上 下
3 / 56
序章 異世界

冒険記録1-2.異世界へ行く理由

しおりを挟む
 そう言われた途端、先程まで余裕たっぷりな表情を見せていたヨシュアの顔が、苦虫をつぶしたように歪む。女性が言うように、ヨシュアはずっと罪を犯し続けていた。それの罪滅ぼしをしろと言われるのは至極当然の事だった。その事に対し、不満そうに女性を睨む。

「そんな事を言うのであれば、なおさら行く気は起きんな」
「貴方にとって興奮するものが異世界に多くあるとしてもですか?」

 ハッ! と小馬鹿にしたかのようにヨシュアは短く笑い、先程まで寝ていたベッドに寝転がり、背を向けて目をつむる。その姿勢から、もう何も聞く気はないといっているかのようだった。そんな彼の背に彼女はぼそりと呟いた。ヨシュアの肩がピクリと動く。それを見た彼女は更に情報を与えた。
 
 異世界にはヨシュアが生きている世界にはいない生き物がいる。
 食事は美味しいものばかり。
 海に出ることもできるほど自由。
 
 少しずつ出される話に興味が出てきたのか、顔だけを女性に向ける。

「お話を元に戻しましょう。貴方が罪をつぐなう理由ですが、ここに映し出される二つの映像を見てからお答えします」

 興味を示しているヨシュアに説明の続きをし始める。女性が手に持っている水晶玉が、突然白く輝き、別世界の映像が流れ始めた。そこにはくわを持ち、一生懸命畑をたがやしている農民。鉄のつるはしを持ち、坑道こうどうに入っていく鉱夫達。鉄の鎧を着て剣を腰に携え、談笑しながら道を歩く者達が映し出されていた。

「先程の場面から50年ほど経ったものです」

 女性がそう言うと、もう一度水晶玉が輝き、映像が流れる。道具や行動が変わらない風景が映し出されていた。

「どこに違いがあるというのだ。最初に見せられた映像と何も変わらないぞ」
「賢い貴方なら簡単かと」

 水晶に顔だけ向けていた状態から体を起こし、彼女を正面に見据える。見られている彼女は妖しく笑い、ヨシュアがどのような答えを出してくるか楽しみだという顔で待っていた。

  射貫くような眼差しで彼が見ても、表情を変えない目の前の彼女に睨むことを諦めたのか、視線を水晶玉に戻し、思考する。

「……同じ風景や人の行動。やはり、何も変わっていない。どこもおかしな所は……いや、何も変化がないというのがおかしい。何故何も発展していないのだ。この世界に学者は? 研究者は?」

 目の前にいる女性に問いかけるが、目をつむり、ゆっくり首を横に振る。

「そのようなことがあり得るのか……」
「残念ながら」

 そのことを聞いたヨシュアは眉間に皺を寄せ、顎に手を置くと目を瞑る。しばらく黙り、頭の中を整理するかのように独り言を呟くが、いつまでたってもまとまらないのか、目を開き、女性に視線を向けた。

「2つ目の理由は?」
「2つ目は一人でも構いません。この世界で親しい友人を作り、その友に知恵を授けてほしいのです」
「よほどのことがないかぎり、私は友を作ろうとは思わないし、知識を与えたいと思えないのだが」

 ため息をついたヨシュアは、首を横に振る。まるで興味がないといわんばかりに。

「それでは意味が無いのです」
「どういうことだ」

 彼女の言葉の意味が分からないと首を傾げ。

「これから貴方が向かう世界は、他人と共存し、生活しなければ生き残ることが難しい所です。分かりやすく例え話をしましょう。貴方と貴方の仲間がいて、目の前には巨大で力の強い熊が1頭います。それには別々の所に弱点があり、2人で協力し、同時に弱点を突かなければなりません。幸いにも、貴方はその熊に対処する知識を持っています。ですが、仲間は持っていません。そのような場面に出くわした時、どうしますか?」

 彼女から先程から何度も繰り返される問いかけだ。目の前の女性はヨシュアに考えさせることを楽しんでいるのか、ひっそりと笑っている。

「……弱点を教え、相手が最も得意だということで対処させる」
「そういうことです」

 ヨシュアが言った答えに満足したのか女性がニコリと笑った。

「それが常に行われる世界とは……やはり面倒だな。今ここで戻せとわめいても、戻れなさそうだしな。仕方がない。その提案に乗るとしよう。どちらにしても、行かなればならないのだろう? ここに私を呼んだという事は」
「ええ」

 清々すがすがしい顔で女性は頷いている。その顔に少しだけ苛立ちを覚えた彼だったが、先程から感じている何かに考えをさえぎられ、何も言えなかった。

「別世界に行くにあたって、貴方にこれを授けます」

 ヨシュアの左手を優しく手に取って包み込むと、彼には理解できない言葉を女性が唱え始めた。その行動をじっと見つめていると、白く淡い光が女性の指の間からこぼれ、少しだけ周りが輝いている。

「これは、指輪……?」

 彼女が手を離すとヨシュアの手に真っ黒に輝く指輪がはめられていた。

「ええ。中指にはめる指輪には、円滑な友人関係を築けるようにという願いが込められています。そして」

 途中で彼女が言葉を止めると指輪が紅く輝き始め、それはジワジワと熱を持ち始めて中指から腕を伝ってヨシュアの首の大部分を埋めるかのように鎖の模様が刻まれていく。

「あ、熱い……! 腕が、焼けるっ!」
「それを貴方の罪に対するかせだと思って下さい。外そうとは思わないでくださいね」

 女神のごとく微笑む顔だが、その裏にある悪魔のような考えに背筋が凍るヨシュアだった。

「……末恐すえおそろしい、女、だな。――1つだけ、行く前に、あんたの名を、知りたい」

 痛みと熱さがまだ残る左腕をかばいつつ、ヨシュアは女性に問いかける。

わたくしの名はアテリア。多くのことを司る神と知られていますが、ここでは知識の神とさせて頂きます」
「知識の神アテリア。……なるほど。あんたと会話し始めた時から震えが止まらなかったのは只者ではないと、無意識に感じていたが故か」

 うつむいたヨシュアは、微かに震える自分の両手を見つめていた。手から体へと伝う震えを抑えることなく、長い間顔を伏せてベッドを見つめている。最初は小さかったが、少しずつ大きくなる自身の笑い声を周りに響かせた。

「女神アテリアよ! 貴女のことを調べさせて欲しい! 先程までは知ろうと思わなかったが、名を知ったことで俄然興味が湧いて来たのだ」

 勢いよく顔を上げた彼は、少年の様な眼差しで女神を見つめる。その純粋な目に危うく負けそうになった女神だったが、思いとどまり、口を閉じた。伊達に神をやっていない。

「貴方のそれは神に対しても発動するのですね」
「それはそうさ! 相手が誰であろうと、興味を持った相手の全てを知りたいと思うのは、私が常に知識を得ることに飢えているからだ!」
「その貪欲さは別世界で発揮してくださいね」

 女神がヨシュアに微笑みかけ、彼の目を手で覆うと、興奮していたヨシュアの体から少しずつ力が抜けていき、崩れるようにベッドに倒れていくのが目に見える。

「ま、まて……まだ、ききたい、ことが」

 後ろにゆっくり倒れていく中でヨシュアは、助けを求めるかのように女神に手を伸ばす。

「全ての罪を償えるよう見守っていますよ、貪欲どんよくで怖い者知らずの海賊ヨシュア」

 眠りについた彼の隣に座りながら頭を撫でている。その顔はやんちゃな息子を愛おしく想う母親のようだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ステータスブレイク〜レベル1でも勇者と真実の旅へ〜

緑川 つきあかり
ファンタジー
この世界には周期的に魔王が誕生する。 初代勇者が存在した古から遍く人々に畏怖の象徴として君臨し続ける怪物。 それは無数の魔物が巣食う、世界の中心地に忽然と出現し、クライスター星全土に史上、最も甚大な魔力災害を齎したとされている。 そんな異世界に不可解に召喚されてから激動の数年間を終え、辺境の村に身を潜めていた青年、国枝京介ことレグルス・アイオライトは突然、謎の来訪者を迎えることとなった。 失踪した先代と当代の過去と現在が交差し、次第に虚偽と真実が明らかになるにつれて、暗雲が立ち込めていった京介たち。 遂に刃に火花を散らした末、満身創痍の双方の間に望まぬ襲来者の影が忍び寄っていた。 そして、今まで京介に纏わりついていた最高値に達していたステータスが消失し、新たなる初期化ステータスのシーフが付与される。 剣と魔法の世界に存在し得ない銃器類。それらを用いて戦意喪失した当代勇者らを圧倒。最後の一撃で塵も残さず抹消される筈が、取り乱す京介の一言によって武器の解体と共に襲来者は泡沫に霧散し、姿を消してしまう。 互いの利害が一致した水と油はステータスと襲来者の謎を求めて、夜明けと新たな仲間と出逢い、魔王城へと旅をすることとなった。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...