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第二部 二章:独りはあっても孤独はない

九話 二人三脚みたいな

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 一週間後。

 世界が未だ闇に染まり、しかし、極彩色の星が彩る世界で、俺は凍てつく海の上を走っていた。また、ライゼも同様である。

 冬の海は静かなようで、全くそうではない。
 暗く、黒く、おどろおどろしい。見た目は穏やかでも、心の内は煮えたぎっているような、野心を持っているように、深い部分は血潮に染まっている。

 つまり、何が言いたいかというと。

『馬鹿じゃねぇの、ライゼ!? 何で、海の上でランニングをするんだよ!?』

 あらゆる波が重なって、上がったり、沈んだりする。揺れに揺れて、足場が千変万化の如く変わり、一瞬、一瞬立つことが難しい。
 〝水の上に立つ魔法ヴァザティーンス〟は水の上で立つ魔法だ。走る魔法じゃない。一瞬、一瞬、片足で立っている刹那に〝水の上に立つ魔法ヴァザティーンス〟を発動させる。
 それを交互に、何度も繰り返す。

『何言ってるの、ヘルメス。海の上って波があって、砂の上より不安定で体幹トレーニングとして最適なんだよ。それに、通常通りになったとはいえ、飛雷魚は一万匹いるからね。“魔力感知”と“魔力隠蔽”、それに回避の良い訓練になるよ』

 暗くて表情はよく見えないが、分かる。五年間以上一緒にいた俺は分かる。
 ライゼは今笑顔だ。こげ茶の瞳が若干輝いて、口角が上がってるだろう。ライゼは、Mなのだ。
 トレーニング好きになっているのだ。

『砂の上より不安定!? 何言ってんだ、不安定どころか、蜘蛛の糸で綱渡りするくらいにやべぇじゃねえか! 一万の飛雷魚が眠りを邪魔されて怒り狂ってるし、水って蹴れねぇじゃん。立つことはできても、蹴れねぇじゃん! 歩くのだって一苦労じゃねぇか!?』

 足元からは数百の飛雷魚が膨大な雷電を纏い、俺ら目掛けて飛び上がってくる。“森顎”の弾丸の弾速とスピードは変わらない。どうやら、飛雷魚は雷で移動速度を加速するらしい。
 昨日、ライゼが〝誰か魔法を操る魔法ダイングフェットミア〟を使った疑似的な魔法解析によって、飛雷魚が使う魔法をパクったと自慢していたが、自慢する理由がわかる。
 電磁加速じゃねぇか!

 しかも、どうやらやろうと思えば、飛雷魚は空すらも数分くらい跳べるらしく、下だけでなく、前や後、横からも空気を突き破って跳び込んでくる。
 それを回避しなければならいのだ。俺は戦えないのだ。

 また、ライゼも戦おうともしない。躱すだけだ。

『まぁ、レーラー師匠が水の上を走るとか、歩くとかの魔法を教えてくれなかったんだし、多分、誰も開発できてないんじゃない。それか想いで創ってもあまりの難しさに使えなかったか』

 それに〝水の上に立つ魔法ヴァザティーンス〟はもう一度言うが、立つ魔法だ。決して、水を蹴る魔法ではない。走るためには地面を蹴る必要があるが、それができないのだ。
 だから、流体の水を蹴れる速さで足を動かし、駆けなければならない。

 昨日まで、外で見てたから気付かなかったが、ライゼは、そしてレーラーは相当高度な事をしていたのだ。
 というか、この魔法を三週間近くで完全にものにしているライゼの魔法技術は、やはり俺を越えている。

『創造主が使えないって事あるのか!? だって、創造主だぞ!?』
『一応、あるらしいよ。魔法を想いで創る場合、その魔法は創造者の魔力量で使える規模に最適化されるらしんだけど、技術は程々にしか考慮されないんだって。まぁ、それでも想いの力で技術をある程度カバーできるらしいんだけど』

 ああ、そういえば、一ヶ月間くらいのレーラーが魔法講義でそんな事言ってたような、そうでなかったような。
 ライゼは真剣に魔法講義を受けてるけど、俺は寝てる場合も多いからな。

『つまり、水の上を走るって想いでカバーできねぇって事じゃねぇか!? 何で初心者の俺にそれをさせてんだよ!?』

 久しぶりにライゼに怒鳴った気がする。
 ライゼを睨み付けた。

『あはは。けど、ヘルメス、走れてるでしょ』

 朝日が昇り始める。
 黎明がライゼの表情を照らす。

『それにさ、最近はヘルメスと一緒に走る事もなかったし、それに今は僕を見てるでしょ?』

 額に生えているこげ茶の角が刀の様に光を纏う。美しい。
 灰が混じったこげ茶の短髪が、気持ちの高ぶりを表すように荒ぶる。
 こげ茶の瞳が朝日に濡れて、揺れていた。

『……確かに』

 この町に入ってから、ライゼは忙しく飛雷魚の討伐をしていたし、暇さえあれば町の人たちを手伝ったり、『くだらない魔法』を見せて楽しませたりしていた。
 俺はそれを遠くで、もしくは肩の上で眺めながら、“森顎”と“森彩”の改良を考えていた。まだ、あれは欠点だらけだからだ。

 それにライゼの早朝訓練に付き合って走ってはいたが、それでもライゼと走ることに夢中になってなかった。
 違う事を考えてた。

 ただ、確かにレーラーが言いたかったことはこれかもしれない。俺の勝手な思い込みかもしれないが。
 まぁ、後で真意を確認してみるか。いや、俺の中でかみ砕いてからでいいか。

『すまん』
『うん、僕も気付いてたのに直ぐに言わなくてごめんね』
『いや、俺がわる――』

 ああ、違う。謝るのは間違ってる。
 ライゼに謝らせては駄目だ。

 俺は、一旦言葉を切る。思念を止める。
 そして、下を向いてから、舌を長く出してチロチロと左右に揺らす。

『――ありがとうな、ライゼ』
『うん!』

 朝日はいつ見ても美しい。
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