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ドワーフの魔術師とエルフ
第21話 演劇を見る
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「「ありがとうございました!」」
あれから二ヵ月。ハリとイトは喧嘩をすることなく、幾度もの失敗と話し合いを重ね、二人での空中ブランコ技に成功しました。
もちろん、まだまだ荒い部分もありますが、それでも二人は喜び抱き合っていました。よかったです。
そして落下防止用のネットの魔法具が届いたため、私たちの依頼は終わりました。
「あ、そうだ。これをどうぞ」
ハリとイトに一冊の本を渡します。
「私が使っていた落下速度を落とす魔術、〝風籃〟が記されています。ネットがありますが、万が一のことも考えて習得しておいた方がいいと思います」
「でも、おれたち魔法の才能が……」
「魔術ですので問題ありません。修練が物を言いますから」
「頑張ってください」と言って、二人の頭を撫でます。
「では、またいつか」
「仲良くするのだぞ!」
私たちは夜明けのサーカス団をあとにしました。
「そういえば、もうすぐ三ヵ月が経ちますね」
「そ、そうだな」
近日にはヘルム都市を離れますよ、と言外に言えば、セイランは焦ったように頷き、話を逸らします。
「そ、そうだ。来週のアレ、準備できてるよなっ?」
「……ああ、はい。もちろん。そっちこそ準備はできているのですか? 手伝いませんからね?」
「大丈夫だ!」
本当でしょうか? まぁ、来週になれば分かる事です。
それから一週間が経ちました。その間はあまりセイランと関わることもありませんでした。毎食を共にしたくらいです。
そして、茜のヴェールが西の空を覆い、九つの月が反対側の空に昇り始めた頃。
「よし、これでいいですかね」
ある服屋で仕立てて頂いた礼服を着て、姿見で自分の姿を確認します。
白のシャツに黒のズボン、黒のロングコート。ドワーフの筋肉質でずんぐりむっくりの体型に合うように調整されています。小物はそこまで多くありません。
耳を覆う黒魔鉄を磨きあげ、髪はいつも通りに整え、ひげは少し結わえてオシャレにします。
杖に付与されている変化の魔法で指輪に変え、右手の人差し指にはめます。
もう一度姿見で自分の姿を確認したあと、部屋を出てアパートの前で待ちます。
「悪い。少し遅くなった」
「いえ、大丈夫ですよ……」
セイランが来ました。
「……似合っていますよ」
「なんだ、その間は」
スラリとしたスタイルのよい肢体とマッチした、黒を基調としたパンツドレス姿。中性的な容姿と右頬の傷も相まって、ヒューマンのおとぎ話に出てくる騎士のような凛々しさとカッコよさがありました。
しかし、それでいて長い耳から下がったフリージアモチーフのイヤリングとショートの金髪を彩る花モチーフの髪飾りが彼女の女性らしさを強調するのです。
驚き、言葉が出なかった。それが実情です。
しかし、それを口にするのが何故かとても悔しい気がして。
「いえ。一人でドレスを着られて偉いなと思っただけです」
つい、チクリと言ってしまいます。
「フンッ。減らず口め。見惚れていたなら見惚れていたと言えばいいものを」
「見惚れてませんよ! ドワーフがエルフに見惚れるわけないでしょう!」
驚いただけで、見惚れていたわけではありません。それは確かです!
「フン。どうだか。だが、アタシはお前をカッコいいと思うぞ? 似合っているじゃないか。馬子にも衣裳って感じだ」
「……褒めてませんよね、それ」
鐘塔の鐘の音が響き渡りました。
「そう余裕もない。行くか」
「はい」
馬車乗り場まで向かい、予約していた馬車に乗って貴族街に行きます。到着しました。
「お手をどうぞ」
「……感謝する」
先に馬車を降りて、セイランに手を差し出します。彼女は面白くなさそうに鼻を鳴らしながら礼を言い、手を取って馬車から降りました。
目の前には大きな建物が広がっています。神話に倣った立派な彫像がいくつも並び、装飾も荘厳で美しいです。名立たる芸術家と建築家が作り上げたものだとすぐに分かりました。
「……セイラン様とグフウ様ですね」
セイランが入り口のヒューマンに書簡を見せれば、案内人を呼ばれ中へと通されました。
まず、大階段が目に入ります。礼服を身に纏った貴族らしき人々の横を通り過ぎ、踊り場を経由して二階へと昇って行きます。
「あまり周りをジロジロ見るな」
「……分かっていますよ」
案内人に導かれるまま私たちも二階に上がり、様々な芸術品で彩られた大きな廊下を進みます。途中で三階に上がり、ボックス席に案内されました。
そこは馬蹄型の観客席と舞台が広がっていました。
そう、ここは劇場です。私たちは演劇を見に来たのです。
「……凄いですね」
荘厳な舞台と観客席を一望し、感嘆の声を漏らします。
「せっかく初めて演劇なのだ。いい物をいい場所で見た方がいいだろう」
「それは確かにそうなのですが、ここって私たちが来てもいい場所なのですか?」
「忘れているかもしれないが、アタシもお前もボルボルゼンを討伐した身。英雄だ。ちょっとコネクションを使えばどうってことない」
今回、劇場の手配から馬車の予約まで全てセイランが行ってくださいました。お金に関してもです。
私がしたことといえば、自分の服を用意したくらいです。ちょっと気が引けます。
「まぁ、あれだ。下心もある。だから、気にしないで楽しんでくれると嬉しい」
「そういうなら」
ニッと笑って言われれば、楽しむしかありません。ここで気が引けたままでいるのは彼女に無礼でしょうし。
お酒やスイーツなどを食べながら観劇できるということなので、キャラメルアップルパイとフルーツ系のウィスキーを頼みました。
『怨念と腐食の女神! 貴様の悪意、ここで打ち砕こう!!』
劇の内容は、有名な神話の一つ。悪神の一柱である怨念と腐食の女神を封印した、勇者と聖女の話でした。
『背中は任せたぞ、マリー!』
『前だけ見てなさい、ウィリアム!』
怨念と腐食の女神とその手下の絶大な悪意に恐怖しながらも、お互いへの信頼と誇りを胸に立ち向かうその勇姿。
演技だとは分かっています。
けれど、勇者役と聖女役の真に迫ったその表情と声音、仕草。それに実際に飛び交う魔法や恩寵法の数々、緊迫した剣戟の応酬。
心が震えないわけがありません。ドワーフはこういう物語に弱いのです。
結末を知っているのに思わず応援してしまいそうなほど、手に汗を握ってしまいます。
ふと隣を見やれば、セイランも同じように拳を握りしめていました。彼女もこの演劇に興奮しているのです。
『善なる神々よ、我が奉りし戦いと慈悲の神よ!』
『善なる神々よ、我が奉りし祈りと豊穣の女神さまよ!』
勇者と聖女が手を合わせます。
『『勇気に祝福を! この一撃に全てを!!』』
『があああああああ!!』
怨念と腐食の女神が封印されました。
幕引きです。
拍手喝采です。師匠がよく言っていた『すたんでぃんぐおべーしょん』です。
しばらく興奮はさめませんでした。
Φ
「今日は本当にありがとうございました。誕生日にいい思い出ができました」
「お前に喜んでもらえたなら、アタシも手配したかいが……ん? 誕生日だと?」
「ええ。今日は冬至なので」
「なんだとっ!? それを先に言え! そしたらプレゼントとか用意したのに」
「劇が最高のプレゼントになりましたから、気にしないでください。物凄く興奮しましたし、楽しかったですよ。ありがとうございます」
「……まぁ、お前がそういうなら」
私たちは馬車の中で、先ほどの劇について語り合いました。そして個人的に一番好きなシーンについての話になりました。
「やはりアレですね。怨念と腐食の女神が変身した腐海竜の逆鱗を突き刺したあのシーンが一番です。ドワーフとして最も興奮する瞬間です」
「確かに。あの一撃には心震えた。だが、アタシとしてはその前の勇者と聖女が背中合わせになるシーンが一番よかったな。今までの積み重ねが表れたあの信頼の言葉。あれにグッときた」
馬車が止まりました。アパートの前でした。
馬車を降りてアパートに戻ろうとし、その前にセイランが口を開きました。
「グフウ。少し、歩かないか?」
「……いいですよ」
気分がいいので、付き合うことにしました。
あれから二ヵ月。ハリとイトは喧嘩をすることなく、幾度もの失敗と話し合いを重ね、二人での空中ブランコ技に成功しました。
もちろん、まだまだ荒い部分もありますが、それでも二人は喜び抱き合っていました。よかったです。
そして落下防止用のネットの魔法具が届いたため、私たちの依頼は終わりました。
「あ、そうだ。これをどうぞ」
ハリとイトに一冊の本を渡します。
「私が使っていた落下速度を落とす魔術、〝風籃〟が記されています。ネットがありますが、万が一のことも考えて習得しておいた方がいいと思います」
「でも、おれたち魔法の才能が……」
「魔術ですので問題ありません。修練が物を言いますから」
「頑張ってください」と言って、二人の頭を撫でます。
「では、またいつか」
「仲良くするのだぞ!」
私たちは夜明けのサーカス団をあとにしました。
「そういえば、もうすぐ三ヵ月が経ちますね」
「そ、そうだな」
近日にはヘルム都市を離れますよ、と言外に言えば、セイランは焦ったように頷き、話を逸らします。
「そ、そうだ。来週のアレ、準備できてるよなっ?」
「……ああ、はい。もちろん。そっちこそ準備はできているのですか? 手伝いませんからね?」
「大丈夫だ!」
本当でしょうか? まぁ、来週になれば分かる事です。
それから一週間が経ちました。その間はあまりセイランと関わることもありませんでした。毎食を共にしたくらいです。
そして、茜のヴェールが西の空を覆い、九つの月が反対側の空に昇り始めた頃。
「よし、これでいいですかね」
ある服屋で仕立てて頂いた礼服を着て、姿見で自分の姿を確認します。
白のシャツに黒のズボン、黒のロングコート。ドワーフの筋肉質でずんぐりむっくりの体型に合うように調整されています。小物はそこまで多くありません。
耳を覆う黒魔鉄を磨きあげ、髪はいつも通りに整え、ひげは少し結わえてオシャレにします。
杖に付与されている変化の魔法で指輪に変え、右手の人差し指にはめます。
もう一度姿見で自分の姿を確認したあと、部屋を出てアパートの前で待ちます。
「悪い。少し遅くなった」
「いえ、大丈夫ですよ……」
セイランが来ました。
「……似合っていますよ」
「なんだ、その間は」
スラリとしたスタイルのよい肢体とマッチした、黒を基調としたパンツドレス姿。中性的な容姿と右頬の傷も相まって、ヒューマンのおとぎ話に出てくる騎士のような凛々しさとカッコよさがありました。
しかし、それでいて長い耳から下がったフリージアモチーフのイヤリングとショートの金髪を彩る花モチーフの髪飾りが彼女の女性らしさを強調するのです。
驚き、言葉が出なかった。それが実情です。
しかし、それを口にするのが何故かとても悔しい気がして。
「いえ。一人でドレスを着られて偉いなと思っただけです」
つい、チクリと言ってしまいます。
「フンッ。減らず口め。見惚れていたなら見惚れていたと言えばいいものを」
「見惚れてませんよ! ドワーフがエルフに見惚れるわけないでしょう!」
驚いただけで、見惚れていたわけではありません。それは確かです!
「フン。どうだか。だが、アタシはお前をカッコいいと思うぞ? 似合っているじゃないか。馬子にも衣裳って感じだ」
「……褒めてませんよね、それ」
鐘塔の鐘の音が響き渡りました。
「そう余裕もない。行くか」
「はい」
馬車乗り場まで向かい、予約していた馬車に乗って貴族街に行きます。到着しました。
「お手をどうぞ」
「……感謝する」
先に馬車を降りて、セイランに手を差し出します。彼女は面白くなさそうに鼻を鳴らしながら礼を言い、手を取って馬車から降りました。
目の前には大きな建物が広がっています。神話に倣った立派な彫像がいくつも並び、装飾も荘厳で美しいです。名立たる芸術家と建築家が作り上げたものだとすぐに分かりました。
「……セイラン様とグフウ様ですね」
セイランが入り口のヒューマンに書簡を見せれば、案内人を呼ばれ中へと通されました。
まず、大階段が目に入ります。礼服を身に纏った貴族らしき人々の横を通り過ぎ、踊り場を経由して二階へと昇って行きます。
「あまり周りをジロジロ見るな」
「……分かっていますよ」
案内人に導かれるまま私たちも二階に上がり、様々な芸術品で彩られた大きな廊下を進みます。途中で三階に上がり、ボックス席に案内されました。
そこは馬蹄型の観客席と舞台が広がっていました。
そう、ここは劇場です。私たちは演劇を見に来たのです。
「……凄いですね」
荘厳な舞台と観客席を一望し、感嘆の声を漏らします。
「せっかく初めて演劇なのだ。いい物をいい場所で見た方がいいだろう」
「それは確かにそうなのですが、ここって私たちが来てもいい場所なのですか?」
「忘れているかもしれないが、アタシもお前もボルボルゼンを討伐した身。英雄だ。ちょっとコネクションを使えばどうってことない」
今回、劇場の手配から馬車の予約まで全てセイランが行ってくださいました。お金に関してもです。
私がしたことといえば、自分の服を用意したくらいです。ちょっと気が引けます。
「まぁ、あれだ。下心もある。だから、気にしないで楽しんでくれると嬉しい」
「そういうなら」
ニッと笑って言われれば、楽しむしかありません。ここで気が引けたままでいるのは彼女に無礼でしょうし。
お酒やスイーツなどを食べながら観劇できるということなので、キャラメルアップルパイとフルーツ系のウィスキーを頼みました。
『怨念と腐食の女神! 貴様の悪意、ここで打ち砕こう!!』
劇の内容は、有名な神話の一つ。悪神の一柱である怨念と腐食の女神を封印した、勇者と聖女の話でした。
『背中は任せたぞ、マリー!』
『前だけ見てなさい、ウィリアム!』
怨念と腐食の女神とその手下の絶大な悪意に恐怖しながらも、お互いへの信頼と誇りを胸に立ち向かうその勇姿。
演技だとは分かっています。
けれど、勇者役と聖女役の真に迫ったその表情と声音、仕草。それに実際に飛び交う魔法や恩寵法の数々、緊迫した剣戟の応酬。
心が震えないわけがありません。ドワーフはこういう物語に弱いのです。
結末を知っているのに思わず応援してしまいそうなほど、手に汗を握ってしまいます。
ふと隣を見やれば、セイランも同じように拳を握りしめていました。彼女もこの演劇に興奮しているのです。
『善なる神々よ、我が奉りし戦いと慈悲の神よ!』
『善なる神々よ、我が奉りし祈りと豊穣の女神さまよ!』
勇者と聖女が手を合わせます。
『『勇気に祝福を! この一撃に全てを!!』』
『があああああああ!!』
怨念と腐食の女神が封印されました。
幕引きです。
拍手喝采です。師匠がよく言っていた『すたんでぃんぐおべーしょん』です。
しばらく興奮はさめませんでした。
Φ
「今日は本当にありがとうございました。誕生日にいい思い出ができました」
「お前に喜んでもらえたなら、アタシも手配したかいが……ん? 誕生日だと?」
「ええ。今日は冬至なので」
「なんだとっ!? それを先に言え! そしたらプレゼントとか用意したのに」
「劇が最高のプレゼントになりましたから、気にしないでください。物凄く興奮しましたし、楽しかったですよ。ありがとうございます」
「……まぁ、お前がそういうなら」
私たちは馬車の中で、先ほどの劇について語り合いました。そして個人的に一番好きなシーンについての話になりました。
「やはりアレですね。怨念と腐食の女神が変身した腐海竜の逆鱗を突き刺したあのシーンが一番です。ドワーフとして最も興奮する瞬間です」
「確かに。あの一撃には心震えた。だが、アタシとしてはその前の勇者と聖女が背中合わせになるシーンが一番よかったな。今までの積み重ねが表れたあの信頼の言葉。あれにグッときた」
馬車が止まりました。アパートの前でした。
馬車を降りてアパートに戻ろうとし、その前にセイランが口を開きました。
「グフウ。少し、歩かないか?」
「……いいですよ」
気分がいいので、付き合うことにしました。
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