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第18話 マチルダの愉悦

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 時が過ぎるのも早いもので、高校生になって初めての中間テストが行われた。しっかりと勉強をしたため、憂慮なく試験に臨むことができた。

 そして一週間後。全てのテストが返却され、最終的な結果を手渡された。

「むふ」
「……満面の笑みを浮かべてますわね」
「まぁ、結果が結果だからな」

 薬用植物研究会の活動はほぼ毎日ある。薬草の世話もなのだが、放課後に霊薬学についてヘーレン先生からの授業があるのだ。

 この授業が大学生レベルなのではと思うほど難しく、だからこそ薬用植物研究会は人気がないのだろう。

 ともかく、僕たちは部室でヘーレン先生を待っていた。

「ま、負けた……」

 僕とローズは中間テストでどちらが高い順位を取れるか勝負をした。何かと勝負したがりで負けず嫌いなローズが申し込んできたのだ。

 そして勝負の結果、僕が勝った。

「……勉強でも剣の腕でも勝てなくて私には何が残っているのかしら。霊力? 霊力量しかないの……」
「ま、まぁ、ローズもテストの結果はとても良かったじゃん。二位だし。だから、そんなに落ち込まないで。ね?」
「私に二十点も差をつけた人に慰められても嬉しくないわよ!」
「は、はい」

 美人なローズにギヌロと睨まれ、僕はちょっとビビる。マチルダが口を開く。

「それにしても、少々意外でしたわ。博学なのは知っておりましたけど、普段の様子を見ているととても賢そうには思えなかったものですから」
「え、酷くないっ!? 普段の僕って馬鹿そうに見えるのっ!?」
「見えますわ」
「えぇ……」

 僕はバーニーの方を見る。

「……馬鹿そうというか、子供っぽいんだよ」
「ちんちくりんと童顔はどうしようもないじゃん!」
「それも多少はあるが、そうじゃねぇよ。仕草とかが子供っぽいんだよ、お前は」

 マチルダが同意するように頷く。

「アナタ、授業中に別の事を考えているとすぐに分かるんですのよ?」
「え?」
「真面目な授業をしてるのに、その長い尻尾がブンブンと楽しそうに揺れていたりして、感情が顔や尻尾によく現れるんですの。しかも、それに怒っていらっしゃる先生に気がつかないほど鈍感だったり、頓珍漢な返答をしたり」
「それに落ち着きはないし、突拍子もないことをするし。あと、趣味が子供っぽい。夜中に黒のコートを着て、お前がよく読んでる漫画の台詞を言ってたり変なポーズをした――」
「待って! バーニー起きてたのっ!?」
「あんなごそごそしてたら、起きるだろ」

 は、恥ずかしい。夜中の中二病ごっこがバレてたなんて。部屋が真っ暗だったし、バーニーも寝入っていたからバレてないと思ったのに……

 穴が合ったら入りたい。

「それですわよ、それ。恥ずかしくて顔を赤くするのはまだしも、両手で顔を隠す仕草とかかなり子供っぽいんですのよ。無意識ですわね」
「そんな……」

 今まで気が付かなかった。僕って容姿以外でも子供っぽかったなんて。家族の誰も教えてくれなかった……。

 よし、今日から気を付けよう。大人っぽい仕草をとるんだ。

「無理だな」
「無理ですわね」
「即答っ!? ってか、心を読まないでくれるっ!?」
「ですから、先ほども言いましたけれども分かりやすいんですのよ、アナタ」

 マチルダは溜息を吐き、一瞬遠い目をした。

「とはいえ、だからこそ、そのギャップにやられる子がそれなりにいるんですの」

 ギャップ? どういう事?

「私よりもヴァレリアに聞きなさい。と~~っても詳しく教えてくれますわ――」
「知らないわ」
「あら~? 本当に~?」
「ッ! 知らないったら、知らないわよ! 余計な事言うんじゃないわよ!」
「はいはい」

 怒るローズをいなしながら、マチルダは不審な表情をする。

「それにしても、ヴァレリアとアナタは二十点も差があるんですのよね? 入学してからそう勉強が難しくなったわけではありませんし、わたくしが知っている限り、ヴァレリアが勉強を怠っていたわけでもない」

 マチルダは僕に首を傾げた。

「アナタ、入学テストの自己採点はどれくらいでしたの?」
「ええっと、確か数学で二問間違えたくらいで、他は全て満点だったと思うよ」
「超難関と言われるあの試験で満点を叩き出すことに突っ込みたいところですが、それよりもどうしてヴァレリアが首席入学者だったんですの? コイツ、自己採点で満点が一つもなかったってわたくしに泣きついて――」
「もう黙りなさい!」

 ローズがマチルダの口を抑え、それに怒ったマチルダがローズに襲い掛かり、あわやキャットファイトが始まりそうになって。

「ローズさんとマチルダさん。ここは霊薬の生成で使う器具なども置いてあると前にも言いましたよね?」

 ヘーレン先生が部室に入ってきた。凍えるように冷たい声音に、二人は固まる。

「お二人とも何をしていたのですか?」
「「な、何も」」
「そうですか。なら、よろしい」

 ヘーレン先生はとても怖い。美麗な容姿に違わず怜悧な雰囲気を纏っている。

「それと、先ほどのマチルダさんの言及に関してですが、入学テストは座学とは別に、霊力量と霊力制御技術などが含まれていたのを覚えていないのですか?」
「あ」
「……つまり私が首席入学だったのは、霊力量がAランクをだったからですか?」
「はい。同じくAランクの子も過去にはいましたが、具体的な数値で比較した場合ローズさんがトップです。それが高く評価されました。また霊力制御技術も十五歳にしては高かったですし、座学も二位の成績でしたので」

 まぁ、霊力制御技術はともかくとして、僕の霊力量はEランクにギリギリ届くくらいだしね。

 そこはしょうがない。

「ともかく、授業を始めますよ」

 ヘーレン先生は部室のホワイトボードの前に立った。そして思い出すように「あ」と呟き。

「新学期に入ってから未だに現れない先輩ですが、ようやく来週顔を出すそうですので、その時には私の代わりに皆さんが説教をしてください」
「「「「え?」」」」
 
 説教? 

 僕たちは目を丸くし、しかしヘーレン先生は気にすることなく授業を始めた。


 Φ


 今日のヘーレン先生の放課後授業が長く、薬草庭園に隣接している部室を出た頃にはすっかり夜になっていた。僕たちは寮への帰路につく。

「ヴァレリア、まだ落ち込んでいるんですの?」
「え、ローズ。落ち込んでるの?」

 気が付かなかった。

「そうですわよ。コイツ、ヘーレン先生に自分が入学首席だった理由を説明されてから、ずっと落ち込んでるんですのよ。ほんと、こういうところは昔から――」
「ドルミールっ!」
「まぁまぁ、ローズ。落ち着いて」

 両目を吊り上げるローズを意に介さず、マチルダは「やれやれですわ」と肩を竦める。

 僕は怒るローズを宥めながら、マチルダに尋ねる。

「マチルダは昔からローズと付き合いがあるんだよね? 昔のローズってどんな感じだったの?」
「ホムラ君! 何を――」
「あら、いいじゃない。何も恥ずかしがる事はないですわよ」
「ひゃいっ!」

 マチルダがローズの尻尾を撫でると、ローズは色っぽい声を出して座り込んでしまう。

「コイツは、昔も今も大して変わりませんわ。勝気でプライドが高いくせに落ち込みやかったり、努力家の癖に妙に自信がなかったり。まぁ、それでも一度決めたら何度折れても成し遂げるところは尊敬しますわ。あとは、正義感が無駄に強くて揉め事によく首を突っ込みますわね。あれでわたくしが何度大変な思いをしたか」

 ……やっぱり、マチルダってローズの事をあんまり嫌ってないよね。

「他にもヴィクトリア様の影響か年下相手だとお姉ちゃんぶったりしますし、箱入り娘だから生活能力や常識が妙に欠けていたりしますわ。それに大食いだったり、可愛いぬいぐるみなどが大好きだったりしますわね。今はチュウ太郎というキャラにご執心だったかしら? あとはかなりむっつりでヴィクトリア様のお部屋にあった……ってこれは言ってはいけませんわね。プライベートが過ぎますわ」

 何が?

「まぁ、つまり面倒くさい女ですわ。あ、でも、中身はともかくとして見てくれは本当にいいですわね。特に小さい頃は天使みたいに可愛かったんですのよ?」
「えっ、見たい!」
「いいですわよ」

 マチルダは制服のスカートからスマホを取り出し、僕に写真を見せてくれる。

「この写真は確か四歳の時でしたわね」
「ッ!!」

 なんかのパーティーなのだろう。何人かの大人たちと一緒に、ドレスを着たローズとマチルダが写っていた。

 天使がいた。今の凛々しい雰囲気はなく、少し儚げで可愛いローズがいた。

「こっちは五歳の時のキャンプの写真ですわ。それでこれは小学校の入学式の写真で、こっちは遠足の写真」

 マチルダは次々にローズの写真を見せてくれる。

 どうして自分のではなくローズの写真がスマホに入っているのか疑問ではあったけど、ともかく僕は小さい頃のローズの写真に目を奪われる。だってめっちゃ可愛いんだもん。

 と、マチルダがニヤリと笑う。

「ガラケーを出しなさい」
「え? 分かったけど」

 僕はポケットからガラケーを取り出す。

「スマホに近づけなさい」
「うん」

 ローズのスマホにガラケーを近づける。

 ……それにしても、マチルダってスマホを使ってたんだ。今度、使い心地とか聞いてみよう。

 そんな事を考えていたらピロリンと僕のガラケーが鳴った。

「転送?」
「ええ。ローズが電柱に頭をぶつけて大泣きしている写真を送りました――」
「ふんっ!」
「「あ」」

 ローズが僕のガラケーとマチルダのスマホを殴り飛ばした。そしてローズはマチルダの胸倉を掴む。

「消しなさい! 今すぐホムラ君の携帯から消しなさい!!」
「嫌ですわよ! どうしてわたくしがそんなつまらないことをしなければならないんですのっ? っというか、むしろ感謝して欲しいくらいですわ!」
「どうしてよっ!?」
「だって、好きな――」
「フンッ!」

 ローズがマチルダに殴りかかる。しかし、マチルダはその拳を躱し、ローズの胸倉を掴む。

「これだから脳筋女は嫌いなんですよ。すぐに暴力に頼って野蛮な!」
「そっちこそ、人の嫌がる事をネチネチと陰湿なっ!」

 ローズもマチルダの胸倉をつかみ、二人は徐々に顔を近づけて睨み合い。
 
「おい。喧嘩はそれくらいに――」
「ふ、二人とも。落ち着ついて――」

 僕とバーニーは慌てて二人を止めようとして、しかしその前に。

「「「「あ」」」」
 
 パキリという音が聞こえてそちらを見れば、先ほどローズに吹き飛ばされた僕のガラケーがあった。

 ローズとマチルダが踏んでいた。

 ディスプレイ部分とキー部分が真っ二つに分かれていた。
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