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第1章 旅

冒険記録16. 契約の確認

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「お水はいりますか?」
「……もらおう」

 自力でゆっくりと起き上がり、木製の椅子に座って項垂れながら息を整えていた。ヨシュアの額から汗が滲み、床に滴り落ちている。その様子から、女神の制裁がどれだけのものだったのか分かるほどだった。

「……ふう」

 水を飲み終えた後、息を整えて顔を上げると、聖職達が怖れた顔でヨシュアを見ていた。

「あの」

 隣に座ったジュリーが聞きづらそうに目を泳がせたりしている。

「ヨシュアさんが海賊って本当なのですか?」
「……ああ」

 女神アテリアが言ったことが嘘であって欲しかったという悲しみが、顔に滲み出ている。不安そうに目に涙を浮かべるジュリーの姿に、何故か心が苦しくなるヨシュア。

「……ちゃんと言わなかったことはすまなかったと思っている。だが、最初に私は言ったはずだ。族と変わらない格好をしている者を信用するのか? と」

 会ったばかりの男に傭兵として傍にいて欲しいと言われた時、自分の立ち位置を客観的に教えていた。お前達を襲ってきていた賊と同じ略奪者だという事を。

「正直に言うと、私を雇うのはオススメしない」

 回りくどい言い方をせず、直接伝えた。突っ走ることが多々ある彼女にだからこそ、素直に伝えるしかない。

 雇いたいという気持ちは分からくもない。ヨシュアがいた世界でも、古代から近世時代に至るまで傭兵はいた。特に中世時代の貴族達は戦争の度に雇っていたが、それに忠誠を誓う者は少なく、負けそうになると裏切って逃げる者もいた。
 ヨシュアもそうならないとは断言できなかった。

「何故です?」
「私を個人的に傭兵として雇うという事は、いろんな事からおじょーちゃんを守らなければならないということだ。ただ、私は魔法や怪物に対抗出来る知識は全くない。そんな状態で全てに対処出来るとは思えないのだ」

 目を瞑り、首を横に振る。

「それは、これから」
「人相手なら対処はどうにでもなる。だが、森の中で遭遇した怪物と相手しろと言われると、私は遠慮なく逃げる。命より大事なものなどないからな」
 
 ヨシュアが言う森とは、ジュリー達と会う前に、街へ行くために横断していたあの森だ。そこを移動している時に、獅子の頭を持ち、体が山羊の怪物を見かけていた。あれが今でも何なのか、ヨシュアは分かっていない。

「森? というと、ヨシュアさんと会った時に近くにあったデリへザの森ですか?」
「そういう名なのか? 私はよく知らんが」
「確か地図持っていましたよね? それを見せてくださいませんか?」

 思い当たる森の名を彼女は言うが、彼には何のことか分からない。村でリアが教えてくれた文字以外は未だに読めずにいる彼は、勘を頼りに森を横断し、偶然ジュリーと会うことが出来ただけだった。

「これか?」

 村の人から貰った布の鞄から地図を取り出し、渡す。受け取った彼女は自身の膝の上で広げると、ある場所を指さした。

「ここが今、私たちがいる街アーケイダ国ダリアです」

 指差す場所には、アテリアの周りには黄色いダリアの花が描かれた旗が載っている。その場所から指を右上に少し動かすと、緑一色に塗られ、半円型のマークがある。 そこには『デリへザ』と書かれていた。

「ここの森で何かを見たんですか?」
「遠くからだったからよく分からなかったが、頭が獅子で体が山羊の怪物だったな」

 思い出しながら言うヨシュアの言葉に驚きを隠せないジュリー。

「それってキマイラですよ!」
「アレが? 確かにそっくりだったが、まさか」
「そのまさかですよ」

 さらに驚いた顔になる彼女を横に、眉間に皺を寄せ、信じられないといった顔をするヨシュア。それに追い打ちをかけるのは女神アテリアだった。

「よく無事に出れましたね……」
「私でもそう思うよ。獣の声が森全体に響き、しかも本当のキマイラを目にするとは思っていなかった」

 息を顰め、音を立てない様に移動したのは正解だったと感じる半分、もし見つかっていたらという不安が一気に押し寄せた。

「さきほどの通り、私は怪物の事を全く知らない状態だ。そんな私を雇うと、常におじょーちゃんの身に危険が伴うことになる」

 不安を取り除くように深呼吸をし、彼女の目を見る。

「……分かりました。少し名残惜しいですが分かりました」
「ああ、そうするといい」

 今までもそうだったが、真剣な表情でジュリーを見るヨシュアに観念し、諦めた。

「ですが、後一つの約束はまだ果たされていないので、させて頂きますね」
「あと一つ? なにかあったか?」

 雇う雇わないで言い合っていたせいか、何を約束したかすっかり忘れてしまっていた。

「住む場所を与えますと言ったことです」
「ああ、それか」

 ヨシュアが忘れていたことを思い出させ、約束を守ろうとしているジュリーは案外真面目な性格なのだなと感心するのだった。

「女神アテリア」
「なんです?」

 会った時、聞こうと思っていたことをここで質問する。

「気になっていたのだが、なぜ私は会話が出来て、文字は読めないのだ?」
「会話は生きていくのに必要ですからね。それに、興味がある分野を学ぶことが好きな貴方が、いきなり文字を理解して読めるようになっているのは嫌いでしょう?」
「なるほど、それでか。私の事をよく知ってるな。さすがは愛しの女神だ」

 何もかもお見通しですよとアテリアは目で語る。
  興味の振れ幅が大きいが、確かに女神の言う通り、ヨシュアは心が引かれた物には自分から何もかもに飛び込んで行く方だ。それが戦闘だろうと知識を得る事だろうと関係ない。

「あと一つ、どうしても気になることが」
「残念ですが、私はそろそろ戻らねばなりません」

 一番聞きたかったことがあったのを思い出し、質問しようとするが、その言葉をきに消えていく。

「待ってくれ!」

 必死に止めようとするも空しく、アテリアは戻って行った。

「……もしや聞かれたくなかったとかか?」

 悔しそうに女神が消えていた所を見続けている。

「ヨシュアさん、今日はもう遅いですし、宿を見つけるのは明日にしませんか?」
「そうしよう。いろいろと遭って疲れたしな。……アルヴァーノ!」

 女神に呼ばれて忘れていたが、元々は愛馬を守る為に戦っていたのを思い出し、教会内を走って外に向かう。その後ろでジュリーは聖職者たちに優雅にお辞儀をし、ヨシュアの後を追った。

「無事か!」

 ドアを勢いよく開け、愛馬の様子を見る。ヨシュアの姿を見たアルヴァーノは軽快な足取りで向かってきて甘えだした。その様子を見ながら、背を撫でつつ怪我がないかと確認する。
 捕えようとしていた護衛達は、ヨシュアが女神と会話している間にアルヴァ―ノが暴れまわったのか、恐れて遠くにいた。

「よしよし、急に離れてすまなかったな。愛しき女神に呼ばれていてな」
「あ、ヨシュアさん。あれの事聞いてなかったです。みさのこと」
「ああ、あれか……」

 寂しさを埋めるように甘える愛馬を宥める所を見たジュリーが、唐突に思い出したのか、聞いてくる。

「終わった後に聞きますからねと言っておいたので」
「そうだったな。……ミサは別名感謝の祭儀ともいわれている。一切れのパンと一杯のワインを神の体と血に例えて、会衆……つまり会合に寄り集まった人々に分け与える儀式の事だ」

 頭をかきながら説明する。

「確かに似ていますね」
「ああ」

 説明を聞き納得しながら城へ向かい歩き続ける。その後ろでは護衛達が敵意たっぷりの視線をヨシュアに向けながらついてきていた。
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