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第20話 スマホを買う

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 携帯ショップにはいくつもの携帯が並んでいた。その数に圧倒される。

「それでどの携帯を買うとか決まってるのかしら? スマホを買うのかしら?」
「決まってないよ。けど、その前に、これの修理……というより、データを取り出せないか聞かないと」

 僕は近くにいた店員さんに声をかける。

「あの、すみません」
「……何の御用でしょうか?」

 小さく目を見開いた店員さんに僕は壊れてしまったガラケーを見せる。

「先日携帯を壊してしまったのですが、こちらの携帯からデータを取り出し新しく買う携帯に移す事は可能でしょうか? 画像データだけでもいいんです」
「……申し訳ございません。破損された携帯からデータを取り出すのは難しく、こちらでは修復やデータの復元等などは承って――」

 壊れちゃったし、やっぱり無理か。保証書も一応持ってきたけど、買ったのは随分と昔だから使えないだろうし、諦めるか。

 実家のアルバムに写真があったはずだし、長期休暇まで我慢すればいい。

 そう思ったとき、ローズが店員に声をかける。

「失礼ながら、難しいと仰っていましたが、つまりデータの取り出しが出来ないわけではないですのよね?」
「いえ、ですから、こちらでは――ッ!」

 声をかけられて初めてローズに気がついたのか、店員は驚いた表情をした。

 ローズは一瞬だけ目を恐ろしく細めたあと、僕に小声で尋ねてくる。

「ねぇ、ホムラ君。確か、その携帯はロロモで買ったって言っていたわよね」
「そうだけど」

 ロロモとは、今僕たちが入っている携帯ショップのキャリアの名前だ。地元から一番近い携帯ショップがロロモしかないので、必然的にそのキャリアで買うこととなる。

「その保証書とかは?」
「一応、持ってきてるけど」

 そして僕の返答を聞いた瞬間、ローズは僕が見たこともない作り笑いを浮かべた。

「お手を煩わせて本当に申し訳ないのですが、私が壊してしまった彼の携帯のデータをどうにか復元したいんです。どうにかならないでしょうか?」
「あ、いえ……」
「以前私がロロモの方でこの携帯と同機種のを買った時は、無期限の修理保証があると伺っていたのでもしやと思ってたのですが、今はもうやめてしまわれたのでしょうか?」
「ッ、い、いえ。今でも無期限の修理保証等は承っております!」

 ……話の流れが分かってきた。

 そういえば、地元を出るときに皆が言っていたっけ。西に行けばいくほど、僕たちは騙されやすくなるからキチンと契約書とかを読んでおけって。気をつけろって。

 地元や地元に近い小聖域のお店しかり、黒コートを買ったお店しかり、僕が今まで入ったことのあるお店は良心的な店ばかりで忘れてた。

「でしたら、こちらの携帯も修理可能ということでよろしいでしょうか? 彼はこの携帯をロロモで買っており、保証書も持ってきているのですが」
「も、もちろん可能です」
「それはよかったです」

 引きつった笑みを浮かべる店員さんに一瞥もくれず、ローズは僕を見やった。

「ホムラ君。修理できるわよ。良かったわね」
「……ありがとう、ローズ」
「当然よ」

 ローズは優しく微笑んだ。

 
 Φ


 その後、その店員さんは店の奥へと消え、他の店員さんにめっちゃ謝罪された。

「それでホムラ君はどんな携帯を買うのかしら? スマホよね?」
「……スマホとガラコンで迷ってる」
「スマホじゃないの?」

 スマホは通話機能とタッチパネルを用いたインターネット通信やアプリの使用機能を取り入れたもの。

 ガラコンはガラケーとパソコンの造語で、ガラケーと同じような見た目で通話機能とパソコンができる一通りの機能を取り入れたもの。

 機能だけ見ると両方とも出来ることが似ており、現状、スマホの方が人気がある。

「ほら、スマホって性能は魅力的だけど、旧時代に使用された設計をそのまま転用してるから、霊具ではないでしょ?」

 霊具とは霊力を注ぐことによって特殊な性質を持つ物質を使った道具の事だ。霊航機も霊力を注ぐと重力を中和する鉱石、浮遊石を使った霊具の一種になる。

「その点、ガラコンは霊力を注ぐと熱や衝撃に強くできたりするから、画像データとか失わずに済むかなって」
「……なるほどね」
「とはいえ、その分ガラコンって割り増しでさ」

 先月のホテルのキャンセル代などでお金はあるにはあるが、それでも使いすぎはよくない。黒コートを買ったときのようなやらかしをするわけにはいかないのだ。

 すると、近くに控えていた店員さんが声を掛けてくる。

「お客様。そういうことでしたら、クラウドサービスなるものが存在しておりまして――」

 店員さんが説明してくれたクラウドサービス。つまり、ネット上に写真データなどを保存できるというもの。

「それって黒瘴こくしょう地帯や無人の小聖域でも使えますか?」
「プランによっては、黒瘴こくしょう地帯でもネット回線に繋ぐ事が可能です。その分、お値段が高くなりますが、ガラコンを買うよりは安いかと」
「……なるほどね」

 それから色々と店員さんに話を聞いたり、やたらスマホ推しローズの助言もあり、結局スマホを買うことにした。

「じゃあ、私も買おうかしら」
「えっ? ローズも買うのっ?」
「何か問題でも?」
「いや、そうじゃないけど、ご両親とかに相談は……」
「そんくらい大丈夫よ!」
「えぇ……」

 ま、まぁ、僕と店員さんの説明を聞いていて欲しくなったのだろう。

 それから僕とローズはカウンターで店員さんと書類のやり取りを行う。すると突然、ローズが僕の腕に抱きついてきた。

「ろ、ローズッ!? え、あ、ちょっと離れ――」
「いいから、ちょっとだまりなさい!」
「うぇっ!?」

 更にギュっと腕を抱きしめられ、胸を含めたローズの柔らかい感触に頭がくらくらしてくる。

「そ、その、彼とスマホ専用のペア契約もしたいのですけどっ!」

 ローズは僕の腕に抱きつくのを店員さんに強調する。

「……なるほど、分かりました。少しお待ちください」

 店員さんが奥へと消えた。同時にローズが僕の腕を離し、ちょっと冷静になった僕は慌ててローズに尋ねる。

「ろ、ローズ。ペア契約ってどういうことなのっ?」
「こ、これから色々と考えたら、ホムラ君とは、そのスマホでのやり取りも増えるわけよね? なら、通話料とかパケット代がかからない方がいいじゃない」
「いや、それならスマホには無料の通話アプリも――」
「いいから! お金も数百円程度だし、いいでしょっ!? ねっ? お願い!」
「まぁ、そこまで言うなら……」

 さっきの携帯電話の修理の件でローズに助けてもらったし、それくらいならいいか。

 そう思いながら僕は先ほど店員さんに貰ったプラン紹介などの資料に目を落とす。

 なるほど。恋人や夫婦がスマホ販促でスマホを買ってペア契約すると『チュウ太郎』というネズミのキャラのスマホカバーがついてくるのか。

 昨日、マチルダがローズはそのキャラが好きだって言ってたし、欲しかったんだね。

 ……なら、さっきのお礼も兼ねてこ、恋人のフリくらいはしよう。とはいえ、さっきので恋人に見えただろうし、もうそんなフリをする必要はないと思うけど。

 店員さんが戻ってくる。

「こちらがペア契約の書類となります。それと、お二方が写った写真はお持ちでしょうか?」
「写真?」
「はい。ペア契約は基本ご夫婦や恋人を対象としたものですので、その証明としてツーショットの写真をお持ちいただいているのです」
「え」

 僕は目を丸くする。ローズも目を丸くしていた。え、知らなかったの?

「もしお持ちでなければ、こちらのカメラで写真をお取りください。今ならペアのデジタルフォトムレームを用意するサービスもございますので、そちらに使用させていただきます」
「え、あ、その、そのツーショットは絶対に必要なのでしょうか……?」

 しどろもどろに尋ねる。

「はい、もちろんでございます。あ、ここではなく書類登録などをしている待ち時間をご利用して、外でお撮りいただいても構いません」
「な、なるほど……」

 店員さんはニコニコと笑い頷いた。

「ろ、ローズ。やっぱりやめ――」

 恋人とか夫婦とかを証明するためのツーショットは、証拠が自分の手に残るので流石に恥ずかしい。というか、罪悪感を感じてくる。

「そ、その今、撮ってください!」
「うぇっ!?」

 驚く僕にローズは小声で言う。

「今更引けるわけないでしょっ! いいからツーショット一緒に撮って! お願い!」
「……分かった」

 店員さんはいい笑みを浮かべてデジタルカメラを手に取り、僕らに向ける。

「では、写真を撮りますので、お二人とも近づいてください。あ、彼女さん。少し見切れてますのでもっと顔をお近づけてください」
「は、はい!」

 顔が触れそうになるくらい、ローズが顔を近づけてくる。甘いローズの匂いとか感触で恥ずかしさが込み上げ、思わず顔を背ける。

 店員さんが疑念の目を僕に向けてきた。

「彼氏さん?」
「ッ」

 そうだ。恋人らしく振舞わないとローズが欲しい『チュウ太郎』のスマホカバーが貰えないのだ。

 ローズのためにも羞恥心を捨てないと!

 僕は気合を入れてローズの肩に手を回し、ローズのほっぺを自分のほっぺをくっつける。これなら恋人らしく見えるはず!

「ほ、ホムラ――」
「では、お写真撮りますよ。はい、チ~ズ!」

 ローズの言葉を遮って、店員さんはデジタルカメラのシャッターボタンを押した。そして撮った写真を僕たちに見せてくる。

 ぎこちない笑みを浮かべてる僕たちが写っていた。

「こちらでよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
「問題ないです……」
 
 その写真を見ると色々な感情が込み上げ、僕らは俯きながら頷いたのだった。
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