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22話 追跡者
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「あれから帰るの遅くなっちゃてごめんね。寂しくなかった?」
「大丈夫です。しょうが寝るまで見ててくれたので」
朝起きると、環が朝食の準備をしていた。その姿を見た途端、桃はほころんだ顔で環を見つめた。
近くにいたしょうのお陰でぐっすりと眠れた桃だったが、泣いたあとが目の下にうっすらと見えている。
「今日は出かけるよ」
「どこに行くんですか?」
布団を畳み、朝食の準備を手伝いながら聞く。
朝食と片付けを追えた二人は、ある場所へと向かっていた。その間に環が桃に何故そこに行くのかを説明している。
文献はないが、資料ならしょうがどういう存在かもしかしたらわかるかも知れないとのことで、環が所属している部隊に行くことになった。
環を含めた者たちは『討聖部隊』と呼ばれており、悪霊や妖怪を退治するために存在する組織である。
そこに行こうとしていることを知った桃は、嫌な顔をした。ただでさえ、今しょうが苦しんでいるのに更に苦しめようとしているのか、と。
もちろん環にはそんな意図はなかったが、そう受け止められてしまっても仕方がなかった。
なんとか誤解を解くことが出来た環だったが、なるべくならそこに入りたくない桃は近づくにつれ、鉛のように自分の足が重くなっているのを感じていた。
「今、しょう君は起きてる?」
「寝言が聞こえてくるので多分寝てます」
「起こせる?」
「……静かに眠らせてもくれないのか」
二人の声が内側で響いたのか、寝起き満載の声で桃と入れ替わり、不機嫌そうに環に返事した。桃の皺ひとつない眉間に皺を寄せ、起こされたことが不愉快だったのか舌打ちまでしている。
「何故休ませてくれない」
「そうさせてあげたいのは山々なんだけどね。ちょっと知りたいことがあって、君にももしかしたら関係している話かもしれないから」
「どうでもいい。俺はただただ眠って体を休めたいだけだ」
気怠げに周りを見ると、とてつもなく大きい寺院が自分たちの目の前に建っていることを知る。目の前の建物の柱は赤く、瓦の屋根で荘厳だった。しょうと交代した桃は内側で興奮し、しょうは更に眉間の皺が深くなっていく。
「お前は俺を殺したいのか?」
寺院に向かわせた環の意図が見えず、訝しむしょうに、家を出る前、桃にも説明してたことをまた話し始めた。伝承に出てくる存在と似ていること。それを調べるために今から向かうということを。
「つまり、俺がこの世界に終止符を打つかもしれないヤツの生まれ変わりだ、と。お前は馬鹿か? そんなわけねェだろ。俺自身に記憶が無くても、違うということだけは分かるし、そもそも俺らは違う世界の者だぞ」
「そうなんだけど、あまりにも君が似てるんだよ」
「万が一似ていたとして、今空腹なうえに弱っている状態の奴がそこに入ったら調べるどころじゃなくなるだろ」
おまけに、人を食ったら環の中に入らないといけないという約束を付けられてからは、今のしょうは何も出来ない状態にあった。
今はなんとか空腹を我慢できているが、そろそろしょうの限界も近い。もし、寺院の中で飢えによる暴走など起こしてしまえば、捕まるのは確実だろう。最悪、桃の中から取り出され、実験などもあり得ない話ではない。
「悪いが断らせてもらう」
「すまんけど、それは無理やわ」
その言葉と共にしょうのうなじに強い衝撃が走る。揺れる視界の中でおぼつかない足で数歩前に歩き、うなじを押さえながら振り返ると、そこには手刀打ちの手の状態のままで立っている京言葉を話す男がいた。
「えらい丈夫やね」
結構強く当てたのに、と感心している男を射殺せそうな目で睨みながら、しょうはその場に崩れ落ちた。
意識を失うその直前まで男を睨むその目は、いつ自分の後ろに立っていたという驚愕と恨みが籠っていた。
「堪忍な、環ちゃん。こないなこと頼んでしもうて」
崩れ落ちて地面に伏しているしょうを持ち上げて姫抱きし、環の方を見る。環の方は目をつぶり、しょうを見ないように俯いていた。嫌がる桃と訝しむしょうをここに連れて来たのだ。罪悪感で心がいっぱいになっているのだろう。
「この悪霊があの文献の人物と似てるっちゅう話やったけど」
「……はい」
「珍し霊やなて前々から思うてたけど、まさか似てるとは」
意識を失っている桃の頭を男が撫でている。
しょうが環や男が知っている追跡者だとまだ決まってはいないが、伝承とあまりにも酷似していたことでここに連れられて来た。
「まぁ、それは調べたらわかる話やね」
姫抱きのまま、寺院の中に入って行こうとする男の背を見ながら、環はその場に留まった。足音が一つしかないことに気づき、環がついてこないことが不思議だったのか男が戻ってくる。
「心配なん? 大丈夫や。この女の子には何もせんし、霊さんを調べるだけやから」
「本当に桃ちゃんには何もしないんですよね、聖護さん」
桃のことが可愛く、好きになってしまったのか本当の妹のように今まで接していた環。その目から桃のことが心配でたまらない環の感情を汲み取ったのか、聖護が片手で環の頭を優しく撫でた。
「僕が嘘ついたことある?」
「ないです」
「せやろぉ~」
朗らかに笑った聖護は「ほな、行こかぁ」と言いながら、片手で環の背中を押しながら寺院に入って行く。寺院に入ったことで、桃の手が少しだけ動いたことは誰も気づかなかった。
「大丈夫です。しょうが寝るまで見ててくれたので」
朝起きると、環が朝食の準備をしていた。その姿を見た途端、桃はほころんだ顔で環を見つめた。
近くにいたしょうのお陰でぐっすりと眠れた桃だったが、泣いたあとが目の下にうっすらと見えている。
「今日は出かけるよ」
「どこに行くんですか?」
布団を畳み、朝食の準備を手伝いながら聞く。
朝食と片付けを追えた二人は、ある場所へと向かっていた。その間に環が桃に何故そこに行くのかを説明している。
文献はないが、資料ならしょうがどういう存在かもしかしたらわかるかも知れないとのことで、環が所属している部隊に行くことになった。
環を含めた者たちは『討聖部隊』と呼ばれており、悪霊や妖怪を退治するために存在する組織である。
そこに行こうとしていることを知った桃は、嫌な顔をした。ただでさえ、今しょうが苦しんでいるのに更に苦しめようとしているのか、と。
もちろん環にはそんな意図はなかったが、そう受け止められてしまっても仕方がなかった。
なんとか誤解を解くことが出来た環だったが、なるべくならそこに入りたくない桃は近づくにつれ、鉛のように自分の足が重くなっているのを感じていた。
「今、しょう君は起きてる?」
「寝言が聞こえてくるので多分寝てます」
「起こせる?」
「……静かに眠らせてもくれないのか」
二人の声が内側で響いたのか、寝起き満載の声で桃と入れ替わり、不機嫌そうに環に返事した。桃の皺ひとつない眉間に皺を寄せ、起こされたことが不愉快だったのか舌打ちまでしている。
「何故休ませてくれない」
「そうさせてあげたいのは山々なんだけどね。ちょっと知りたいことがあって、君にももしかしたら関係している話かもしれないから」
「どうでもいい。俺はただただ眠って体を休めたいだけだ」
気怠げに周りを見ると、とてつもなく大きい寺院が自分たちの目の前に建っていることを知る。目の前の建物の柱は赤く、瓦の屋根で荘厳だった。しょうと交代した桃は内側で興奮し、しょうは更に眉間の皺が深くなっていく。
「お前は俺を殺したいのか?」
寺院に向かわせた環の意図が見えず、訝しむしょうに、家を出る前、桃にも説明してたことをまた話し始めた。伝承に出てくる存在と似ていること。それを調べるために今から向かうということを。
「つまり、俺がこの世界に終止符を打つかもしれないヤツの生まれ変わりだ、と。お前は馬鹿か? そんなわけねェだろ。俺自身に記憶が無くても、違うということだけは分かるし、そもそも俺らは違う世界の者だぞ」
「そうなんだけど、あまりにも君が似てるんだよ」
「万が一似ていたとして、今空腹なうえに弱っている状態の奴がそこに入ったら調べるどころじゃなくなるだろ」
おまけに、人を食ったら環の中に入らないといけないという約束を付けられてからは、今のしょうは何も出来ない状態にあった。
今はなんとか空腹を我慢できているが、そろそろしょうの限界も近い。もし、寺院の中で飢えによる暴走など起こしてしまえば、捕まるのは確実だろう。最悪、桃の中から取り出され、実験などもあり得ない話ではない。
「悪いが断らせてもらう」
「すまんけど、それは無理やわ」
その言葉と共にしょうのうなじに強い衝撃が走る。揺れる視界の中でおぼつかない足で数歩前に歩き、うなじを押さえながら振り返ると、そこには手刀打ちの手の状態のままで立っている京言葉を話す男がいた。
「えらい丈夫やね」
結構強く当てたのに、と感心している男を射殺せそうな目で睨みながら、しょうはその場に崩れ落ちた。
意識を失うその直前まで男を睨むその目は、いつ自分の後ろに立っていたという驚愕と恨みが籠っていた。
「堪忍な、環ちゃん。こないなこと頼んでしもうて」
崩れ落ちて地面に伏しているしょうを持ち上げて姫抱きし、環の方を見る。環の方は目をつぶり、しょうを見ないように俯いていた。嫌がる桃と訝しむしょうをここに連れて来たのだ。罪悪感で心がいっぱいになっているのだろう。
「この悪霊があの文献の人物と似てるっちゅう話やったけど」
「……はい」
「珍し霊やなて前々から思うてたけど、まさか似てるとは」
意識を失っている桃の頭を男が撫でている。
しょうが環や男が知っている追跡者だとまだ決まってはいないが、伝承とあまりにも酷似していたことでここに連れられて来た。
「まぁ、それは調べたらわかる話やね」
姫抱きのまま、寺院の中に入って行こうとする男の背を見ながら、環はその場に留まった。足音が一つしかないことに気づき、環がついてこないことが不思議だったのか男が戻ってくる。
「心配なん? 大丈夫や。この女の子には何もせんし、霊さんを調べるだけやから」
「本当に桃ちゃんには何もしないんですよね、聖護さん」
桃のことが可愛く、好きになってしまったのか本当の妹のように今まで接していた環。その目から桃のことが心配でたまらない環の感情を汲み取ったのか、聖護が片手で環の頭を優しく撫でた。
「僕が嘘ついたことある?」
「ないです」
「せやろぉ~」
朗らかに笑った聖護は「ほな、行こかぁ」と言いながら、片手で環の背中を押しながら寺院に入って行く。寺院に入ったことで、桃の手が少しだけ動いたことは誰も気づかなかった。
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