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第二部 一章:どこにだって光はある

エピローグ Night Sky Is Bright――b

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「……ありがと、レーラー師匠。嬉しいよ。けど、こんな高そうなところじゃなくても……」

 驚きから落ち着きを取り戻したライゼが、嬉しそうに、けれど、少しだけ申し訳なさそうに言った。
 ライゼは、贅沢をすることが苦手だからな。俺が祝ったり、褒めたりする事はあるが、それでも慣れないのだ。

 ライゼは、まだ、度量がない。未だに自分に自信がない。
 老人の、家族の想いを、誇りを自分の目標にした。それを誇りとした。それを自らの手で選んだ。

 けど、やっぱり怖いんだ。恐ろしいんだ。どんなに覚悟と想いを持っていても、俺がいても、レーラーがいても、暗闇は怖いものだと思っているんだ。
 たぶん、そうなんだと思う。

「……私がここがいいと思ったんだ。この景色をライゼに見てもらいたいと思ったんだよ」

 そんなライゼに、レーラーは夕日に沈む街を見ながら言った。懐かしく、遠くを見ていて、けれど、直ぐにライゼのこげ茶の瞳をしっかりと見る。
 ライゼは息を飲む。

「丁度、七十年くらい前かな。私はライゼの席に座ってた。それで、ライゼと同じような思いだったんだと思う。私は終わった身だと思ってたし、諦めてた。自分は暗い中をずっと藻掻かなければならないと思ってた」

 レーラーは呟くように、ワイングラスに入っている水を揺らすように、静かに懐古を鳴らす。

「エルピスはそんな私をここに連れてきてくれた。私にこの夕日を見せてくれた」

 翡翠が夕日に濡れた。キラリと光った。

「まぁ、七十年前と今じゃ、全くもって違う景色だけど、私はこれが忘れられない。だって、この時から私は諦める事を諦めたんだ」
「……どういう事?」
「そのままの意味さ。太陽はいつか沈むんだ。沈むけど、綺麗なんだ」

 夕日は直ぐに落ちる。
 そして夜が訪れるのだ。

「そしてね、夜はもっと綺麗なんだよ。美しいんだ」

 街の光が一斉に消える。
 本当に一斉に、夕日が沈んだ瞬間消えたんだ。

「……星が」

 そして夜空には星々が輝く。幾星霜の光が、多種多様な弱く、強く、儚く、美しい光が夜天に浮かんでいる。
 綺麗だ。

「自由都市の風習でね。二週間に一度。太陽の日の夜は光を付けないんだ」
「……なんで」

 夜空に浮かぶ星々に魅了され、光に満ちた闇に魅了され、ライゼは呻くようにレーラーに問いかける。
 信じられないほどに夜は綺麗で、暗くて、明るかったんだ。

「太陽はね、夜が好きなんだよ。自分の光りが全く届かない夜が好きなんだよ。そんなお伽噺が昔、この都市、いや、村で生まれてね」

 それは俺もつい最近知った。
 この世界のお伽噺や史実などに興味がある俺ですら、ここ最近知った。
 なら、魔法の事しか興味がなく、余裕はあれど急いでいたライゼは知らない。

「だから、太陽の日は、太陽が好きな夜を最大限に美しくしようという思いつきを当時の村長か、誰かが言いだしてさ」

 夜は、闇に輝く星々と月が美しい。されど、今日は新月。月はない。
 太陽の光が一切ないのだ。

「そして、新月は二週間に一度訪れるでしょ。太陽が最も好きな自分の光が届かない夜があるんだよ。だから、二週間に一度。夜だけが持つ、夜だけの光でここを彩ろうとしたんだ。それが何百年も風習として残ってる」

 この世界の月の周期は地球とは違う。
 土地や場所によって異なる。ファッケル大陸は二週間に一度、新月が訪れる。

「ライゼ、太陽が無くても、暗闇でも綺麗なんだ。美しいんだ。だから、覚悟を決めるのはいいけど、もっと心を動かして、感動して、喜んで、悲しんで、泣いて、笑って、歩もうよ」

 だから、レーラーは諦める事を諦めたのだ。
 暗闇は苦しいものだと決めつける事を止めたのだ。暗闇は苦しいのだと自分に言い聞かせて、我慢して歩むことを諦めたのだ。
 そして、楽しんだんだ。

 そんな気がする。俺はそう読み取った。

「ライゼ、これ」

 レーラーは銀の鎖に繋がれいる蒼の蝶が描かれた蓋つきの懐中時計を渡す。
 レーラーが持てる知識と技術によって直した懐中時計を渡した。

「……これは」
「誕生日プレゼントだよ。時計、持ってなかったでしょ」
「うん」

 ライゼは戸惑いながら、閉じている懐中時計の蓋を開ける。
 チクタクと時を刻む針が現れる。そして、小さな孔が開いた蓋の内側も。

「その蓋の孔はね。どんな大きさの、また、どんな形の宝石も仕舞えるんだ。それに、劣化防止とか、耐久性とかがついていて、とても壊れにくい」
「……ぁ」

 ライゼは、無意識に首から下げている蒼の宝石を取り出す。簡単な金属で覆われ、紐で繋がっている蒼のペンダントを取り出す。

「最近、糸が弱ってきてるでしょ。それに、魔物との戦いとかで、アクアスカイを覆ってる金属もガタがきてる」

 アクアスカイは蒼の宝石である。宝石言葉はない。

「だから、その懐中時計に仕舞えたらなと思って。それに、その懐中時計には、落としても何処にあるか分かる機能があるんだ。失くさないと思ってさ」
「……ありがとうございます。レーラー師匠」
「うん」
 
 それから俺も誕生日プレゼントを渡し、最初の食事が来た。
 そして、ディナーは終わりへと向かう。
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