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第一部 三章:世界はあなただけのもの
九話 贖罪
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鬱蒼とした森を俺は静かに走る。
背中に乗せたライゼとアウルラに極力振動を与えないようにしながらも、しかし、速い速度で走る。
「……あの、アウルラ様。今はまだ第二階層なので、魔力隠蔽はしなくても大丈夫ですよ。それとヘルメスがアウルラ様を落とす事はありませんから、その」
「うるさいですわ。ライゼが常に魔力隠蔽しているというのに何故、私がそれをしない理由がありますかしら?」
ライゼの深緑ローブを全力で掴んでいるアウルラは、魔力隠蔽については反論しても掴まっている事には触れなかった。
ライゼもそれが分かったのか、少しだけ苦笑いした後、深緑ローブをそのままにした。
けれど、ライゼは一応念押しする。
「アウルラ様。昨夜話した通り、第四、第五階層を一日で、飲まず食わずで突破するつもりです。それまでは体力と精神力を温存してもらいたいのです」
いくら広範囲の魔力感知と魔力隠蔽による隠密活動をしていても、短期間で突破しない限り、第四、第五階層に生息する凶悪な魔物に遭遇する確率が高くなる。
リスクはなるべく少ない方がいい。
そして、その短期間に全力を尽くさなくてはならないのだ。
「……分かっていますわよ。けれど、アイファングの名に誓って、アナタに迷惑を掛けることはありませんわ」
……しょうがない。
『ライゼ、どうせ俺の方で魔力隠蔽の補佐はするから、やりたいようにやらせてやれ。お前だってこういう無茶はしてただろ?』
『……分かったよ』
ライゼは身に覚えがあるのか渋々頷いた。
アウルラだって無理で無茶をしているわけではない。彼女だって命が掛かっているのだ。勝手なプライドで多くの命を左右する我が身を捨てることはしない。
だが、それでもアウルラはやると決めたのだからその覚悟があるんだろう。
前世も合わせれば俺は老人である。老婆心みたいなものを使っても怒られないだろう。
そうして、俺がある程度落ち着いた速さで走って五日。予定よりも一日早く、第四階層手前まで来た。
「……ライゼはどうして学園に入ったのかしら。アナタほどの実力者なら、独学でも相応の知識と技術を習得できますし、現にその年でDランク冒険者になっていますわ。それに我が国に仕える気もないようですし」
夜。第四、第五階層を一日で突破する前に前夜。
ライゼとアウルラは最後の晩餐をしていた。
「……アウルラ様も知っての通り、私は巷で話題の“くだらない魔法使い”です。『くだらない魔法』を使う魔法使いなのです。ですが、『くだらない魔法』を記してある魔導書は王立図書館にも、また魔導書屋さんにも置いてありません。そもそも使う人がいないからですね」
「なるほどね。だから、魔導書の蔵書数がファッケル大陸随一と言われる魔法学園に入ったんですわね」
ライゼ特製のスープを口に含みながら、アウルラは神妙に頷く。
そしてライゼを見た。
「では、根本的な質問なのだけれども、何故『くだらない魔法』が好きなのかしら。何故、ライゼの持てる技術を使って騎士などにはなり、魔物などの脅威から人々を守ろうとはしないのかしら」
貴族として、王族として、その疑問は当然だ。
彼らはそのために存在するからこそ、王族として、貴族としてあるのだ。
「……そうですね。三、四歳の時、私は〝魔力を蝶にする魔法〟を創りました。どうして創ったかと言えば、私が昔住んでいた地域に、多種多様な蝶がすむ花畑がありました。ある日両親とその場所へピクニックに行ったのですが、運が悪かったことにその蝶々らが魔物に喰われた後でした」
初めて聞く話だ。
にしても、蝶を喰らう魔物っているんだな。
「その時、両親のがっかりした顔は忘れられません。私を喜ばすために少ない貯蓄を叩いて、来たというのに肝心の蝶がいませんでしたから。だから、私は両親に笑顔になってもらいたかったのです」
「それで〝魔力を蝶にする魔法〟を発現させたというわけですのね」
「はい、その時の両親の笑顔は決して忘れません。私はその時、魔法で誰かを笑顔にする事に心を奪われたのです」
けれど、とライゼは続ける。
「両親は、私が住んでいた町は魔人に襲われ、滅びました。両親は私の目の前で魔人に喰われました」
「ッ!」
突然の告白にアウルラは絶句する。
過去に魔人を侮ったからこそ、それを思い出して恐怖する。
「その時は恨みました。魔人を、理不尽を、世界を恨みました。恨んで、恨んで、恨み続けて、そしてある老人に、先生に拾われました」
絶句し、何も言えなくなっているアウルラにライゼは服の下に下げていた蒼い宝石のペンダントを取り出して、見せた。
「………………………………ッ!」
そしてアウルラはそれを見て、遅まきに再び絶句する。
そして顔を真っ青に染め、許しを請うようにライゼに飛び掛かる。
「……あ……アナ……タが、アナタが……ごめんな……我らがしっかりと……私があんな……」
そして懺悔するかのようにライゼに縋りつくアウルラ。
「私が、世界のゆうし――」
「――……謝らないでください。僕に謝らないで。謝るなら先生に謝って」
最初こそ、何故アウルラがそんな行動に出たか思い当たらなかったライゼも、その言葉が出た瞬間、理解した。
そして静かに、少しだけ怒る様にアウルラに言ったのだ。
「それに僕は先生の生徒というだけです。王国法でも何の縁もない子供です。それでも僕にその言葉を言うのなら、行動で示してください。先生が実現しようとした世界を実現してください」
優しく冷たく呟かれた言葉に、アウルラは静かにライゼから離れる。
そして大きく深呼吸した後。
「……分かりましたわ。絶対に約束しますわ」
アウルラは少しだけ赤く腫らした柴水晶の瞳をライゼに向け、決意を秘めた表情で頷いたのだった。
背中に乗せたライゼとアウルラに極力振動を与えないようにしながらも、しかし、速い速度で走る。
「……あの、アウルラ様。今はまだ第二階層なので、魔力隠蔽はしなくても大丈夫ですよ。それとヘルメスがアウルラ様を落とす事はありませんから、その」
「うるさいですわ。ライゼが常に魔力隠蔽しているというのに何故、私がそれをしない理由がありますかしら?」
ライゼの深緑ローブを全力で掴んでいるアウルラは、魔力隠蔽については反論しても掴まっている事には触れなかった。
ライゼもそれが分かったのか、少しだけ苦笑いした後、深緑ローブをそのままにした。
けれど、ライゼは一応念押しする。
「アウルラ様。昨夜話した通り、第四、第五階層を一日で、飲まず食わずで突破するつもりです。それまでは体力と精神力を温存してもらいたいのです」
いくら広範囲の魔力感知と魔力隠蔽による隠密活動をしていても、短期間で突破しない限り、第四、第五階層に生息する凶悪な魔物に遭遇する確率が高くなる。
リスクはなるべく少ない方がいい。
そして、その短期間に全力を尽くさなくてはならないのだ。
「……分かっていますわよ。けれど、アイファングの名に誓って、アナタに迷惑を掛けることはありませんわ」
……しょうがない。
『ライゼ、どうせ俺の方で魔力隠蔽の補佐はするから、やりたいようにやらせてやれ。お前だってこういう無茶はしてただろ?』
『……分かったよ』
ライゼは身に覚えがあるのか渋々頷いた。
アウルラだって無理で無茶をしているわけではない。彼女だって命が掛かっているのだ。勝手なプライドで多くの命を左右する我が身を捨てることはしない。
だが、それでもアウルラはやると決めたのだからその覚悟があるんだろう。
前世も合わせれば俺は老人である。老婆心みたいなものを使っても怒られないだろう。
そうして、俺がある程度落ち着いた速さで走って五日。予定よりも一日早く、第四階層手前まで来た。
「……ライゼはどうして学園に入ったのかしら。アナタほどの実力者なら、独学でも相応の知識と技術を習得できますし、現にその年でDランク冒険者になっていますわ。それに我が国に仕える気もないようですし」
夜。第四、第五階層を一日で突破する前に前夜。
ライゼとアウルラは最後の晩餐をしていた。
「……アウルラ様も知っての通り、私は巷で話題の“くだらない魔法使い”です。『くだらない魔法』を使う魔法使いなのです。ですが、『くだらない魔法』を記してある魔導書は王立図書館にも、また魔導書屋さんにも置いてありません。そもそも使う人がいないからですね」
「なるほどね。だから、魔導書の蔵書数がファッケル大陸随一と言われる魔法学園に入ったんですわね」
ライゼ特製のスープを口に含みながら、アウルラは神妙に頷く。
そしてライゼを見た。
「では、根本的な質問なのだけれども、何故『くだらない魔法』が好きなのかしら。何故、ライゼの持てる技術を使って騎士などにはなり、魔物などの脅威から人々を守ろうとはしないのかしら」
貴族として、王族として、その疑問は当然だ。
彼らはそのために存在するからこそ、王族として、貴族としてあるのだ。
「……そうですね。三、四歳の時、私は〝魔力を蝶にする魔法〟を創りました。どうして創ったかと言えば、私が昔住んでいた地域に、多種多様な蝶がすむ花畑がありました。ある日両親とその場所へピクニックに行ったのですが、運が悪かったことにその蝶々らが魔物に喰われた後でした」
初めて聞く話だ。
にしても、蝶を喰らう魔物っているんだな。
「その時、両親のがっかりした顔は忘れられません。私を喜ばすために少ない貯蓄を叩いて、来たというのに肝心の蝶がいませんでしたから。だから、私は両親に笑顔になってもらいたかったのです」
「それで〝魔力を蝶にする魔法〟を発現させたというわけですのね」
「はい、その時の両親の笑顔は決して忘れません。私はその時、魔法で誰かを笑顔にする事に心を奪われたのです」
けれど、とライゼは続ける。
「両親は、私が住んでいた町は魔人に襲われ、滅びました。両親は私の目の前で魔人に喰われました」
「ッ!」
突然の告白にアウルラは絶句する。
過去に魔人を侮ったからこそ、それを思い出して恐怖する。
「その時は恨みました。魔人を、理不尽を、世界を恨みました。恨んで、恨んで、恨み続けて、そしてある老人に、先生に拾われました」
絶句し、何も言えなくなっているアウルラにライゼは服の下に下げていた蒼い宝石のペンダントを取り出して、見せた。
「………………………………ッ!」
そしてアウルラはそれを見て、遅まきに再び絶句する。
そして顔を真っ青に染め、許しを請うようにライゼに飛び掛かる。
「……あ……アナ……タが、アナタが……ごめんな……我らがしっかりと……私があんな……」
そして懺悔するかのようにライゼに縋りつくアウルラ。
「私が、世界のゆうし――」
「――……謝らないでください。僕に謝らないで。謝るなら先生に謝って」
最初こそ、何故アウルラがそんな行動に出たか思い当たらなかったライゼも、その言葉が出た瞬間、理解した。
そして静かに、少しだけ怒る様にアウルラに言ったのだ。
「それに僕は先生の生徒というだけです。王国法でも何の縁もない子供です。それでも僕にその言葉を言うのなら、行動で示してください。先生が実現しようとした世界を実現してください」
優しく冷たく呟かれた言葉に、アウルラは静かにライゼから離れる。
そして大きく深呼吸した後。
「……分かりましたわ。絶対に約束しますわ」
アウルラは少しだけ赤く腫らした柴水晶の瞳をライゼに向け、決意を秘めた表情で頷いたのだった。
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