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第三話
03‐03「雨に踊れば」 第三話完
しおりを挟む「いたっ」
レナータの言葉に医師は無反応だった。中年のこの女医は、レナータの体中についた火傷痕を見てもなにが理由かも尋ねず、治療を始めた。
(母性まで殺せるとはたいしたものだ)
レナータはそう思ったが、治療は必要だった。簡単な治療をした後、女医はレナータを追い出した。
医務室の前で待っていたのはアクササだった。レナータに肩を貸しここまで運んでくれたうえに、待っていてくれた。
「待っていなくてもよかったのに」
レナータがそういうと彼女は黙って困り顔をした。レナータは彼女を置いて戦闘室に向かったが、数歩先を行ってから振り返り。
「行こう」
その言葉でアクサナはそそくさとレナータについていった。
次は授業ではない。授業の後の戦争の時間だ。
廊下を歩きながら話をする。最初にアクササが謝った。
「私も撃ちました…ごめんなさい」
悲しく俯く彼女を見て、レナータは言葉に困った後
「あの状況で悪いやつが誰か考えれば、君が謝る必要はない」
「でも、レナータなら撃たなかったでしょう?」
「最初に撃つね」
「嘘!」
「いや、私なら最初に、あの教師に向かって…」
そういってからレナータはしばらく黙った。アクサナに向き直り
「君は、弱いよね」
「え・・・ハイ…弱いです。自分を守れないくらい。その、今日は助けてくれて、ありが…」
アクサナの言葉を止めてレナータは続ける。
「弱くてもいいんだ、弱いことは負けじゃないから。あ…アクサナ、強い人は戦えるけど、弱い人でも戦える。戦い方を考えて」
レナータは自分の考えていたことを一方的に喋っているだけだった。アクサナはなんとか、その話の筋を見つけてくれた。
「つまり、私にももっとできることがある、って言いたいのレナータ?」
「そ…そう!…そう!そういうことを言いたかった…」
レナータの人生の中で、友人とまともに会話をするという経験は殆どなかった。親もいない友も持たない、そういう人生だった。
「その、オリガとかポリーナとか、仲間思いのやつともっと仲良くするんだ。そうすればいい…」
「じゃあ、あなたと仲良くなるってのは?レーノチカ」
少し紅潮しながらアクサナが言った。
意外な言葉を聞いて、レナータは止まる。そしてしばらく考えた後
「私は駄目だ…」
「私のことが嫌いですか?」
「そうじゃない、私は…」
レナータは外の赤くなった空を見ていった。
「私はここを出るから。いつか、必ず」
「でも、そんなことできるんですか?その、私達は国家に育ててもらって」
「借りは返したよ、十分に。イェントで収めている」
「それでも」
「そう、それでも、そんな言い訳が通るわけがない。なにかもっと違う手段を考えないと…」
「じゃあ、私は駄目ですね。お友達になるのは」
つらそうなアクサナの顔を見て慌てたレナータは
「いや、そうではない。そうでは…」
「じゃあ、レーノチカ」
アクサナが小さな手を差し出す。レナータは迷いながらも手をのばすが、
「イヨォ、レーノチカ!ションベン漏らさなかったのかァ?」
下品な言葉を投げつけられた。取り巻きをひきつれたニーカが現れた。
アクサナとレナータの手は交わることなく引っ込められた。レナータが静かに睨み返す。
実際、あの電気の拷問で失禁した生徒は多くいる。レナータは失禁しなかったが、それはたまたまの偶然だと本人も分かっている。本人の意志力は関係ない。
廊下での両者のにらみ合いを止めたのは、実戦の管理をする教官の咳払いだった。
犬のように睨み合っていた両者は電気の走る視線を引きずりながら実戦を行うPCルームに入っていった。
実戦を行うPCルームは演習を行う教室よりかはマシな施設である。PCの年代も数年新しく、モニターも液晶が揃っている。こちらは学校の施設ではなく軍が作った施設なので、より実践的、つまりより金がかかった施設になっている。
そこに女子生徒たちが並んで入ってくる。みな制服姿で戦争をする兵士には見えない。
規律正しく椅子に腰掛け、正面を向く。
軍服を着た軍人が作戦開始の合図を出すが、実際に作戦を立案し実行しているのはイェンシーが作った戦略AIであり、軍隊の人間が関与できることはまったくない。攻撃する国も地域もAIが決めていて、その場所を知ることすらできないのだ。
女子生徒全員のフェイスグラスがフルフェイスドモードで起動する。全員のアバターがハッキングクラフトロビーに整列する。床に当たる軍靴の音がロビー内に響く。列に乱れはなく軍隊らしい規律に満ちている。
レナータは火傷をした腕を撫でている。操作には影響は少ない。ニーカはあいかわらずのにやけ顔がアバターに浮かんでいる。アクサナは落ち着かない様子だ。
「この私に友達…」
思わず笑ってしまう。レナータの一般常識のなさはスパイ活動に影響を及ぼすほどだった。スパイ育成の教官ですら「こんな常識がない子供がいるなんて」と唖然としたほどだ。幼少時から劣悪な施設をたらい回しにされた結果だった。スパイにとってもハッキングにとっても常識は必要だ。特にヒューミント(人的諜報活動)においては人並み以上の一般常識を必要とする。ハッキングにおいても、その手法の半分は人間を騙すことといってよい。彼女の常識の無さはそれらの道を行くには問題となった。
友達がいなかった。それが彼女の問題だった。
頭から雑念を払う。
作戦前だ。
レナータはいつもの、冷徹な自分を呼び出した。
ロビー中空にマップが表示される。
いつものように模式化され簡略された地図。その道路パターンから地域を特定するのは困難だろう。
「降下10秒前!」
今日の戦闘リーダーのオリガが叫ぶと、続いて全員が叫ぶ。
「降下10秒前!!」
投下ハッチが開き、外気が船内に飛び込んでくいる。
「いつもだ、なぜかいつも風を感じる」
ネットの中、メタアースの世界、映像と音だけの世界に、なぜかレナータは暖かい風を感じてしまう。
「降下ぁーー!」
オリガの命令で先頭から順番に降下を始める。オリクサが飛び、383の連中が飛び込む
「ヒャッハー!」
ニーカが叫んで飛び込む。ここから先は自由時間だと知っている。教官達の目の届かない、自由な戦争時間。
しかし教師たちは知っているのだろう。
実生活であらゆる事を抑え込まれていた生徒たちが、戦場に落ちた時、何をするのかということを。
抑圧された分、飛び出す。残虐性が。
若者の体内にある残酷を、あの学校は濃縮させている。貯められて圧縮された物を、無関係な国でばらまかせる。
383の連中がその最たるものだ。毎度まいど学校や病院を襲う荒くれ者たち。
レナータの降下の番がきた。
死んだように飛び込む。
だからこそ、自分は違うと証明しろ。
作戦のみを行う戦士だと見せてみろ。
どことも知れぬ戦場に、命を投げ出した。
対空砲火の密度で、戦場の強度を判断する。
「今回は、ぬるい」
密度は薄く、動きは緩慢だ。
どこの国だかわからないが、厳しい戦いにはなりそうもない。
空を泳ぐように落下する。落下地点は決めている。時間内に三ヶ所の制圧を目的とする。
突然、背中から衝撃を受ける。
誰かが空中でタックルしてきた。そしてそのまま二人で落下していく。
「誰だ!」
腰にしがみついた人物は、ニーカの取り巻きの一人?
先行して降下した383の連中の記憶を思い出す。一人足りなかったか?記憶が曖昧で思い出さないが、たしかに今、レナータを捕まえて落としているのはニーカの仲間だ。
「なにを!」
その女に落下をコントロールされ、二人もろとも地面にぶつかった。
着地寸前に自動で吹くスラスターで衝撃を殺したが、横回転で地面を転がった。
すぐさま立ち上がったレナータに向かって
「レ~ノチカ~」
名前を呼んできたのは、やはりニーカだった。
レナータは中腰になり辺りを見回す。
周囲は、やはり383の連中がきれいな円を描くように囲んでいる。レナータをここに落とした女もその輪に加わっている。
「なにか用?戦争中よ」
「これも戦争だよ~!」
ニーカの答えで、目的は分かった。
今日一日の精算をこの場でするつもりらしい。
「バカが」
聞こえないように言った。それを教えてやるほど優しくはない。
「私に勝てると思うの、あんたのお仲間集めただけで、この私に」
「おめーが強いってのは知ってるよ。でもここじゃあ、それを上回れる。兵器が使えるんだよ」
ニーカの合図で全員がそれを展開した。
「フローターマイン」
一人一人の頭上に浮かぶ4つの空中機雷。5人いるから、20個の空中機雷がレナータを取り囲んでいる。メタアースの世界において、弾は弾である。敵も味方も自分も平等に貫き殺す。陣営が同じでも違っても、殺すことができるのだ。
「この機雷は、命令すれば相手に向かっていく追尾機雷になる。全部で20個だ。いくらお前でも、撃ち落とすことも躱すこともできない数だよ」
ニーカの自慢は正しい。レナータにもそれは分かった。いくら彼女の超人的な戦力を持ってしても、一瞬で飛んでくる二十個の標的をさばくことはできない。
落下中の背後からの襲撃。先に降りてここで待ち構え、金のかかる武装要請でフローターマインまで準備していた。
完全に仕組まれていた。完全に詰んでいた。
ならば、やることは一つだ。
「フローターマインを5セットも。けっこうイェンシー使わせちゃって、ごめんねニーカ」
「はぁ、今更ネコなで声かよ。聞こえねーよ。てめぇをバラしてすっきりして、あとでその体で楽しませてもらうからよ」
「そっちにばっかり使わせちゃ、悪いから、私もー」
レナータは素早くメニューを操作した。
「おい!テメー、動くな!何してる!オイ、みんな攻撃…」
そこまでニーカが言った時、空から風を切る音が響いてきた。注文が到着したことを知ったレナータが、要請した「攻撃」の名前を言った。
「レインフォール」
高高度からの多弾頭ミサイル攻撃要請。
射撃目標の赤いマーカーが空から照らされる。レナータの足元が赤く光っている。ニーカの顔が驚きと恐怖に歪んだ。
「着弾ミサイル数30,爆撃範囲、射撃目標を中心に半径30メートル」
レナータが天からの赤い光に照らされながら悪魔のように笑う。空からの音が数を増し迫ってくる。
「ヒィ!」逃げ出そうとするニーカ。素早く取り付いたレナータが彼女を真正面から抱きしめてこう言った。
「踊りましょう」
最初の一発が、彼女たちの直ぐ側に突き刺さり爆発した。
ニーカの悲鳴は直ぐ側にいたレナータにも聞こえなかった。取り巻きが吹き飛ぶ姿も爆発で見えなかった。
天と地が巨大なスピーカーのように吠えたくる中、レナータは音に身を任せて空を舞っていた。
戦闘ルームは異様な状態だった。泣き叫ぶ383の連中がフェイスグラスを外して戦場から逃げ出したのだ。教官たちはその恥知らずたちを室外に連れ出した。しばらく懲罰室送りとなるだろう。
その様子にまったく反応を見せていなかったのはただ一人、レナータだけだった。
彼女は夢見るように、戦争の世界に浸っていた。
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