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第一話 池袋駅 「おじさん、若者たちの窮地を救う」
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しおりを挟むユコカは「ユウシャ・アーバン・インテリジェント・カード」の略称である。
五人の冒険者は池袋ダンジョンの入口に設置された自動改札機に「ユコカ」のカードをタッチしゲートを超えて、ダンジョンの中に次々と入っていく。自動改札機のピピッという確認音が連弾を奏でる。
ユコカは冒険者の身分証明書でありダンジョンの入場パスポートである。ICカードによりその冒険者がいつどの入口からダンジョンに潜ったのかが記録される。この記録により未帰還者やロストした冒険者の存在が明らかになることもある。
今日までシンウは、このいつも録っているユコカの記録は何らかの生命の保証になると思っていた。
社会には未帰還者を助ける組織、仕組みがあるだろうと、ぼんやりと想像していたが、今回の事があって初めてそんなセーフティーネットがないということがわかった。
助けを求めた冒険者ギルドも、大規模な事故や事件でもないかぎり、無償での救助支援というものはなかった。
そして世間の冒険者に対する本当の態度というものもわかった。
常に「自己責任」
自分たち冒険者はその言葉によって社会に都合良く使われてる道具でしかないのだと思い知った。
そういうもやもやとした感情はあるが、それは全て後回しにしなければいけない。
今、彼女たちの救いを待っている命が、このダンジョンの奥にいるのだから。
自動改札を超え、明るく照らされたコンコースから、暗めの照明に照らされるダンジョンの中へと歩を進めていく。わずか数メートル移動しただけなのに空気が違う。先ほどまでの帰還した冒険者たちが談笑していた世界から大きくずれていく。生と死のパーセンテージが大きく変動する。隠れていた死の可能性が顔を出し、遠くからこちらを伺いはじめている。それを皮膚で感じ取れる、感じ取れるくらいにはシンウも成長した。
ダンジョンに潜り成果を獲得するという「職業」について数年がたった。強さと言うものを目で見てわかるようになった。僅かな動きで、呼吸で、佇まいで、強い弱いを判断出来るようになった。
今、彼女の隣りにいる中年の男性からはそういった強さをまったく感じない。緊張感なく頼りがいもない、戦闘が始まればまっさきに負傷リタイアするか逃げるか、そういう人物に見えた。
想像だけで申し訳ないが、彼を交えて戦闘するくらいなら、後ろで見ていてほしいと思うくらいだ。
しかし、戦力として勘定できないが、しなければならない。メンバーはこの五人しかいないのだから。暫定リーダーである彼女には使えない人物も使わなければいけない責務があった。
ダンジョンといってもその壁も床も照明も駅のコンコースの作りと変わらない。普通の地下道だ。まだまだ十分に明るい。池袋ダンジョンは現在、新宿ダンジョンに次ぐ二番目に大きなダンジョンであり最盛期には数千人の冒険者が集まった時期もある。
その入り口からしばらく先までは徹底的に冒険者によってクリアリングされているため、モンスターの一匹も出てくる可能性はない。しばらくはただの地下道を歩くことになる。
「今回は救命ミッションということでよろしいでしょうか?」
隣を歩く尾地から質問されシンウは自分の役目を思い出して答えた。
「そうです…私達のリーダーが一五階層下の大型モンスターに倒され遺体として取り残され、我々も撤退を余儀なくされました」
つい半日前の自分たちの失態を見ず知らずの男性に告げねばならないことに心の痛みを感じる。他のメンバーも、自分たちパーティーの敗北を他の冒険者に話すという屈辱に耐えた。昨日からずっと、彼女たちは関係各所にその話をして、恥を忍んで助けを乞うてきたのだ。
リザレクション可能限界時間はおよそ三十二時間と言われている。リーダーをダンジョンから回収して、できれば限界時間の四時間前までに池袋駅にある冒険者用の緊急医療機関に運びこみたい。
そしてラボ専属の白魔道士の蘇生魔法で復活させるというのが、今回のミッションの唯一にして絶対の目的だと、シンウは尾地に説明した。
それを聞いた尾地は何度もうなずいた後に
「すでにルートは決めてあるそうで、共有させていただけますか?」
「あ、すみません」
ダンジョンの中に入っているのに、ルート情報の共有していなかった。シンウは慌てて尾地に謝る。
知らない成人男性に対して慣れていないせいか、どう接すればいいかわからなのだ。自分の端末に今回のミッションデータを出して、尾地の腕についている端末に向かってスワイプして相手にデータを投げる。
尾地は歩きながらもらったデータを自分の端末で開く。
既存のダンジョンの3Dマップに進行ルートが重ねて立体表示されている。ルート上の難所、モンスターの出現度合いも表示されている。冒険者ギルドが公式に発表しているマップデータをもとにシンウがルートを設定したルートだ。
彼女にしても戦闘で時間も体力もロスしたくない。もっとも早く、もっとも少ない戦闘回数。避けられない戦闘を二~三回のみ行い最速で回収を行う。速さと確実性のギリギリのルート設定。現在考えられるもっとも成功確率の高いルートだ。このパーティーのマッパーでもあるシンウが検討に検討を重ねた苦心のルートだ。
さらに添付データも付いている。仲間を失った時のモンスターとの戦闘記録。十五階層地下での戦闘を撮った頭部カメラの映像とマッパーのセンサーが作り出した戦闘マップの立体構造、戦ったモンスターの類推データなどがセットになっていた。
腕についた端末のモニターで情報を次々とチェックしながらもまっすぐ歩き続けている
中年男を、パーティーのメンバーは全員ちらちらと横目で見ていた。その能力には疑問符が付く男だが、その情報を見る目つきと手付きは、学生時代だったころの教師の姿を思い起こさせる。まるで生徒の答案を採点するかのような動きと目線…。
一行がしばらく沈黙の中を進んだ後、尾地はシンウの隣に寄ってきた。近すぎて思わずシンウはたじろぐ。
「先程の駅で、今日帰ってきた冒険者の進行ルートのデータをもらってきましたので、共有していただけますか?」
尾地は自分の手首につけた端末を彼女の端末に近づけようとする。まるで中年男性がいきなり手を握ってくるかのような動きであったため、シンウは思わず距離をとってしまう。
「あ、ハイ、すみません」
自分が過剰な反応してしまったことに驚いた彼女は腕を差し出して、端末に彼からのデータの受け取りを許可した。
先程のシンウが設定した救助のための最短ルートに、今日ダンジョンに潜って戻ってきた他のパーティーたちのルートが、重ねて描写される。
白いルートはシンウたちが進む予定の道。
薄い赤のルートが他の冒険者のルート。
白は当然一本だが、赤のルートは大量にある。今日一日だけで多くの冒険者がダンジョンを行き来しているのがわかる、が。
「あの、これが何か?」
シンウには中年男性の意図がわからない。彼はシンウの隣について歩くが、失礼にならない距離を維持している。
「設定されたルートは確かに最速で確実なものですが、今日のダンジョン情報と組み合わせて…」
尾地は遠回しに回した腕でシンウの端末をタップする。彼女に触れるのを恐れているかのようだ。
白いルートの周辺だけの赤いルートだけを、表示されるようにした。
「今日、冒険者が通った道です。つまりすでにクリアリングされたルートと考えていいと思います。ランダムエンカウントの可能性もありますが、通常ルートよりもはるかに敵との遭遇の可能性が低いです。おそらくゼロです」
シンウもようやく判ってきた。尾地はさらに彼女の端末をタップした。シンウの作った白いルートが形を変える。白い線が赤いルートが何本も交差し濃くなった部分を踏みながら新しいルートを作り出した。
「こちらのルートはどうでしょうか?シンウさんのルートに比べて二〇分ほど時間はかかりますし、一度上階に上がったりもしますが。戦闘をほとんど避けることができるのでより確実なものになると思います」
シンウはそれを見ながら、自分が焦りで判断力や発想力を鈍らせていたということに気づいた。その焦りの霧が消え、目の前のクリアーな白い一本のルートが輝いて見えた。
「そ、そうですね、コレで行きます。みんな、ルートを更新しました。確認してください」
自分の仕事はすんだとばかりに離れていく尾地にシンウは、
「あ、ありがとうございます」
シンウは自分の小さくない感動を言葉にできず、ただ業務的なお礼をしてしまった。
彼女自身、この派遣冒険者に対してどう接するべきかまだ分かっていないのだ。ただの数合わせの人物として扱い続けるべきなのか、それともその年齢に見合った敬意を見せるべきなのか。
シンウはここに来て自分の社会性の欠如を痛感する。身内で固めることが出来る冒険者という職業は社会性を育む場所とは言い難い。年齢差のある相手とのコミュニケーションなんて、近所の子供としかしてこなかった。
「ところでみなさんが敗退したこのモンスターですが…」
パーティーメンバー全員がピリっとした。あまり触れられたくない話なのだ。
「スパイアント…驚異レベル二十一…」
驚異レベルは冒険者ギルドが各冒険者たちから集めた戦闘データをから導いた、そのモンスターの強さを表す数字だ。レベル二十一という強さはそれなりのものであるが、対戦した彼らのパーティーメンバーの平均レベルは二十五である。
パーティーの全員のレベルも、尾地に渡されたパーティーのファイルに書いてある。
冒険者のレベルは討伐したモンスターの質と量と貢献度で決まる。戦闘中に撮られたデータの解析によってギルドから認定されるものであり、モンスターの脅威レベルと相対するように冒険者のレベルも設定されている。
その「強さの数値化」は人類の歴史の中で一番の精度とうたわれているし、実際に運用されて、冒険者たちがその数値の情報が有益で正確であると証明している。
「本来なら、みなさんが敗退する条件ではなかったわけですね」
敵は単体でありフルパーティーでレベル差が三以上もある。普通ならば負けるはずのない条件だと冒険者業界の人間なら思う。
「たまたま!そういうことだってあるだろっ悪運というか、何もかもうまく行かない時ってのがよぉ!」
パーティー唯一の男性であるシンウの弟ジングが痛いところを触れられた痛みをそのまま、声の大きさに変えて反論する。
「そうですね…ダンジョンの中に絶対はない。絶対なんて信じてるようでは生き残れませんから…」
尾地は静かに返した。その声は低く静かだったが、パーティーのメンバーの耳にしばらく残った。
「しかし…」
尾地は顎を指で撫でながら、この数字の不均衡について考え続けていた。
不安多き一行はモンスターと遭遇することもなく、ダンジョンの奥にむかって進んでいった。
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