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第二部 五章:困惑と藻掻きに似ている

五話 音に従って

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 そんな会話をしながら夕食である闇鍋は終わり、俺達は眠りについた。
 就寝時はレーラーが魔物除けの結界を張ってくれるため、不寝番は必要ないので俺達はぐっすりと寝ていた。

 のだが。

『ライゼ、どうかしたか?』

 “身大変化”で大きくなった俺を背もたれにして寝ていたライゼが、もぞもぞと動き出し、遂には羽織っていた毛布を跳ねのけて起き上がった。
 息が荒く、魘されて起きたようだった。

『……ヘルメス、聞こえない?』
『何が』

 ライゼったら主人公的な特別能力に目覚めてしまったのだろうか。それとも、女神の信託でも授かったか。
 まぁ、どっちにしろ脳内で誰かが囁いていたのだろう。

『……ヘルメスが、夏場に作ってたあのガラスの鈴みたいな音。チリーンチリーンって音が響いてるんだよ』

 風鈴の音か。そんな音は一切聞こえないのだが。
 それに、魔力の流れなどにも異常はない。

『一旦、レーラーを起こして聞いてみるか』

 俺はそう言いながらチラリとレーラーの方を見たら。

『起こす必要はないよ』
『え、槍が降るッ!?』

 レーラーが既に起きていた。
 一度寝たら、朝まで全く目を覚まさないレーラーが起きている。異常事態だ。

『……朝食抜きにするよ、ヘルメス』
『……すいません』

 不機嫌そうな冷たい声音で響く脅しに俺は速攻で頭を下げ、謝罪をする。
 ライゼは未だに荒い呼吸をしながらも、苦笑いしていた。

「それでライゼ。音は遠くから聞こえる?」
「……うん、遠くから波紋のような感じに、波打って小さくなる感じに聞こえる」

 分かりづらいが、ライゼが感じたままの感覚を伝えてるんだろう。
 そしてつまりそれはライゼが今までそんな感覚を覚えたことはないという事だ。

「そう」

 レーラーは淡々とそう頷くと、傍に置いてあった毛布を革鞄に突っ込み、また、移動の準備を始めた。
 
「ライゼ、ヘルメス。移動するよ。準備して」
「……うん」
『ああ、分かった』

 レーラーがこう動くことには意味がある。
 そしてレーラーはその意味を説明するつもりはないらしい。

 いつもなら、それでもライゼがあの手この手で質問をしたりして理由を探るのだが、今は変な音が聞こえているためか粛々と従っていた。
 俺は別段眠くもないし、動いても問題ないので、地面に降ろしていた荷物を浮かせて身体の横腹に括りつける。

 また一回転しながら、鱗を奮い立たせ、全身に力を入れる。
 寝起きなので身体が固まっているし、鱗が柔らかくなっていたので、堅くしておいたのだ。何故か、寝る時になると俺の鱗はめっちゃ柔らかくなるのだ。

『ライゼ、レーラー』
「ん」
「ありがと、ヘルメス」

 そして俺の準備が整ったら、同じく準備を終え、装備なども整えたライゼとレーラーに声をかける。
 レーラーとライゼはそれぞれ頷きながら、俺の背中に乗る。レーラーが先頭で、ライゼがその後ろだ。

『で、どうするんだ?』

 俺は行先を聞く。
 まぁ、洞窟は一本道なので真っ直ぐにしか進まないが、確認はしておいた方がいい。その方が万が一が少なくなる。

「ライゼ、音が聞こえる方に誘導して。大丈夫、時間はたっぷりある」

 なので、俺がそう聞いたら、レーラーは後にいたライゼの手を器用に握り、ゆっくりと語りかけた。
 少しだけ強張っていたライゼの身体が解れていくのが分かる。レーラーって俺にはない大樹みたいな安心感があるんだよな。

 常にそこに立っていて、俺達のために何かをしてくれるわけではないけど、けれど伸ばした枝葉は、雨風をその凌いでくれてたまに恵みを与えてくれる。
 されど、やはり威風堂々と聳え立っているから、俺達すらたった一つの命にしか見ていない。

 まぁ……何か違うが、うん、全体に違う。けれど、たぶん、そんな感じに近いと思う。それでも、威風堂々というわけではないし、レーラーの私欲は結構強い。
 ……大樹ではないな。さっきの表現はやめよう。恥ずかしい。

『……ありがと、レーラー師匠。……ヘルメス、お願いできる?』
『んぁ? ああ、任せとけ』

 俺は恥ずかしさのあまりゆらゆらと揺らしていいた尻尾をダンっと地面に叩きつけて頷く。
 気合を入れなおすのだ。ライゼが異常事態だし。

『ありがと、ヘルメス。じゃあ、早速だけど真っ直ぐ進んで入れる?』
『ああ』

 そして俺はライゼの指示に従って洞窟を道なりに進んだ。
 時々、後に戻ったり、一回転したりと色々あったが、それでも壁や地面、天上を突き破る指示は出ていない。

 けれど、移動し始めてから一時間後。

『……ヘルメス。そこの右の壁に行ける? 壁にぶつかるとは思うんだけど、何かそっちから聞こえるんだよね』

 ライゼが戸惑う声音で俺に言った。
 ライゼ自身も自分が何を言っているのか不思議に思っているらしく、困惑している感じが背中の鱗を通して伝わる。

 そんなライゼに、レーラーは何も言わない。
 先程から顎に手をあてて深く考え込んでいるのか、微動だにせず、けれどライゼの言葉は聞こえているはずだ。

 そしてそれでもレーラーが止める事はないので洞窟の壁に進んでみてもいいのだろう。
 まぁ、レーラーが止めてもライゼの頼みだ。実行はする。

『ああ、任せとけ』

 なので、俺は壁に向かって進んだ。
 そして。

『んなぁ!?』
「え?」

 通り抜けた。
 風も魔力の流れも、そこに壁があるという流れだったのに、通り抜けたのだった。

 幻術だけでは説明が付かない。
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