上 下
129 / 138
第二部 九章:雨降った

七話 苛立ち

しおりを挟む
 カツコツカツコツと忙しなさを感じる足音がの部屋から響いてくる。
 ……まぁ一番端だし、接している部屋は俺たちの部屋だけだからいいんだが、相当苛立ってるな。
 その苛立ちの原因は……

『いいのか?』
『いつもの事でしょ?』
『はぁ。パーティー解散とか止めてくれよ』
『それはないよ』

 どうだか。
 そんな言葉はため息と共に仕舞いこみながら、俺は六畳ほどの小さな部屋に備え付けられた机の上で魔道具の整備をしていた。
 どうせ一週間はここにいるのだ。旅をしていると、二日三日かかる魔道具の整備や改修はできないからな。
 いい機会だ。

『というか、もうそろ食事の時間だぞ。伝えに言ったらどうだ?』
『分かった。……時計を持ってくれればいいんだけどね』
『機嫌取りのためにプレゼントしたらどうだ? 一ヶ月先とはいえ、お前ももらっただろ?』

 ベッドに寄りかかりながら本を読んでいたライゼが起き上がった。
 少しだけ悪戯な笑顔を浮かべながら俺を見て、そのあとフィンガースナップし、“空鞄”を召喚した。
 そして、“空鞄”を開けてガサゴソと。

『用意してはあるんだ』
『そうかいそうかい。で、何を?』
『ブレスレットの時計』
『……路銀、大丈夫か?』

 明らかの高価なブレスレット時計。針は細く、それでもきちんと存在感がある。また、方位磁石用の針も見える。
 ライゼの懐中時計とは違い、切り替わるタイプではないようだ。

 時計の周りを覆うラグは鈍い銀でありながら、ベルトは妖しいほどにぬるりと光る銀の糸だ。
 時計自体は大銅貨ほどの大きさで、薄い。飾り気はなく、けれど解析して確かめてみれば、錆びに熱による変形等々、耐久性がめっちゃ高いだろう。
 動力は……魔力か? いや、それにしては……動かす事によって自動でゼンマイが巻かれる自動巻きも入っている感じか?

 ライゼが持っている懐中時計よりは性能は低いが、しかしライゼの懐中時計よりも小さい。
 今の技術でこれほどの時計を作るとなると……小金貨十枚は行きそうだぞ。
 ……まじで大丈夫か、これ。

『問題ないよ。これ、もともとラビンテダンジョンで掻っ攫ってきたものだし』
『……はぁ、なんというか。あれか、あの神殿っぽいところか?』
『うん。たぶんラビンテさん、だよね。あの石像の腕に巻いてあったから』

 ……手癖が悪いといったら。はぁ。
 レーラーと再会したとき、俺、怒られないよな。流石のレーラーだってこんなに手癖は悪くない……はずだ。
 うん。大丈夫だろう。

 それにあの光の球が許したんだ。何を転移するかを指定しているはずだし、その際に気が付いている。
 だって、ライゼが取り決め以外に隠して持っていこうとしていた古い硬貨や魔道具は転移時に没収されていたし。
 なら、問題はなかったんだろう。

 ……いや、あろうがなかろうが……
 でも、冒険者という職業ってそういうものだよな……

『……で、いつ渡すんだ?』
『まぁ誕生日かな?』
『そうか。……それで夕飯は?』
『あ、行ってくる』

 ライゼは無造作に“空鞄”へそのブレスレット時計を仕舞い、“空鞄”も消した後、タッタッタッと足早に部屋を出ていった。
 俺は三回ほどくるくると回った後、〝物を浮かす魔法ディヌゥシュマー〟で改修していた魔道具と、魔道具専用の魔法袋を浮かし、仕舞った。

 そしてチロチロと舌を出し、隣の気配を探った後、扉の下の隙間から部屋を出たのだった。
 

 Φ


 翌朝。
 朝日が昇る前に起きたライゼは、昨夜に宿屋の店主に話を取り付けて宿屋の裏側にある空き地で訓練をしていた。
 体を大きくしてそれを見ながら、夜明け前の冷気で鱗をシャキとさせてた俺の傍へ、ワキさんがやってきた。
 この婆さんも朝が早いこった。

「ヘルメスさん。あたしゃの頼みは迷惑だったかね」

 特殊な結界の中で、乱舞する魔法弾を“森顎”と“森彩”で逸らしながら舞踏するライゼを関した様子で見ながら、俺の隣に座ったワキさんは俺の背中を触った。
 ……普通は許可なしで触られるのは嫌なのだが、けどワキさんは撫でるのが上手いからな。許す。

 明らかに前世の人間の感覚はすっかり遠のいてしまった俺は、もちろん〝思念を伝える魔法ナフクモニカクソン〟を使わない。だってトカゲだから。
 なので、少し不機嫌そうに尻尾を横に振った。

「そうかいそうかい。お前さんは問題ないと」
 
 尻尾をダンッと鳴らした。

「けど、あの嬢さんは迷惑していたと」

 尻尾を動かさない。
 だって。

「迷惑はしていませんよ、ワキ様」
「そうかい? それにしては苛立った様子に見えるだがの?」
「勘違いかと存じます」

 訓練をしにきたトレーネは黒金棒を担ぎながらも、軽やかに礼をした。
 ワキさんはも、そうかいと言いながら杖をついて頭を下げた。座ったままなのは、トレーネが視線で立たなくてもいいと促したからだ。

「言葉を崩しても構わんよ。ここにいるのはただの婆さんさね」
「ならば猶更です。ワキ様」
「どうにも神官様は堅苦しくてありゃせん」
「性分ですので」

 一見トレーネの表情は穏やかだ。けれど金貨すら裸足で逃げ出してしまうほど美しい黄金の瞳はワキさんを射貫いていた。
 トレーネは勝手に依頼を受けたライゼに苛立っている部分もあるが、確実に裏のあるワキさんを警戒しているのだ。
 まぁそれでも、お使いにも近い依頼を受け、貴重な時間を潰そうとしているライゼに苛立っているのだろうが。

 いや、焦っているのだろう。
 あと半年もないのだ。半年でSランク冒険者になり、フリーエンがいるウォーリアズ王国へと帰らなくてはならない。

 そもそもSランク冒険者になるには実力も貢献度も推薦も必要だが、それなりの儀式というか、場所が必要になる。
 権威も。

 ありたいていにいえば、Sランク冒険者を承認する冒険者ギルドが決まっているのだ。当たり前だが。
 ファッケル王国内では、アイファング王国に二つ。ハーフン王国に三つ。ナファレン王国やウォーリアズ王国にはないのだ。
 ない理由は省くが、それゆえにハーフン王国に向かって旅をしてきたのだ。

 その旅をするのに半年近くかかっている。
 戻る際はダンジョンを攻略したり、魔物を討伐しないとしても、それでも三か月はかかるだろう。
 猶予は少ない。

 だからトレーネは焦っている。
 ランク上げにもならないお使いを受けることで時間を取られるのが本当に嫌なのだ。
 だけど、ライゼのおかげで半年間でAランクになれたこともあり、それが言えない。自分だけでは無理だと分かっているから。
 
 だから、苛立ちだ。
 嫌な気持ちを、否定を、己の意見をはっきりと言えない。そういうもどかしさの苛立ち。
 
 ……たぶんこんな状況でなければ、ライゼよりもトレーネの方がお使いみたいな依頼を受けると思うが。
 状況は簡単に人を変えるのは確かだろう。

「と、あたしゃここで失礼するよ。また、数時間後に」
「……ええ、数時間後に」

 そんな苛立ちがチラリホラリと見えるトレーネの笑顔を見て、ワキさんは立ち上がり、俺たちに少しだけ頭を下げた後、反転して去っていった。
 結局ワキさんは何をしにここへ来たのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト
ファンタジー
ある日、背後から何者かに突然刺され死亡した主人公。 目覚めると神様的な存在に『転生』を迫られ 気付けば異世界に! 火を吐くドラゴン、動く大木、ダンジョンに魔王!! 有り触れた世界に転生したけど、身体は竜の姿で⋯!? 仲間と出会い、絆を深め、強敵を倒す⋯単なるファンタジーライフじゃない! 進むに連れて、どんどんおかしな方向に行く主人公の運命! グルグルと回る世界で、一体どんな事が待ち受けているのか! 読んで観なきゃあ分からない! 異世界転生バトルファンタジー!ここに降臨す! ※「小説家になろう」でも投稿しております。 https://ncode.syosetu.com/n5903ga/

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...