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ドワーフの魔術師とエルフ

第8話 移動と夕食

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 リーリエ薬屋の依頼を受けた翌朝。

 いつも通り顔を洗って髪を整え、清潔な布で耳を覆う黒魔鉄を磨き、ひげを櫛で整えます。

「……今日はちょっとおしゃれしますか」

 ひげを少しだけ編み込みました。

 ローブを羽織り、昨日買った食料や道具などをトランクに詰め込んで東門へと向かいます。

 東門では既にセイランが待っていました。大剣と巨斧を背負い、全身を鎧に包んでいます。もちろん顔も兜で隠れています。

 彼女は私に気が付き、兜をとって手を振りました。その中性的で美麗な顔を破顔させます。

「グフウ! よく来てくれた!」
「約束ですので」
「そう堅いことを言うな。そのひげ、オシャレでいいぞ」
「ありがとうございます。セイランもそのイヤリング、とても可愛らしいですよ」
「そ、そうか。ありがとう」

 長く尖った耳に下がった花の意匠のイヤリングを褒めれば、セイランは少し照れたように耳の後ろをかきます。イヤリングが少し揺れます。

 ……やはり。昨日から思いましたが、彼女が身につけているイヤリングからは強い魔力が感じます。魔法具アーティファクトなのでしょう。

 彼女が片手でもつ巾着袋を見やります。

「それも魔法具アーティファクトですか?」
「ああ。見た目よりも多く入る巾着袋だ。食料とかが入っている。お前のトランクもそうなのだろう?」
「私のは魔術具ですよ」

 セイランは「何が違うんだか」と肩を竦めましたが、ひげを褒められてご機嫌な私は目くじらを立てません。

「じゃあ、行くか」
「はい」

 私たちは沼巌蟲しょうがんちゅうボルボルゼンを討伐するために、デケル街を出てヘルフェン平原の奥地へと向かいます。

「セイランも探知できますよね」
「ああ。魔力と闘気の両方可能だ。ただここは平原だし、魔力探知はお前に劣るから、頼むぞ」
「任せてください」

 魔力は万物に宿っています。人類のみならず魔物や動物、植物に地面、無機物にまで。

 しかし、闘気は人類限定です。そのため闘気探知は人類しか探知できません。。

 私は魔力探知で周囲を警戒しながら、セイランに尋ねます。

「そういえば、ボルボルゼンはどこにいるのですか?」
「シュトローム山脈の近く。一週間……いやアタシとお前の足だと四日ほど歩いたところだな。だから、期間はおよそ二週間ほどになる。戦闘で一日。解体に一日。帰還で六日だな」
「戦闘に一日ってそんなに強いのですか?」
「温厚な性格ゆえ脅威度では五月灯となっているが、数十キロメートルに及ぶ範囲を泥沼に変えることができる力を持っている。災害級だ。強い。短期決戦を挑んだとしても、消耗を考えて一日は必要だ」

 災害級は文字通り災害を引き起こす力を持つ存在を指します。ドワーフやエルフの国であれば返り討ちにできるでしょうが、ヒューマンや獣人たちの国だと大きな被害を出してしまうでしょう。

「温厚な性格なら、無理に討伐しなくてはいいのでは?」

 私はあまり戦いが好きではありません。あくまで私は魔術師なのです。魔術の研究をしていたいです。

「いや、そうも言っていられないのだ。一ヵ月ほど前に、平原の奥に暮らす魔物の多くがこっちに移動してきて町を襲ったのだ。どうやらシュトローム山脈で異変があったようでな」

 その中にボルボルゼンもいたというわけですか。

「しかも予兆すらなく、急に襲ってきたからな。死者はいなかったもののかなりの被害が出た。それもあって、撃退しかできなかったのだ。ただ、それなりに手傷を負わせたからな。また必ず町を襲いにくるだろう」
「温厚な性格はどこにいったのですか」
「仇為すもの以外に対しては温厚なのだ。一度手を出したらどこまでも復讐しにくる」

 さもありなん。

「そういった魔物が他にもいてな。冒険者を三つの部隊に編成して討伐遠征を行ったのだ」
「しかし、ボルボルゼンは強すぎるからセイラン一人でと?」
「それもあるが、強い魔物を狩ってしまったからな。調査を行い今のところ問題ないと判断しているが、ボルボルゼンとの戦いで生態バランスが崩れ、他の魔物が町に襲いにくるリスクもある」
「防衛にあたって欲しいというわけですか」
「そうだ。ともかく、お前がいて助かった。アタシ一人だとボルボルゼン討伐に数日以上かかってしまうからな。そのリスクを減らすことができる」

 なるほど。セイランが私を三月灯にしたがったのもこれが理由ですか。一月灯や二月灯では彼女とパーティーを組んだところで、ボルボルゼン討伐の依頼が受けられませんし。

「てっきりセイランが戦いたいだけかと思っていましたが、そんな事情があったとは。それなら私も全力を尽くさせていただきましょう」
「……おい、お前はアタシの事をどう思っているのだ」
「エルフとは思えないほど怪力の脳筋で戦闘狂バトルジャンキーでしょ」
「なんだと!」

 ちょっとした口論になりました。事実を言っただけなのに。

 
 Φ


 夜になりました。

 土魔術で小屋を作り、光魔術で小屋の周囲に結界を張ります。

「野宿のイノベーションだ!! 床が冷たくないし、風が吹き込んでこない!」

 セイランが驚いています。

「エルフならこれくらいの魔法を使えるでしょう」
「使えるには使えるが、家は基本的にパーツの組み合わせだし、大地にある土だけで家を作るのをそう簡単にイメージできるものではない。魔力もそれなりに消費するし、使い捨てではむりだ」
「それもそうですね」

 イメージは魔法の肝です。このイメージとは、想像力だけでなく意志の強さなどが関係します。

 例えば、『どういう家を作るのか』という具体的想像や、『足元の土だけで家を作る、もしくは作れる』という強い意志や確信がないと、土を操って小屋を作る魔法が絶対に発動しないのです。

 夜行性の魔物もいますので警戒を行いながら、食事にします。本人たっての希望もあってセイランが作ることになりました。

「セイ!」
「……空中なら切れるんですか」

 包丁を握ったセイランは水で洗った野菜を空中に放り投げ、一瞬でみじん切りにしました。それを鍋で受け止めたら、次に肉を放り投げて同じように一瞬で切ります。

 空中にはまな板や台所はないので食材以外を切らなくてすむ、という理論らしいです。わけがわかりません。

 スープが完成しました。

「いただきます」
「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」

 パンと一緒にスープを食します。

「っ! 美味しい」

 セイランが作ったスープは野菜や肉の甘みや旨みが溢れており、素材のそれぞれの味が生かされ調和していました。調味料を使っていないのに、この美味しさです。

「そうだろうそうだろう。素材の味の生かした調理方法はエルフが一番よく知っている」
「いや、そんなはずは! だって前に食べたのは調理の『ち』の字もないような素材そのままだったのですよ!」
「……少し言い難いが、あれは嫌がらせだ」
「はっ?」

 目が点になります。

「ドワーフにだけ出す伝統料理があるのだ。主に加工したハーブなどを一切使わず、調理工程を極端に少なくした料理だな」
 
 セイランはパンをスープにつけて食べます。

「ドワーフの料理が加工したハーブなど調味料を多く使うからな。特に塩。しょっぱすぎる。だから、それに対する嫌がらせだ。普段はハーブも使うし調理工程もそれなりにある。発酵食品も作るしな」

 少し呆然とする私にセイランは肩を竦めます。

「あと、たぶん大人のドワーフたちは美味いものも食ってると思うぞ。使者などに対して無礼はできないからな」
「子供ならいいのですか」
「お前らのところだって、うちの子供に塩辛すぎるもの食わせてるだろう」

 ……たしかにドワーフの国にもエルフにだけ出す伝統料理があります。お互い様というわけです。

「昔からエルフとドワーフはそういう文化交流をしているのだろう。とはいえ、普通は大人になる前に教えてもらうと思うのだが……そういえば成人もしてなかったか。いつ家を出たのだ?」
「十九の時です」
「はぁっ!? 赤ん坊じゃないかっ!?」
「立派な大人です」
「それはヒューマンや獣人の話だろう!」

 ドワーフもエルフも寿命は三百近くあり成人年齢が六十です。しかし、肉体の成長速度はヒューマンや獣人とあまり変わりません。少し遅いくらいです。

 私はヒューマンの師匠と三十年近く共に過ごしていたため、時間間隔はヒューマン寄りです。そのため私にとって十九歳は大人なのです。

「というか、セイランはいくつなのですか?」
「女性に年齢を尋ねるのは失礼だぞ、わっぱ」
 
 セイランはお姉さんぶるように言いました。

「ハンッ」
「っ! 今、鼻で笑ったな!」

 少し口論になりました。

「ぜぇぜぇぜぇ」
「はぁはぁはぁ」

 口論の末、セイランは六十歳だと分かりました。また、故郷を出たのは三十歳の時だそうです。私とあまり変わらないじゃないですか。

 食事を終えます。

「じゃあ、アタシが最初に火の番と見張りをしよう」
「結界を張ってありますよ?」
「結界をすり抜けるやつもいる。過信は禁物だ」

 たしかに。

「ではよろしくお願いします」
「ああ」

 私は土魔術で作った小屋で眠りました。

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