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第8話 ハティア・S・エレガントの登場

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 銅ランク昇格試験があった日から数日間。

 エドガーは親しくしている商会や貴族たちの伝手をたどり、中等学園にいる、もしくは今年から通う婚約をお断りした令嬢たちの情報を探り、失礼に当たらず、問題になりにくい品物を買っていた。

 主に装飾品の類が多かったが、それでも中には剣や杖といった武器関連の物もあり、かなりの高額となった。

 そのため、エドガーは日夜北東のテゥラー森林で狩りをすることとなった。

「え、エドガー・マキーナルト様でよろしいですか?」
「あぁ」

 王都の北部の大部分を占める王家直轄の王国学園の面積はとても広い。

 年齢別で分けられる初等学園、中等学園、高等学園の三つをようす。

 植物学などで使用する植物区画や全学園共通で利用する大図書館。部活サークル棟。

 訓練場もあり、体育や戦闘訓練などで使用する運動場型、それなりの観客が入れる闘技場型、簡易な森林型の三つに分けられる。

 寮に関してもめ事が多く起こらないように各学園ごとに三つの棟があり、また寮の部屋は二人部屋が殆どなのだが、爵位や歴史的配慮等々などを加味した特別部屋もあった。

「失礼ながら、本当にエドガー・マキーナルト様でしょうか?」
「あぁ」

 中等学園の校門前。

 ひどくやつれた表情で、あまり寝ていないせいかくまも酷い。覇気もなく、淀んだ雰囲気を放つ。返事は曖昧あいまいだ。

 そもそも衣服も貴族然としたものではなく、泥汚れが目立つ旅装束。荷物は質素な革の背嚢はいのうが一つだけで、無骨な斧を背負っている姿は貴族というより、冒険者にしか見えない。

 それがエドガーの今の様相ようそう

 中等学園の警備兼受付職員が確認してしまうのも仕方ないだろう。

(寝たい)

 そもそもの話。普段のエドガーなら、英雄である両親の息子と自覚して動く。身なりも整えるし、それ相応の仕草をする。

 しかし、連日徹夜で魔物を狩り、そして誠実さが求められるため、問題にならず各令嬢に合わせた品を自分で選んでいたのだ。

 今の自分の恰好を考える余裕もないくらいの眠気と疲れ、無気力に襲われていたのだった。

 警備兼受付職員は迷う。

 エドガーが先ほど提出した中等学園学園長の証印が入った書類は確かに本物だ。偽装ができないように、特殊な魔法薬に反応するインクを使用しているため、それに関しての確認をした。

 しかし、数年前に高度の偽装をして学園に忍び込んだ者がおり、それでちょっとした事件になったのだ。

 そのため、警備兼受付職員は険しい表情となっていく。

 それを感じ取ったのか、警備職員などがエドガーを刺激しないように、ゆっくりと集まってくる。

 また、中等学園の生徒たちや、入寮日ということもあり中等学園に入学することとなっている子供たちが門の周りにいたこともあり、エドガーは注目を集め始めていた。

 が、

「……眠い」
「ちょ、君ッ!」

 到頭とうとう耐えきれなくなったか。エドガーはその場で座り込み、背嚢はいのうを枕に寝始めてしまった。

 これには警備兼受付職員も驚くしかない。ざわざわと辺りが騒がしくなる。

 職員たちは穏やかな寝息を立て、気持ちよさそうな表情で寝ているエドガーを取り囲んでどうするかべきかと顔を合わせた。

 エドガー・マキーナルトは子爵家の子息であるが、しかし英雄の息子でもあるため丁重に扱わなければならない。

 本物か偽物か分からない以上、下手な対応はとれない。

 普通、こういう場合に対応する伯爵の爵位に属する受付警備の責任者がいるのだが、あいにくとある理由で少しこの場を離れている。

 仕方ないので、一旦武器などを外して警備室に移動させるかという話になった頃。

「これは何の騒ぎですのぉ?」
「ッ!!」

 煌びやかで凝っていながら、それでも下品ではない意匠が施された馬車。そんな馬車をいている馬は、王家しか所有していないという聖白馬せいはくばと呼ばれる美しい白馬。

 その馬車から現れたのが、おっとりとした美しい少女。微笑みが似合う端正な顔立ち。鼻筋はスッと通り、唇はグロスを塗ったかのように瑞々しい。

 艶やかな美しい金髪にたおやかな目つきの碧眼。陶磁器のように透き通った肌。

 気品と威厳にあふれたドレスにいで立ち。少しぽわぽわした微笑みは親しみと愛嬌を誘うだろう。

「ハティア王女殿下ッッ!!」

 彼女はエレガント王国第二王女のハティア・S・エレガントだった。

 後ろには受付警備の責任者や、騎士やメイドたちが控えていた。

 警備担当の者はもちろん、近くにいた生徒や入学予定者たちがそれぞれの爵位や立場によって、仕草は違うが一斉に頭を下げた。

「みんな、頭を上げて欲しいですわ。既にここは学園。礼節を保ちながらも、身分に関係なく公平に学びを許された場所ですわよぉ」

 ハティアの少し間延びした声とぽわぽわした微笑みで言われれば、皆、戸惑いながらも顔を上げる。

「それで、何か問題でもありましたの?」
「そ、それが……」

 ハティアに尋ねられて冷や汗をかきながら、警備員たちは寝ているエドガーの姿を見やる。

「書類ではエドガー・マキーナルト様と記載されていたのですが、装いが装いで。しかも、途中で寝始めてしまって」
「……なるほどねぇ」

 ハティアが一瞬だけ息を飲んで頬を引きつらせたが、誰もそれには気が付かなかった。 

「その方は確かにエドガー様。第二王女であるわたくしが保証しますわぁ。それに万が一の時はわたくしが責任を持ちますわよ」
「それは申し訳ございません」
「いえいえ、大丈夫ですわよ」

 おっとりと微笑むハティアに、警備兼受付職員は噂通りの優しいお方だなと思う。

 そして警備兼受付職員は、他の者と共にハティアと寝ているエドガーを各部屋に案内した。


 Φ


「…………………………ん」

 夕日は既に沈み、夜のとばりが降りたころ。

 質のよいベッドでエドガーは目を覚ました。

「………………どこだ~ここ」

 寝ぼけているのか、間延びした声でもぞもぞと身じろぎするエドガー。

 が、次の瞬間。

「ッッ!! やべぇ! 入寮してねぇぞ!!」

 青ざめた表情でエドガーは飛び起きる。ただ、勢いがありすぎてエドガーはベッドの上から転げ落ちた。

「ッてててて……」

 落ちて体を打ったおかげか、エドガーは少し冷静さを取り戻した。

「ここはどこだ? 確か、重たい体を引きずってどうにか中等学園の前まで行ったのは覚えているんだが……」

 見覚えのない部屋に、シャツと短パンという自分の恰好にエドガーは混乱する。わけが分からない。

 ただ、しかし、

「……眠い」

 半日近く寝ていたとはいえ、徹夜続きのエドガーは睡眠が足りていなかった。寝起きという事と状況がはっきり掴めていない事もあり、再び睡魔が襲ってきたのだ。

 と、その時、

「少しお時間よろしいかしらぁ?」

 部屋の扉がノックされた。
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