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第二部 八章:どうか自らに灯火を
二話 そうであって欲しかった
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「それで、何から話そうかな。……聞きたいこととかある?」
ペンと紙をトレーネに渡したのに、ライゼは話す内容や手順を決めていなかったらしく、苦笑いして頬を掻きながらトレーネに訊ねた。
聞くべきことや訊ねるべきこと、それにトレーネがグリュック町で収集した情報を聞くことでもいい。それなのに、話す手順やらを決めていなかったライゼが少しだけ変だ。いつもはそういうことをしないはずなのに。
そしてそんなライゼに訊ねられたトレーネは無言だ。いきなりの事に戸惑っているらしい。あ、いやトレーネは聞きたいことが多くあり過ぎて、それを整理しているらしい。
そうして数分か、数十秒か経った後に、一瞬だけ突っかかりながらも唇が開いた。緊張か、何かで乾燥し、くっついていたのだろう。
「……では、ライゼ様は何故ここにいるのでしょうか? また、レーラー様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「……そこからか。うん、分かったよ」
ライゼは不安定なベッドの上に置かれた紙に、スラスラと文字を書いていく。たぶん、箇条書きでメモをとっている。何でかはあんまり分からない。
いつもはそんな事をしない。今日のライゼはやっぱり変だ。
「まず、僕がここにいる理由だけど、トレーネにお礼を言うためかな」
「お礼ですか?」
「うん。ほら、この首の刻印。レーラー師匠は聖母の加護系の魔法って言ってたけど、これのお陰でいつも以上に怪我や疲労の回復が早いし、今まで感じてた不調が治ったんだよ」
ライゼは後の首元を右手で触りながら、カラカラ笑ってトレーネに言う。
そして頭を下げた。
「だから、本当にありがとう。レーラー師匠に聞いたけど、毒や病気にもかかり難くなる凄い魔法でしょ。しかも王級だって。そんな希少な魔法を何の対価なしに僕にかけてもらったから。本当にありがとう」
ベッドの上で胡坐で座っているとはいえ、その言葉には確かに感謝が込められていた。なんで、ベッドの上で言う状況を作ったのかは分からないが。
頭をずっと深々と下げているライゼから目を一瞬だけ逸らしたトレーネは、何度か小さく息を吸っては吐いてを繰り返して、ようやく言葉を発した。
「……私は、私はライゼ様が少しでも……いえ、違います……」
しかし、その発した言葉もすぐに小さく溶けるように消えてしまった。黄金の瞳は昏く揺れていて、褐色の艶めく肌に汗の雫がいくらか垂れていた。
唇はギュッと真一文字に結ばれていて、けれど時折、ハッと短い呼吸が漏れる時に開かれる。
トレーネは何かに苛まれているようだった。
ライゼは心配するでもなく、静かにそれを見ている。
「……〝聖母の盾〟によって私はライゼ様の居場所が常に分かっていました。効果は幾分か低くとも私がライゼ様の居場所を感知できない魔法はありました。普通、かけた相手の居場所など知る必要はないのです」
……というと、トレーネはライゼがフリーエンさんのところに行ったことも知っているのか?
だが、何故それを……いや、まだその時じゃないから。タイミングか。
トレーネは真っ白なシスター服を握りしめて、けれど淡々と言う。
「……それに〝聖母の盾〟には……〝聖母の盾〟には強力な暗示効果があります。自らを危険から遠ざける暗示、危険と知っている、予測できる場所には行こうと思えない暗示効果が働きます。…………その筈です」
トレーネは少しだけ不安げに呟いた。
ライゼはそれを聞いて顎に手を当てて考え込み、そして納得がいったように声を出す。
「…………魔人に対しての憎しみが弱まったのはそういう理由だったんだ」
つまり、ライゼが持つ魔人に対しての憎しみはその強力な暗示すらも越えたという事だが、しかし、それよりもトレーネを探しにファーバフェルクト領へ行った事は危険に入らなかったのか。
……どうなんだろ。ライゼは戦地を大した危険だと思うはずだが、それでも問題なく足を運んだしな。
「……ライゼ様は魔人を憎んでいるのですか?」
と、ライゼの納得のいったような呟きにトレーネが反応した。
強く握りしめられていた拳はゆっくりと開き、安堵とも言えぬ色を宿した黄金の瞳がライゼを見つめた。唇は少しだけ開き、白金で覆われた尖った耳が小刻みに揺れていた。
「うん、そうだね。とても魔人を憎んでいるよ」
「……では、では! ライゼ様があそこまで身をボロボロにしてまでレーラー様の修行に身を投じていたのは――」
身を乗り出し、ずいッとライゼに顔を近づけるトレーネ。先程の不安定な様子は何だったのかと言えるほど、安心という確かな道を見つけた様なその表情に俺は少しだけトレーネの事が分かった気がした。
あくまで気がしたという事だが、しかしライゼも少しだけ片眉を上げて、納得したように頷いた。
「――残念ながら、それは違うよ」
そして言葉を遮って否定した。
「え……」
「僕がレーラー師匠の元で修行してるのは魔法を修練するため。あらゆる『くだらない魔法』で誰かを少しでも、一時でもいいから喜ばせたいから。だから僕は、魔法の才能何て全くない僕はレーラー師匠の元で魔法を学んでいるんだ」
トレーネは呆然としていた。
ペンと紙をトレーネに渡したのに、ライゼは話す内容や手順を決めていなかったらしく、苦笑いして頬を掻きながらトレーネに訊ねた。
聞くべきことや訊ねるべきこと、それにトレーネがグリュック町で収集した情報を聞くことでもいい。それなのに、話す手順やらを決めていなかったライゼが少しだけ変だ。いつもはそういうことをしないはずなのに。
そしてそんなライゼに訊ねられたトレーネは無言だ。いきなりの事に戸惑っているらしい。あ、いやトレーネは聞きたいことが多くあり過ぎて、それを整理しているらしい。
そうして数分か、数十秒か経った後に、一瞬だけ突っかかりながらも唇が開いた。緊張か、何かで乾燥し、くっついていたのだろう。
「……では、ライゼ様は何故ここにいるのでしょうか? また、レーラー様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「……そこからか。うん、分かったよ」
ライゼは不安定なベッドの上に置かれた紙に、スラスラと文字を書いていく。たぶん、箇条書きでメモをとっている。何でかはあんまり分からない。
いつもはそんな事をしない。今日のライゼはやっぱり変だ。
「まず、僕がここにいる理由だけど、トレーネにお礼を言うためかな」
「お礼ですか?」
「うん。ほら、この首の刻印。レーラー師匠は聖母の加護系の魔法って言ってたけど、これのお陰でいつも以上に怪我や疲労の回復が早いし、今まで感じてた不調が治ったんだよ」
ライゼは後の首元を右手で触りながら、カラカラ笑ってトレーネに言う。
そして頭を下げた。
「だから、本当にありがとう。レーラー師匠に聞いたけど、毒や病気にもかかり難くなる凄い魔法でしょ。しかも王級だって。そんな希少な魔法を何の対価なしに僕にかけてもらったから。本当にありがとう」
ベッドの上で胡坐で座っているとはいえ、その言葉には確かに感謝が込められていた。なんで、ベッドの上で言う状況を作ったのかは分からないが。
頭をずっと深々と下げているライゼから目を一瞬だけ逸らしたトレーネは、何度か小さく息を吸っては吐いてを繰り返して、ようやく言葉を発した。
「……私は、私はライゼ様が少しでも……いえ、違います……」
しかし、その発した言葉もすぐに小さく溶けるように消えてしまった。黄金の瞳は昏く揺れていて、褐色の艶めく肌に汗の雫がいくらか垂れていた。
唇はギュッと真一文字に結ばれていて、けれど時折、ハッと短い呼吸が漏れる時に開かれる。
トレーネは何かに苛まれているようだった。
ライゼは心配するでもなく、静かにそれを見ている。
「……〝聖母の盾〟によって私はライゼ様の居場所が常に分かっていました。効果は幾分か低くとも私がライゼ様の居場所を感知できない魔法はありました。普通、かけた相手の居場所など知る必要はないのです」
……というと、トレーネはライゼがフリーエンさんのところに行ったことも知っているのか?
だが、何故それを……いや、まだその時じゃないから。タイミングか。
トレーネは真っ白なシスター服を握りしめて、けれど淡々と言う。
「……それに〝聖母の盾〟には……〝聖母の盾〟には強力な暗示効果があります。自らを危険から遠ざける暗示、危険と知っている、予測できる場所には行こうと思えない暗示効果が働きます。…………その筈です」
トレーネは少しだけ不安げに呟いた。
ライゼはそれを聞いて顎に手を当てて考え込み、そして納得がいったように声を出す。
「…………魔人に対しての憎しみが弱まったのはそういう理由だったんだ」
つまり、ライゼが持つ魔人に対しての憎しみはその強力な暗示すらも越えたという事だが、しかし、それよりもトレーネを探しにファーバフェルクト領へ行った事は危険に入らなかったのか。
……どうなんだろ。ライゼは戦地を大した危険だと思うはずだが、それでも問題なく足を運んだしな。
「……ライゼ様は魔人を憎んでいるのですか?」
と、ライゼの納得のいったような呟きにトレーネが反応した。
強く握りしめられていた拳はゆっくりと開き、安堵とも言えぬ色を宿した黄金の瞳がライゼを見つめた。唇は少しだけ開き、白金で覆われた尖った耳が小刻みに揺れていた。
「うん、そうだね。とても魔人を憎んでいるよ」
「……では、では! ライゼ様があそこまで身をボロボロにしてまでレーラー様の修行に身を投じていたのは――」
身を乗り出し、ずいッとライゼに顔を近づけるトレーネ。先程の不安定な様子は何だったのかと言えるほど、安心という確かな道を見つけた様なその表情に俺は少しだけトレーネの事が分かった気がした。
あくまで気がしたという事だが、しかしライゼも少しだけ片眉を上げて、納得したように頷いた。
「――残念ながら、それは違うよ」
そして言葉を遮って否定した。
「え……」
「僕がレーラー師匠の元で修行してるのは魔法を修練するため。あらゆる『くだらない魔法』で誰かを少しでも、一時でもいいから喜ばせたいから。だから僕は、魔法の才能何て全くない僕はレーラー師匠の元で魔法を学んでいるんだ」
トレーネは呆然としていた。
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