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第二部 七章:四日間

十六話 宙ぶらりん

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「ライゼ殿の立場は……今は何とも言えない」
「どういうことですか?」

 エーレは腕を組みながらしかめっ面で首を振った。ライゼは首を傾げる。
 シアンさんは食べ終わったお皿をワゴンに乗せて、部屋を出ていった。

「まず、ライゼ殿の種族を知っておる者は殆どいない。我とシアンと後は騎士団長とその側仕えくらいだろう」
「……あの時、飛行帽は外れてなかったのですか」

 ライゼは首を少しだけ傾げながら訪ねる。
 あの時というのは、魔人との戦闘が終わったとのことだろう。

「うむ。そしてお主がライゼという名で、Cランク冒険者であることは騎士だけでなく我が屋敷に務めている者は大抵知っている。そしてライゼ殿が人族だと思っている。……まったく、偽装不可能と言われている冒険者カードを偽装するとは」

 エーレは呆れた様な、諦めた様な深紅の瞳をライゼに向ける。また、腰から見える“森顎”と“森彩”をチラリと見る。
 まぁ、エーレならライゼが魔人との戦いで何をやっていたか、そして“森顎”と“森彩”がどういうものかある程度は把握しているのだろう。

 だからこそ、この世界の常識とは違う魔道具をライゼが持っていたりする事を知っていて、また、自分が知らないだけでおかしな魔道具を持っていることも予測している。
 だから、こうして普通に俺達に接するのだろうが。

「たはは、こっちもこっちで生きなきゃならなかったので。攫われたり、面倒にはあまり巻き込まれなくないので」

 そんなエーレの様子にライゼは苦笑いしながら頬を掻く。
 にしても、最近のライゼの苦笑いは昔みたいな可愛さは少なくなって苦労性が滲み出ている気がする。大人感が凄い。

 まぁ、だがそれが当たり前だ。
 というか、レーラーに黙って出ていってから二週間ちょっと。Cランクに冒険者ランクを上げたり、色々とするのに種族を晒したのだが、本当に面倒だった。攫われそうになったり、問答無用で隷属の腕輪や首輪を付けようとしたり、盗みに入られたり。

 森人エルフであるレーラーが一緒にいるという事実が持つ強さを思い知った。
 ライゼがCランク冒険者になり、首から冒険者カードをぶら下げていればそれは殆どなくなったが、しかしそれでも街の有様が有様だけに治安が悪化の一途を辿っていると思って偽装したのだ。

 まぁ、街の中を見てみれば絶望感や悲壮感はある程度漂っているものの多くの人たちは真っ当な、多少なりともの道徳的な精神、価値観を維持していた。
 これなら、Cランク冒険者という役職による権利でライゼを守り切れるなと思ったが、まぁ、それは遅かった。

「まぁ、いい。それでだ、我はライゼ殿に褒賞を与えなければならない。公の場でだ。ライゼ殿が我らの危機を救っただけでなく、領民たちを救い、物資を提供してくれたことは騎士のみならず我の屋敷で働く者は皆知っている」

 そして確かに今は面倒な状態になっている。

「公の場で頭を隠すことなどはできん。魔法で偽装しようにも我が領地に使えている魔法使いや騎士たちは優秀だから見破れるだろう。だが、人族と認知されている子鬼人の少年を公の場で褒賞しなければならない。我はそれを既に騎士たちに宣言してしまった」
「だから、何とも言えないのですか。……なんか、すみません」

 エーレは扱いに困っているのだ。
 ここでライゼが種族を騙った罪人だと裁くことは、トレーネを介して交わした誓約的な感じで、あとは既に褒賞を与えると言ってしまった手前、あまりできない。ライゼを罪人だと裁かない場合に生じる面倒よりも、裁いたときの面倒の方がでかいのだ。

 だからと言って、やすやすと種族を騙ったライゼに褒賞を与える事はどうかと考えられる。面子の問題だ。
 面子を馬鹿にするもは多いが、面子がなければ守れないものある。例えば、その面子によって力を持っているファーバフェルクト領地の領民とか。力があるから他領からのやっかみが少なく、広大な領地を安全に統治できている。

 まぁ、それに今回の魔人騒動でファーバフェルクト家には非がないものの、たぶんファーバフェルクト家を目の上のたんこぶだと思っている貴族がその面子を多少なりとも削ってくるだろう。
 だからこそ、格好の材料は与えたくない。
 
「ライゼ殿の立場も理解している。そう謝るな」
「……ありがとうございます」

 まぁ、そうは言っても何も解決はしない。宙ぶらりん。
 と、そんな雰囲気の中、食器などを片すために出ていったシアンさんが少しだけ早足で部屋に入ってきた。仕草などが落ち着いているから勘違いしそうになるが、さっきよりも一つ一つの動作が早い。

 エーレもそれに気が付いたらしい。
 エーレの隣にやってくるシアンに胡乱気な瞳を向ける。

「シアン、どうし――」

 エーレが訊ねている途中なのに、耳元に顔を移動させてこそこそと呟いた。
 それから眉を顰めながらも相槌を打ち、シアンの呟きを聞いていた。そして目は見開いた。深紅の瞳が光が多く入ったせいで輝く。

「――それは本当か?」
「はい、先程使いの者が参りました」

 ライゼは首を傾げている。俺も傾げる。
 シアンが口元を隠していた事もあり、またトカゲになって強化された俺の聴力ですら聞こえないほど小さな声で、あ、いや、たぶん何かの魔道具か遺物で音を聞こえなくしているのだろう。

 まぁ、兎も角シアンがどんな情報をエーレに渡したのか分からなかった。
 だが、エーレはライゼの方を見た。

「ライゼ殿、済まないが今日中にこの街を出てもらう。トレーネ殿も一緒だ」
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