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第二部 十章:それから晴れて……

一話 雨の中、始まった

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 赤の血飛沫が舞う。
 けれどライゼはそれに構うことなく“森顎”を構え、砲撃を轟かせる。
 すれば、闇よりも暗い黒の血しぶきが舞い、そして黒い煙となり、ゴトリと大きな魔石が虚空より落ちる。

 したべちゃとした地面を精一杯踏みしめる音が響いたかと思うと、玲瓏れいろうたる星月夜の魔力が迸る。
 声にならない悲鳴のように、息が吸われた。

「バカですか! もう少し、己の身を大切にしてください!」
「……それはトレーネに任せるよ。神官だし……」
「ッ。そうではありません!」

 深緑のローブはもちろんのこと、空から降り注ぐ雨すらも染めてしまうほどに、鮮血が広がる。
 水たまりに溶けて薄紅にすら見えてしまうそれは、けれど水の染みた地に染まれば、どす黒くなる。
 ボロボロの白のシャツは真っ赤に染まり、それらの隙間から見えるはずの肌色は決して見えない。血がこびりついている。

「……ぅ。それで、向こうは終わった?」
「……しゃべらないでください」
「終わった?」

 どしゃ降りにすら負けないほどにとめどなく流れる血を、甘雨の如き優しい闇夜の光が防いでいく。
 けれど幽鬼の如く青白い顔を見やり、トレーネはきつく唇をかみしめる。
 丁度、周囲に雨を凌ぐのと防御のための結界を張り終えた俺は、そんなトレーネに尻尾を当てる。

「……全員無事です。ヘルメス様が運んでくださったおかげで子供たちはもちろん、お年寄りの方も皆無事です」
「ならよかった。……ああ、それと僕の治療はもう大丈夫。傷もある程度ふさがったし」
「ッ、横になってください!」

 仕方なく話し始めたトレーネの肩を借りて、ライゼは体を起こし始めた。雨に濡れ、まだらに泥が張り付いた白のシスター服はライゼの血でさらに赤く染まる。
 ライゼはそれに気が付いて、肩から手を放して泥で滑る地面に手をついて体を起こし、〝汚れを落とす魔法ドリックァファルメ〟でそれを落としたが、トレーネが抱きつくようにライゼを寝かせたため、また鮮血に染まってしまった。
 
「……あの翼竜の群れはこっちに逃げて来た。逃げる要因があった」
「なら私が行きます。村人の避難を完了させた今、私が行くのが最善です」

 ワキさんと出会った町を離れて、早二カ月。
 いくつかのダンジョンや高難易度依頼を熟し、トレーネをSランク冒険者に推薦するギルド長の数もだいぶ揃った。
 あとは、長期依頼と貴族依頼の評価制限を突破するだけだった。

 貴族依頼は、ウォーリアズ王国のファーバフェルクト領領主、エーレさんが色々手を回したおかげで、ほとんど評価は足りている。
 そして長期依頼の評価も、ダンジョンによってほとんど足りている。ダンジョン攻略だったり、ダンジョン資源の発掘をすると、それは長期依頼評価として分類されるのだ。

 なのだが、流石に俺たちは長期依頼自体を受けていない。
 そして、とあるギルド長と話を付けている際に、長期依頼を受けたら推薦書を書く、と言われたのだ。
 それに今後の信用を考えても長期依頼は受けておいた方がいいと言われ、俺たちはとある村が出していた調査型の長期依頼を受けに来ていた。
 
 何でも近頃、近くの森にいた動物たちが度々村の方へでてくることがあり、また今まで見たこともない動物の死体を狩人たちが見つけるようになった。
 また、魔物の数が微妙に増えているらしい。
 その原因の調査が依頼だった。
 長期依頼ではあるが、原因が分かれば早く終わる。

 そう持ってライゼたちはその依頼を受け、その村へと移動した。
 そうして一週間近くが経ち、あらかた調査を終えて原因の目途がついたころ。

 翼竜の群れが襲ってきたのだ。
 しかも、その群れのリーダーが変異種であり相当に知恵が回った。

「ライゼ様は村人の皆様と一緒に避難所で隠れていてください」

 だから村人を守り切るのは難しかった。突然現れたため怪我を負ったり、パニックになったりと。
 それでもライゼは“魔倉の腕輪”にためておいた魔力まで消費して、こんな時のために覚えておいた〝魔物を引き寄せる魔法ボースハイタンノクン〟を過剰に発動させた。
 つまり囮となったのだ。
 
 そうしてライゼは翼竜たちを村から遠ざけ、その間に村人たちを俺が作った防空壕のような砦に集めたのだ。
 トレーネは神官であり、その生来の優しさから村人からの信用も高かった。
 それに体の小さいライゼよりは、身体強化も使え、怪我人なども運べ治療できるトレーネが避難誘導をした方がよかったのだ。
 もちろん種族的な特性で戦うことはできない俺は、移動手段やサポートに回るのが合理的のため、トレーネと一緒に行動していたのだ。

「……いや、僕が行く。トレーネは隠密行動は苦手でしょ」
「……どういうことですか?」
「……ぅ。ふぅ。……森の奥は村人でも立ち入ることはない」

 流石はトレーネの回復魔法か。あれだけ深かったライゼの傷が塞がり、切り傷もない。顔はまだ青白いままであるが。
 それでもライゼは、“空鞄”を発動させて、中から綺麗なシャツとズボン等々を取り出し、〝汚れを落とす魔法ドリックァファルメ〟を使って血を落としながら、トレーネが見ている前で着替えはじめた。
 トレーネはそれを止めることなく、というかあまりのライゼの気配に止めることができなかった。

 そうして有無も言わせぬ雰囲気のまま、一分も経たずに着替え終わったライゼは、深緑のローブを羽織り、“森顎”と“森彩”の点検をし始めた。
 ライゼの雰囲気に飲まれていたトレーネはハッと意識を取り戻し、そんなライゼを止めようとする。

「ライゼ様っ! いくら傷が塞がったとはいえ――」
「――調査をした結果、たぶんあの奥には魔物の大群がいる。あの翼竜たちはそんな魔物の大群から追い出された口減らしと言ったところかな」
「……どういうことですか」

 けれどライゼの鋭い視線を受けて止まってしまったトレーネは、続けられたライゼの言葉に剣呑な瞳をぶつけた。
 それは一緒に調査をしていたトレーネが知らないことだった。
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