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幕間 I’m Gonna Live Till I Die
とある旅の終わりの眺め
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ある日。朝日が昇る二時間ほど前。
月は既に沈んでいて極彩色の星々だけが照らす街は、普通は暗く静かなはずなのに、その時だけは数々の小さな灯火と喧騒に包まれていた。
そんな街を見下ろす位置にある小さなお城の頂上に一人の麗人がいた。
夜の冷たい風に靡く真っ赤な髪は悲しさに揺れていて、深紅の瞳は閉じられていた。
そんな彼女に近づく影が二つ。
両方とも気品ある鎧を身に纏っている。
「エーレ辺境伯」
「……ああ、これはオリアン殿下。こんな夜更けにわざわざ――」
呼ばれたエーレは跪き、右胸に手を当てて頭を下げる。
ただ、発言は金の御髪を爽やかに揺らし、困ったように碧眼を細める青年に止められてしまった。
「――エーレ閣下。私は現在閣下の指揮下に入っております故」
「……わかり、いえ、分かった。……して、オリアン殿は何故ここへ?」
立ち上がり、凛とした所作でオリアン第二王子に訊ねるエーレは、オリアンの隣にいたウォーリアズ王国第二騎士団団長、バーハルク・エレドーワに目配せする。
目配せされたバーハルクは、困ったように眉尻を下げ、しかし隣にいるオリアンを見て首を振る。
「私は騎士として、戦士としてこの場にいます」
「……なるほど。だが、始まるまで後二時間ほどかかるが」
「ええ、それは知っています。しかしその前に準備を手伝う許可を貰えればと」
少しだけそれを予想していたエーレは内心困り果てる。
今回、王国軍が事前情報や通常の移動速度よりも早く動き、ファーバフェルク領の首都へ辿り着けたのは、第二王子でありながら王国軍特殊騎士団に所属しているオリアンが強権を発動したためである。
通常、移動する際には責任問題なども含め、各部隊長とそれを取りまとめる団長がある程度の予定調和のような合意を経て物事が決定される。上からの命令は絶対ではあるが、命令が下されるまでに時間を多少要する。
だが、魔人による計画的侵攻、いや侵略を重く見たオリアン第二王子は王国が貯蔵していた物資を強権を使ってファーバフェルクト領へと流した。
また、負傷者の手当てや物理的、精神的な衛生面の悪化による二次被害を防ぐために王国軍を通常では考えられないほど早く動かした。
物理的な衛生が悪くなると病気が流行り、街が腐り、他の街を腐らせる。それに精神的な衛生が悪くなると犯罪が横行し、反逆の可能性がでる。特に国家に対しての不満の種火はある程度小さくする必要がある。
まぁなのでエーレはそれらの可能性を少なくして街の復興の足がかりを手伝ってもらった目の前に青年には感謝しているのだが、しかしオリアンは第二王子である。成人する際に王位継承権を放棄し、王国軍部に所属したとはいえ、高貴な御方である。
今、街で準備をしている者の中にはオリアンが引き攣れてきた王国軍も多い。なのにそんな中にオリアンを入れるなど混乱のもとでしかない。
目の前の青年はそれが分からないほど馬鹿ではないはずだが……
エーレは戸惑ってしまう。
「エーレ閣下。これなら問題はないですか?」
そんなエーレの戸惑いはもちろん分かっていたらしく、オリアンは隣にいたバーハルクに目配せする。
バーハルクは腰に下げていた魔法袋から幾つかの衣服と小さな指輪を取り出した。変装用の衣服と魔道具である。
「……許可する。だが、開始前にはここに戻ってもらう。オリアン殿にはやってもらいたいこともあるからな」
「ありがとうございます、エーレ閣下」
オリアンは星明りと松明の明かりではあまりよく見えないが、それでも嬉しそうに、いや感謝するようにエーレに頭を下げた。
下げられても困るっといった感じに周囲の気配を探ったエーレは頷いた後、溜息を付いた。
Φ
それから二時間後。ようやく空が白み始め、あと数分で天を黒から青へ染め上げる太陽が顔を出そうとする頃。
ファーバフェルクト領の首都を見下ろす丘に老人と少女が立っていた。
「よかった。間に合ったみたいだね」
「……お前さんが途中で魔導書欲しさに黒鷲魔怪鳥の巣に乗り込まなければ、真夜中を強行軍する必要もなかったのだがな」
「……それは……いつもの事でしょ」
老人に責められた少女、いや見た目は少女のレーラーはそっぽを向く。
そんなレーラーに白髪を後で纏めた武人の老人、フリーエンは小さく溜息を付いた後、鋭い声音でレーラーに訊ねる。
「で、何故ここに来たんだ? 魔人騒動は片付いたし、必要な情報は既に手に入れてるぞ」
「……フリーエンったら全く。もう少し余裕をもったら?」
鋭い赤錆の瞳に睨まれてもレーラーはいつも通りの無表情で街を見下ろし、そして体内の魔力を高めていく。
フリーエンはそれを感じ取り、追及はやめ己の魔力を高めていく。
そして二人は飛んだ。
レーラーは〝人を浮かす魔法〟で、フリーエンは魔力で背中に編んだ竜の翼で飛んだのだ。
二人が空を飛び始めたのと同時に太陽が顔を覗かせ始めた。
また、さらにそれと同時に街から温かな白の陽光が煌き始める。それは街のあちこちに突き刺さっている武器が放つ太陽の反射光。
「さて、ライゼの仕掛けも発動しなきゃ出し、頑張ろ」
「……はぁ」
レーラーは翡翠が浮いた大杖を何処からともなく取り出し両手で掴む。祈りを捧げるように目を瞑り、浮いている翡翠に額をあてる。
太陽が空を白から茜に、茜から青へと染め始める。転たの彼は誰はこの世の絶対的定理を一時的に曖昧模糊へと変化させ、それに呼応する様に街から白銀の陽光に煌く白煙が昇り始める。まるで魂が立ち昇り、天に導かれているかのように。
そしてレーラーは己の魔力光を隠そうとせずに体内魔力を全力で放出し、未だ黒に近かった空を薄く覆っていた雲を晴らしていく。
大地を温かく包み込む新緑の光が空中で波紋を描き、空へと立ち昇る白煙を優しく包み込んでいく。
街は一瞬どよめいたが、直ぐに厳かになっていく。
それを確認したレーラーは次にブツブツと小さく呟き始める。レーラーの周囲にレーラーの魔力とは違う深緑の魔力が渦巻き、それは大地へと浸透していった。
「……これは」
今まで傍観していたフリーエンが少しだけ目を丸くした。
それを聞いてレーラーは流石は自慢の弟子、と心の中でライゼを褒めるのだった。
Φ
「これは……どういうことですか、エーレ閣下」
「我にも……だが、悪いものでは無いようだ」
ウォーリアズ王国にはとある慣習がある。それはこの国に生まれたものは、男だろうが女だろうが、貴族だろうが平民だろうが、生まれたときウォーリアズ王国から一つの武器を授かる。
地域や身分、親などによって変わるがそれでも幾種もの剣、幾種もの魔法杖、幾種もの斧、幾種もの槍、そんな中から一つ、生涯を共にする武器を授かるのだ。
そして死んだときにその武器を所縁ある場所に突き刺し、太陽が昇り始め、死者の魂が天へと還る彼は誰時にとある鉱石を燃やす。
その鉱石は太陽光を白銀に反射させる煙を生み出すのだが、また、戦う者が死んだ際は、それと別に浮遊石という鉱石を使ったカンテラを浮かすことをする。
戦いに死んだ戦士がこの世に執着を持たず、迷わず天に還れるようにだ。そもそも彼は誰時にやるのは、この世とあの世が曖昧で、しかもこの世の者があの世へと攫われるのではなく、この世で死んだ者が女神様の優しさである太陽の光に導かれてあの世へと還れるからだ。誰そ彼時は無理やり連れ去られてしまう。
まぁ、でもウォーリアズ王国の慣習は通常はそんなものだ。
白銀煌く白煙とあらゆる場所に突き刺さった何かしらの武器、そして空へと昇るカンテラ。通常はそれだけの風景だ。
けれど。
「……確かに、母に温かく褒められているようです。こそばゆささえある」
「……大いなる大地の母、か」
「ええ、彼らは星になれるようですね」
大地は光と星から生まれた。そして大地を象徴する母、緑の精に祝福されて死んだ者は暗い夜空を彩る新たな星になる。神話の一つだ。
そしてエーレとオリアンの目にはあらゆる魂の白煙とカンテラが緑の精に祝福されている幻想が映し出されていた。
街の至る所から新緑に輝く幻影の植物が白煙を包み込むようにネジ巻きに伸び、淡い花々を咲かせる。
また、空へ昇るカンテラの周囲には深緑の蝶や蜂、妖精の様な球、小鳥が舞っていて、空へ昇るカンテラはそれらに導かれているようでもあった。
そして何より、何より街の至る所に突き刺さった武器の周囲には花が添えられていた。優しく微笑む花。可愛らしく小さくそしてそっと咲く数輪の花。
武器の周りには数輪の花しか咲いていなかったのだ。
けれど、だからこそ死んだ家族を、恋人を、友人を、隣人を、誰かを想い偲び、その魂の行く末が女神様に辿り着く様にと祈った人々は少しだけ誇らしくなった。嬉しくなった。温かくなった。
数輪の、ともすれば一輪の花こそが希望になるのだ。
そして数ヶ月に亘って失われてた命は大地の母の微笑みと灯火に導かれて安らかに眠った。
祝福があった。
月は既に沈んでいて極彩色の星々だけが照らす街は、普通は暗く静かなはずなのに、その時だけは数々の小さな灯火と喧騒に包まれていた。
そんな街を見下ろす位置にある小さなお城の頂上に一人の麗人がいた。
夜の冷たい風に靡く真っ赤な髪は悲しさに揺れていて、深紅の瞳は閉じられていた。
そんな彼女に近づく影が二つ。
両方とも気品ある鎧を身に纏っている。
「エーレ辺境伯」
「……ああ、これはオリアン殿下。こんな夜更けにわざわざ――」
呼ばれたエーレは跪き、右胸に手を当てて頭を下げる。
ただ、発言は金の御髪を爽やかに揺らし、困ったように碧眼を細める青年に止められてしまった。
「――エーレ閣下。私は現在閣下の指揮下に入っております故」
「……わかり、いえ、分かった。……して、オリアン殿は何故ここへ?」
立ち上がり、凛とした所作でオリアン第二王子に訊ねるエーレは、オリアンの隣にいたウォーリアズ王国第二騎士団団長、バーハルク・エレドーワに目配せする。
目配せされたバーハルクは、困ったように眉尻を下げ、しかし隣にいるオリアンを見て首を振る。
「私は騎士として、戦士としてこの場にいます」
「……なるほど。だが、始まるまで後二時間ほどかかるが」
「ええ、それは知っています。しかしその前に準備を手伝う許可を貰えればと」
少しだけそれを予想していたエーレは内心困り果てる。
今回、王国軍が事前情報や通常の移動速度よりも早く動き、ファーバフェルク領の首都へ辿り着けたのは、第二王子でありながら王国軍特殊騎士団に所属しているオリアンが強権を発動したためである。
通常、移動する際には責任問題なども含め、各部隊長とそれを取りまとめる団長がある程度の予定調和のような合意を経て物事が決定される。上からの命令は絶対ではあるが、命令が下されるまでに時間を多少要する。
だが、魔人による計画的侵攻、いや侵略を重く見たオリアン第二王子は王国が貯蔵していた物資を強権を使ってファーバフェルクト領へと流した。
また、負傷者の手当てや物理的、精神的な衛生面の悪化による二次被害を防ぐために王国軍を通常では考えられないほど早く動かした。
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まぁなのでエーレはそれらの可能性を少なくして街の復興の足がかりを手伝ってもらった目の前に青年には感謝しているのだが、しかしオリアンは第二王子である。成人する際に王位継承権を放棄し、王国軍部に所属したとはいえ、高貴な御方である。
今、街で準備をしている者の中にはオリアンが引き攣れてきた王国軍も多い。なのにそんな中にオリアンを入れるなど混乱のもとでしかない。
目の前の青年はそれが分からないほど馬鹿ではないはずだが……
エーレは戸惑ってしまう。
「エーレ閣下。これなら問題はないですか?」
そんなエーレの戸惑いはもちろん分かっていたらしく、オリアンは隣にいたバーハルクに目配せする。
バーハルクは腰に下げていた魔法袋から幾つかの衣服と小さな指輪を取り出した。変装用の衣服と魔道具である。
「……許可する。だが、開始前にはここに戻ってもらう。オリアン殿にはやってもらいたいこともあるからな」
「ありがとうございます、エーレ閣下」
オリアンは星明りと松明の明かりではあまりよく見えないが、それでも嬉しそうに、いや感謝するようにエーレに頭を下げた。
下げられても困るっといった感じに周囲の気配を探ったエーレは頷いた後、溜息を付いた。
Φ
それから二時間後。ようやく空が白み始め、あと数分で天を黒から青へ染め上げる太陽が顔を出そうとする頃。
ファーバフェルクト領の首都を見下ろす丘に老人と少女が立っていた。
「よかった。間に合ったみたいだね」
「……お前さんが途中で魔導書欲しさに黒鷲魔怪鳥の巣に乗り込まなければ、真夜中を強行軍する必要もなかったのだがな」
「……それは……いつもの事でしょ」
老人に責められた少女、いや見た目は少女のレーラーはそっぽを向く。
そんなレーラーに白髪を後で纏めた武人の老人、フリーエンは小さく溜息を付いた後、鋭い声音でレーラーに訊ねる。
「で、何故ここに来たんだ? 魔人騒動は片付いたし、必要な情報は既に手に入れてるぞ」
「……フリーエンったら全く。もう少し余裕をもったら?」
鋭い赤錆の瞳に睨まれてもレーラーはいつも通りの無表情で街を見下ろし、そして体内の魔力を高めていく。
フリーエンはそれを感じ取り、追及はやめ己の魔力を高めていく。
そして二人は飛んだ。
レーラーは〝人を浮かす魔法〟で、フリーエンは魔力で背中に編んだ竜の翼で飛んだのだ。
二人が空を飛び始めたのと同時に太陽が顔を覗かせ始めた。
また、さらにそれと同時に街から温かな白の陽光が煌き始める。それは街のあちこちに突き刺さっている武器が放つ太陽の反射光。
「さて、ライゼの仕掛けも発動しなきゃ出し、頑張ろ」
「……はぁ」
レーラーは翡翠が浮いた大杖を何処からともなく取り出し両手で掴む。祈りを捧げるように目を瞑り、浮いている翡翠に額をあてる。
太陽が空を白から茜に、茜から青へと染め始める。転たの彼は誰はこの世の絶対的定理を一時的に曖昧模糊へと変化させ、それに呼応する様に街から白銀の陽光に煌く白煙が昇り始める。まるで魂が立ち昇り、天に導かれているかのように。
そしてレーラーは己の魔力光を隠そうとせずに体内魔力を全力で放出し、未だ黒に近かった空を薄く覆っていた雲を晴らしていく。
大地を温かく包み込む新緑の光が空中で波紋を描き、空へと立ち昇る白煙を優しく包み込んでいく。
街は一瞬どよめいたが、直ぐに厳かになっていく。
それを確認したレーラーは次にブツブツと小さく呟き始める。レーラーの周囲にレーラーの魔力とは違う深緑の魔力が渦巻き、それは大地へと浸透していった。
「……これは」
今まで傍観していたフリーエンが少しだけ目を丸くした。
それを聞いてレーラーは流石は自慢の弟子、と心の中でライゼを褒めるのだった。
Φ
「これは……どういうことですか、エーレ閣下」
「我にも……だが、悪いものでは無いようだ」
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地域や身分、親などによって変わるがそれでも幾種もの剣、幾種もの魔法杖、幾種もの斧、幾種もの槍、そんな中から一つ、生涯を共にする武器を授かるのだ。
そして死んだときにその武器を所縁ある場所に突き刺し、太陽が昇り始め、死者の魂が天へと還る彼は誰時にとある鉱石を燃やす。
その鉱石は太陽光を白銀に反射させる煙を生み出すのだが、また、戦う者が死んだ際は、それと別に浮遊石という鉱石を使ったカンテラを浮かすことをする。
戦いに死んだ戦士がこの世に執着を持たず、迷わず天に還れるようにだ。そもそも彼は誰時にやるのは、この世とあの世が曖昧で、しかもこの世の者があの世へと攫われるのではなく、この世で死んだ者が女神様の優しさである太陽の光に導かれてあの世へと還れるからだ。誰そ彼時は無理やり連れ去られてしまう。
まぁ、でもウォーリアズ王国の慣習は通常はそんなものだ。
白銀煌く白煙とあらゆる場所に突き刺さった何かしらの武器、そして空へと昇るカンテラ。通常はそれだけの風景だ。
けれど。
「……確かに、母に温かく褒められているようです。こそばゆささえある」
「……大いなる大地の母、か」
「ええ、彼らは星になれるようですね」
大地は光と星から生まれた。そして大地を象徴する母、緑の精に祝福されて死んだ者は暗い夜空を彩る新たな星になる。神話の一つだ。
そしてエーレとオリアンの目にはあらゆる魂の白煙とカンテラが緑の精に祝福されている幻想が映し出されていた。
街の至る所から新緑に輝く幻影の植物が白煙を包み込むようにネジ巻きに伸び、淡い花々を咲かせる。
また、空へ昇るカンテラの周囲には深緑の蝶や蜂、妖精の様な球、小鳥が舞っていて、空へ昇るカンテラはそれらに導かれているようでもあった。
そして何より、何より街の至る所に突き刺さった武器の周囲には花が添えられていた。優しく微笑む花。可愛らしく小さくそしてそっと咲く数輪の花。
武器の周りには数輪の花しか咲いていなかったのだ。
けれど、だからこそ死んだ家族を、恋人を、友人を、隣人を、誰かを想い偲び、その魂の行く末が女神様に辿り着く様にと祈った人々は少しだけ誇らしくなった。嬉しくなった。温かくなった。
数輪の、ともすれば一輪の花こそが希望になるのだ。
そして数ヶ月に亘って失われてた命は大地の母の微笑みと灯火に導かれて安らかに眠った。
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