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第二話 新宿駅 「おじさん、パリピな若者たちの尻拭いをする」

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 シンジュクギョエンに建てられてパリピな櫓の上に尾地は登っていった。

 櫓の上では団長ミシマがカメラクルーに囲まれ実況配信の撮影の最中だ。甲高い声で視聴者に向かって戦況の良さ、もうじき決着の時間がくる!と盛り上げていた。その現実を直視できていない様子に、尾地はこの馬鹿騒ぎの終焉を予感していた。そばにいるスタッフに声をかけ、傭兵側からミシマに話があると伝えてもらった。

 ミシマの視線の先には野暮ったい中年が立っている。彼の視線を追うようにカメラも動いたため、カメラは尾地の姿を映し広くネットに映してしまった。

 ミシマは自分の一世一代のイベントにこんなものを映す必要はないと、無言でカメラの向きを変えさせ尾地を画面から消させた。

 「あ、消えた!」

 シンウは悲しく叫んだ。



 「なに?放送してるんだから、手短に」

 大量に汗をかき、水分補給しながらミシマは尾地に聞く。カメラは地上のスタジオに切り替わったようだ。ミシマの子分格の男とお笑い芸人が時間をつないでいるようだ。

 尾地はミシマを観察する。焦りが色濃いが、まだなんとかなるだろうという楽観さも見える。汗をかき、自分の描いた計画を実現させようと、彼なりに努力はしている。だがそれが現場と噛み合っていない。浮ついた夢と現実の戦場がバラバラの状態だ。

 「今のままでは危険です。撤退も視野に入れた上で作戦の再考をお願いします」

 ペットボトルの水を飲み干し、空っぽのペットボトルを投げ捨てて聞く

 「撤退?何いってんの?ここまで準備するのにどれだけかかったか、おじさん分かってんの?」

 「かかった金額が作戦を成功させるわけではありません。むしろ損害を広げないためにも今からの撤退は十分に賢い選択の一つです」

 「俺らは勝てる、見てわかるでしょ。アイツを何度もひっくり返して魔法がバンバンあたってる。あんた盾やってたんだから見てたよね?」

 「あれはダメージとして通じていません。敵の魔力耐性を甘く見過ぎです。現在の待ちの戦術はあの敵に対して有効ではないと、先程もお伝えいたしました」

 「作戦はこちらが立てる。頭は俺たち、金も俺たち、名誉も俺たち。金払ってる雇用人は?俺たち、ユーノー?」

 「雇われているからこそ、最善の結果を出して差し上げたいのです。現在の戦い方は動かない城壁と動く城壁がぶつかり合っているようなものです。さらに我々の城壁は藁の城壁、敵は石の城壁です。これでは勝負になりません」

 もはや猶予はない。一気呵成に説き伏せて戦術変更をさせなければ、勝利どころか撤退もおぼつかない状況になりかねない。今の尾地には雇用者の最後の名誉を守るためにも、ここで説き伏せるしかなかった。彼は説得を続ける。

 「それにあなた方は兵の疲労も考えておられない。たしかにメモリーの力で力は倍加させられます。しかし兵は疲労するのです。百の力は倍で二百になります。

 だが疲労で九〇になったら?倍でも一八〇です。八〇では一六〇。五〇ではただの一〇〇です。もうすでに一時間近く戦っています。兵力は半分になっているとお考えください」

 反論できない怒りでミシマの顔が歪む。

 「そんなことはそっちでなんとかしろよ!」

 子供のような事を言って、尾地をこの場から追い出そうと尾地の胸を押した。



 ドンと押された瞬間、尾地の顔色が変わった。それを怒りと勘違いしたミシマは怯んで腕を戻す。しかし尾地はミシマなどに目を向けず遥か遠くを見ていた。押された瞬間に目に入ったのだ。高い櫓の上からだから見えたのだ。奴が、ギョエンドラゴンがこちらを向いて構えている姿が。その距離は今までの助走に使った距離の倍以上! 

 暗闇の中で怒りに燃える奴の赤い目が、我々を見据えている。奴の行おうとしている作戦は怒りに燃えるその目を見れば分かる。中央突破で部隊をバラバラにした上での殲滅だ。奴がとれる最上の策だ。

 尾地はミシマなどを無視して、櫓に備え付けられたマイクを手を掴んだ。

 「来るぞー!奴は本気だ!助走距離は今までの倍!」

 尾地のシリアスな声が現場に響く。

 陽気な音楽は鳴りを潜め、緊張感が新たに生まれる。ミシマは尾地の姿を呆然と見た後、遠くの闇の中に潜む敵の姿を探した。

 「城壁チーム!隊列変更、五カケ五の正方陣!」

 命令一下、城壁チームはすぐさま命令通りの陣を作る。今まさに命がけの状態。この命令を聞かない者はいない。

 「魔術弓術チーム!鶴翼の陣!中央部は薄くしろ!」

 その命を聞いたマキはすぐさま陣形を整える。

 中央には最厚の状態の城壁チーム、その後ろに左右に広がった魔術弓術チーム。敵の中央突破を最大に警戒した陣形がすぐさまできあがった。先程までの運動会のような動きではない。命がかかった軍隊の動きだ。

 尾地がさらなる最善を目指して命令を発しようとした時、ギョエンドラゴンが敵殲滅のための助走を始めた。

 加速が今までとは違った。本気の走り。亀のような短足でありながら、その前進力は凄まじいものがった。龍の首が付いた甲羅が滑るように迫ってくる。

 「来るぞー!」

 尾地が警戒を発するが、すでに全員にその巨弾は見えていた。

 「ヒ、ヒィ」

 その加速を見て尾地の隣のミシマが悲鳴を上げ座り込む。尾地と目があった。助けを乞う目。

 しかしすぐに尾地は視線を外し、目の前の脅威を見つめ直した。

 ド!

 巨大な頭部が人間の盾にめり込んだ。こらえようと全力を振り絞る戦士たち。メモリーにより強化された、こらえるエネルギーの結晶体だ。正方形の形になっていた陣形が、もりっと膨らみ、四方に弾け飛んだ。

 いかに強化されようと人体で止められる勢いの大きさではなかった。

 それでも勢いを半分に殺すことには成功した。ドラゴンは魔術弓術チームが空けていた中央部に倒れこみ地面を削りながら前進を続け、その顔面をもって、櫓を根こそぎ倒壊させた。



 落下する照明装置、弾け飛ぶ音響装置、アルコールをバラ撒きながら散らばるコップ。はためきながら落ちる旗。その上から櫓を作っていた鉄パイプが降り注ぎ地面に突き刺さる。

 その落下物たちが一通り落ちた後、ミシマを片手に持った尾地が着地した。ギョエンドラゴンが櫓を破壊する寸前にジャンプし倒壊の危険を避けたのだ。彼の装着したエグゾスケイルアーマーはジャンプ力を強化し、着地の衝撃も吸収した。

 周囲は混乱している。あたりを照らしていた照明装置はバラバラになり、あたりそこらを適当に照らして周囲の状況を掴みにくくしている。

 尾地の受け持ちであった城壁チームは半壊状態だろう。魔術と弓術チームはドラゴンの突撃を避けることには成功している。櫓の周辺にいた非戦闘のスタッフはかなりやられているかもしれない。混乱し視界もきかないこの状況、尾地は推測を重ねるしかなかった。

 彼は救出していていたミシマの方を見る。彼は自分の目論見の全てが倒壊しているのを見て震えていた。

 「ミシマさん!」

 尾地は彼に迫る。

 「ミシマさん!撤退のご指示を!」

 尾地は必死にミシマを詰めるが反応が薄い。

 「でも、やめたら…みんなが見てる…成功が…配信…破産する…」

 雇用主の命令を諦めた尾地は周囲を見渡す。土埃の中に魔術チーム頭のマキの姿を見つける。マキの方も尾地の姿を見つけた。マキが大きく手を振ってきた。

 尾地は手を振り合図を送る。それを見たマキは事前の打ち合わせ通りに行動を開始する。

取れる手段は一つだけ。それを行うしか無い。

 「ッ撤退ぃーーーッ!」

 尾地とマキは大声で揃って自軍に向かって命令を発した。

 「魔術チームがしんがりを務める!閃光魔法、うてェーー!」

 転倒から起き上がろうとしていたギョエンドラゴンの眼前にいくつもの閃光が起こり、眩しさに弱い地底モンスターはもんどりをうつ。

  魔術チームが交代で閃光の魔法弾を打ち、敵を足止めする。威力はまったくないが動きを止めるには最適だ。

 動ける弓術チームと負傷を免れた城壁チームのメンバーが、それぞれにスタッフと動けない派遣冒険者たちを救い出す。手早くこの場から撤退しなければならない。みながすでにこの撤退を予期しており、その行動に迷いはなかった。



 「あ、撤退だ!」

 「そりゃそうだろうよ!」

 携帯を覗き込むシンウとスイホウ。

 実況はしっちゃかめっちゃかになっていた。尾地が画面に映ったかと思ったら、モンスターの猛攻により櫓は倒壊。撮影カメラは地面に落ち、事態が混沌とした状態で撤退の命が出され、画面に映るはただただ惨状という有様であった。放送前に予告されたドラゴン退治の英雄譚とはかけ離れた物になっていた。

 そして画面がブラックアウトした。

 チャット画面に文句とブーイングの滝が流れる。それはそうだろう、無関係な視聴者にとって、コレほど面白い惨劇はない。

 ただ同じ様な仕事につくこの四人には、これを楽しいなどと思う気持ちはまったくなかった。

 「オジさん大丈夫かな?」

 ニウが心配した声で言う。

 スイホウは何も言わない。こういう時に楽観的な予測はしない彼女だ。

 シンウは真っ暗になった携帯を見つめ続る。ホリーチェはその真剣な横顔を無言で眺め、

 「死んでたら、回収しにいってやるか」

 優しさと面倒くささを混ぜ合わせた様な口調でいった。




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