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第二部 十章:それから晴れて……

エピローグ Glittering Eyes――b

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 ライゼが目を覚ましてから三週間が経った。
 驚異的な回復力ゆえか、新たに再生した臓器がすでにライゼの体に馴染んでいて、俺の魔素体の破片が混じった栄養剤でなくとも栄養を取れるようになった。
 つまり、消化に負担がかからない食べ物なら問題なく食べられるようになった。

 これにはスピリートゥスが、あんぐりと口を開けて驚いていた。
 スピリートゥスの予想では、ライゼは一カ月経ってようやく人間らしい食事ができるようになるからだった。
 子鬼人の種族特性を考慮しても、ありえないほどの回復速度だったらしい。

 そしてそれは食事が食べられる事だけに留まらず、ライゼは俺が作った車いすを使って移動をすることも可能になった。
 それは結構驚異的で、実際に座らないと分からないが車いすで移動するのも結構疲れるのだ。
 押してもらってもだ。体力を使う。

 なのに、ライゼは自らの手で押して移動していた。
 元気が有り余って、レグルスはもちろん、ラクリモサ冒険者ギルド長のカラや、ハーフン王族からの使者、ハーフン王国冒険者ギルド本部の使者相手に色々と吹っ掛けて交渉していた。
 初めはライゼの種族もあって高圧的な態度だったが、つい一週間前にカラとの交渉によってライゼのランクがAランクに上がり、またダンジョン資源を脅しに出したところ、快い交渉をしてくれた。

 そうして、トレーネのSランク昇格は確実となった。しかも、二カ月後にその昇格式典が行われる。
 最短距離とも言える手法で、けれど着実にトレーネをSランク冒険者にするための条件を揃えてきたのが大きかった。
 また、それでも足りなかった部分はダンジョン資源を餌に色々と引き出した。

 ただ、引き出すことができたのはレグルスの協力が大きかっただろう。
 前国王で、突然変異で森人エルフとなったレグルスの。

 種族交配が進むと、人族同士の子供でも先祖返り的な感じで別種族となったりするのだ。
 しかもそういう場合、その種族の能力やら特性やらは継いでいるのにも関わらず、見た目は両親の種族だとか。

 なので、森人エルフの能力を引いたレグルスは、しかしながらそれに気が付いたのが王位を継承した後だったらしい。
 突然変異的に完全にその能力が引き継がれる、ということではなく一部だけ引き継がれたりとかもあるため、というかそっちが一般的のため、たまたま森人エルフの力が少し入ったのかな、程度だったのだ。
 しかし、四十歳近くになったころから流石に姿形が変わらないことに疑問を持ったところ、寿命が完全に森人エルフだったことに気が付いたらしい。

 一応、ダンジョンを多く有するハーフン王国はダンジョン探索者が興した国であり、結構種族の垣根が少ない。

 ダンジョンの中では、一番信用できるのが力であり、それは種族に依らない、正確には種族それぞれの長所があったりするからだ。
 そして互いを利用する関係は良しでも、一方だけが搾取する関係だと、ダンジョンでは死に陥りやすい……らしい。そういうジンクスが国にあるのだとか。

 だから、ダンジョン内では種族的な偏見差別などが一時的に取っ払われ、それから命を賭けたりするから必然的に、トントン、と言った感じだ。
 奴隷種族として扱われたりする子鬼人のライゼが、相手の態度が態度であったとしても交渉することができたのは、これが要因だ。
 常識的に考えたら、即奴隷コースだからな。特に貴族相手は。それでもファッケル大陸は種族差別が少ないので、即奴隷になることは少ないけど。

 まぁそんな事はおいておいて、多様な種族が存在するハーフン王国は、それでも人族国家であるから、百年くらいの寿命なら兎も角、三百年以上の寿命を持つものが王なのは、いただけない。
 長く王が変わらないと、政策が変わらなかったり思想が変わらなかったり、国家の成長が滞る。
 そのため、レグルスは影武者を使って六十歳くらいで病死したことにして、今はのんびり伯爵として生きているらしい。

 と、そんな事はどうでもいい。
 今はこの観察が重要だ。

「気が済みましたか」
「……ありがとう、トレーネ」

 今は深夜。
 満月が光り輝き、たなびくトレーネの黒髪がその月光に艶めき煌めく。冷たい風が夜空を撫で、淡い星の匂いが鼻をくすぐる。
 そんな夜空の下に二つの影。俺は必死の必死で存在を隠ぺいしているため、影すら残らない。

「……ありがとう、はこちらです。本当に本当にありがとうございました」
「まだ終わってないから。その礼は最後の最後まで取っておいて」
「……分かりました」

 ひとまず、トレーネのSランク冒険者昇格の日程が正式に決まった今日。
 療養しなければならないライゼが精力的に動かなくなくてもよくなった今夜。
 ちょうど満月だったため、ライゼが外でそれを見たいと言ったのだ。

 一応、車いすで動いていたといってもそれはラクリモサの屋敷内だけ。未だ外出はしていなかった。
 ここ最近は冬が近づき、冷え込むようになったからだ。ウォーリアズ王国の寒さには全くもって及ばないが。
 それでも寒いことには変りがないため、外出は禁止されていたのだが、ようやく念願の目標が達成間近ということもあり、トレーネはそれを許した。

 感謝とか色々とあるだろうし、負い目がないとも言えない。
 トレーネはライゼが目を覚ます前はもちろん、覚ました後も献身的に付き添っていたし。
 それは、自分をSランク冒険者にするためにライゼが危険な橋を渡っていた事と、そのための準備を入念にしていたことを知ったから。
 カラはおしゃべりなのだ。あれでギルド長とは大丈夫だろうか。

「……ライゼ様」
「何?」
「……私はフリーエン様にあってもよいのでしょうか。私を見て安心なされるのでしょうか」

 満月を背にして、ライゼが座る車いすを押していたトレーネがポツリと呟いた。

「私はおんぶ抱っこでここまで来ました。未だに自分の翼で…………それに、私はこの旅路を笑って自慢できません。こんなにまでライゼ様を傷つけた旅を、自慢するなど絶対にっ!」

 それは不安で、そしてライゼに対して負い目なのだろう。
 何も変わっていない自分に対してく悔しさで、涙を溜めて。

「……ならさ。今から。今から自慢できるようにしない?」
「無理です」

 トレーネが足を止めた。
 それは自分への失望だ。

「昇格式典は、ハーフン王国の要望で王都なんだ。今のところ要望だけど、たぶん命令になる。僕を引き離したい思惑もあるようだし」
「駄目です。もし行くというのならばSランク冒険者昇格を蹴ります」

 それは甘えになるから。そこまでしてもらったら、本当に次からは自分の足で歩けなくなってしまうから。
 けれどライゼは気にしない。

「ここから王都まで一ヶ月くらいでね、僕の足だと二カ月かな」
「ライゼ様っ!」
「……トレーネ」

 叫んだトレーネにライゼは振り返った。
 “空鞄”を虚空から取り出して、中を漁る。
 
「これ」
「……時計、ですか」
「うん」

 おお、ようやくか!
 誕プレすら渡さずに早二カ月以上経ったからな。
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