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第一部 三章:世界はあなただけのもの

四話 お姫様

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『おはよう、ヘルメス』

 日が射し込まない地下の研究室で、日が昇る前に起きたライゼは専用の小さなベッドで寝ていた俺を起こす。
 この五年間、常にライゼの声で起きてきた俺はいつも通り重たい瞼を持ち上げる。

『ああ、おはよう』

 ライゼはいつも通りの黒ズボンと白シャツ、深緑ローブを羽織っている。
 どんな時もこの服装で他の服は持ってない。服屋に連れて行っても同じ服を何枚も買うだけで、おしゃれとかは疾うに諦めた。

 けれど、ローブに付けた赤色のブローチだけは昨日とは違っていた。

『今日から二学年か。今年は授業に出れるといいな』
『……どうなんだろ。分からないや』
『そうか。まぁ、どうせ二年次からは選択なんだし、面倒も少ない筈だ。ゆっくり考えるいい機会だな』

 同年代と遊んでほしいとは少しだけ思ったりはするが、少しだけである。
 本人が嫌ならそれでいいのだ。

 だが、未だにライゼはそれが嫌なのかいいのかも分かっていない。経験していないからだ。いや、まぁ、イジメらしきというか、追い出されたりはしたが、ライゼ的には如何とも思ってないらしいしな。
 
 なるようにしかならないし、俺が事前に石をどける必要もない。

「レーラー師匠。起きてよ」

 そんなライゼはソファーで寝ているレーラーを頑張って起こしていた。
 いつもの光景だった。


 Φ


「であるからして、今年度の入学生は――」

 長く白い髭を蓄えた老人が全校生徒の前で話してる。
 魔道具で声を拡声しているらしく、一番遠くにいる俺達にもキチンと声が通っている。

「――よって、勉学と青春に励むように」

 そしてその老人の入学式の祝辞は終わった。
 暇すぎて、ライゼなんか入学式の最中にも関わらず寝ている。まぁ、レーラーも含めて、無理やり参加させられた特別講師たち全員も寝ているので、何とも言えないのだが。

 意外にも老人、つまり魔法学園の学園長であるマクスランド氏はいい事を言っていたのだがな。
 前世での校長先生の話よりも良かった。ほどよく短かったし、所々に寒くならないユーモアも混じっていた。

 九十歳近いらしいが、年の功というやつか。マクスランド氏は、見た目は人族なのだが、若干森人エルフの血が混じっているらしく、少しだけ長生きなのだそうだ。
 そのため九十歳近いのにピンピンしている。

 そして、ライゼの初めての後輩を迎える式は終わった。
 ライゼは終始興味なさそうだった。

 でも、これでもマシになった方だと思う。一年前だったら、入学式にすら出席しないで図書館で籠っていただろうし。

『おい、起きろ』
「……ぅん、もう少しだけ……」

 はぁ、いつもは逆なんだがな。

『今日から、新教室なんだろ。早く移動した方がいいんじゃないか』
『……分かったよ』

 ライゼはようやく座っていた椅子から起き上がり、二年生の教室へと移動していったのだった。
 移動先は魔法専門クラスの内の一つだ。

 そうして数分かけて移動した後、ライゼはこれから半年過ごす予定の教室の扉を開ける。半年後には学年の中間試験があり、そこの成績によってクラスわけが再び為されるため、半年しかいない。
 ただ、今日から半年間のクラスは成績などを参考にしないでランダムで決めたそうだ。つまり、半年で頑張れというわけである。

『お前以外全員揃ってるじゃねぇか』
『……レーラー師匠が来てないよ』

 そしてレーラーは今年から特別講義だけではなく、普通にクラスを持つことにしたらしい。面倒臭がりのレーラーにしては珍しいなと思ったのだが、なんでも魔法研究費を増やしてもらうための対価だそうだ。
 まぁ、残り二年近くでレーラーはこの学園を去るし、一つも思い出にでもと思って受けたらしい。

『そういう事じゃねぇよ。……お、相変わらずお姫様はお前に熱心だな』

 まぁ、そして教室にいた生徒たちは一番遅れてきたライゼを見向きもしない。いない者として扱う方針にしたようだ。
 だが、アウルラだけはライゼを殺さんばかりの瞳で見ている。

『……そうなのかな?』

 ライゼは一番前の自席に座りながら、チラリと隣に座っているアウルラを見て呟いた。睨まれて困ったように眉を顰めているのはいつものことである。
 まぁ、熱心って言うのは色々と捉え方があるからな。

『そうだろ。お前が貴族たちからの制裁と学園からの配慮によって図書館に引きこもる様になったのに、やれ勝負だの何だのと突っかかって来ただろ。熱心でなくて何て言うんだ』
『敵愾心? それかライバル心的な?』

 それでも一人の人間に心を燃やしているのは間違いない。

 王族として培ってきたプライドが甚く傷つけられた事が恨めしく、ライゼに突っかかるのだ。
 だが、王族として培ったプライドが邪魔をして真正面から叩き潰さないと気が済まないのか、姑息な手を使ってこなかったのは幸いであった。

 流石に王族の権力だとライゼはこの学園を追い出されていた可能性が高かったのだ。王族以外の貴族ならば、半ば独立を保っている学園でも対処はできたのだ。
 レーラーと学園長が頑張ってくれた。

 と、ライゼが深緑色のトランクケース、つまり“空鞄”から解読中の魔導書を取り出して読もうとしたら、丁度レーラーが入ってきた。
 ライゼは仕方なく取り出した魔導書を直ぐに仕舞った。少ししょんぼりしている表情もいい。

「……全員いるようだね。じゃあ、今後の予定について話すよ」

 そして、黒板に今後の仔細を書き始めた。
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