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序章 異世界
冒険記録2.転移された場所は
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アーケイダ国の街はずれにある村―ハイド村―
人はそれほど多くない村だが、農業を中心に独自に栄えていた。この村の中心には農耕の神を象徴した男性の像を備えた噴水がある。地下からくみ上げているその水は透明度が高く、畑を潤すには十分なほど栄養がこもっていた。
「よし、今日もノース様に見守られながら仕事頑張るぞ」
農耕の神の像から少し離れた場所に木と石で出来た家がある。白い半袖Tシャツにオーバーオールを着た女の子が、腰に手を置きながら家の前で踏ん反り返っていた。
日の光を受けながら、目一深呼吸をした後、仕事道具を取りに行こうと納屋に向かう。
大きい扉を開けるにはまだ力が足りない女の子は、人が出入りできるようにつけてある扉を開けて中に入っていく。そこには鍬や今まで収穫した麦俵がおいてあった。
だがそこに、普段とは違うものが一つだけあった。それは麦俵が積み重なれている場所に寄りかかり、うなだれている男性だった。
「……だ、誰ですか!」
一瞬何が起きているか分からず、しばらく固まっていた女の子だったが、男性のうめき声で意識を取り戻し、思わず大きな声を出してしまった。
「なんだか辛そう」
先程よりも苦しそうな声を上げる男を心配して、少しずつ近づいていく。納屋の入り口から男がいる場所は少しだけ離れていて、奥は日の光が届かないせいか薄暗く、顔を伏せているのも相まって余計見えなかった。
「大丈夫、ですか?」
恐る恐る近づく女の子に男は何も反応しない。近づくにつれ、彼女の目が慣れてきたのか、男の容姿が少しずつ分かってくる。長い事、太陽の光に当てられて明るくなった黒髪に、ほど良く焼けた肌。少しだけ汚れているが暗闇でも目立つ赤いバンダナ。
そしてそれらよりも目立つのが、首元で白く点滅する鎖のような模様だ。
「きゃあ!」
男の左隣に来た瞬間、女の子の腕をすばやく掴み、地面に組み伏せた。ロングコートで隠してあったフリントロックピストルを右手で素早く抜き取ると、女の子の額に突き付けている。
その動きに無駄はなく、暗闇の中で獣の様に鋭く光る薄緑色の目は、いつでもお前の命を終わらせることは可能だということを知らせていた。
「〝ここはどこだ〟」
ドスの利いた低い声で、彼の下にいる少女に問いかける。何が起きたか分からずにいる女の子は呆然としていた。
だが、少しずつ自分が置かれている状況を理解し始めたのか、体を震わせていた。
「〝くそ〟」
少女の悲鳴を聞きつけたのか、大勢の声が遠くから聞こえ、足音と共に近づいてくる。
多くの人間を相手にするのは賢明ではないと判断した男――ヨシュアは、右手に持つピストルをホルスターに戻しながら立ち上がった。彼の鋭い目つきや自分の額に突き付けられた何かもわからない物がよほど怖かったのか、女の子はすすり泣き始めてしまった。
その表情を見たヨシュアは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。だが、この別世界に転移される前にした女神との会話を思い出し、気まずそうな顔をする。
「〝ハァ。面倒だな〟」
ため息をつき、仰向けに倒れたまま泣く子を見下ろした。女の子は、男が何か話したことに気付いたようだが、聞き取れなかったのか、もしくは通じていないのか首を傾げていた。
「〝通じていないな〟」
首を傾げたままでいる女の子の反応を見て、会話が成立していないとヨシュアは気付く。いつまでも倒れたまま泣き続ける相手に、何も進展はないと判断した彼は、女の子の二の腕を掴み、無理矢理引き起こしてから地面に座らせた。へたり込んでいる女の子と自分の目線を合わせるようにしゃがみ込むと、確認の為に再度問い掛け始めた。
「〝私の言葉は通じているか?〟」
「は、はい」
先ほどまで自分を怖がらせた男が急に目の前でしゃがんできたことで、肩が跳ね上がり、体を震えさせながらも返事をしっかりした。
「〝……なに?〟」
「わ、分かります。貴方の言っている事」
女の子の返答で、一瞬自分の勘違いかと思ったヨシュアは聞き返すが、追い打ちをかけるように彼女は彼に話しかけた。
「〝……少し待て〟」
「は、はい。わかりました」
腕を組み、目を瞑ると首を傾げた状態でヨシュアは考え始めた。顎に手を当てながら首を傾げつつ、目の前にいる女の子をしばらく見てはよそを見たりして、独り言を言い始める。
それから少しだけ時間が経ったが、答えは見つからなかった。
考えた末にだが、ヨシュアはこれからあることを試そうとしていた。相手の口から聞こえるものは異世界の言葉だが、ヨシュアが理解できるようにと自動変換されている。幸い、こちらが話した言葉も相手に通じていた。
応答に問題がないのなら、こちらも真似できるのではないか、と。
「……コレデ、キコエ、テル、カ?」
出てきた言葉はぎこちないが、会話を成立させるためだ。この際は仕方ないだろう。間違ってでもいいからと、自分の頭の中に浮かんできた言葉を慎重に言い始めた。彼自身は、分かるか? と言いたかったのだろうが、生まれて初めて話した言葉を間違えるの誰にでもあることだ。
「はい、わかります!」
会話出来たことが嬉しいのか、飛び跳ねる勢いで女の子は喜んでいる。先程までの感じていた恐怖はどこかに行ったようだ。
「ムツカ、シイ……」
先程まで殺気を纏っていた男とは思えない言葉のぎこちなさだ。ただ、初めてにしてはよく話せている方だろう。
「そ、その子をどうする気だ!」
女の子がはしゃいでいる時、騒ぎを聞きつけてやっと辿り着いた大人達が、鍬や鎌を持って納屋の入り口に立っている。女の子は無事なのだろうかと心配して急いできたが、ヨシュアと向かい合って笑顔でいる状況を見て、混乱しながらも怒っていた。
「み、みんな! ちょっと待って!」
「待ってじゃないだろ。畑の方まで悲鳴が聞こえていたんだぞ!」
「お、お前リアに何をしたんだ」
おじさんと呼ばれても仕方がない年齢の男が女の子に注意している間、藁帽子を被った農夫が手を震えさせながら鍬先《くわさき》をヨシュアに向ける。
この世界に飛ばされる前に、海賊として生活していた34年の間、命の危険に晒され続けていたヨシュアにとって、鍬を突き付けられたぐらいでは怖がりはしなかった。
むしろ、いつでも反撃できるようにとロングコートで隠してあるピストルに手をかけている。
「この人は何もしてないよ! ただ、意識を失っていたから無事を確認していただけなの!」
「だから何もしないで」と慌てながら、ヨシュアを守る様に女の子が目の前に立って答える。
先程まで殺されかけていたのに、この切り替えは大丈夫なのだろうかと心配になる。それほど、この子はお人好しなのだろう。
「そうか? リアが言うなら本当なのだろう」
「もし、何かされたらすぐ逃げるんだぞ? いいな」
農民達は女の子が嘘をつかない子だと信頼しているのか、皆、ヨシュアに対して警戒を解き、各自仕事をしに戻って行く。
「アイツタチ、ワタシヲ、アブナイ、シナイ。ナゼ」
戻っていく農民達の様子を見て、自分でもこんな怪しい奴がいたら、女の子の発している言葉は、男に脅されて無理矢理言わされているのだろうという考えに普通は至る。だが、ここの農民達や女の子は直ぐに警戒を解いていた。
そのことに疑問が生まれるヨシュアだった。
「大丈夫だって思ったんじゃないかな?」
「“ふむ。私はそうだとは思わないな”」
「そうかな?」
疑問に感じながらピストルから手を放した。それと同時に、農民達に何か裏があるという考えにたどり着く。今はその答えを得ることは難しいだろう。ただ、いつかはその訳も判るとヨシュアは自分の中で納得し、リアに向き直った。
「ナヲ、オシエ、ル?」
女の子の警戒が早めに解けたのを好都合と捉えたヨシュアは、名を聞くために問いかけた。
「私? 私の名前はリア! 貴方の名前を聞いてもいい?」
「ヨシ……〝ヨシュア〟ダ」
真似して返そうとするが、まだ自分の名前を言うのが難しいのか、英語で返事を返すのだった。
人はそれほど多くない村だが、農業を中心に独自に栄えていた。この村の中心には農耕の神を象徴した男性の像を備えた噴水がある。地下からくみ上げているその水は透明度が高く、畑を潤すには十分なほど栄養がこもっていた。
「よし、今日もノース様に見守られながら仕事頑張るぞ」
農耕の神の像から少し離れた場所に木と石で出来た家がある。白い半袖Tシャツにオーバーオールを着た女の子が、腰に手を置きながら家の前で踏ん反り返っていた。
日の光を受けながら、目一深呼吸をした後、仕事道具を取りに行こうと納屋に向かう。
大きい扉を開けるにはまだ力が足りない女の子は、人が出入りできるようにつけてある扉を開けて中に入っていく。そこには鍬や今まで収穫した麦俵がおいてあった。
だがそこに、普段とは違うものが一つだけあった。それは麦俵が積み重なれている場所に寄りかかり、うなだれている男性だった。
「……だ、誰ですか!」
一瞬何が起きているか分からず、しばらく固まっていた女の子だったが、男性のうめき声で意識を取り戻し、思わず大きな声を出してしまった。
「なんだか辛そう」
先程よりも苦しそうな声を上げる男を心配して、少しずつ近づいていく。納屋の入り口から男がいる場所は少しだけ離れていて、奥は日の光が届かないせいか薄暗く、顔を伏せているのも相まって余計見えなかった。
「大丈夫、ですか?」
恐る恐る近づく女の子に男は何も反応しない。近づくにつれ、彼女の目が慣れてきたのか、男の容姿が少しずつ分かってくる。長い事、太陽の光に当てられて明るくなった黒髪に、ほど良く焼けた肌。少しだけ汚れているが暗闇でも目立つ赤いバンダナ。
そしてそれらよりも目立つのが、首元で白く点滅する鎖のような模様だ。
「きゃあ!」
男の左隣に来た瞬間、女の子の腕をすばやく掴み、地面に組み伏せた。ロングコートで隠してあったフリントロックピストルを右手で素早く抜き取ると、女の子の額に突き付けている。
その動きに無駄はなく、暗闇の中で獣の様に鋭く光る薄緑色の目は、いつでもお前の命を終わらせることは可能だということを知らせていた。
「〝ここはどこだ〟」
ドスの利いた低い声で、彼の下にいる少女に問いかける。何が起きたか分からずにいる女の子は呆然としていた。
だが、少しずつ自分が置かれている状況を理解し始めたのか、体を震わせていた。
「〝くそ〟」
少女の悲鳴を聞きつけたのか、大勢の声が遠くから聞こえ、足音と共に近づいてくる。
多くの人間を相手にするのは賢明ではないと判断した男――ヨシュアは、右手に持つピストルをホルスターに戻しながら立ち上がった。彼の鋭い目つきや自分の額に突き付けられた何かもわからない物がよほど怖かったのか、女の子はすすり泣き始めてしまった。
その表情を見たヨシュアは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。だが、この別世界に転移される前にした女神との会話を思い出し、気まずそうな顔をする。
「〝ハァ。面倒だな〟」
ため息をつき、仰向けに倒れたまま泣く子を見下ろした。女の子は、男が何か話したことに気付いたようだが、聞き取れなかったのか、もしくは通じていないのか首を傾げていた。
「〝通じていないな〟」
首を傾げたままでいる女の子の反応を見て、会話が成立していないとヨシュアは気付く。いつまでも倒れたまま泣き続ける相手に、何も進展はないと判断した彼は、女の子の二の腕を掴み、無理矢理引き起こしてから地面に座らせた。へたり込んでいる女の子と自分の目線を合わせるようにしゃがみ込むと、確認の為に再度問い掛け始めた。
「〝私の言葉は通じているか?〟」
「は、はい」
先ほどまで自分を怖がらせた男が急に目の前でしゃがんできたことで、肩が跳ね上がり、体を震えさせながらも返事をしっかりした。
「〝……なに?〟」
「わ、分かります。貴方の言っている事」
女の子の返答で、一瞬自分の勘違いかと思ったヨシュアは聞き返すが、追い打ちをかけるように彼女は彼に話しかけた。
「〝……少し待て〟」
「は、はい。わかりました」
腕を組み、目を瞑ると首を傾げた状態でヨシュアは考え始めた。顎に手を当てながら首を傾げつつ、目の前にいる女の子をしばらく見てはよそを見たりして、独り言を言い始める。
それから少しだけ時間が経ったが、答えは見つからなかった。
考えた末にだが、ヨシュアはこれからあることを試そうとしていた。相手の口から聞こえるものは異世界の言葉だが、ヨシュアが理解できるようにと自動変換されている。幸い、こちらが話した言葉も相手に通じていた。
応答に問題がないのなら、こちらも真似できるのではないか、と。
「……コレデ、キコエ、テル、カ?」
出てきた言葉はぎこちないが、会話を成立させるためだ。この際は仕方ないだろう。間違ってでもいいからと、自分の頭の中に浮かんできた言葉を慎重に言い始めた。彼自身は、分かるか? と言いたかったのだろうが、生まれて初めて話した言葉を間違えるの誰にでもあることだ。
「はい、わかります!」
会話出来たことが嬉しいのか、飛び跳ねる勢いで女の子は喜んでいる。先程までの感じていた恐怖はどこかに行ったようだ。
「ムツカ、シイ……」
先程まで殺気を纏っていた男とは思えない言葉のぎこちなさだ。ただ、初めてにしてはよく話せている方だろう。
「そ、その子をどうする気だ!」
女の子がはしゃいでいる時、騒ぎを聞きつけてやっと辿り着いた大人達が、鍬や鎌を持って納屋の入り口に立っている。女の子は無事なのだろうかと心配して急いできたが、ヨシュアと向かい合って笑顔でいる状況を見て、混乱しながらも怒っていた。
「み、みんな! ちょっと待って!」
「待ってじゃないだろ。畑の方まで悲鳴が聞こえていたんだぞ!」
「お、お前リアに何をしたんだ」
おじさんと呼ばれても仕方がない年齢の男が女の子に注意している間、藁帽子を被った農夫が手を震えさせながら鍬先《くわさき》をヨシュアに向ける。
この世界に飛ばされる前に、海賊として生活していた34年の間、命の危険に晒され続けていたヨシュアにとって、鍬を突き付けられたぐらいでは怖がりはしなかった。
むしろ、いつでも反撃できるようにとロングコートで隠してあるピストルに手をかけている。
「この人は何もしてないよ! ただ、意識を失っていたから無事を確認していただけなの!」
「だから何もしないで」と慌てながら、ヨシュアを守る様に女の子が目の前に立って答える。
先程まで殺されかけていたのに、この切り替えは大丈夫なのだろうかと心配になる。それほど、この子はお人好しなのだろう。
「そうか? リアが言うなら本当なのだろう」
「もし、何かされたらすぐ逃げるんだぞ? いいな」
農民達は女の子が嘘をつかない子だと信頼しているのか、皆、ヨシュアに対して警戒を解き、各自仕事をしに戻って行く。
「アイツタチ、ワタシヲ、アブナイ、シナイ。ナゼ」
戻っていく農民達の様子を見て、自分でもこんな怪しい奴がいたら、女の子の発している言葉は、男に脅されて無理矢理言わされているのだろうという考えに普通は至る。だが、ここの農民達や女の子は直ぐに警戒を解いていた。
そのことに疑問が生まれるヨシュアだった。
「大丈夫だって思ったんじゃないかな?」
「“ふむ。私はそうだとは思わないな”」
「そうかな?」
疑問に感じながらピストルから手を放した。それと同時に、農民達に何か裏があるという考えにたどり着く。今はその答えを得ることは難しいだろう。ただ、いつかはその訳も判るとヨシュアは自分の中で納得し、リアに向き直った。
「ナヲ、オシエ、ル?」
女の子の警戒が早めに解けたのを好都合と捉えたヨシュアは、名を聞くために問いかけた。
「私? 私の名前はリア! 貴方の名前を聞いてもいい?」
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