1 / 1
戦場桜
しおりを挟む
無数の桜の木の下で、銃撃が舞う。花びらが舞う。
桜が散る。
紫電がパッと光る。
血が散って、肉が散って、命が散って、芽吹く、生える、咲く。
男はじっと桜の木の下で身を潜めていた。
手に持つはライフル。旧式。長年共にしてきた相棒だ。
首に下げるは懐中時計。祖父の時代からずっと動き続けてきた逸品ものだ。決して止まることはなく刻み続ける。
呼吸が荒い。
移ろう桜が視界に点滅する。気が散る。意識が散る。
それでも男はじっと耐える。懐中時計が刻み続けるその刻まで。
じっと、じっと、じっと。
桜が芽吹いた。生えた。咲いた。
背を預けていた桜が一斉に吹雪くと、男は走り出す。駆けだす。
ザァァァアと流れる桜吹雪を泳ぎながら、弾丸の嵐をすり抜けていく。
隣を走っていた仲間が血を散らした。後ろに倒れ、命が散って、芽吹いた、生えた、咲いた。
男は隣へ跳ぶ。桜吹雪に乗る。あふれ出た桜の花びらの階段を駆けるように、高く、高く、高く跳び上がる。
空に出た。一面下は、桜の大海原。
敵は見当たらず、けれど往って逝った仲間の位置だけはわかる。
だから、そこから逆算する。
次々に溢れる桜の標に従い、空に身を任せた男はライフルを構える。
撃ち抜く、撃ち抜く、撃ち抜く。
再び桜の大海原へ潜る前に、より多くの敵を殺すために。その血を、肉を、命を散らせるために。
そして潜る。
桜が、仲間がクッションとなって男は怪我一つなく着地した。
銃弾の嵐が襲い掛かる。
男は桜を、仲間を盾にそれをしのぎ切る。
チラリと横を見た。
少し遠くで、集中攻撃により桜が倒され、仲間が下敷きになったいた。
血肉が散り敷く。芽吹く。生える。咲く。
無数の桜が湧き起こり、花霞となる。
男はギュっとライフルを握りしめる。懐中時計を祈る様に額に当て、刻まれた時を見た。
三。二。一。
男が飛び出す。
それと同時に、銃撃の嵐が桜雲へと変化する。
儚く散り捨て、みすぼらしくなっていた仲間が再び美しくなる。返り咲く。
花屑が華々しく咲き誇る。横雲になり、壁となる。
男は桜雲を泳ぐ。突き進む。
進め、進め、往け!
怒声が、怒号が己を奮い立たせる。
髪の毛に、顔に、首に、肩に、手に、胸に、脚に纏わる桜たちが叫ぶ。
男は亡霊に呪われ、呪われ、突撃する。
激越に雄たけびを上げ、ライフルを構える。
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ!
次々と返り咲く桜に目もくれず。
次々に咲き誇る桜に祈りを捧げ。
仲間が遺した標を頼りに、銃口を向け、引き金を引く。
みすぼらしくなった仲間を華々しくするために。
何度も何度も何度も引き金を引いて、敵を討つ。殺す。
その血を散らして、命を捧げる。
せめてもの手向けとして。
狂い咲く花嵐は乱舞する。
徒桜だ。
点滅させる閃光の数だけ、吹き返す。咲き返す。
仲間の残花を踏みしめ、踏み荒らし、踏み抜いて、戦場を駆ける。
一つの弾丸の命を賭け、一つの弾丸で命を吹き込む。
本能に身を任せ、一瞬に身を焦がした男は過ぎ去る思考をゆっくり眺める。
ああ、綺麗だ。
その仲間の屍に芽吹き、生え、咲く桜が。
その敵の屍で返り咲く桜が。
幾万、幾億もの血は、零れ桜として散り敷かれ。
幾万、幾億もの肉は、徒桜として叢生し。
そして、幾星霜の一つの瞬きが。
男が、撃たれた。
散った血は残花に吸い込まれ。
果てた肉はその地に取り込まれ。
命が散った。
そして桜が芽吹いた。
そして桜が生えた。
そして桜が咲いた。
笑む男の屍は、吹雪いて、散って、舞った。
仲間が桜に背を預け、じっと息を潜めていた。その桜は首から決して止まることのない懐中時計を下げていた。
その桜は戦場でしか芽吹かない。生えない。咲かない。
故に戦場桜という。
仲間が死して咲き、敵が死して返り咲く桜だ。
======================================
読んでくださり本当にありがとうございます。
面白い、命が散って咲く桜ってすごい、など思いましたらお気に入り登録や応援、感想などよろしくお願いします。
桜が散る。
紫電がパッと光る。
血が散って、肉が散って、命が散って、芽吹く、生える、咲く。
男はじっと桜の木の下で身を潜めていた。
手に持つはライフル。旧式。長年共にしてきた相棒だ。
首に下げるは懐中時計。祖父の時代からずっと動き続けてきた逸品ものだ。決して止まることはなく刻み続ける。
呼吸が荒い。
移ろう桜が視界に点滅する。気が散る。意識が散る。
それでも男はじっと耐える。懐中時計が刻み続けるその刻まで。
じっと、じっと、じっと。
桜が芽吹いた。生えた。咲いた。
背を預けていた桜が一斉に吹雪くと、男は走り出す。駆けだす。
ザァァァアと流れる桜吹雪を泳ぎながら、弾丸の嵐をすり抜けていく。
隣を走っていた仲間が血を散らした。後ろに倒れ、命が散って、芽吹いた、生えた、咲いた。
男は隣へ跳ぶ。桜吹雪に乗る。あふれ出た桜の花びらの階段を駆けるように、高く、高く、高く跳び上がる。
空に出た。一面下は、桜の大海原。
敵は見当たらず、けれど往って逝った仲間の位置だけはわかる。
だから、そこから逆算する。
次々に溢れる桜の標に従い、空に身を任せた男はライフルを構える。
撃ち抜く、撃ち抜く、撃ち抜く。
再び桜の大海原へ潜る前に、より多くの敵を殺すために。その血を、肉を、命を散らせるために。
そして潜る。
桜が、仲間がクッションとなって男は怪我一つなく着地した。
銃弾の嵐が襲い掛かる。
男は桜を、仲間を盾にそれをしのぎ切る。
チラリと横を見た。
少し遠くで、集中攻撃により桜が倒され、仲間が下敷きになったいた。
血肉が散り敷く。芽吹く。生える。咲く。
無数の桜が湧き起こり、花霞となる。
男はギュっとライフルを握りしめる。懐中時計を祈る様に額に当て、刻まれた時を見た。
三。二。一。
男が飛び出す。
それと同時に、銃撃の嵐が桜雲へと変化する。
儚く散り捨て、みすぼらしくなっていた仲間が再び美しくなる。返り咲く。
花屑が華々しく咲き誇る。横雲になり、壁となる。
男は桜雲を泳ぐ。突き進む。
進め、進め、往け!
怒声が、怒号が己を奮い立たせる。
髪の毛に、顔に、首に、肩に、手に、胸に、脚に纏わる桜たちが叫ぶ。
男は亡霊に呪われ、呪われ、突撃する。
激越に雄たけびを上げ、ライフルを構える。
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ!
次々と返り咲く桜に目もくれず。
次々に咲き誇る桜に祈りを捧げ。
仲間が遺した標を頼りに、銃口を向け、引き金を引く。
みすぼらしくなった仲間を華々しくするために。
何度も何度も何度も引き金を引いて、敵を討つ。殺す。
その血を散らして、命を捧げる。
せめてもの手向けとして。
狂い咲く花嵐は乱舞する。
徒桜だ。
点滅させる閃光の数だけ、吹き返す。咲き返す。
仲間の残花を踏みしめ、踏み荒らし、踏み抜いて、戦場を駆ける。
一つの弾丸の命を賭け、一つの弾丸で命を吹き込む。
本能に身を任せ、一瞬に身を焦がした男は過ぎ去る思考をゆっくり眺める。
ああ、綺麗だ。
その仲間の屍に芽吹き、生え、咲く桜が。
その敵の屍で返り咲く桜が。
幾万、幾億もの血は、零れ桜として散り敷かれ。
幾万、幾億もの肉は、徒桜として叢生し。
そして、幾星霜の一つの瞬きが。
男が、撃たれた。
散った血は残花に吸い込まれ。
果てた肉はその地に取り込まれ。
命が散った。
そして桜が芽吹いた。
そして桜が生えた。
そして桜が咲いた。
笑む男の屍は、吹雪いて、散って、舞った。
仲間が桜に背を預け、じっと息を潜めていた。その桜は首から決して止まることのない懐中時計を下げていた。
その桜は戦場でしか芽吹かない。生えない。咲かない。
故に戦場桜という。
仲間が死して咲き、敵が死して返り咲く桜だ。
======================================
読んでくださり本当にありがとうございます。
面白い、命が散って咲く桜ってすごい、など思いましたらお気に入り登録や応援、感想などよろしくお願いします。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
進め!羽柴村プロレス団!
宮代芥
大衆娯楽
関東某所にある羽柴村。人口1000人にも満たないこの村は、その人口に見合わないほどの発展を見せている。それはこの村には『羽柴村プロレス』と呼ばれるプロレス団があるからだ!
普段はさまざまな仕事に就いている彼らが、月に一度、最初の土曜日に興行を行う。社会人レスラーである彼らは、ある行事を控えていた。
それこそが子どもと大人がプロレスで勝負する、という『子どもの日プロレス』である。
大人は子どもを見守り、その成長を助ける存在でなくてならないが、時として彼らの成長を促すために壁として立ちはだかる。それこそがこの祭りの狙いなのである。
両輪が離婚し、環境を変えるためにこの村に引っ越してきた黒木正晴。ひょんなことから大人と試合をすることになってしまった小学三年生の彼は、果たしてどんな戦いを見せるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる