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第二部 十章:それから晴れて……

五話 会話

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「なるほど。……それでハーフン国王はなんと言っているのですか? それと、ハーフン王国ギルド本部は?」

 あらかた状況を聞き終えたライゼは、実に気の抜けた表情でレグルスに訊ねた。
 レグルスはそんなライゼに、しかしながら油断ない微笑みを浮かべて首をコテンと傾げた。

「どちらの報酬も君の想像通りでは?」
「それは命令というのではないでしょうか?」
「そうともいうね。……特に冒険者ギルドの意見は随分と二分しているようでね」
「王国もそうでしょう?」

 王国の報酬へ地味に誘導しようした言葉をライゼはピシャリと拒否する。
 レグルスは困ったように頬を掻く。

「……どっちにしろ、どういう状況がトレーネを取り巻いているか分かりました。……ところでトレーネ」

 そんなレグルスを一瞥したライゼは、左横にいたトレーネに顔を向けた。
 普通は無礼なるのだが、レグルスはそれを止める様子なく静観している。

「はい、なんでしょうか?」
「僕が十全に回復するにはどれくらいかかる?」
「……それは」

 トレーネが言い淀む。
 代わりに、今まで静観していたスピリートゥスが声を上げた。

「ベッドから移動できるのが三カ月ほどだ。数年分の生命力を使い切ったような状態だし、魂を見た限り、相当無理して魔力を引き出したようだな。そもそも肉体は死んでいたんだ。普通なら数年はベッド生活だ。ったく、ありえない」
「自分の種族に感謝ですね」
「全くだ」

 ライゼは今、こうやって話しているが、そもそも普通はそれすらも難しい。
 ライゼが発見された当時、お腹に風穴が空いていたからそこらの内臓はもちろんのこと、肺や心臓だって潰れていた。動いていないどころではなかったのだ。
 それでも魂だけは必死に死んだ肉体にしがみ付いていたらしく、トレーネの暴走した神聖魔法とスピリートゥスの魂の干渉があったからこそ、ここにいる。

 あとは、生存力だけには優れている子鬼人という種族のおかげだ。
 
 まぁそれは置いておいて、今ライゼが呼吸している肺は、二週間前に新たに創造された肺なのだ。そんな感じの肺なのだ。
 誰かの治癒なしで安定した呼吸を保っている今が普通におかしいのだ。
 
 けれど。

「レグルス様。そういえば、あのダンジョン所有権はどうなっていますか?」
「……今のところ、僕とラクリモサ冒険ギルド支部が共同管理している」
「なるほど。では、僕に返してくれますよね?」

 ライゼはニコリと笑った。

「……それはできない」
「ええ、分かっていますよ。けど、中層以降の探索はできていませんよね」
「……やはりあの結界は君が」

 ため息が部屋に響いた。
 それはレグルスだけでなく、スピリートゥスのもだ。

「はい。僕の死力を賭したプレゼント、気に入ってくれましたか?」
「どうだろう。けど、彼は別として、向こうは今を今かと待っているよ」
「でしょうね。でも討伐者はトレーネ。発見者と攻略者は僕。あのダンジョン資源は僕たちのものです。僕がここで死のうが生きようが」

 ヒュルっと冷たい空気が流れた。
 今回暴走したダンジョンは、悪魔のダンジョンであったが、規模は魔境以上だった。そのダンジョン一つで、ハーフン王国数年分の国家予算は軽く補えるだろう。
 スタンピードの規模から、それくらいの資源が眠っていることは分かるのだ。

 けれど、そのダンジョンの中層以降は誰も立ち入ることができない。上層のダンジョン資源はたかが知れているのだ。
 トレーネはダンジョンマスターやその側近を倒したが、その魔石を回収していない。回収どころではなかったのと、そもそもあの場にいたのは、俺とトレーネとスピリートゥスだけだったし。
 だから、一つで国城が建つだろうあの規模のダンジョンマスターの魔石が中層以降に置き去りになっている。

 どっちにしろ、ここ二週間、氾濫した魔物の魔石資源の回収と討伐に参加した冒険者や兵士などに対しての報酬分配などは済んだものの、ダンジョンに関してはいまだ手をつけられない。
 どっかの阿呆が、無理やりライゼを殺そうとしたりして、結界を解除しようとしたが、全てトレーネに潰された。
 それに多くの人が、トレーネの戦いぶりを目にしているのだ。

 この世界では、地位と種族と、そして武力が何よりもものを言う。
 Aランク冒険者で英雄で、岩人ドワーフという種族は下に見られることもない。武力は言わずもがな。
 一国の王ですら、トレーネ相手においそれと手を出せない。

 たぶん、ライゼはここまで予想していたんだろう。
 あと、いくつかのバカ貴族が自分を襲ったりする事によって、ハーフン王国に弱みを作ったりすることも、事前に計画していたのは分かっている。
 ラクリモサ冒険者ギルド長、カラからその情報を得ている。

 ライゼは、依頼を受ける際に、未発見のダンジョンの可能性に思い当たり、色々とカラに手を回していた。もちろん、それ以外の可能性だった場合の対処も。
 カラは子鬼人と竜人のハーフらしく、それもあってか意外と親身になってライゼに協力した、ようだ。全て、今回ギルドとの中継ぎ役をしているスピリートゥスの言葉だが。

「分かった。分かった。どうせ、僕のアレもバレているんでしょ?」
「ええ。見た目は子供。頭脳は老人ってね。僕の師匠はいつでもお嬢様ですが」
「……ホント、厄介だね」

 スピリートゥスは呆れたように天を仰ぎ、トレーネはキョトンとしている。
 けど、厄介だね、と呟いた割には随分と楽しそうなレグルスは、立ち上がり、ライゼをその蒼穹の瞳で見定めた。

「冒険者、ライゼ。貴殿の要求を聞き届けた」
「僕は一言もいっていませんが」
「聞かんでも分かっている。それにあやつから直接聞いた」
「……人選間違ったかな」

 ワキさん何で重要なカード勝手に出しているんですか、と呟いたライゼに、先ほどの少年のような雰囲気がなり潜め、為政者のそれが、深々と頭を下げた。

「此度の尽力、誠に感謝する。貴殿のおかげで領民だけでなく、国が救われた」
「そうですか。なら、たっぷりと恩を返してくれると助かります」
「もちろんだ」

 ライゼとレグルスはニヤリと笑った。
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