上 下
102 / 138
第二部 七章:四日間

七話 初めて見たライゼ

しおりを挟む
「ヘルメス、止まって」

 それから三十分近く進んだとき、ライゼに止まれと言われた。まだ、辺境伯の屋敷、まぁ見た目は城だったがその下まで辿り着いていない。
 だが、止まれと言われてので止まった。

 水の音と、緊張と焦りを孕んだライゼの息遣いしか聞こえなかった。
 腰に差している“森顎”と“森彩”にそれぞれ手を当て、空を睨み付けていた。

『どうし――』

 流石に不自然な様子に俺はライゼに問おうとして、感じた。

『――何だ、この魔力』

 小さすぎて感じにくかったが、今のライゼ以上に不自然でイラつく魔力。感じた。集中してようやく感じた魔力。
 禍々しくて、おどろおどろしくて、邪悪な魔力。

 と、思った瞬間。

『ちょ、待て、ライゼ!』

 ライゼが黙って俺の背中から降りて、空中を走り出した。俺の制止の言葉すらも聞かず、一目散に疾走して暗闇の中へと消えてしまった。
 俺は慌ててそれを追いかける。

『ライゼ、どうし――』

 そして俺の〝辺りを照らす魔法オヌライツェン〟すら届かず、暗闇を先行するライゼが下水道の角を曲がった瞬間。

「カハァッ」

 知らない叫び声が聞こえた。
 俺は自分が出せる最大出力の身体強化を自分に掛けて一気にライゼに追いつく。

『――……魔人なのか』
『うん』

 そして〝辺りを照らす魔法オヌライツェン〟がライゼを照らした。“森顎”と“森彩”を構えていた。“森顎”を目の前に存在の頭に突きつけている。
 その存在はホロホロと煙となって足から姿を消していく。煙となって消えていく存在は魔物だ。そしてその人型は魔人だ。

 顔は浅黒い。
 虹彩も瞳孔もなく、目全体が真っ黒に染まっている。いや、瞳孔の部分だけはより黒く染まっている。恐ろしい程に、邪悪なほどに黒だ。

 そして俺の問いに答えたライゼは、しかしながら、俺から直ぐに視線を外した。
 外す瞬間に見たゴーグルの奥にあるライゼのこげ茶の瞳を、俺は知らなかった。恐ろしいくらい無だった。

「おい、クソ。どうしてこんなところにいる。死ぬ前に話せ」
「……フン。最近のガキは口の聞き方も――っぁあ!」

 無駄口を叩こうとした魔人の頭をライゼが“森顎”から弾丸を射出して頭をぶち抜く。
 魔人は痛みに燃えた呻き声を上げる。

 しかし、黒い血は流れず死なない。
 足からゆっくりと煙になっているが、それでも時間がかかる。死なないのだ。

「なぁ、死ねない痛みはどうだ。死よりも辛い痛みを――」
「っぁあ!」

 そして普段とは全く違う冷徹なライゼはもう一回弾丸を射出した。
 
「――何度も味わうぞ。それとお前は話すまで死なない」
「クッ……ぁ?」

 下半身はなくなり、両腕までが煙となって消えてしまった魔人は、しかし、己の身体がそれ以上煙と化さないことに、痛みに苦しみながらも間抜けな声を上げる。

 さっきのは“宝石銃弾”は〝誰か魔法を操る魔法ダイングフェットミア〟を組み込んだ銃弾。
 魔物は魔法生物だ。魔人も魔法生物である。

 流石に元気いっぱいの相手には無理だが、体内魔力残量が少なく、瀕死な状態か、もしくは弾丸が体内に入れば、魔人を構成している魔法に干渉できる。
 例えば、消えゆく〝魔法を受け継ぐ魔法マコンティニュイリヒ〟に干渉して、同じく消えゆく魔人の崩壊を途中で防いだり、また魔法である身体自体に無理やり干渉して激痛すら生ぬるい痛みを与えたり。

 そして相手の魔力自体に干渉して魔法を封印したり。

 これらはライゼが考えたのではなく、レーラーが対魔人に〝誰か魔法を操る魔法ダイングフェットミア〟を生かせる方法を教えたのだ。
 それに魔人専用の魔法も教わってる。

 レーラーは魔人と戦い続けたからだ。
 だから、魔人と戦う術はライゼに叩き込まれている。ライゼがレーラーの弟子になった時点でそれは決定事項だった。

「で、話すの、話さないの」
「っぁあああ!」

 ゴーグルの奥底にあるライゼの瞳は見えず、そんなライゼは魔人の頭に“森顎”をグリグリと押し付けながら、もう一発“宝石銃弾”を打ち込む。
 怒りすらない。憎しみすらない。快楽すらも持っていない。ただ、無情に痛みを与えているだけ。

「話すッ、話すからッ、死なせてくれ!」
「そう、なら話せ」
 
 両腕なしの上半身だけになった魔人を下水の中に転がし、顔の前だけが水から出ている。
 
「逃げてきたんだぁっ!」
「逃げてきた?」
「ああ、破邪剣が、領主の剣が邪魔だったから。けど、あんな……あんな神聖……女神の……ッ、化け物がッっ!」

 魔人は壊れたロボットの様に叫び出して、支離滅裂な言葉を言った。
 要領を得ず、そしてこれ以上は無理そうだったので。

「……もういい、死ね」

 ライゼは魔人の頭をぶち抜き、今度は普通に殺した。
 一瞬にして身体が消え去った。

『ヘルメス。トレーネがいる可能性が高いよ。早く行こ』
『あ、ああ』

 心胆寒からしめるライゼの一言に息を飲んでしまった俺は、トレーネがいる可能性が高まった理由を聞きそびれてしまった。
 だが、それを聞こうにもライゼは俺を置いて走り出してしまったので、俺は慌てて後を追っていく。

 初めて見たライゼだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト
ファンタジー
ある日、背後から何者かに突然刺され死亡した主人公。 目覚めると神様的な存在に『転生』を迫られ 気付けば異世界に! 火を吐くドラゴン、動く大木、ダンジョンに魔王!! 有り触れた世界に転生したけど、身体は竜の姿で⋯!? 仲間と出会い、絆を深め、強敵を倒す⋯単なるファンタジーライフじゃない! 進むに連れて、どんどんおかしな方向に行く主人公の運命! グルグルと回る世界で、一体どんな事が待ち受けているのか! 読んで観なきゃあ分からない! 異世界転生バトルファンタジー!ここに降臨す! ※「小説家になろう」でも投稿しております。 https://ncode.syosetu.com/n5903ga/

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...