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第二部 七章:四日間
九話 紅の麗人
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魔人が消え去る煙が広い地下下水路を包む。また、下水の中には魔人の魔石が幾つも転がっていた。
そして魔人の反撃を受けながらも、近接戦闘で対応していたライゼは、“森顎”と“森彩”を持つ両腕をだらりと垂らしながら、はぁはぁと肩を上下に動かして、突っ立いていた。
昨日から一睡もせずに、しかもあれだけ手術と〝回復する魔法〟、それ以上の事を熟して、そして今は騎士たちの戦闘で疲弊していたとはいえ、また、不意をついたとはいえ上位の魔物以上の力を持つ魔人を相手取ったのだ。
ライゼはたぶん、今にも意識が落ちてしまいそうなほど限界だ。額や腕からは魔人の反撃を受け、血が少なからず流れているし。
だから。
「なっ!」
騎士たちの後で隠密していた俺は、思いっきり駆け出し、ライゼの前に立ちふさがる。騎士たちは突然走り過ぎた巨大なトカゲに驚き、動くことができていなかった。
よかった。流石にそこまで訓練されているわけではないらしい。
俺は魔力をありったけ放出しながら、ゆらゆらと揺れているライゼを器用に尻尾で絡めとり背中にうつ伏せで乗せる。
そしてライゼはスースーと寝息を立てた。当たり前だ。寝ていて当たり前だ。
それを確認して、ホッと一息ついた後、俺は剣を降ろさず戦闘態勢を取っている騎士たちを睨み付ける。睨み付ける事しかできない。
魔力を放出して威嚇できるが、けれど戦う事はできないのだ。
――シュルルルルルッ!
だが、舌を鳴らし、唸り声を上げる。
あまり敵対したくはないが、向こうさんからしたら魔人と戦っていたところに突如現れた強い人間と見たこともないトカゲである。
しかも、向こうさんは俺達の存在を知らない。
いや、報告では聞いているかもしれないが、それも当てにはならないだろう。安全面を考えたらどんな相手であろうと拘束するのが妥当だ。
と、そんな事を考え、逃げ道を考えていた俺の目の前に一人の女性が出てくる。
艶めき燃えるような真っ赤な長髪。凛々しい麗人。戦乙女というか、布と金属の間のような素材で作った鎧を身に纏い、スカートというかドレスのような格好でもある。
ファンタジー感が凄い。
「下がれ、あれはお前たちでは相手にできない」
「閣下、いえ、しかし」
「大丈夫だ。あれには敵意はないようだ」
そしてその女性は剣を俺に向けていた騎士たちを後ろに下がらせ、剣を降ろさせた。うん、強い。
魔力も、そして闘気も感じる。両方がしなやかに練り上げられていて、それだけで只者ではないと分かる。そんな事ができていたのは、俺が知る限りトレーネとフリーエンだけだ。
「我はエーレ・S・ファーバフェルクトである。此度の助力感謝する」
――シュルル
胸に手を当てて片足を少しだけ後に引いた後、少しだけ頭を下げる。
たぶん、一番中間の礼なのだと思う。最上級過ぎると相手の身分が低すぎた場合、問題なり、その逆もしかり。中間を問ったのだと思う。
「……我の言葉を理解しているのか」
――シュル
俺は頷いておく。
話を簡単にするためにも言葉を理解しているという意思表示はやっておいた方がいい。それにエーレ、たぶん辺境伯だと思うが、彼女は愚かではないはずだ。欲目に走ったりはしないだろう。
「なら、そちらの少年を渡してはくれないか。丁重な扱いはする」
――シュルル
俺は顔を横に振る。
流石に、後の騎士たちが殺気立っていてそんな中、意識を失っているライゼを渡すわけがない。それにライゼは子鬼人だ。何されるか分かったものではない。
それでも、言葉の端から感じ取れるエーレの人柄はたぶん良い人だと思う。
ただ、それは今のエーレだ。もし、彼女が辺境伯ならば為政者としての面も持ち合わせているはずだ。人は多面だ。
それに彼女に問題がなくとも、子鬼人であるライゼが他の人に何されるか分かったものじゃない。少なくともライゼが起きていないと駄目だ。
まぁ、分かりやすい信用というか担保があれば。
「お願いだ。我に剣を抜かせないで欲しい。トレーネ殿が今回の首謀者の魔人を追ってる今、我らが配下の魔人に負ける可能性は高かった。だが、我ら多少の怪我は負ったものの、無事にここに立っている」
エーレはちらりと後で横たわっている騎士たちを見る。
魔法薬で一応、応急処置はしたのか血は止まっている。が、身体の一部が欠損していたりと無事とは言えない。
まぁ、死んでないだけ儲けものというわけか。
……というか、トレーネがここにいる事が確定したな。
「それはそこの少年のお陰だ。その少年と、その仲間であろう君に無用に刃を向けたくはない」
――シュルル
だが、それでも信用できない。彼女の言葉に嘘がないのは分かるが、少なくとも数日後までその言葉が信用したい。今は本心でも、一日後には変わっている可能性が高いからだ。
万が一の担保が欲しい。
「……仕方ない。これは使いたくなかった――」
俺はその言葉を聞いた瞬間逃げる事を決め――
「待ってください!」
「――トレーネ殿っ!」
――トレーネが地下水路の壁をぶち破って現れた。
一瞬だった。数百メートルを一瞬で突き抜けてきたのだと、辛うじて魔力の残滓で分かった。
そして、地下下水路は爆音と土埃に包まれた。
どうしよ、逃げるか。
そして魔人の反撃を受けながらも、近接戦闘で対応していたライゼは、“森顎”と“森彩”を持つ両腕をだらりと垂らしながら、はぁはぁと肩を上下に動かして、突っ立いていた。
昨日から一睡もせずに、しかもあれだけ手術と〝回復する魔法〟、それ以上の事を熟して、そして今は騎士たちの戦闘で疲弊していたとはいえ、また、不意をついたとはいえ上位の魔物以上の力を持つ魔人を相手取ったのだ。
ライゼはたぶん、今にも意識が落ちてしまいそうなほど限界だ。額や腕からは魔人の反撃を受け、血が少なからず流れているし。
だから。
「なっ!」
騎士たちの後で隠密していた俺は、思いっきり駆け出し、ライゼの前に立ちふさがる。騎士たちは突然走り過ぎた巨大なトカゲに驚き、動くことができていなかった。
よかった。流石にそこまで訓練されているわけではないらしい。
俺は魔力をありったけ放出しながら、ゆらゆらと揺れているライゼを器用に尻尾で絡めとり背中にうつ伏せで乗せる。
そしてライゼはスースーと寝息を立てた。当たり前だ。寝ていて当たり前だ。
それを確認して、ホッと一息ついた後、俺は剣を降ろさず戦闘態勢を取っている騎士たちを睨み付ける。睨み付ける事しかできない。
魔力を放出して威嚇できるが、けれど戦う事はできないのだ。
――シュルルルルルッ!
だが、舌を鳴らし、唸り声を上げる。
あまり敵対したくはないが、向こうさんからしたら魔人と戦っていたところに突如現れた強い人間と見たこともないトカゲである。
しかも、向こうさんは俺達の存在を知らない。
いや、報告では聞いているかもしれないが、それも当てにはならないだろう。安全面を考えたらどんな相手であろうと拘束するのが妥当だ。
と、そんな事を考え、逃げ道を考えていた俺の目の前に一人の女性が出てくる。
艶めき燃えるような真っ赤な長髪。凛々しい麗人。戦乙女というか、布と金属の間のような素材で作った鎧を身に纏い、スカートというかドレスのような格好でもある。
ファンタジー感が凄い。
「下がれ、あれはお前たちでは相手にできない」
「閣下、いえ、しかし」
「大丈夫だ。あれには敵意はないようだ」
そしてその女性は剣を俺に向けていた騎士たちを後ろに下がらせ、剣を降ろさせた。うん、強い。
魔力も、そして闘気も感じる。両方がしなやかに練り上げられていて、それだけで只者ではないと分かる。そんな事ができていたのは、俺が知る限りトレーネとフリーエンだけだ。
「我はエーレ・S・ファーバフェルクトである。此度の助力感謝する」
――シュルル
胸に手を当てて片足を少しだけ後に引いた後、少しだけ頭を下げる。
たぶん、一番中間の礼なのだと思う。最上級過ぎると相手の身分が低すぎた場合、問題なり、その逆もしかり。中間を問ったのだと思う。
「……我の言葉を理解しているのか」
――シュル
俺は頷いておく。
話を簡単にするためにも言葉を理解しているという意思表示はやっておいた方がいい。それにエーレ、たぶん辺境伯だと思うが、彼女は愚かではないはずだ。欲目に走ったりはしないだろう。
「なら、そちらの少年を渡してはくれないか。丁重な扱いはする」
――シュルル
俺は顔を横に振る。
流石に、後の騎士たちが殺気立っていてそんな中、意識を失っているライゼを渡すわけがない。それにライゼは子鬼人だ。何されるか分かったものではない。
それでも、言葉の端から感じ取れるエーレの人柄はたぶん良い人だと思う。
ただ、それは今のエーレだ。もし、彼女が辺境伯ならば為政者としての面も持ち合わせているはずだ。人は多面だ。
それに彼女に問題がなくとも、子鬼人であるライゼが他の人に何されるか分かったものじゃない。少なくともライゼが起きていないと駄目だ。
まぁ、分かりやすい信用というか担保があれば。
「お願いだ。我に剣を抜かせないで欲しい。トレーネ殿が今回の首謀者の魔人を追ってる今、我らが配下の魔人に負ける可能性は高かった。だが、我ら多少の怪我は負ったものの、無事にここに立っている」
エーレはちらりと後で横たわっている騎士たちを見る。
魔法薬で一応、応急処置はしたのか血は止まっている。が、身体の一部が欠損していたりと無事とは言えない。
まぁ、死んでないだけ儲けものというわけか。
……というか、トレーネがここにいる事が確定したな。
「それはそこの少年のお陰だ。その少年と、その仲間であろう君に無用に刃を向けたくはない」
――シュルル
だが、それでも信用できない。彼女の言葉に嘘がないのは分かるが、少なくとも数日後までその言葉が信用したい。今は本心でも、一日後には変わっている可能性が高いからだ。
万が一の担保が欲しい。
「……仕方ない。これは使いたくなかった――」
俺はその言葉を聞いた瞬間逃げる事を決め――
「待ってください!」
「――トレーネ殿っ!」
――トレーネが地下水路の壁をぶち破って現れた。
一瞬だった。数百メートルを一瞬で突き抜けてきたのだと、辛うじて魔力の残滓で分かった。
そして、地下下水路は爆音と土埃に包まれた。
どうしよ、逃げるか。
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