英雄の息子は英雄になりたい~エドガー・マキーナルトの野望~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
上 下
10 / 17

第10話 エドガーの怒り

しおりを挟む
「んで、あとはスザリオン伯爵令嬢と……」

 既に日は傾き掛けており、挨拶回りをしていたエドガーは少し焦っていた。

「マジでどこにいるんだ?」

 残り二人。その内一人は、まだ入寮すらしていないため後回しにしているが、スザリオン伯爵令嬢が入寮した情報は他の令嬢から得ている。

 なので、色々と情報を集めながら探し回っていたのだが、一向に見つからない。

 そうしている内にかれこれ、二時間以上経ってしまった。

 中等学園だけでなく、高等学園や初等学園。広大な敷地内のあちこちを探し回ったのにも関わらず、見つからず。

 エドガーは途方に暮れていた。

「はぁ、仕方ねぇ。正直、明日には回したくなかったが、諦めるか。流石に夜に女子寮を尋ねるわけにもいかねぇしな」

 明日は入学式のため、それが終わった後に挨拶回りをするのはあまりよろしくないが、仕方がない。

 エドガーは諦めて、中等学園の学生寮に帰っていた。

「それにしても、気乗りはあんまりしなかったが、いいやつもいたな。フェルス嬢とかは、剣の道を目指してたのもあって、かなり話しやすかったし。まぁ、稽古に付き合うなんて言ってしまったが……」

 トボトボと学生寮に向かいながら、エドガーは今日の事を思い出す。挨拶回りはそれなりに面倒であったが、それなりに上手い具合にやれたのではないかと思っていた。

 令嬢たちに対しても、問題なかったと思っているし、中には気が合いそうだなと思った令嬢もいた。

 そんな事を考えながら、中等学園学生寮前にたどり着いた所で、

「ん? なんだ?」

 エドガーは学生寮前の人だかりに気が付いた。

「揉めているのか?」

 エドガーは気配を消しながら人だかりの合間を縫い、怒鳴り声が響く騒ぎの中心へと顔を出した。

(うわ。マジかよ)

 騒ぎの中心。

 そこにいたのは、エドガーよりも一回りほど背の低い少年。豊満……あり大抵にいえばかなり太っている。

 纏っている衣服は豪華絢爛な意匠や宝石などが散りばめられ、お世辞にも上品とは言えない。

 また、少年と同じように指輪にネックレスなどといった装飾品を纏った五人の執事メイドもいた。

 彼らが寮長の女性に怒鳴っていたのだ。

「だから、こいつらも寮に入れろと言っているんだ! 僕の言っていることが分からないのか、この愚民が!!」
「そうだ! この方はグラフト王国第三王子であらせられるぞ! それに口答えとは! 国際問題にしたいのか!」
「そうですわ! さっさと、私たちを入れなさい!」
「ですから、規定により学生寮に入れる召使は一人だけです。お引き取りをお願いいたします」

 聞くに絶えない罵詈雑言。それでもそれに耐えながら、凛然と対応する寮長の女性。しかし、頬の皺はかなり引きつっており、疲弊が伺える。

 エドガーは顔をしかめながら、周りを少し見渡す。

(いた)

 エドガーは制服を着ていない、つまり新入生の令嬢を見つけて近づく。

「コレット嬢」
「ッ!」

 赤毛交じりの茶髪と瞳。そばかすが少しある大人しそうな令嬢。

 コレット・リュニスは後ろから突然聞こえた声に飛び上がる。それから、ゆっくりとエドガーを見て、はぁと安堵を漏らす。

 大人しそうとは真逆。キッと両目を吊り上げて、コレットはエドガーに溜息を吐く。

「エドガー様。前触れもなく、後ろから近づかないで欲しいわ」
「それはすまない。それよりも、この状況」
「ええ。バンボラ・N・グラフト様よ。使用人全員を寮に入れたいらしいのよ。一人が限度というのに。ハティア様だって一人なのよ」
「そのハティア王女殿下とミロ王子殿下はどこにいらっしゃいますか?」
「アナタ、ここは学園なのだからもっと砕けた口調で……いえ、今はいいわ」

 学園のもめ事とはいえ、相手は留学生で、しかも隣国の第三王子。

 下手な対応はできない。

 だから、第二王女であるハティアが仲裁に入るのが一番良いと考え、エドガーは侯爵令嬢であり、ハティアの派閥に属し、特に親しくしているコレットに話しかけたのだ。

「今は中等学園長室で、学園長と明日の入学式の話し合いをしているわ。先ほど、私の使いの者に出したけれど、少し時間がかかるわ」
「なるほど」

 エドガーは心の中で軽く舌打ちをする。

 寮長の女性に対しての罵詈雑言がひどくなり、バンボラも執事メイドたちもかなり熱くなっている。

 それに感化されるように、遠巻きにみていた生徒たちの自制心が利かなくなってきていた。

 隣国の第三王子であろうと、横暴は許さない! と飛び出そうとする者まで現れ、周りが必死に止めている。 

(いつ暴力に出てもおかしくないな)

 エドガーがそう思ったとき、

「いいから、入れろと言っているんだ! この阿婆擦れがッ!」
「ッ」

 執事の一人、太った男が寮長の女性をつき飛ばし、そして拳を振りかぶった。周囲の生徒たちから悲鳴があがる。

 何人かの生徒が慌てて止めようと飛び出すが間に合わない。

 尻もちをついた寮長の女性は恐怖に息を飲み、咄嗟に顔をそむけた。

 ……………………

 いつまで経っても殴られない。

 寮長の女性が恐る恐る顔を上げると、そこにはエドガーがいた。太っている執事の拳を軽々と受け止めていた。

「なっ! 誰だ貴様ッ!」

 執事メイドたちが息を飲み、また生徒たちがざわめきだす。

 エドガーはそれらを無視して、つき飛ばされて尻もちをついていた寮長の女性の方を向く。

 手を差し出す。

「大丈夫ですか、リーデル寮長」
「え、エドガーさん。ありがとうございます」

 寮長の女性、リーデル・オルグレイは頬の皺を作りながら、エドガーに礼を言う。エドガーはどういたしまいて、と言い、リーデル寮長を立ち上がらせた。

 それから、考え込む。

(さて、どうするか。何も考えずに飛び出してしまったが、仮にもグラフト王国の第三王子だしな。下手な対応を取ると父さんたちに迷惑が――)

「おい、ピロピロ! 僕の邪魔をするやつだ! 誰であろうと、そいつも、そこの愚民も殴れ!」
「はっ!」

 執事の中でも一番ガタイのよい壮年、ピロピロが、エドガーに拳を振り降ろす。その拳は鋭く、あわやエドガーが殴られるかと思ったが。

「はぁ。〝無障〟」
「なッ!」

 無属性魔法、〝無障〟。魔力を実体化して、うっすらと輝く物理障壁を作り出す魔法。

 〝無障〟がエドガーの前に現れ、拳を受け止めたのだ。

 ピロピロは驚き、僅かに恐怖する。詠唱なしによる魔法名だけの行使もそうだが、エドガーのその瞳。

 恐ろしく強く、心を見透かすような鋭さ。

(こいつッ。俺の考えを読んでッッ)

 ピロピロはバカではない。ここで、学園の者を殴れば問題になるのは自分たちの方だと分かっていた。

 だから、先ほど太った執事の拳を受け止めた事から、エドガーがそれなりに腕に覚えがあると思い、ピロピロはそれなりに隙のある拳を放った。

 そうすれば、エドガーが自分の拳を受け止めるだろうと。
 
 そのあとは、エドガーに拳を強く握りつぶされただの、なんだのと言える。身体的接触があれば、いちゃもんなんてつけ放題だ。

 そう思ったのに、エドガーは魔法で止めた。しかも、〝無障〟というシンプルでありながら、エドガー側が一切手を出せない魔法で。

 実力差がありすぎる! エドガーの実力が自分よりも強いと分かったピロピロは頬を引きつらせた。

 そしてそれを一瞥したエドガーは〝無障〟を消し、ピロピロに「何をしているんだ! さっさとあいつを殴れ!」と言っているバンボラに体を向ける。

「バンボラ。お初にお目にかかります。私はエドガー・マキーナルトとお申します」
「ッ! 僕はグラフト王国第三王子だぞ!! それを呼び捨てにッ! もう、許さん! エドガー・マキーナルトだな! お前もお前の家族もなぶり殺してやる」
「お、おいバンボラ様――」

 バンボラの暴言にピロピロは息を飲んだ。同時に強く恐怖した。

 やばい、これは本当にやばい! 

 ピロピロのその予感は強く当たる。

「殺す? 私の家族をですか?」

 圧倒的な魔力が籠った殺気がエドガーから放たれ、バンボラたちにピンポイントで襲い掛かったのだ。

 言葉はどうにか平静を保っているものの、その声音には強い怒気が宿っていた。周りの生徒や新入生たちが大きく息を飲む。

 逆鱗だった。

「ぇ」
「ッッッッ!!!」

 唯一、ピロピロだけが立っていられた。

 しかし、威勢のよかったバンボラやその後ろでバンボラと一緒に暴言を吐いていた執事メイドの表情が、一瞬にして青白く染まり、へたりと座り込む。

 バンボラなんて、ズボンの股が濡らして泡を吹き、倒れた。

 ちょうどその時、

「これはどういうことですかぁ!!」

 ハティアが現れ、エドガーは溢れる怒気を抑え込んだ。

 そしてその後、中等学園長なども到着し、事態はどうにか収拾した。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...