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第二部 七章:四日間

七話 初めて見たライゼ

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「ヘルメス、止まって」

 それから三十分近く進んだとき、ライゼに止まれと言われた。まだ、辺境伯の屋敷、まぁ見た目は城だったがその下まで辿り着いていない。
 だが、止まれと言われてので止まった。

 水の音と、緊張と焦りを孕んだライゼの息遣いしか聞こえなかった。
 腰に差している“森顎”と“森彩”にそれぞれ手を当て、空を睨み付けていた。

『どうし――』

 流石に不自然な様子に俺はライゼに問おうとして、感じた。

『――何だ、この魔力』

 小さすぎて感じにくかったが、今のライゼ以上に不自然でイラつく魔力。感じた。集中してようやく感じた魔力。
 禍々しくて、おどろおどろしくて、邪悪な魔力。

 と、思った瞬間。

『ちょ、待て、ライゼ!』

 ライゼが黙って俺の背中から降りて、空中を走り出した。俺の制止の言葉すらも聞かず、一目散に疾走して暗闇の中へと消えてしまった。
 俺は慌ててそれを追いかける。

『ライゼ、どうし――』

 そして俺の〝辺りを照らす魔法オヌライツェン〟すら届かず、暗闇を先行するライゼが下水道の角を曲がった瞬間。

「カハァッ」

 知らない叫び声が聞こえた。
 俺は自分が出せる最大出力の身体強化を自分に掛けて一気にライゼに追いつく。

『――……魔人なのか』
『うん』

 そして〝辺りを照らす魔法オヌライツェン〟がライゼを照らした。“森顎”と“森彩”を構えていた。“森顎”を目の前に存在の頭に突きつけている。
 その存在はホロホロと煙となって足から姿を消していく。煙となって消えていく存在は魔物だ。そしてその人型は魔人だ。

 顔は浅黒い。
 虹彩も瞳孔もなく、目全体が真っ黒に染まっている。いや、瞳孔の部分だけはより黒く染まっている。恐ろしい程に、邪悪なほどに黒だ。

 そして俺の問いに答えたライゼは、しかしながら、俺から直ぐに視線を外した。
 外す瞬間に見たゴーグルの奥にあるライゼのこげ茶の瞳を、俺は知らなかった。恐ろしいくらい無だった。

「おい、クソ。どうしてこんなところにいる。死ぬ前に話せ」
「……フン。最近のガキは口の聞き方も――っぁあ!」

 無駄口を叩こうとした魔人の頭をライゼが“森顎”から弾丸を射出して頭をぶち抜く。
 魔人は痛みに燃えた呻き声を上げる。

 しかし、黒い血は流れず死なない。
 足からゆっくりと煙になっているが、それでも時間がかかる。死なないのだ。

「なぁ、死ねない痛みはどうだ。死よりも辛い痛みを――」
「っぁあ!」

 そして普段とは全く違う冷徹なライゼはもう一回弾丸を射出した。
 
「――何度も味わうぞ。それとお前は話すまで死なない」
「クッ……ぁ?」

 下半身はなくなり、両腕までが煙となって消えてしまった魔人は、しかし、己の身体がそれ以上煙と化さないことに、痛みに苦しみながらも間抜けな声を上げる。

 さっきのは“宝石銃弾”は〝誰か魔法を操る魔法ダイングフェットミア〟を組み込んだ銃弾。
 魔物は魔法生物だ。魔人も魔法生物である。

 流石に元気いっぱいの相手には無理だが、体内魔力残量が少なく、瀕死な状態か、もしくは弾丸が体内に入れば、魔人を構成している魔法に干渉できる。
 例えば、消えゆく〝魔法を受け継ぐ魔法マコンティニュイリヒ〟に干渉して、同じく消えゆく魔人の崩壊を途中で防いだり、また魔法である身体自体に無理やり干渉して激痛すら生ぬるい痛みを与えたり。

 そして相手の魔力自体に干渉して魔法を封印したり。

 これらはライゼが考えたのではなく、レーラーが対魔人に〝誰か魔法を操る魔法ダイングフェットミア〟を生かせる方法を教えたのだ。
 それに魔人専用の魔法も教わってる。

 レーラーは魔人と戦い続けたからだ。
 だから、魔人と戦う術はライゼに叩き込まれている。ライゼがレーラーの弟子になった時点でそれは決定事項だった。

「で、話すの、話さないの」
「っぁあああ!」

 ゴーグルの奥底にあるライゼの瞳は見えず、そんなライゼは魔人の頭に“森顎”をグリグリと押し付けながら、もう一発“宝石銃弾”を打ち込む。
 怒りすらない。憎しみすらない。快楽すらも持っていない。ただ、無情に痛みを与えているだけ。

「話すッ、話すからッ、死なせてくれ!」
「そう、なら話せ」
 
 両腕なしの上半身だけになった魔人を下水の中に転がし、顔の前だけが水から出ている。
 
「逃げてきたんだぁっ!」
「逃げてきた?」
「ああ、破邪剣が、領主の剣が邪魔だったから。けど、あんな……あんな神聖……女神の……ッ、化け物がッっ!」

 魔人は壊れたロボットの様に叫び出して、支離滅裂な言葉を言った。
 要領を得ず、そしてこれ以上は無理そうだったので。

「……もういい、死ね」

 ライゼは魔人の頭をぶち抜き、今度は普通に殺した。
 一瞬にして身体が消え去った。

『ヘルメス。トレーネがいる可能性が高いよ。早く行こ』
『あ、ああ』

 心胆寒からしめるライゼの一言に息を飲んでしまった俺は、トレーネがいる可能性が高まった理由を聞きそびれてしまった。
 だが、それを聞こうにもライゼは俺を置いて走り出してしまったので、俺は慌てて後を追っていく。

 初めて見たライゼだった。
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