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33話 謎の人物と発狂

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「助けが必要かな?」
「お前は何者だ」

 腰にあるナイフを手に掛けながら謎の人物に警戒するエヴァン。ゾーイも何かを感じたのか私をかばうように抱き着いている。そのおかげで見えなくなったけど。

「何者って言う説明は僕がするより、彼女から聞いた方が早いよ」
「え」
「猫の泣き声が僕の名前のヒントだよ」

 ねこの泣き声……。ま、まさか。

「もう察したみたいだね」
 
 分かってしまった。目の前の人物が誰なのか。動機が早くなっていく。息も苦しい。いやだいやだいやだここにいたくない!

「あかりちゃん! どうしたの」
「何をした」
「僕はなにも。ただ、彼女の欲がこうさせてしまっただけだよ」

 離してはなしてよ!ここにいたくない!
 
「あかりちゃん、大丈夫よ。私とエヴァンが近くにいるわ」
「……ちゃんといる……?」
「ええ」

 顔に柔らかい感触と頭を手で優しく撫でられている感覚が戻ってくる。まだ体が震えているし、逃げ出したい衝動にかられているけど、ゾーイにしがみついてたらなんとか平常心を保っていられそう。

「一瞬だけだけど発狂が見られてよかったよ。それで、助けはいるかい?」
「……いらない」

 助けのすべを教えてもらって、この後自分がどうなるか分からない。この国の王様のようになるかもしれない。
 
「そう?」
「帰って」
「うーん、仕方ないね。君が拒否するなら僕は帰るよ。でも本当にいいんだね?」
「帰って」

 見たくない。例え人の姿をしたクトゥルフだったとしても。ゾーイの胸に顔を押し付けて謎の人物が帰っていくのを待つ。

「わかった。では帰るとしよう」

 ゾーイの胸が視界いっぱいに広がっているから、あいつがどう帰ったかは分からないけど、少なくともドアを開けて帰っていたわけではなさそう。ぞわぞわした雰囲気が無くなってようやく顔を離すことが出来た。ゾーイは寂しそうな顔してたけど。

「あいつは何者だったんだ」
「知らない方がいいこともある」

 あいつに関しては話さない方が2人の為でもある。それに、狂ってしまった2人を止める手段は私にはない。
 それよりもあらかた知りたい情報は集まったし、まとめたら外に出よう。

「見つけた情報は、500年前に突如モンスターが現れ、混乱に陥ったが勇者召喚で事なきを得た。そのかわりに王が失踪することになってしまった。でいいかな」
「そうだな」
「おそらくだけど、このときからステータス表記が使われるようになったんじゃないかな」
「ステータス表記?」

 そっか、ゾーイは知らないんだった。今は街が混乱しているからそれどころではないけど、首を傾げているゾーイに私とエヴァンはギルド登録をしていることを説明した。この騒ぎが終わったらしようとも約束した。
 それにしても、能力を見たいときにパッと見られないのは少し大変だな。それが出来たら、何が得意か任せたりすることが出来そうなのに。

 歴史の本を元の場所に戻し、部屋から出た私たちは受付さんにお礼を伝えた。

「この後どうする」
「しばらくはギルドの様子見だな」
 
 まだ慌しく動いているギルド内を邪魔にならない場所で見つつ、端に置いてある長椅子に座ることにした。

「あかりちゃん、大丈夫?」
「今もちょっと震えてるけど、しばらく休んでたら大丈夫だよ」
「無理はしないことよ」
「うん」

 私を抱きしめ、頭を撫でながら心配そうに顔を覗き込んでくる横で、エヴァンが眉間に皺を寄せながら銃を分解していた。あれを見て戦おうとしているのかな。

「反対にゾーイとエヴァンは大丈夫だった?」
「私は大丈夫よ」
「俺も平気だ」

 頷く2人。そうは言うけど、実際はステータスとして見てみないと分からない。気軽に水晶を使ってもいいですかって言えればいいけど、この忙しいときに面倒なことさせないでと言われそう。なにか打開策ないかな。かばんのなかでスマホを見ながらいろいろと考えているけど、何も出てこなかった。

 そういえば街の外に行った人たちはどうなったんだろう。
 
「ここにいたか」

 ガインさんが急用から戻ってきたのか、近づきながら話しかけてきた。

「おかえりなさい、ガインさん」
「おう。それで少し急用なんだが、外に出ていった奴らを探しに行ってくれないか? もちろん危険なのは承知だ。その分の報酬も出そう」
「2人に相談してもいいですか?」
「ああ、構わん」

 2人に顔を向けると、エヴァンは武器のメンテナンスを続けている。言葉に出さないけど、私に任せるって思ってるんだろう。ゾーイはどうなんだろうか。

「私は街の外に出たことないけど、他の人たちが帰ってこないのでしょう? そんな危険なところにあかりちゃんを連れて行かせたくないわ」
「でも、解決しないとこの状況がずっと続くよ」
「あかりちゃんが必ずしも外に出る必要はないわ。他に動ける人がいるのならその人に任せる。それでいいと私は思うの」
 
 ゾーイは看護師で病人優先という考え方をしているのは分かる。広場で、先程の事務所の裏で起きたことを考えると、その意見も正しい。必ずしも私たちが行く必要もない。
 正直怖い。あの謎の人物がまた出てくるかもしれないと考えると。

「ガインさん、すみません。少しだけ時間をください。考える時間が少し欲しいんです」
「分かった。考えがまとまったらギルド長部屋に来るといい」
「はい」

 そう言ってギルド長部屋へと向かっていくガインさん。なるべく早く決めなきゃ。
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