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第10話 鼠人族の才能

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 才能に溢れている。

 竜人族であること。霊力が高いこと。剣の才能があること。他にもあげたらキリがない。

 上には上がいるが、それでも世界を見渡せば自分は上位数パーセントの才能を持っているという自覚が、ローズにはあった。

 幼い頃、その事実が疎ましかった。憎かった。

 どんなに努力をしても、褒められるのは才能だった。努力を見てくれる人は殆どいなくて、悔しくて悔しくて泣いた。

 自分が竜人族最強じゃなくて、鼠人族最弱なら努力は認められたのだろうか。

 そう叫び、努力を諦めた。

 だけど、尊敬する姉が、自分以上に才気に溢れその才能を褒めそやされていた姉が教えてくれた。

 才能に誇りを持ちなさいと。生まれ持った全てに恥じないように努力しなさいと。

 そうすれば、才能だけではたどり着けない頂きへと至れると。努力を認めてくれるかけがえのない人に出会えると。

 そう、教えてくれた。

 ローズはそれから努力した。竜人族であることを誇りに想い、己の才能に恥じないよう鍛錬を重ねた。

 正直、今でもその言葉の意味は分かっていない。未だにその努力を認めてくれる人は、殆どいなかったから。

 けど、ローズは信じた。信じている。

「ローズ様!! インチキ野郎をぶっ倒してください!!」
「ペテンネズミを倒せ!」
「叩きのめせ!!」

 観客、主に一年生がローズを激励し、ホムラに罵倒を飛ばしていた。それを冷たい目で一瞥したローズは、自らを冷笑する。

(私も彼らと同類だわ)

 鼠人族の殆どは極東のクイエム小聖域に暮らしており、そこから出ることはない。幼い頃に一度だけ見かけたくらいで、身近にいる種族ではなかった。

 だから、彼を見たとき珍しいと思った。

(まぁ、可愛いとも思ったけれども)

 童顔で小柄な少年が湖を見てはしゃいでいたのだ。可愛いと思うしかない。ピコピコと動く耳やブンブンと振り回されていた尻尾も可愛かったし。

 兎も角、ローズは彼を無意識に見下した。

(今思い返しても腹が立つ。『あり得ないわね』なんて口にした自分に!)

 霊航機で会話を思い出す。あの時、ローズは彼が中等学校の騎士科に通わないと断定したのだ。鼠人族だから、と。

 確かにローズは彼に怒っていた。ローズが黒瘴こくしょう竜の片翼を斬ったという嘘を吐いた彼に。

 だけど、それ以上にローズは怒っていた。黒瘴こくしょう竜の片翼を斬るほどの実力を持つ彼を、鼠人族才能という理由で見くびった自分に。

 そもそも、彼を助ける必要なんてなかったのでは、と思った。もしかしたら余計なことをしたのでは、と思った。

 だからそのことを詫びようと思っていたのだが、自分への怒りが顔に現れてしまっていたらしく、彼に避けられてしまった。

 そして、少しだけ仲がこじれてしまったわけだが……

「ヘーレン先生。ちょっとだけ時間を頂戴くれませんか? ローズに話したいことがあるんです」
「……いいでしょう」

 審判のヘーレンの了承を得たホムラはローズを見やった。

「ローズ。あの時は本当にありがとう」

 ホムラは頭を下げた。

「勘違いしてるかもしれないから言うけど、あの時の僕は逃げるか、黒瘴こくしょう竜と相打ちするしかできなかった。聖霊騎士さんたちの命を救うことができなかったんだ」

 悔しそうに顔を歪めていたホムラは、そしてローズを見た。

「だから、僕では成し遂げられなかった奇跡を為したローズを、僕は尊敬している」
「ッ」

 ホムラは再び、頭を下げた。

「だから、ごめん。僕の嘘は君の勇気を、努力を侮辱した。あの奇跡を貶したんだ」

 ホムラの目がギラギラと闘志を燃やしていた。

「けど、だからこそ、全力を出すよ。ローズを尊敬しているから、僕はローズを倒すよ」
「……ふんっ。やれるものならやってみなさい! 私は強いわよ!」
「知ってる」

 ホムラとローズは開始位置に立った。

「これより、一期ホムラとローズ・ヴァレリアの試合を始めます! 両者、霊装を展開してください!」
「来て、“焔月”。響け、“鬼鈴”」
えなさい、“ブレイブドライグ”! 猛りなさい、“レーヴァテイン”!」

 ホムラは“焔月”と“鬼鈴”を、ローズは紅の剣、“ブレイブドライグ”と紅のブレスレット、“レーヴァテイン”を展開した。

「両者構え!」

 “焔月”を中段に構えたホムラが静かに尋ねる。

「ローズはさ。自分の才能に、竜人族最強に誇りを持ってる?」
「……ええ。その才能最強に誇りを持っているわ」

 ローズは芯のある声音で答えた。

「聖霊騎士の見習いとして相応しい試合を望みます」

 ヘーレンが片手をあげる中、ホムラは静かにローズに言った。

「僕もだよ、ローズ。僕も、鼠人族最弱に誇りを持ってるんだ」

 ヘーレンがあげていた片手を降ろす。

「では、始め!」

 試合開始の音が響く。

「最初から全力でいくわ! 紅蓮流――烈火断撃ッ!」
 
 ローズは≪竜の祝福≫を行使する。紅の光の翼を生やして飛翔しながらホムラに“ブレイブドライグ”を振り降ろす。それは岩を切り裂くほどの威力を持っていた。

 だが。

「良い一撃だね」
「まだまだよっ!」

 シャンッと鈴の音が響いた。まるで水を切り裂いたのかと思うほど、あっさりとローズの一撃は逸らされた。

 ローズはすぐさま連撃を重ねる。しかし、その全てが逸らされ躱される。

「クイエム小聖域に逃げ込むまで、鼠人族僕らはあらゆる聖域を追われた」
「何をっ!」

 戦いの最中に話し出したホムラにローズは怒り、剣を振り降ろす。それを易々と躱しながらホムラは続ける。

「おかしいと思わない? 鼠人族僕らは最弱なんだよ。黒瘴こくしょう地帯には黒瘴獣こくしょうじゅう跋扈ばっこしてるんだよ。どうして、数百年も生き延びられたと思う?」
「ッッ!!」

 虚を突かれた。集中力を切らしていないはずなのに、まるで意識の合間を縫ったのかと錯覚するほど一瞬にして、“焔月”の一閃がローズに迫った。

 ローズは裂帛の叫びをあげ、どうにか“ブレイブドライグ”でその一閃を防いだ。だが、内心は酷く驚愕していた。

(視えなかったっ! 霊力の制御が緻密過ぎる!!)

 ≪竜の祝福≫が内包する、霊力と黒瘴気こくしょうきの流れを視ることができる力で、ローズは相手の動きを先読みすることができる。

 人も黒瘴獣こくしょうじゅうも身体能力を強化している最中は、それらのエネルギーが体の動作よりも少しだけ速く体内を流れるからだ。

 けど、ホムラのそれは違う。

 体を動かす一瞬だけ霊力を流し、身体強化をしているのだ! 

 それが一瞬過ぎるが故に、動きが読めない。

黒瘴獣こくしょうじゅうから逃げきるには身体強化をして速く走らなきゃいけない。けど、鼠人族僕らの霊力は圧倒的に少ない。黒瘴気こくしょうきを浄化する霊力が尽きてしまえば、待っているのは死だ」
「くっ!」

 まただ! 直前までホムラは身体強化をしてなかった! なのに、前に踏み込む一瞬だけ、地面を蹴るその刹那だけ足に霊力を流し、爆発的に加速するのだ!

「だから、鼠人族僕らは連綿と培った。地面を蹴る一瞬だけ身体能力を強化するすべを。緻密な霊力制御技術を」

 そうすれば、少ない霊力でも速く長く走る事ができるから。そうしなければ、死んでしまうから。

「でも、それでも逃げきれない時がある。というか、それが殆どだ」
「戦いの最中にペラペラとッ!!」

 ローズは≪竜の祝福≫の力で“ブレイブドライグ”に風の刃を纏わせ、ホムラに放つ。

「だから、誰かが命を投げ捨てて囮になるしかなかった。家族が、仲間が遠くへ逃げるまで時間を稼ぐ必要があった」

 シャンッと鈴の音が響き、風の刃は逸らされる。

 ローズの≪竜の祝福≫による飛翔の瞬間的速度は秒速百メートルにも迫る。その速さをもって繰り出される連撃は、しかし全てが容易く逸らされ躱されるのだ。

 まるで、ローズの動きを全て読み切っているかのように。

鼠人族僕らの固有霊装は決まって刀。そして固有能力は自身への危害を感知する≪危機感知≫。故に全ての攻撃を読み切り、逸らし躱す技術を磨いた。どんなに強い相手でも長く戦い続け、仲間が逃げる時間を稼ぐを生かす術を培った」
「燃やせ! ≪イグニス≫!!」

 ローズは“レーヴァテイン”の≪イグニス≫によって炎の波を生み出し、ホムラに放つ。

「それが僕ら最弱の才能。才能最弱に殺されまいと、必死に磨き培い連綿と紡いだ才能。霊力と刀の扱いで僕らは誰にも負けない」

 シャンッと鈴の音が響いた。

灰鉄はいがね流――双雷そうらい
「なッ!?」

 見惚れるほど洗練された一閃が炎の波を切り裂き、流れるようにしてホムラは前へ踏み込み、“焔月”を振り下ろす。

 まるで、二つの雷が連続ではしったかのと思うほど、速く鋭い連撃。

 だが、ローズも負けていない!

竜人族私たちだって最強の剣を培ってきたわ! 紅蓮流――覇断竜爪はだんりゅうそう!!」

 ローズは一瞬にして“ブレイブドライグ”に風の刃を纏わせ、迫りくる“焔月”に振り上げる。

 ぶつかる。轟音が響き、衝撃波が走った。それほどまでに両者の一撃は重く鋭いのだ。

 けど、互いに傷を与えることはできず、ホムラもローズも距離を取った。

「だけど、それでもだめなんだ。仲間を守りきるためには、絶対に黒瘴獣こくしょうじゅうを殺さないといけないんだ。じゃないと、いつかそいつが仲間を殺すから」
「なっ!?」

 ホムラは“焔月”を納刀し、低く腰を落とし、抜刀の構えを取った。

 あまりに隙だらけなそれに、ローズは驚く。だが、すぐに冷静になった。

 ここまで強いホムラが簡単な隙を晒すわけがない。これは、ワザとだ。乗せられたら、負ける。

 ローズは“ブレイブドライグ”を握りしめる。正眼に構え、意識を研ぎ澄ませた。


 Φ


 僕がそれを最初に見たのは、四歳の時。Bランクの鬼の黒瘴獣こくしょうじゅうに襲われた時だ。

 母さんだった。僕や兄ちゃんたちを逃がすために、母さんが黒瘴獣こくしょうじゅうと戦った。

 兄ちゃんに担がれ逃げる最中さなか、僕はその最期を見た。その光景は今でも脳裏に焼きついて離れない。

「だから、僕たちは一撃に命を注ぐんだ。どんな敵だろうと、切り裂く一閃に」

 最弱の僕たちが、己の全ての霊力を一瞬で消費し、放つそれを。

「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫」

 最強の一閃を。
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