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第二部 六章:余計な

一話 ベターラー盆地

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 ライゼとレーラーを乗せた俺は抜け道の洞窟を抜けた後、遠くにある強大な魔力反応に向かって歩いている。

『レーラー、あっちでいいのか?』
『そうだよ。木々が邪魔で見えないけど、あっちに仙凛桃樹あるから』

 このベターラー盆地は背の高い木々が密集しており、空が見えない。木漏れ日によってある程度光はあるが、しかし、暗い。ただ、背の低い植物は生えていないが、苔などは多く生えていて味がある。
 そんな中を俺はゆっくりとした速度で歩く。

 闘気を感じ取れるようになったせいか、余計な情報が感知する様になってしまったため、視界情報を処理するのに時間がかかるからゆっくり歩いているのだ。

 ライゼもそうで、俺の背中の上で目を瞑り集中している。
 魔力反応と闘気反応を分ける為だろう。ついでに、自然物から流れる大地の力自身の情報も処理しているのだろう。

 ライゼは額に汗を浮かべている。時折、苦悶に満ちた声を漏らしている。あまりの情報量に圧倒されて、処理に手間取っているのだ。
 俺は魔素体であるから処理能力が普通の生物よりも高いため、ライゼほど苦しくはない。

 だから、二人を乗せて歩けているのだが。

『休みたいんだが』

 とても疲れた。
 半日以上もぶっ続けで歩いているのだ。レーラーが今日中に辿り着きたいと言ったので、間に合うように歩いている。

『数時間後には着くから我慢して。頑張ったら至鹿の燻製を食べさせてあげるよ』
『よし、数時間と言わず一時間にしよう』

 だが、本当に無理そうだったらレーラーは俺に無理強いしないので、結局俺が休みたいと言ったのは、ご褒美を貰うためだ。
 レーラーもそれが分かっている。そして餌としてご褒美を提案した。

 ライゼが情報に魘されている間に、俺達はそんなやり取りを楽しむ。 
 楽しみながら、俺は歩く速度を上げていく。

 そうして三十分後。
 急に背の高い木々がそこに境目があるかのように消え去り、目の前が平原の様に開けた。

『おお、あれがそうか』

 俺は遠く先に見える世界樹とも言えそうな大樹に感嘆を漏らす。
 仙凛桃樹はあまりにも大きすぎて、伸ばしている葉っぱが太陽を遮り、仙凛桃樹の周りには木々が全くない。

 その代わり、背の低い草花や苔が多く咲いている。
 色鮮やかで、小鳥や虫なども多く綺麗だ。

「あれ、また伸びてる。六十年前くらいはもっと少し小さかった筈なんだけど」

 半眼の瞳を更に細めて仙凛桃樹を見上げていたレーラーが首を傾げる。

『ん? 六十年もあれば結構伸びると思うぞ?』

 だが、そもそも六十年もあれば俺よりも背の低い木だって、俺の数十倍くらいにはなるだろう。
 仙凛桃樹は元々大きくなる種だと聞いたし、おかしな事はない筈だ。

『いや、ヘルメス。六十年前は本当に小さかったんだ。今の半分もなかった筈。それがたった数十年で倍以上に伸びたんだ。おかしいでしょ』
『……確かに』

 六百年前に植えたと言っていたし、六百年近くであれの半分しか伸びていなかった。それが約半世紀ちょっとでその倍になった。
 言われてみるとおかしいな。

『思い当たるふしは?』
『フリーエンが住んだことくらい? けど、それだって十数年前の筈だよ』
『……まぁ、あと少しだし本人に聞けばいいか』
『うん、そうだね』

 そして、目の前に聳え立つ大樹に向かって歩くこと三十分、俺達は大樹の足元に辿り着いた。


 Φ


『で、レーラー。そのフリーエンさんはどこに住んでいるんだ?』
『……わかんない』
『はぁ』

 じゃあ何でここに来たんだ?

『あ、いやね。フリーエンが仙凛桃樹の麓に居を構えたのは知ってるんだけど、それ以上は分からないんだよね』

 天を貫いて聳え立つ仙凛桃樹を見上げながら俺は幹に沿って左回りに移動していく。俺の常識では迷ったら左回りだし、レーラーも左回りをすればいいと言った。
 そして左回りで移動しながら、俺は足元や右を見る。そこには地上にすら出ていて大樹の根がある。苔などがびっしりと生えているが、朽ちているのではなく、とても丈夫で力強さが感じる。生命の息吹を感じる。

『……使い魔を使って手紙のやり取りしてたんだろ。使い魔は居場所が分かっているんじゃないか?』
『ああ、そうだった』

 レーラーは懐から小さな紙を取り出した後、ブツブツと呟き魔力の練っていく。それから右手に魔力を集めると、新緑に光り、カラスっぽい小さな鳥が現れた。
 レーラーがフリーエンさんと連絡を取り合っている召喚獣である。

『じゃあ、ヘルメス。頑張って付いて行って』

 そして取り出した小さな紙をその召喚獣に御座なりに括りつけ、飛ばす。
 召喚獣は直ぐに飛び上がり、どこかへ東の方へ飛んでいく。

『へい』

 俺はその召喚獣の魔力と匂いを覚え、頑張ってついて行く。しかし、召喚獣は意外には速く移動するので、追いつくのが大変だ。
 ライゼは未だに目をつむっている。だが、一時間前よりは身体が強張ってはいない。慣れてきたようだ。

 なので、歩くのではなく、走る方向へ変えていく。

『レーラー、ライゼ、スピード上げるぞ』

 そして俺は大樹のうねる根っこの隙間を縫いながら召喚獣の匂いと魔力を追っていく。
 そうして十分後。

『右回りに行けば直ぐだったじゃん』
『うるさい』

 大樹の足元に小さな小屋があった。
 簡素なロッジだった。
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