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第1章 旅

冒険記録18. 朝食にエール

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「ここにいたんですか」

 地平線から太陽が顔を見せたその時間に、ヨシュアはジュリーに起こされた。

「……ずいぶん早起きだな、おじょーちゃん」

 いまだ眠たそうに欠伸をしながら頭を掻く。まだ寝ていたのか寝ているアルヴァ―ノにもたれ掛かり、半分目を閉じた状態で彼女を見ていた。

「起きてください、ヨシュアさん。今日は宿を見に行きますよ」

 腰に手を当てて仁王立ちしながら見下ろしていた。彼女の背中側に小さい窓があり、そこから光が入ってくる。もう少し背がでかけりゃ光を遮ることが出来たのになと、失礼なことを頭の中で考えながらのっそりと起き上がり、愛馬も一緒に起こした。

「その前に朝飯だ。いや酒だな」
「朝から飲むんですか?」
「ああ。ここにきてから一度も飲めてねぇしな。ってことだ、おじょーちゃん。酒が飲める場所に案内してくれ」
「もう」

 呆れた顔をしながらも案内してくれるのか、先に馬屋から出ていく。その姿を見ながら肩の凝りを解し、馬屋を続いて出ていくのだった。

「んで着いたのがここ」

 石造りの建物が多い中で、異質な存在を放っているこの場所は、レンガで作られた酒場だった。

「酒と目が食べられる場所とは言ったが、まさか酒場とはね」
「ここしか開いてなかったんです!」
「誰も責めちゃいねぇよ。とりあえず入るか」

 木の扉を開けるとそこそこ人気な店なのか、朝早くからでも人がいた。ヨシュアが思いだす荒くれ者が集った酒場とは違い、統率が取れた街と同様に、ほどよい賑やかさでお客たちが朝食を食べている。

「へぇ……。酒場っていうからもっと荒れてるかと思ったが」
「どんなところを想像していたんですか」

 ドアを開けたまま周りを確認するヨシュアの後ろから顔を出し、ジュリーが怪訝そうな顔をする。

「いらっしゃい。お客さんはここ初めてかい?」

 木製ジョッキを両手に忙しそうに働いていた推定年齢三十の女性が対応してくる。

「ああ。朝食ついでに酒をすこしな。女将、ここのオススメはなんだ?」
「シチューがあるんだけど、お酒と一緒となるとねぇ」
「それで構わねぇさ。そのシチューを頼む」
「じゃあ、適当な所に座ってな。後から持ってくるから」

 ヨシュア達が近くにあった空いてる席に座ったのを確認した女将は、仕事に戻って行く。

「いい雰囲気だな、ここは。落ち着いてる」
「そうでしょう! ここはこの街いちの自慢のお店なんです!」

 足を組み、頬杖しながら店内を見渡すヨシュアに、嬉しそうに説明するジュリー。興奮しているのか、立ち上がって説明し続けている。

「おじょーちゃん、周りが微笑ましい事になってるぜ」
「ご、ごめんなさい! 騒いでしまって」

 ヨシュアに言われて我に返った彼女は、周りを見渡し、顔を赤らめながらゆっくりと席に座った。その様子をニヤニヤと笑いながら見ている。

「そういやおじょーちゃん。朝飯は城で食ったのか?」
「外で食べると言って来ました」
「結構自由だな」

 さぞかし城の従者たちは大変だろうなと思いながら、会話の途中で来たエールを一口飲みつつ、目だけ動かし、周りを見渡した。ジュリーや客人たちは気付いていないが、護衛の騎士たちが旅人や民衆に扮装し、ヨシュアを警戒しつつ彼女を見守っていた。

「ふむ……」
「どうしたんですか?」

 そんな様子を知りながら口にしたエールにどこか不満があったのか、匂いを嗅いだり、更に口にしては眉間に皺を寄せたりしていた。

「ヨシュアさん?」
「味はいいが、酔わねぇ」
「酔わない、とは?」

 言葉の意味が分からず、首を傾げるジュリー。自分も確かめようと、注文する。

「そのまんまの意味だ。酒精が弱い。水で薄めたのか?」
「そうですか? 普通だと思いますけど」

 女将が持ってきた木製のビールジョッキを受け取ってお礼を言った後、一口飲んだが、ジュリーの表情は飲む前と変わらなかった。

「女将、もっと酒精が強い酒はねぇのか?」

 味に不満はないが、頬が赤くなるほどの酔いが欲しいヨシュアは、ジョッキを掲げながら奥で働く女将に問う。その問いかけをした瞬間、周りが騒がしくなった。皆が目を丸くし、彼を見ている。

「ほ、本気ですか? 強いものを飲むなんて」
「何か悪いのか? 金が掛かるってんなら諦めるが」
「お金は……」
「いいじゃないですか、ジュリー様」

 驚きながらも絞り出した彼女の言葉を遮るかのように女将が言った。

「お客さん、強い酒ならあるよ」
「じゃあ、それを」

 これで酔えると思うと、口角が上がるのを抑えることが出来なかった。この世界に来てからまだ一週間も経っていない。いないが、それでも一時期飲まなくなると恋しくなるものだ。特にヨシュアにとっては。

「ただし、条件がある」
「なんだ? 言ってみな」

 対価を得るには犠牲が付きものだ。これから女将に言い渡される条件がどんなものかは分からない。それでも受けようとするのは、彼の冒険心と高揚感のせいだろう。

「今から来る乱暴者達を追っ払って欲しいのさ。それが出来たら酒代はいらないよ」
「なんだ、それだけでいいのか。それなら酒の金を払おうがタダであろうがやってやるよ」

 もっと大変な事を言われるかと思っていたヨシュアは、呆気ない申し出に難なく答えた。

「いいのかい? 衛兵の方達でも太刀打ちできなかったやつらだよ?」
「生憎、私はそういう奴らを相手して生きてきたからな」

 女将にそう言うと少しだけ安心した顔になる。

 それから乱暴者たちが来るまでのつなぎとして朝食を食べていた。先程まで会話をしていたせいで聞こえていなかったが、厨房で鍋がコトコトとなっている音が店内に聞こえ、まだ修業中なのか誰かが怒られていた。

「賑やかなのが一番だと思っていたが、たまにならいいな」

 レンズ豆と牛乳だけで作られたシチューに硬いパン。そして、硬いベーコン。朝に食べるにはちょうどいいだろう。

「女将! エールの追加だ」
「はいよ!」
「飲みすぎですよ」
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