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第七話 原宿駅 「おじさん、若者たちの初めてを導く」
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しおりを挟むその後にもう一戦、今度はゴブリン3体と戦い、これに完勝。
続いて、やや大型のホブゴブリン1体とゴブリン3体と戦う。
この回は魔法使いのシズカさんの攻撃魔法と、白魔法使いのユキさんの発光魔法がホブゴブリンを倒した。喜ぶ女子たち。大きな獲物を取られて悔しがる男子たち。まるで部活動のノリだ。
ザンゾオが尾地に
「ネェネェ、いいのこれで?勝ち方だけ教えてる感じだけど?」
「今はね。俺は教師じゃないよ、ただのサポート係。教師は…」
尾地は天井を指差す。
「このダンジョンだ」
ここにいる大人二人はダンジョンに放り込まれ、ダンジョンにより鍛えられ、ダンジョンで生き残ることに成功した二人だ。
この子どもたちはまだ、地上に住む地上の子供でしかない。
厳しい教育はすぐに訪れた。
ホブゴブリン2体、ゴブリン4体の計6体。
互いの人数は同じだが、戦力が拮抗していたわけではなかった。前回ホブゴブリンを負傷なしで倒せてしまった事と、女子たちに手柄を取られた悔しさが、相手を侮る原因となった。
「カイ!」
リーダーのユウジくんが叫ぶ。ホブゴブリンの一撃で壁に叩きつけられたカイくんが意識昏倒で倒れている。
すでに一体は倒せているが、残りはホブ二体にゴブリン三体。黒魔法の火力が残っているとはいえ、残敵五体を前衛二人では抑えきれない。
総崩れになる。そのイメージがリーダーのユウジくんの背筋を凍らせた。
ユウジくんはとっさに背後に立つ大人の顔を見る。さきほどまでニコヤカに彼らを褒めていた尾地の顔は、何も読ませない無表情だった。その視線だけはたしかにユウジを見ているが、安心感を与える視線ではない。
「あの…」
ユウジは助言を求めた。ゴブリンの攻撃が彼の盾を叩く。
尾地の視線も、その隣に立つもうひとりの大人の腕を組んだ立ち姿も、彼らを助ける意思はないと伝えてきていた。
「自分で判断しろ」
そういうプレッシャーが伝わってきた。
左右を見る、前後を見る。自分たちのいる場所を見回す。自分たちの「勝ち」はここにあるのか?と探す。しかし、そんな物は見つからなかった。
「…撤退する!」
パーティーリーダーの言葉が崩れかけたパーティーを再起動させた。混乱した状態から抜け出すための行動が明確になった。あとは教科書にあったように、演習したように、それをこの現場で正しく改変して運用するのだ。
「僕とシンジで抑える!シズカは目眩ましを打ち続けろ。ユキはカイを回収してくれ!」
女の子に気絶した男を運ぶのは困難とも思えたが、彼女もエグゾスケイルアーマーを着ている。短時間なら怪力を発揮できる。
こうして撤退が開始された。大人たちは冷徹な目で見守り続ける。一切手は貸さず。
ダンジョンの中を後退し続ける。相手が諦めるまで、追いかけても益がないと気づくまで。迫る相手を押し返し、唸り声をあげて後退し続ける。ひたすら退却し続けた。モンスターが諦めるなんてあるのか?と不安になるくらい後退すると、いつのまにかモンスターは暗闇の中に消えていた。
ようやく諦めた敵がダンジョン奥の暗闇に帰っていく。それでも気を緩めず、後退し続けて、だいぶ離れた所で後退は止まった。 仲間の治療を開始した。
前衛二人はかなりの手傷を負っている。むしろ早々に気絶したカイくんの方が傷は少なかった。治療しながら白魔法使いのユキさんは泣いていた。他のメンバーも同じ様に悔しがっていた。気絶していて荷物になってしまったカイくんは己の情けなさに震えていた。
「合格です」
尾地の言葉の意外さに全員が驚いて振り返った。
「こんな事を言うと、ただの慰めを言っているように思うでしょうが。君たちは合格しました」
みな、敗北を良しと言われて戸惑っている、カイくんなどは怒っている。
「冒険者にとっていちばん重要なことはなにか?勝てないと判ったら引くことです。それも可能な限り素早く安全に」
「でも俺の判断は間違ってた、遅すぎた」
リーダーであるユウジくんは自分を一番責めていた。
「いいえ、今日はじめてダンジョンに潜ったのにあなたは、正しい判断をくだせました。私は何も言わなかったのに、自ら判断した」
尾地の隣に立つザンゾオは無言だが
「お前が撤退しろってプレッシャーかけてただろ」と突っ込んでいた。
「それにより全員無事に窮地から帰ってきた。これが一番重要なのです。生きて帰る。戦って勝つことと同じくらい、これが重要なのです」
ようやく若者たちの心に言葉が届き始めた。今、体験したことが、冒険者になるために絶対に必要なプロセスだったということが。
「教科書に書いてあることを行うためには、教科書に書いてない事も覚えて実行できなくてはいけない。
そのうちの一つが、この敵に勝てるかどうかというジャッジです。それが出来なければ、いくら教科書通りに行動したとしても死にます。自分の判断力を育ててください。勝利と敗北を経験し、自分の強さと弱さを知ってください」
尾地の言葉に励まされてかパーティー全員が立ち上がった。座っていられなかったのだ。
「ようやく飛び方を覚えた、ひな鳥って顔だな」
ザンゾオが呟いたように、全員の顔つきが変わっていた。自信過剰の陽気さと、恐怖を知った慎重さが混ざり合う、そんなどこにでもいる冒険者の顔だ。
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