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第二部 六章:余計な

二話 フリーエンの

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『お』
 
 一段高くなっているロッジへと入る扉は小さな階段で繋がっていて、そこに長い白髪を後で纏めた老人が座っていた。足元にはレーラーが放った召喚獣の鳥がいる。
 厳つい顔は皺のせいで更に強面に見える。また背が高く、老人であるのに筋肉もあるからか、更に厳つい。
 そんな老人の右耳は赤錆色の鱗に覆われていた。こっちからでは見えないが左耳も同様だろう。それは、老人が竜人である事を示す。

「久しぶり、フリーエン」

 レーラーは軽く右手をあげる。

「……早いな」
「まぁ、急いだから」

 瞳孔が縦に割れている赤錆色の鋭い瞳で俺達を一瞥したフリーエンさんは、レーラーに向かって呟いた。
 レーラーは少しだけ頬を緩めて、俺の頭を撫でた。

「……あと一年半は死なんぞ」
「その一年半を一緒に過ごしたかったから」

 レーラーは俺の背から降り、ゆっくりと座っているフリーエンさん方へと歩いていく。羽織っている新緑ローブが、高く広く伸びる仙凛桃樹の木漏れ日に揺れて、綺麗だった。
 今まで目を瞑っていたライゼも、流石に目を開けてそれを見守っている。

「本当に久しぶり、何か手伝う事はない?」

 そしてフリーエンさんの前にレーラーが立つ。レーラーは座っているフリーエンさんの頭を優しく一回だけ撫でる。
 癖なんだろう。

「……エルピス以外全員にそれを聞いたらしいな」

 フリーエンさんは撫でたレーラーを少しだけ鬱陶しそうに見たが、しかし、俺とライゼを一瞥した後、ジロリとレーラーを見た。

「あ、知ってるんだ。なら、何かない?」

 レーラーは意外そうに呟き、話が早いとばかりに屈んでフリーエンさんに上目遣いで訊ねる。
 なんで、そんな事をしたんだ?

「……ない、と言いたいがある。入れ」
 
 そしてフリーエンさんは溜息を吐いた後立ち上がり、屈んでいるレーラーに背を向けて扉を開き、入っていった。
 レーラーはそれを意外そうに見ながら立ち上がり、振り返る。

「ライゼ、ヘルメス。入るよ」
「え、う、うん」
『分かった』

 俺とライゼは久しぶりの再会にしては変な会話だと頭を捻っていたため、反応に遅れた。が、ライゼは直ぐに俺の背中から降り、俺は荷物を階段もとに運んだあと、小さくなった。
 そしてライゼの肩に乗って、小屋の中に入った。荷物はレーラーが〝物を浮かす魔法ディヌゥシュマー〟で中に入れた。


 Φ


 レーラーとフリーエンが木製の机を挟んで、向かい合って座っている。
 俺は木製の机の上で身体を丸めている。

「……努力家だな」
「うん、自慢の弟子だよ」
『そうだな。自慢の家族だ』

 フリーエンは、とキッチンで夕食を作っているライゼの後姿をチラリ一瞥する。何故、夕食を作っている姿で努力家であるか分かったのかは不思議だ。
 だがレーラーは不思議に思わず、フフンと少しだけ鼻を膨らませて頷く。

「……幻獣がいるとはな」

 先程自己紹介を済ませたのだが、フリーエン――呼び捨てを許された――は未だに俺の存在を飲み込めていない。いや、飲み込んではいるが、幻獣がいること自体が珍しいのだとか。
 レーラーやアウルラがあっさりしていたため知らなかったのだが、正しい知識で鑑みると幻獣が人の前に姿の表すのは珍しく、また、人と共にいる事すらも珍しいらしい。数百年に一度だとか。

 たぶん、レーラーは長く生き過ぎて感覚が鈍っていたから、アウルラは寿命が短く知識が正しく伝聞しにくかったからだろう。
 
「まぁ、いい」

 机の上で丸まっている俺から視線を外したフリーエンはレーラーを真っ直ぐ見る。
 レーラーも背筋を伸ばす。

「で、依頼だが……この書物の解読と〝視界を写す魔法ヴィジィフォトゥ〟で儂が死ぬまで一日一枚、写真を撮ってほしい」
「ふぅん、それで」

 フリーエンはそう言いながら懐からとても古びた本を取り出し、レーラーの前に差し出す。
 レーラーはそれを半眼を更に細めて見つめた後、フリーエンに片眉をあげながら訊ねる。

「……可能ならば、トレーネという冒険者をお前のパーティーに加えてやって欲しい。戦士は必要だろ」
「…………はぁ、やっぱりか」

 溜息を吐き、納得したように頷いたレーラーにフリーエンは少しだけ眉を上げる。
 俺は普通にびっくりしている。ここでトレーネの名前が出てくるとは驚きである。夕食の準備をしていたライゼも振り返ってこげ茶の瞳を見開いている。
 そしてフリーエンは俺らのそんな反応に驚いた。

「どういうことだ」
「トレーネと既に会ったんだよ」
「なっ」

 フリーエンは更に驚いたように目を見開く。大きく見開いたせいか赤錆色の瞳が部屋の明かりで輝いている。
 それを見たレーラーが少しだけ面白そうに笑った。

「彼女、凄いね。二十歳近くでしょ。岩人ドワーフとして考えればまだまだ子供なのに、フリーエンの技を全て習得している。しかもあそこまで闘気を使いこなしてる」

 だから、レーラーはやっぱりって言ったのか。
 フリーエンの戦い方と技を知っていたからこそ、トレーネの戦い方を見て疑念を持っていたのだろう。

 ……ん? 二十歳近く? 
 十四歳って話だと思ったんだが、下にサバを読んだのか……まぁ、本人の口から聞いた方が早いだろ。

「……ああ」
「しかも王級の神聖魔法を使える。知ってる? トレーネ、私とヘルメスの女神の因子に反応したんだよ。師、いないでしょ」

 師がいない? 
 ライゼに王級の加護の神聖魔法を刻んだんだぞ。それができて師がいないってどういう……

 あ、そういう事か。
 トレーネにはそれ程の才気があったんだ。だから、女神の因子に反応したって言ったんだ。たぶん。

「……ああ、儂は闘気の使い方や鈍器系統の戦い方は教えられる。通常の魔法もだ。だが、神聖魔法は教えられん。できたのは聖典と洗礼をキルヘェに頼んだくらいだ。キルヘェはその後直ぐに死んだしな」

 そう言ったフリーエンは悲しそうに目を伏せた。
 レーラーはああ、と頷いた。

「という事は十一年前か」
「そうだ。トレーネは十一年前のラグラウ大魔侵攻の生き残りだ」
「……女神の加護か」

 レーラーは深いため息を吐いた後、乾いた笑みを浮かべた。
 俺とライゼはレーラーとフリーエンの会話には全くついていけていなかった。呆然としていた。
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