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第二部 三章:溶けた雪は物寂しい

二話 夜の散歩

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 ライゼが作った夕食を食べた後、ライゼは“空鞄”から一冊の本を取り出し、焚火の光を使ってその本を読んでいた。
 大きくなった俺は仮眠をとっていた。

 そうして、二時間ほど経った頃、肩を揺さぶられた。
 ライゼだった。

『ヘルメス、レーラー師匠がいないんだけど』
『……確かに、魔力感知に引っかかんねぇな』

 ライゼは本を読み始めると周りの情報を一切残らずシャットダウンしてしまう。その場合は俺が仮眠を取りながらも、周囲を警戒するのだ。
 だが、それは殺気を感じたり、音を感じたり、地面の振動を感じたり、熱を感じる事だ。

 だから、それらすべてが隠蔽されていたら傷かない。
 まぁ、けど。

『二時間ほどいなくなったくらいだろ? 放っておいていいんじゃないか?』
『二時間? 一時間だよ、ヘルメス』

 ライゼはシャツの下から蒼い蝶が描かれた懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認していた。
 ……いつものか。

『間違えた』
『まぁ、いつもの事だけど』

 いつもの事である。
 何といえばいいか、俺の流れる時間感覚、正確には一日一日の重さはライゼよりも低い。それは長く生きてきたからだ。
 けれど、たまに一時間を二時間だと勘違いしたり、二分を四分と勘違いしたりする。何故か勘違いする。

 まぁ、一日単位では勘違いしたことはないので、問題ないのだが。

『で、レーラーがたまにいなくなるのもいつもの事だと思うんだが』
『うん。けど、ほら。今日はさ』
『……確かに、気にならないというのは嘘だな』

 かつての仲間を、伝説を、事実を証明する存在が滅び朽ちていたのだ。
 感傷に浸るかもしれない。それがどういうものか、ライゼは知りたいのだ。

 図々しいだ何だというものではない。ただ知りたいのだ。
 レーラーは今まで、千年以上生きてきて、こんな事が何度もあったはずだ。それを知りたいのだ。過去を少しだけでも知っていきたいのだ。

 それが、今のレーラーを知る手がかりになるから。
 まぁ、レーラーが何が好きなのか、どういう癖があるかはもう知っているのだが。

『……一旦、外に出てみるか』
『うん』

 なので、探しに行く。
 わざわざ隠蔽までして出て行ったので、レーラーはもしかしたら、いや、確実に俺達に見つかりたくないと思っているはずだが、それでも探しに行く。
 そっとしておくのは、見つけて、言葉を交わした後でいい。

 察するなんていうのはいらないのだ。
 それが当たり前だ。

 なので、俺達は小さな教会を出た。
 そして、夜空を見上げた。自然と見上げてしまったのだ。

 夜空には澄んだ星々が浮かんでいた。
 ナファレン王国の北側はほぼ冬である。それでも雪が降るのは年の前後だけだが、それでもとても寒い。
 だからこそ、夜天は澄み切っていて、煌いた。

『綺麗だな』
『うん』

 それは何度見ていても美しい。煌く夜空は、飽きない。
 まぁ、ただ、堪能することは後でもできるので、レーラーを探しに行く。

 最初に銅像があった村の中央に来た。まぁ、小さな教会の目の前なので、ひとまずここに出なくてはならない。
 そして、ライゼはキョロキョロと当たりを見渡した。

『いないね』
『いないな』

 村の中央にはいなかった。
 銅像があるところだと思ったんだが……、まぁ、いいや。

『どっちに行くんだ?』
『うーん。こっち?』

 ライゼは適当に右を指差す。
 なので、俺はそっちへ体を転回させて歩き出す。どうせ、あてはない。適当でいい。まだ、三日月は西に沈みかけているころだ。寝るまで時間はある。

 俺達はしんみりとした静寂しじまの廃村を歩く。
 俺達は言葉を交わさない。話題がないわけでもなく、話さなくても心地が良くってそれが嬉しいのだ。

 こういう関係が変わりながらもずっと築き続けられたらいいなと思っている。
 そのために、幾度と間違えても解きなおすのだ。

『ねぇ、先生とレーラー師匠はどんな関係だったのかな?』

 と、不意にライゼが呟いた。
 確かに気になる。

『少なくとも、国や世界が発行している伝記などに載っている関係性では絶対ないだろうな』
『それは確かに。僕が読んでいた本だとレーラー師匠は威厳たっぷりの美しい深き森人ハイエルフだったからね。レーラー師匠に威厳はあんまりないよ』
『美しさは?』

 ライゼは少しだけ照れくさそうに頬を掻いて。

『まぁ、たぶん、僕が見てきた人の中では一番綺麗かな。でも、美しいっていうのとはちょっと違う気がするよ』
『そうか』

 たぶん、ライゼのいう美しいは見惚れるとか、恋や愛に近い美しいなんだろう。つまり心情面の美しいだ。
 俺的には外見の美しさを聞いたのだが、ライゼはそれを綺麗だと称した。

 言葉って違うよな。

 そんな会話を少しだけした後、俺達は廃村の端まで来てしまった。
 朽ちた低い木の柵がところ何処りにあり、村の入り口らしき木製のアーチもある。けれど、やっぱり朽ちていて滅んでいた。

『こっちにはいないみたいだね』
『ああ、大回りして逆側に行くか』
『うん』

 そして、俺達は左を向き、柵に沿うように大回りしながら、反対側へと移動していった。
 心地のよい夜だった。
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