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第二話 新宿駅 「おじさん、パリピな若者たちの尻拭いをする」

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 立川臨時首都発の快速電車が、新宿駅構内に到着した。列車のドアが開きたくさんの乗客が降りてきた。そのほとんどが若者だ。ホーム内に彼ら彼女らのにぎやかな声が響く。

 春を間近に控えた好天日。時間もお昼前と若者でなくとも陽気に活動的になってしまう気候だ。

 その電車からの乗客の群れに四人の女性がいた。

 少女二人に大人二人。年齢にばらつきがある四人組で家族連れとも友達同士という感じでもないが、年の差に関係なく仲よさげに話をしながら駅のホームを歩いていた。。

 ある冒険者パーティーの一団だ。

 全員が春に合わせた軽やかな私服姿だ。

 リーダーのホリーチェ・世来はその中で最年少で一六歳だ。背も一番小さく、長い金髪をなびかせ歩く姿は、年齢よりも幼く見えた。

 スカウトの山宮シンウは一九歳。先日の臨時リーダーのときとは違い、心の荷を下ろした晴れやかさからか、足取りも軽い。先日の足の怪我も白魔法で完治し、その痕跡は凝視しなければわからないほど薄い。

 黒魔術師の三隅ニイは二十二歳。小さなホリーチェの手を握り一緒に歩いていく。まるで若い親子のようだ。

 最後に続くのが剣士の水内スイホウ。一人だけパンツルックでサングラス姿。彼女が最年長で二十四歳。一番最後に電車から降りたが、急いでニイに追いつき、ホリーチェの空いている手を握って三人一緒に歩いた。



 先日のパーティー壊滅の危機を回避できた彼女たちは、気力体力ともに回復させるためのインターバル期間に入っていた。

 さすがにあの事件の後ですぐさま冒険者仕事を再開しようとは思わなかった。リーダー・ホリーチェの提案により一週間の休養期間に入り、各員英気を養えと。

 今日は女性陣だけで新宿へ買い出しの日、つまり遊びに来たのだ。



 新宿駅周辺は首都沈没によって街自体が壊滅状態となってひさしい。特に新宿駅より東の地域は沈没の際に地面ごと沈降し、クレーターの際が広がっている。

 駅舎自体はダンジョン口の利用開始とともに再建され、西口と南口をつないだ一帯が再生されている。そこに復興された山手線ホームが接続され、山の手ダンジョンと臨時首都立川をつなぐ重要なハブとしての新宿駅が再誕したのだ。

 商業施設や冒険者ギルドの施設も開設され、かつての新宿駅とダンジョン口としての新しい役割が融合した複合施設となっている。

 復旧された中央線によって立川臨時首都とを直通で三〇分という交通の便の良さと、最大のダンジョン「新宿口ダンジョン」があるという理由から、新宿駅は冒険者の街として生まれ変わったのだ。



 駅ホームから降りるとすぐにダンジョン口エントランスだ。崩れた建物を利用し再建された吹き抜けの巨大広場。多くの冒険者が待ち合わせに使い、ダンジョンの巨大な入り口には大量のユコカ自動改札機が並ぶ。

 天井から吊るされた四枚のモニターには各ダンジョン口の危険度、推奨レベル、冒険者の混み具合といった情報がリアルタイムで表示され、山の手ダンジョンの今現在の状況が一望できる。四面のうち二面は宣伝用モニターで、次々と冒険者用装備の新商品の宣伝が映し出される。

 壁際には数多くのショップが並び、そこで冒険者は自分にあった装備やアイテムを探す。

 冒険者の様々なニーズに答えるために、店舗はそれぞれに独自色を打ち出している。かわいいデザインの物から、厳ついものまで。性能はどれも似たようなものだが個性が際立っている。若者はより自分の色が出せるもののほうを好む。そういったニーズに答えることができるほどに冒険者産業の活況で活発なのだ。そこら中から賑やかな若者の声が発せられ、ホール全体に鳴り響いている。

 広い吹き抜け広場には多くの人々が行き来している。駅から降りてきたばかりの者、ショーウィンドーの新装備に見入る者、モニターに映る情報から今日の方針を決めているパーティー達。装備品の確認をする冒険者。

 用意ができた冒険者たちはダンジョンの中に消えていき、仕事を終えた冒険者がダンジョンの中から帰ってくる。列車はそれらの人々を運び続け、深夜になるまで新宿駅から騒がしさが途切れることはないのだろう。

 まるで巨大空港のエントランスのように、にぎやかでエネルギッシュ。ここが山の手ダンジョン内で最大の「新宿口ダンジョン」の表玄関なのだ。



 「うわ、今日にぎやかいなー。ちょっと多すぎない?」

 シンウはこの空気に当てられたのか、ソワソワしながら言う。

 「何かあるのかもしれないな、いつもより玄人が多い」

 スイホウはまるで一人ひとりのレベルをチェックしているかのようにサングラス奥の鋭い目であたりに見据えながら言った。

 「いいから、はやくお店行こ!ホリーチェにかわいいギア見つけないと!」

 ニイは駅から流れてきた新しい人波に揉まれながら急かす。

 「可愛くなくていい。ソコソコの値段でソコソコの性能。わたしは白魔法使いなんだからな!」

 最年少のホリーチェはこのメンバーの中で一番落ち着いていた。

 

 四人は人の行き来の激しい中央広場を避けて壁際のお店から品定めして回りはじめた。

 「吉祥寺もお店減っちゃったしねー。みんなすぐに新宿に移転しちゃう。ジンクも新宿までいくの面倒くさいって」

 「だからいないのかアイツ。どんだけズボラなのだ、お前の弟は。まあ確かに主要な店がほとんど新宿ってのは便利でもあるが、頻繁に通うって気にはならないな。お、このカタナいいな」

 「スイホウ、刀買いすぎでしょ~お部屋がヤバイマニアみたいな事になってるし」

 「冒険者とそれに付随するものなんて、全部新宿に集めたいんだろ。世間の連中からしたら冒険者なんてのは切り離して見たくないってことだ。私達は危険な第一次産業者だからな」

 「シンウ、またホリーチェちゃんが難しい事言ってる」

 「ホリーチェが言ってるのは、私達若者側と政府側の高齢者世代で冒険者に対する価値観が大きく違ってるってことで…」

 広場に設置されたモニターから大音量の勇ましい音楽が流れ、宣伝映像が始まった。

 「本日!チーム”ホーリーフーリガンズ”が偉業を達成する!長年人々を苦しめてきた新宿口ダンジョンのラスボス!”ギョエン・ドラホン”討伐ミッション!今日!本日!開始!歴史の扉を開くのは。我らァ~~~フーリガンズ!!」

 勇ましい掛け声、巧みな編集、冒険者パーティーのメンバーの顔が次々と大画面に表示される。全員若くて、ややハンサムな顔ばかりがずらずらと並ぶ。この映像を見てわかることは、

 「金持ってんな~フーリガンズ」

 ホリーチェは美少女らしからぬシニカルな顔でこぼした。

 「ホリーチェちゃん!顔かわいくない!」

 ニイがホリーチェのほっぺたを引っ張りブサイクな笑顔を作る。

 「いま一番有名なパーティーだからな。腕前もそれなりに立つと聞く」

 実力主義のスイホウはパーティーの保有額よりも強さを重視した意見だ。。隣に立ち同じモニターを見つめているシンウが尋ねた。

 「でも、ギョエン・ドラゴンはたしかに

新宿口最大の敵、未だに誰も倒せてない最難関だけど、ラスボスなの?」

 「あいつのいる”シンジュクギョエン”が新宿口ダンジョンの一番底ってわけではないし、アイツを倒せば終わりとは誰も判断できないわけだが」

 スイホウが答えたが、ニイとホリーチェはほっぺの引っ張り合いで話に参加してこない。

 「言ったもん勝ちってこと?」

 「そうだろうな、金のかかったイベントバトルってだけだろ。ただ冒険者以外の視聴者はそんなこと関係なく楽しんでるんだろうけど」

 冒険者の中には「実況」を生業としている者たちもいる。自分たちの冒険を実況…録画編集したものをネットで流し、それを見た視聴者からの応援金で稼ぐ者たちだ。

 ホーリーフーリガンズはその最王手のひとつ。ネット人気が彼らの強さなのだ。

 ただしそれは、冒険者の業界内においては、本当の「現場での強さ」とは別のモノとして捉えられている。同業者の尊敬を獲得するモノではない。

 いつの時代、どの職業でも、世間からの見え方と業界内での見方には差があるものなのだ。

 「でさ~ホリーチェ~、私達もそういう実況とかしない?」

 シンウは猫なで声でほっぺが伸び切ったリーダーに聞く。

 「いやだえ(ね)。いのし(ち)の切り売りしてるうへ(え)に、プヒャイ(ライ)ベートの切り売ひ(り)なんて」

 「でも副業として儲かるって聞くし。今よりダンジョンに潜る頻度も減らせるかも」

 「不純だな。試練に挑まなければ力は得られぬというに」

 「スイホウはもう少し普通の人間としての生活を重視すべき!ニイだったら人気出ると思うけど?」

 「ん~~~私はメンバーだけがいいな~。そこに他人の目が入ると思うと、十分なパフォーマンスが発揮できないと思うし」

 緩い口調だが、言っていることは真面目だ。

 その指はリーダーのほっぺを伸ばしたり震わせているが。

 駄目かー、とシンウは肩を落とす。彼女としては収入とリスクのバランスを改善したいと思っての発言だったが、メンバーはみな当然のように実戦派だった。シンウとしても実況自体には乗り気ではないし、自分がモニターに映ってヒロインを演じたいわけでもないのだが、生死のリスクがない副収入というのは魅力的に見えた。冒険者ができる副業というのは少ない。収入の手段を増やして生活の安定を目論んだのだが、やはりみな、乗り気にはならなかった。



 「あ、このアーマーかわいい~」

 ニイがホリーチェを抱えて店内に連行する。

 店頭のショーケースに入っているのは、たしかにピンク色だがトゲトゲのごついエグゾスケイルアーマーだ。

 「かわいいのか、あれ?」

 「わかんない」

 スイホウとシンウは仲間との美意識の共有ができなかった。

 新宿駅でのショッピングタイムは、まだ始まったばかりだった。



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