127 / 138
第二部 九章:雨降った
五話 どんなに心掛けても「つもり」でしかない
しおりを挟む
パチぱち。パチぱち。パチぱち。
星が落ちて、火の粉が落ちる。静かな森の中、動物も星空も木々も火の粉さえも眠りに落ちているのに、煙だけは昇っている。
もくもくとゆっくり昇っている。
「ライゼ様。なぜおっしゃって下さらなかったのですか? あれくらいの事ならば、私でも協力できたと思いますし、そもそも結局報酬は私だけが……」
「……さぁ?」
リッヒテンを出た日。俺たちはハーフン王国とナファレン王国の国境の関所前の森で野営をしていた。
ここら一帯は肉食動物や夜行性の動物が少なく、関所を超える冒険者や商人などのキャンプ地となっている。
まぁ今日ここでキャンプをしているのは俺たちだけらしいが。
「……はぁ」
「ため息を吐くと、皺が増えるよ」
「増えません!」
茶化すライゼにトレーネは叫ぶ。叫んだことにより、眉間に皺がよっているが、これはため息を吐いたからではなく、ライゼが茶化したからだ。
ただ、ライゼはそれに気が付いていながらもワザとらしく自らの眉間を指す。トレーネはオウム返しのように自らの手を眉間にあて、さらに顔を顰めた。
「……僕の担当だから。だからトレーネは気にしなくて大丈夫」
そんなトレーネに微笑んでいたライゼは、お茶が入ったカップを口につけたあと、ホッと呟いた。
トレーネは一瞬だけ瞬きした後、手に持っていたカップを地面に置き立ち上がり、ライゼに詰め寄った。
「そういうことではないのです!」
「じゃあどういうことなの? 僕としてはトレーネがSランク冒険者になれるように手を尽くしているだけなんだけど」
「ッ」
トレーネが息を飲む。その黄金の瞳は揺らめき、夜空を映し出す黒の長髪は後ろへたなびく。
一歩二歩と後ずさり、そして簡易の土の椅子に腰をおろした。
トレーネは俯く。
「……すみません」
「謝らなくていいよ。僕がやりたいからやっていることなんだし」
「……はい」
……はぁ。トレーネもトレーネだが、ライゼもライゼだ。
ここ最近はずっとこんな感じだ。
ライゼはトレーネをSランク冒険者にするために、色々画策している。
今回もそれであり、そもそもライゼは、ギルド長の失態を晒すという副ギルド長の依頼を受ける必要はなかった。
ただただ、ほかの冒険者ギルドに情報を売りつけるだけでいい。キャメロン相手にあんな変な事をしなくてよかったのだ。
そうしなかったのは、ひとえにトレーネの冒険者ランクを上げるため。
Aランク、Sランクへとランクを上げるには、実力や依頼達成数以外にも、ギルド長の推薦が必要になる。
ここ半年。ダンジョンを攻略したり、凶悪な魔物を討伐したり……と、数々の依頼を熟したが、トレーネを推薦するギルド長はそこまで多くなかった。
実力重視の世界ではあるが、その実力とは単なる戦闘能力だけでなく経験も含まれている。
冒険者になって一年程度の少女がBランクなのも御の字ということである。
それでも必要推薦者が残り一人となっていたため、副ギルド長をギルド長にするための画策もしたのだ。
キャメロンの失態を晒し、副ギルド長がそれを使ってキャメロンを追い出す。
そしてそんなキャメロンがいながらも、ギルドを回していた功績などで、ギルド長になる。
文字にするだけなら簡単だが、実際は色々な弊害がある。
副ギルド長はその弊害を一つ一つ緻密に壊していて、最後の決め手としてライゼにギルド長の失態を晒すように依頼をだしたのだ。
リッヒテンのギルド長もすでに副ギルド長側だったということである。
まぁ、仕事もできないただの婆とはいえ、ギルド長を一時的に敵に回す行為をライゼにさせたのだ。
ラビンテダンジョンの報酬や正式評価も遅れてしまうし。
そのため、ライゼはリッヒテンのギルド長はもちろん、副ギルド長にも色々吹っ掛けていた。
それで勝ち取ったのが、トレーネの冒険者ランクと、ライゼとトレーネ二人の冒険者パーティー、『蜥蜴と共に』のAランク昇格である。
他にも、トレーネがSランク冒険者になるためのリッヒテンのギルド長の推薦書の確約や、ハーフン王国内の知り合いのギルド長への紹介状などなど。
あとは未攻略ダンジョンや脅威度の高い依頼を優先して手配してもらったり、色々ともぎ取った。
それ自体はトレーナも感謝している。
ただ、トレーネはライゼが自分を頼ってくれないことが嫌なのだろう。自分のことで手を尽くしてもらっているのに、その自分は蚊帳の外。
ここは互いの信頼やらなんやらがものをいうし、一概に正解はない。
けれどなぁ……
『もう少し、言葉を尽くしたらどうだ?』
『そのつもりなんだけどね』
『つもり、だろ? ……一度くらい喧嘩してみればいいじゃないか』
『アハハハ。それはちょっと勘弁かな。絶対僕が負けるだろうし』
トレーネは不貞腐れて寝袋に包まって寝てしまった。ライゼは夜の見張り番だ。
肉食動物は少ないし、魔物除けの結界も張っているがそれでも見張り番は必要だ。敵は魔物や動物だけとは限らないし。
拾った小枝を焚火に放り投げながら、ライゼは苦笑する。
『なら、もう少し頼ったらどうだ?』
『頼ってるつもりなんだけどね』
『またつもりか』
『うん』
たぶんライゼも分かっているのだ。「つもり」という言葉を使っている時点で、すべてが不十分で、十分などありえないと。
それでも苦笑いを浮かべながらも、頑固に今までに自分を変えないのは……
……まぁいっか。たぶん、喧嘩でもすればこんな問題は解消する。
半年間見て思ったが、二人とも優しいのだ。そして臆病なのだ。
だから、大切なところで躊躇して踏み込まない。踏み込むことを恐れて、それがけれど優しさにも繋がっていて。
特に、ライゼはトレーネと過ごす時間が増えれば増えるほど、そうなっている。
……大切、とは行かないまでもそれくらいになったのか。
俺には推し量ることしかできず、決して理解することはできないが、やっぱり何度も言うように喧嘩をすればいいのだろう。
雨降って地固まるって言葉があるくらいだし。
星が落ちて、火の粉が落ちる。静かな森の中、動物も星空も木々も火の粉さえも眠りに落ちているのに、煙だけは昇っている。
もくもくとゆっくり昇っている。
「ライゼ様。なぜおっしゃって下さらなかったのですか? あれくらいの事ならば、私でも協力できたと思いますし、そもそも結局報酬は私だけが……」
「……さぁ?」
リッヒテンを出た日。俺たちはハーフン王国とナファレン王国の国境の関所前の森で野営をしていた。
ここら一帯は肉食動物や夜行性の動物が少なく、関所を超える冒険者や商人などのキャンプ地となっている。
まぁ今日ここでキャンプをしているのは俺たちだけらしいが。
「……はぁ」
「ため息を吐くと、皺が増えるよ」
「増えません!」
茶化すライゼにトレーネは叫ぶ。叫んだことにより、眉間に皺がよっているが、これはため息を吐いたからではなく、ライゼが茶化したからだ。
ただ、ライゼはそれに気が付いていながらもワザとらしく自らの眉間を指す。トレーネはオウム返しのように自らの手を眉間にあて、さらに顔を顰めた。
「……僕の担当だから。だからトレーネは気にしなくて大丈夫」
そんなトレーネに微笑んでいたライゼは、お茶が入ったカップを口につけたあと、ホッと呟いた。
トレーネは一瞬だけ瞬きした後、手に持っていたカップを地面に置き立ち上がり、ライゼに詰め寄った。
「そういうことではないのです!」
「じゃあどういうことなの? 僕としてはトレーネがSランク冒険者になれるように手を尽くしているだけなんだけど」
「ッ」
トレーネが息を飲む。その黄金の瞳は揺らめき、夜空を映し出す黒の長髪は後ろへたなびく。
一歩二歩と後ずさり、そして簡易の土の椅子に腰をおろした。
トレーネは俯く。
「……すみません」
「謝らなくていいよ。僕がやりたいからやっていることなんだし」
「……はい」
……はぁ。トレーネもトレーネだが、ライゼもライゼだ。
ここ最近はずっとこんな感じだ。
ライゼはトレーネをSランク冒険者にするために、色々画策している。
今回もそれであり、そもそもライゼは、ギルド長の失態を晒すという副ギルド長の依頼を受ける必要はなかった。
ただただ、ほかの冒険者ギルドに情報を売りつけるだけでいい。キャメロン相手にあんな変な事をしなくてよかったのだ。
そうしなかったのは、ひとえにトレーネの冒険者ランクを上げるため。
Aランク、Sランクへとランクを上げるには、実力や依頼達成数以外にも、ギルド長の推薦が必要になる。
ここ半年。ダンジョンを攻略したり、凶悪な魔物を討伐したり……と、数々の依頼を熟したが、トレーネを推薦するギルド長はそこまで多くなかった。
実力重視の世界ではあるが、その実力とは単なる戦闘能力だけでなく経験も含まれている。
冒険者になって一年程度の少女がBランクなのも御の字ということである。
それでも必要推薦者が残り一人となっていたため、副ギルド長をギルド長にするための画策もしたのだ。
キャメロンの失態を晒し、副ギルド長がそれを使ってキャメロンを追い出す。
そしてそんなキャメロンがいながらも、ギルドを回していた功績などで、ギルド長になる。
文字にするだけなら簡単だが、実際は色々な弊害がある。
副ギルド長はその弊害を一つ一つ緻密に壊していて、最後の決め手としてライゼにギルド長の失態を晒すように依頼をだしたのだ。
リッヒテンのギルド長もすでに副ギルド長側だったということである。
まぁ、仕事もできないただの婆とはいえ、ギルド長を一時的に敵に回す行為をライゼにさせたのだ。
ラビンテダンジョンの報酬や正式評価も遅れてしまうし。
そのため、ライゼはリッヒテンのギルド長はもちろん、副ギルド長にも色々吹っ掛けていた。
それで勝ち取ったのが、トレーネの冒険者ランクと、ライゼとトレーネ二人の冒険者パーティー、『蜥蜴と共に』のAランク昇格である。
他にも、トレーネがSランク冒険者になるためのリッヒテンのギルド長の推薦書の確約や、ハーフン王国内の知り合いのギルド長への紹介状などなど。
あとは未攻略ダンジョンや脅威度の高い依頼を優先して手配してもらったり、色々ともぎ取った。
それ自体はトレーナも感謝している。
ただ、トレーネはライゼが自分を頼ってくれないことが嫌なのだろう。自分のことで手を尽くしてもらっているのに、その自分は蚊帳の外。
ここは互いの信頼やらなんやらがものをいうし、一概に正解はない。
けれどなぁ……
『もう少し、言葉を尽くしたらどうだ?』
『そのつもりなんだけどね』
『つもり、だろ? ……一度くらい喧嘩してみればいいじゃないか』
『アハハハ。それはちょっと勘弁かな。絶対僕が負けるだろうし』
トレーネは不貞腐れて寝袋に包まって寝てしまった。ライゼは夜の見張り番だ。
肉食動物は少ないし、魔物除けの結界も張っているがそれでも見張り番は必要だ。敵は魔物や動物だけとは限らないし。
拾った小枝を焚火に放り投げながら、ライゼは苦笑する。
『なら、もう少し頼ったらどうだ?』
『頼ってるつもりなんだけどね』
『またつもりか』
『うん』
たぶんライゼも分かっているのだ。「つもり」という言葉を使っている時点で、すべてが不十分で、十分などありえないと。
それでも苦笑いを浮かべながらも、頑固に今までに自分を変えないのは……
……まぁいっか。たぶん、喧嘩でもすればこんな問題は解消する。
半年間見て思ったが、二人とも優しいのだ。そして臆病なのだ。
だから、大切なところで躊躇して踏み込まない。踏み込むことを恐れて、それがけれど優しさにも繋がっていて。
特に、ライゼはトレーネと過ごす時間が増えれば増えるほど、そうなっている。
……大切、とは行かないまでもそれくらいになったのか。
俺には推し量ることしかできず、決して理解することはできないが、やっぱり何度も言うように喧嘩をすればいいのだろう。
雨降って地固まるって言葉があるくらいだし。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
猛焔滅斬の碧刃龍
ガスト
ファンタジー
ある日、背後から何者かに突然刺され死亡した主人公。
目覚めると神様的な存在に『転生』を迫られ 気付けば異世界に!
火を吐くドラゴン、動く大木、ダンジョンに魔王!!
有り触れた世界に転生したけど、身体は竜の姿で⋯!?
仲間と出会い、絆を深め、強敵を倒す⋯単なるファンタジーライフじゃない!
進むに連れて、どんどんおかしな方向に行く主人公の運命!
グルグルと回る世界で、一体どんな事が待ち受けているのか!
読んで観なきゃあ分からない!
異世界転生バトルファンタジー!ここに降臨す!
※「小説家になろう」でも投稿しております。
https://ncode.syosetu.com/n5903ga/
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる