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ドワーフの魔術師とエルフ

第17話 オンオフが極端

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「アタシの服はどこだ?」
「知りませんよ」
「何故だ。昨日、頼むぞと言っただろう?」
「服を用意しろって言いたいのですかっ」

 なんなのですか、この人。寝ぐせは酷いし眠たそうに大きな欠伸をして、普段の凛々しい様子はどこにいったのですか。

「お前が鎧を脱げと言ったのだろう」
「なんの関係があるのですか?」
「鎧はアタシのだ。着てないとダメになる。朝起きられない」

 なんですか、それ。 

「ともかく、お前が言い出した事だ。責任とって世話しろ」
「嫌です。自分で着替えてください。貴方の母親ではありませんよ」
「じゃあ、今日は寝る」
「ああ、もうっ。服はどこにあるのですかっ?」
「ん、そこ」

 寝室の隅に放り投げられている巾着袋から、白Tシャツと黒のズボンを取り出しました。

「はい、着替えてください」
「ん、感謝する」

 私は寝室を出ました。

「困った人です」

 深い溜息を吐きます。

 しばらくして、寝室からセイランが出てきました。

「じゃあ、行くぞ」
「待ってください! その寝ぐせのまま行くのですかっ?」

 ショートの金髪は天パのように跳ねまくっています。

「ん? まぁ、いいだろう」
「よくないですよ。座ってください。櫛はどこにありますか?」
「ない」
「ああ、もう。少し待っていてください」

 櫛などを取りに自分の部屋に行きます。そして戻ると、セイランがリビングの机に突っ伏して寝ていました。

「こら、セイラン! 起きてください!」
「ぅん……ああ」

 無理やりセイランを起こし、水魔術で軽くセイランの髪の毛を濡らします。魔術で作った水の鏡を見ながら、櫛を使って整えます。

 セイランが鏡を見て呟きます。

「その結わえてある髪とひげ。今日のためにオシャレしたのか?」
「……まぁ」
「カッコいいぞ」
「……ありがとうございます」

 髪はともかく、ひげは鍛冶魔法の触媒や退魔の効果があるため、鍛冶や戦士を生業とするドワーフにとって何よりも重要です。
 
 なので手入れを欠かすことはなく、よく結わえたりもします。褒められて少し嬉しいです。

「それにしても手慣れているな。全く痛くない。他人の髪を扱うのが得意なのか?」
「いつも師匠の髪をいていましたので」
「なら、今度はアタシのを頼む」
「一日百万プェッファーで手を打ちますよ」

 寝ぐせはなくなりました。セイランの長い耳を見やります。

「そういえば、イヤリングは着けていないのですね」
「ああ。あれも心の鎧みたいなものだからな。鎧を脱ぐついでにとった」
「いつも着けているのですか? 寝るとき危ないですよ」
「座って寝ているから問題ない」
「それはそれで問題だと思うのですが」

 思い返せば、ヘルム都市までの道中セイランがベッドで寝ていたのを見たことがありませんでした。

「ちょっと待ってろ。イヤリングケースを持ってくる」

 少ししてセイランが寝室から出てきます。手には小さな木箱が乗っていました。木箱の中には三十組ほどのイヤリングが入っています。全て花や葉っぱなど、植物由来の意匠が施されています。

「どうだ。全て魔法具アーティファクトのイヤリングだぞ」

 ふふん、と自慢げです。

「今日はこれだな」

 鈴蘭モチーフのイヤリングを渡してきます。

「……もしかして着けろと?」
「ああ、そうだ」

 冗談でもなんでもないようです。ここで断るほうが労力を使いそうなので、しぶしぶイヤリングを受け取って着けてやります。

 彼女は水の鏡で自分の姿を確認します。
 
「うん、いいな。ありがとう」
「どういたしまして」

 セイランはリビングの隅に置いていた鎧と壊れた兜を魔法具アーティファクトの巾着袋に入れます。

「すまないな、グフウ。待たせた」
「ホントですよ。遅刻したどころか、私にこんな事までさせて」
「悪いって。昼飯は奢る」
「許します」

 アパートを出て鍛冶屋に向かいます。

「場所は知っているのですか?」
「ああ。そっちも事前に調べてある」

 そういうところはしっかりしているのですね。

「そういえば、昨日。魔術の研究以外に、情報を集めるとか言っていたよな?」
「急ですね。それがどうかしましたか?」
「なんの情報だ?」
「師匠のです」

 そういえば、旅の目的を話していませんでしたか。

「私の旅は魔法蒐集と魔術研究が主な目的ですが、それとは別に師匠の故郷を探しているのです。故郷の山の花を植えて欲しいと言われまして」
「なるほどな。本人からは聞いてないのか?」
「あまり過去話をするような人ではなかったので、聞いていなかったんですよね」

 もっというなら、教えてくれなかったというのが正しいです。

 今を生きるのに全力を注ぐと言って、閃光のようにとても眩しく生きていました。

「ここだな」

 大通りから少し外れた裏通りにひっそりとあるその店。中から、数多の武器の音が聞こえます。鍛え抜かれた鉄の、情熱がこもった鋼の音です。ドワーフには聞こえるのです。

 武器が見えていないのにその音が聞こえるとなれば、相当の腕前の鍛冶師がいるのは間違いありません。

 これならセイランがヘタなものを掴まされる心配はないでしょう。

「私は外で待っています」
「何を言っているのだ? いいから来い」
 
 無理やり手を引っ張られ、店の中に入ることになりました。

 店の中には剣や盾などオーソドックスな武器が陳列されていました。使われている材質等々を見た限り、初心者用の武具として売っているのでしょう。

 店番は猫人の女性がしていました。私たちに気が付きます。

「本日はどのような御用で?」
「アタシはセイラン。冒険者をしている。今回はギョウタンの紹介で来た」
「……確認させていただきます」

 猫人の女性はセイランから封筒を受け取りました。

「確かに。ギョウタン様からの紹介状のようですね。今、主人を呼びますので少々お待ちください」

 店の奥に消えていきました。しばらくして、犬人の男性が出てきました。すぐに私に気が付きます。

「……ドワーフが何の用だ」

 ともすれば睨んでいるのかと思うほど鋭い目つきに苦笑します。

「私ではなく彼女が御用です」
「セイランと言う。今日は修理を頼みにきた」

 巾着袋から鎧と兜を取り出します。

「これは……」

 べこべこにへこみ脇腹に大きな穴の空いた鎧と、真っ二つに割れた兜を見て犬人の中年男性はくわっと目を見開き、セイランの肩を掴みます。

「何と戦ったのだっ!」
「ボルボルゼンだ」
「ッ! まさかお前、悪魔狂いのセイランかっ!? 英雄のっ!」
「その名はやめてくれ。恥ずかしい」

 悪魔狂い?

「ここに飛ばされる二年くらい前からずっとリハビリで悪魔を狩っていたのだが、いつの間にかそう呼ばれるようになったのだ」
「……もしかして聖騎士パラディン様なのでしょうか? これは今まで大変なご無礼を――」

 ははぁ、と土下座する勢いで頭を下げようとすれば。

「アタシはただのエルフの戦士だ。冗談はやめろ」
「がふっ」

 アイアンクローされました。ギリギリと込められる握力の強いこと。引き離そうとしますが、ビクともしません。

 セイランはそのまま犬人の男性を見やります。

「それでだ。ええっと……」
「鍛冶師のチュウテツだ」
「そう、チュウテツ。鎧と兜の修理は可能か?」

 チュウテツは首を横に振りました。

「無理だ。物理的に直すのもだが、元々この二つは魔法武具アーティファクトだったはずだ。それもかなり高位の。なのに、その魔法が消えている。強大な魔力に塗りつぶされたようだ」
「……そうか」
「だが、これを元に新しい鎧なら作れる」

 チュウテツはアイアンクローされている私を見ました。

「もっとも、そこのドワーフが作った方がいいと思うが」
「……」

 ひがみが混じった視線に肩を竦めます。

 仕方がないのです。彼の腕前からして、一度ドワーフの国に訪れた事があるのでしょう。その時に、嫌な思いをしたのは確かなのです。

「チュウテツ。こいつはアタシの仲間で魔術師だ。それ以上でもそれ以下でもない。アタシは鍛冶師であるお前に注文しに来たのだ」
「……そうか、悪かった。大人げないことを……魔術師だと?」
「気にするな」

 セイランとチュウテツは鎧に関して話があるとかで店の奥へと消えていきました。

「先ほどはごめんなさいね」
「いえいえ。気にしていませんよ」

 猫人の奥さんに首を横に振ります。

「それより魔法具アーティファクトでない計測器などはここで取り扱っているでしょうか? あるなら購入したいのですが」
「計測器……魔法具アーティファクトのしかないわね。精度が高い物でしょう?」
「はい」
「となると王都かしら。賢者ヨシノが作った原器がいくつかおいてあるわ。長さと重さ、あと魔力だったかしら」

 原器があるなら、それを管理している団体もいるでしょうし、それを参考に高い精度の計測器を作っている人もいるでしょう。

 なにより、師匠の痕跡を早速得ることができました。次の行き先は王都で決まりですね。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、どうしてドワーフが計測器を?」

 「要らないでしょう?」と猫人の奥さんは目線で問いかけます。

「見ての通り、私は変わったドワーフなので」

 ローブと杖を見せます。

「それより、賢者ヨシノについて他に知っていることはありませんか? 故郷についてとか」
「う~ん。昔の人だからね……あ、でも――」

 噂程度ですが、いくつか師匠に関する情報を聞くことができました。

「ありがとうございます。これ、お礼です」
「あらまぁ」

 魔術で花を作ってあげました。

「テメェ!!」

 ちょうどチュウテツとセイランが戻ってきていました。

「いい度胸じゃねぇか、ええぇっ!? 俺のスバイになにしてるんだっ、この野郎!!」

 彼は私が猫人の奥さん、スバイさんに花をあげているのを見て、両目を吊り上げて顔を真っ赤にします。

「ご、誤解です!!」

 誤解を解くのに苦労しました。 
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