。ずっと上がった口角が下がらなかった。興奮がさめなったんだ! あれを倒したい! アタシが憧れた戦士は、古竜を討ち取る存在だと!」
彼女は強く、それでいて静かに叫びました。
「だから、アタシは強くなった。大剣だけでは足りない。あの分厚い鱗を叩き潰すために巨斧も握った。あらゆる武技を、音より速く疾駆する技術を身に着けた。生存本能を磨き、あらゆる危機を感知する術を、直感を鍛えた。魔法具も集めた」
淡々と話される言葉には、強い執念がこもっていました。
「つい、二年前だ。斃したのだ。これはその時の傷だ」
右目から右頬まで刻まれた一筋の傷に触れました。
「なのに、だけど、眠れなかったんだ」
自嘲するように微笑みます。
「古竜に出会った時からアタシは独りで戦うようになっていた。全身を隠す金属鎧を着るようになっていた。当時は気が付かなかった。古竜殺しなんて自殺行為、誰もついてこない。一人で戦うべきだ。それに、全身を鎧で隠すのも攻撃にリソースを費やし、防御の手間を少なくするためだ」
そう思い込んでいたのだ、と彼女は遠くを見て言いました。
「古竜を倒して、ようやく気が付いた。アタシは怖かったのだ。仲間を失うのも、自分が傷つくのも。だけど、こうも思った。独りは嫌だと」
心からの吐露に、私は茶々を入れることはできませんでした。そして、セイランは静かに言います。
「だから、お前がいいと思った。だって、よく眠れたからな」
「……それはっ」
セイランが懐から押し花のしおりを取り出しました。
その押し花は、彼女と初めて出会ったときにプレゼントした蒼夢花でした。大事にされているのが一目見て分かりました。
「鎧を着たまま、初めて寝坊できた。ぐっすりと眠れた。救われたのだ。改めて、本当にありがとう」
「……どういたしまして」
月光に照らされた彼女の笑みを直視できませんでした。
「お前はドワーフで、強くて、アタシと似てちょっとズレている。だから、仲間や友として、お前と共に旅をしたいのだ。喧嘩をすることもあるかもしれないが……それでも背中を預けあい、気兼ねなく笑いあいたい」
「……よくもまぁ、そんな恥ずかしい言葉を」
「気持ちは素直に口にしないと伝わらないからな」
「……まぁ、そうですが」
観念したようにため息を吐きます。
「明日、返事をします」
「……そうか。楽しみに待っているぞ」
自室に戻りました。
Φ
「起きてください、師匠。師匠!」
「あと、二時間……」
「もう、全くっ」
昔の私の日課は今と大して変わりません。
毎朝、師匠を起こすところから始まっていました。
ゴネる師匠を叩き起こし、白髪混じりの黒髪を手入れするのです。色々な髪型を試したりして、私が鍛えたアクセサリーで飾る。
それから朝食を一緒に食べて、魔術の修行や研究をして、昼寝をして、おやつを食べて、夜にはボードゲームやトランプをする。
時には、蜘蛛の魔物の巣を材料に作った服で師匠主催のファッションショーをしたり、狩った魔物を使ってあらゆる料理を作ったりもします。
ああ、本当に楽しかった。
失ってから初めて気がついたのです。
同じ時を生きることはできない。思い出だけでは、寂しいと。
……もしかしたら、この気持ちは逃げなのかもしれません。けれど、安心が欲しい。同じ時を預け合うことができる人がいれば、とドワーフなのにそう祈ってしまうのです。
覚醒という現実に落ちる最中、曖昧模糊な意識はそう想いました。
Φ
翌朝。
いつもは空が明るくなる前に起きる私が、珍しく日の出と共に起きました。寝ぼけた頭で顔を洗い、髪とひげを整え、耳を覆う黒魔鉄を磨きます。
厚めのシャツとズボンに着替え、神々と精霊に感謝を捧げます。
しばらくして、コンコンと玄関の扉がノックされました。
ローブを羽織り、玄関の扉をあけました。
「おはよう、グフウ」
「……」
セイランがいました。
正直、非常に驚きました。昨日の比ではありません。
自力でこんなに早く起きてきたのもですが、何よりもその格好。
「早朝にチュウテツに注文していた鎧を受け取りにいったのだ。どうだ? 似合っているか?」
「え、ええ」
それは以前の全身を覆う無骨な金属鎧とは全く違います。
動くやすさと軽さ、それにデザインを重視しているのでしょう。金属の鎧は必要最低限の部位だけを守っていました。他はスラリとした体に張り付くような金属の糸で編まれた服が守っています。
そこに、私が以前作った外套を羽織っているのです。
驚く私に彼女は言いました。
「言っただろう。お前に背中を預けたいと。だから、アタシの守りはお前に任せようと思ったのだ」
「……私と旅するとは限らないのですよ?」
「その時はその時だ。いい加減、過去のトラウマを克服する必要はあるだろう。闘法の機動力とエルフの魔法を生かすなら、重い鎧は邪魔になるしな」
セイランが咳払いしました。
「こ、こほん。それで返事なのだが……」
「今日はまだまだ始まったばかりなのですが。せっかちですね」
昨夜の約束からまだ半日も経っていません。
けれど。
「……次は王都に行きたいのですが、異論はないですよね?」
「ッ! ああ! 問題ない! アタシに旅の目的なんてないからな! 冒険をして強い魔物や竜と戦えればそれでいい!」
「戦闘狂ですね……」
そして数日後。
契約期間を終えたアパートを出た私たちは冒険者ギルドに向かいました。
「先日の書類の受理は終わりました。ギルドカードを提出してください」
ギルドカードを渡します。
受付嬢は箱型の魔法具にギルドカードを入れました。魔力が流れ一分ほど待ち、ギルドカードを取り出します。
「これでセイラン様とグフウ様のパーティー登録が終了しました。この日より、お二人は『エルドワ旅団』パーティーの所属となりました」
ギルドカードを受け取り、いくつかの説明を受け。
「では、冒険者として一層励んでください」
「ああ」
「……はい」
冒険者ギルドをあとにして、ヘルム都市の東側の門へと歩き出しました。ジト目でセイランを見やります。
「パーティー名、どうにかならなかったのですか? 『エルドワ旅団』って」
「アタシたちの特徴を十全に表してるじゃないか。エルフとドワーフだとすぐにわかる」
「それはともかく、二人なのに旅団ってなんですか?」
「そっちの方がカッコいい」
はぁ。登録してしまったの以上仕方ありません。
書類は一緒に確認をしたのですが、パーティー名の命名に関してはセイランに一任してしまったのです。確認しなかった私が悪いのです。
そして東門にたどり着き、手続きを済ませてヘルム都市を旅立とうとしたのですが。
「……グフウ。今日は諦めよう。流石に危険だ」
「……ですね」
急に吹雪が訪れました。
一ヵ月ほど吹雪は続きました。
「知ってますよ」
雪が降ってきそうなほど冷たい風が吹き、そっと微笑む九つの月の光が街を照らします。
「昔は、そうじゃなかった。無鉄砲だった。エルフだったアタシは、だが戦士に憧れたのだ。大剣を担いで戦場を駆け、竜を討つ戦士に」
「ドワーフみたいですね」
「だろう? 弓や魔法の練習ではなく、大剣を振り回して闘法の練習をするアタシを皆は遠巻きに見ていた。強く否定されなかったが、受け入れもされなかった」
それで国を出たのですか。
「冒険者になった。闘法の才能もあったし、戦いの才能もあった。当然エルフの魔法の才も。驕るには十分だった」
セイランがジャンプします。そのまま魔法で風の足場を作って空を駆け、鐘塔の屋根に座ります。
私は十の魔術陣を浮かべ飛行魔術で移動し、セイランの隣に座りました。
「古竜だった。生ける伝説だった」
古竜は生態系の頂点に存在する生物です。基本的に人類では太刀打できません。相性次第では災害を引き起こすボルボルゼンすらも非捕食者にしてしまいます。
「それはもう、あっけなかった。散歩の途中にあった小石を蹴とばすように仲間の冒険者は吹き飛ばされた。アタシだけが運よく助かった」
グッと拳を握った彼女の表情は、私では読み解くことはできませんでした。
確かに無念や悔しさ、恐怖が混じっていました。けれど、興奮のようなものが混じっていて。
「眠れなかったのだ。ずっと上がった口角が下がらなかった。興奮がさめなったんだ! あれを倒したい! アタシが憧れた戦士は、古竜を討ち取る存在だと!」
彼女は強く、それでいて静かに叫びました。
「だから、アタシは強くなった。大剣だけでは足りない。あの分厚い鱗を叩き潰すために巨斧も握った。あらゆる武技を、音より速く疾駆する技術を身に着けた。生存本能を磨き、あらゆる危機を感知する術を、直感を鍛えた。魔法具も集めた」
淡々と話される言葉には、強い執念がこもっていました。
「つい、二年前だ。斃したのだ。これはその時の傷だ」
右目から右頬まで刻まれた一筋の傷に触れました。
「なのに、だけど、眠れなかったんだ」
自嘲するように微笑みます。
「古竜に出会った時からアタシは独りで戦うようになっていた。全身を隠す金属鎧を着るようになっていた。当時は気が付かなかった。古竜殺しなんて自殺行為、誰もついてこない。一人で戦うべきだ。それに、全身を鎧で隠すのも攻撃にリソースを費やし、防御の手間を少なくするためだ」
そう思い込んでいたのだ、と彼女は遠くを見て言いました。
「古竜を倒して、ようやく気が付いた。アタシは怖かったのだ。仲間を失うのも、自分が傷つくのも。だけど、こうも思った。独りは嫌だと」
心からの吐露に、私は茶々を入れることはできませんでした。そして、セイランは静かに言います。
「だから、お前がいいと思った。だって、よく眠れたからな」
「……それはっ」
セイランが懐から押し花のしおりを取り出しました。
その押し花は、彼女と初めて出会ったときにプレゼントした蒼夢花でした。大事にされているのが一目見て分かりました。
「鎧を着たまま、初めて寝坊できた。ぐっすりと眠れた。救われたのだ。改めて、本当にありがとう」
「……どういたしまして」
月光に照らされた彼女の笑みを直視できませんでした。
「お前はドワーフで、強くて、アタシと似てちょっとズレている。だから、仲間や友として、お前と共に旅をしたいのだ。喧嘩をすることもあるかもしれないが……それでも背中を預けあい、気兼ねなく笑いあいたい」
「……よくもまぁ、そんな恥ずかしい言葉を」
「気持ちは素直に口にしないと伝わらないからな」
「……まぁ、そうですが」
観念したようにため息を吐きます。
「明日、返事をします」
「……そうか。楽しみに待っているぞ」
自室に戻りました。
Φ
「起きてください、師匠。師匠!」
「あと、二時間……」
「もう、全くっ」
昔の私の日課は今と大して変わりません。
毎朝、師匠を起こすところから始まっていました。
ゴネる師匠を叩き起こし、白髪混じりの黒髪を手入れするのです。色々な髪型を試したりして、私が鍛えたアクセサリーで飾る。
それから朝食を一緒に食べて、魔術の修行や研究をして、昼寝をして、おやつを食べて、夜にはボードゲームやトランプをする。
時には、蜘蛛の魔物の巣を材料に作った服で師匠主催のファッションショーをしたり、狩った魔物を使ってあらゆる料理を作ったりもします。
ああ、本当に楽しかった。
失ってから初めて気がついたのです。
同じ時を生きることはできない。思い出だけでは、寂しいと。
……もしかしたら、この気持ちは逃げなのかもしれません。けれど、安心が欲しい。同じ時を預け合うことができる人がいれば、とドワーフなのにそう祈ってしまうのです。
覚醒という現実に落ちる最中、曖昧模糊な意識はそう想いました。
Φ
翌朝。
いつもは空が明るくなる前に起きる私が、珍しく日の出と共に起きました。寝ぼけた頭で顔を洗い、髪とひげを整え、耳を覆う黒魔鉄を磨きます。
厚めのシャツとズボンに着替え、神々と精霊に感謝を捧げます。
しばらくして、コンコンと玄関の扉がノックされました。
ローブを羽織り、玄関の扉をあけました。
「おはよう、グフウ」
「……」
セイランがいました。
正直、非常に驚きました。昨日の比ではありません。
自力でこんなに早く起きてきたのもですが、何よりもその格好。
「早朝にチュウテツに注文していた鎧を受け取りにいったのだ。どうだ? 似合っているか?」
「え、ええ」
それは以前の全身を覆う無骨な金属鎧とは全く違います。
動くやすさと軽さ、それにデザインを重視しているのでしょう。金属の鎧は必要最低限の部位だけを守っていました。他はスラリとした体に張り付くような金属の糸で編まれた服が守っています。
そこに、私が以前作った外套を羽織っているのです。
驚く私に彼女は言いました。
「言っただろう。お前に背中を預けたいと。だから、アタシの守りはお前に任せようと思ったのだ」
「……私と旅するとは限らないのですよ?」
「その時はその時だ。いい加減、過去のトラウマを克服する必要はあるだろう。闘法の機動力とエルフの魔法を生かすなら、重い鎧は邪魔になるしな」
セイランが咳払いしました。
「こ、こほん。それで返事なのだが……」
「今日はまだまだ始まったばかりなのですが。せっかちですね」
昨夜の約束からまだ半日も経っていません。
けれど。
「……次は王都に行きたいのですが、異論はないですよね?」
「ッ! ああ! 問題ない! アタシに旅の目的なんてないからな! 冒険をして強い魔物や竜と戦えればそれでいい!」
「戦闘狂ですね……」
そして数日後。
契約期間を終えたアパートを出た私たちは冒険者ギルドに向かいました。
「先日の書類の受理は終わりました。ギルドカードを提出してください」
ギルドカードを渡します。
受付嬢は箱型の魔法具にギルドカードを入れました。魔力が流れ一分ほど待ち、ギルドカードを取り出します。
「これでセイラン様とグフウ様のパーティー登録が終了しました。この日より、お二人は『エルドワ旅団』パーティーの所属となりました」
ギルドカードを受け取り、いくつかの説明を受け。
「では、冒険者として一層励んでください」
「ああ」
「……はい」
冒険者ギルドをあとにして、ヘルム都市の東側の門へと歩き出しました。ジト目でセイランを見やります。
「パーティー名、どうにかならなかったのですか? 『エルドワ旅団』って」
「アタシたちの特徴を十全に表してるじゃないか。エルフとドワーフだとすぐにわかる」
「それはともかく、二人なのに旅団ってなんですか?」
「そっちの方がカッコいい」
はぁ。登録してしまったの以上仕方ありません。
書類は一緒に確認をしたのですが、パーティー名の命名に関してはセイランに一任してしまったのです。確認しなかった私が悪いのです。
そして東門にたどり着き、手続きを済ませてヘルム都市を旅立とうとしたのですが。
「……グフウ。今日は諦めよう。流石に危険だ」
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