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12話 強敵出現
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「朝っぱらから礼儀がなってねぇって言ってんだよ。また気絶させてやろうか?」
指の関節を鳴らす――ということはしなかったが、そのしぐさをする悪霊。食事の邪魔をされたこと、昨日と同じことを繰り返しそうな雰囲気に、苛立ちが頂点に達していた。
「一ぇ、今日はそないな事言いに来たんちゃうやろ?」
一と悪霊のにらみ合いが拮抗するなか、どこか間延びした声が近付いてくる。その声を聞いた悪霊は、一瞬で全身に鳥肌が立ったのを感じた。そして動揺していた。……顔もわからない相手に自分が恐怖している、と。
「えらいすんまへん。うちの所の者がお世話になってもうたみたいで」
「気にするな、と言いたい所だが犬はしっかりと躾けとけ」
しかし、しょうはそれを表に出さず、努めて平静にいい放つ。
京言葉。門番の男たちや環から、目の前で因縁をつけてくる若い男からも訛りは一度も聞いたことがなかった。この目の前の男だけなのかどうかは今はまだ分からない。ただ、若い男よりも静かな殺気が悪霊の体に突き刺さる。
「変わったお人やね」
入れ替わっている悪霊を見て一言。そのたった一言にいろんな意味が込められていたことを直感で悟ったしょうは、背骨を指がゆっくりと伝うように、汗が下に流れていくのを感じた。
『どうやって侵入した』
『何故少女に憑りついている』
『今まで同族を食っているな』
と。
「ほな、さいなら」
京言葉で話す男の胸あたりの身長を持つ若い男の襟を掴んで持ち上げ、笑顔のままゆっくりと悪霊に頭を下げて出ていった。もちろん戸を閉めて。
「しょう?」
男が去った後、悪霊は呆然と戸の方を見ていた。そして何も言わず少女と交代し、内側で何か呟いている。初めて見る悪霊の行動に動揺し、桃は恐る恐る声をかけたが反応はない。
「……どうやら非常にやばいところに連れてこられたもんだ」
「だね、当たり前に刃物で斬りかかってくる人がいるなんて、信じられないよ」
「いや、そっちじゃねえよ。……あんなやつに目を付けられたら地獄だぞ」
京言葉で話す男に消されない為にも早めに力を付けるべきだと考えた悪霊は、どうやったらより多くの栄養を得られるか悩んでいた。
悩んでいたしょうの耳に、少女のお腹が鳴る音が聞こえる。そこで二人ともまだ朝食をとっていないことを思い出し、冷めないうちにと急に体を動かして、筋肉痛だった事を忘れた少女が布団の上でまた痛みに悶えていた。
「外出ちゃダメなの?」
「ああ、駄目だ」
なんとしてでも悪霊の為に家の外に出ようとする少女と、先程の男の気配を外に感じている悪霊の攻防戦が布団の上で繰り広げられていた。早めに力をつけたいと焦る悪霊だが、外にいる男のせいで何も出来ない。いや、何もさせてくれないが正しいだろう。思わぬ相手の出現にしょうは頭を悩ませている。
「でも、お腹空いているんでしょ」
「確かにそうだが、今は行かない方がいい」
その言葉の意味が分からない少女は首を傾げた。
昨日同族を取り込んだおかげでぎりぎり神域の中で存在出来ているが、悪霊の腹を満たすには十分な栄養になっていなかった。そんな状態で外に出て、同じように取り込んだら外で監視している男に殺されかねない。運が悪ければ少女も死んでしまうだろう。もし、悪霊だけ祓われ、少女が生き残ったとしても寂しさや絶望で命を落とす可能性がある。その二つだけは避けたかった。
どちらにしても、今の少女は筋肉痛で布団の上から動けないでいる。その間、どれだけ存在を保っていられるか。そこが悪霊の今の悩みどころだった。
「しばらくは家にいたほうがいいな」
「お悩み相談しないの?」
「今のところ予定にはない」
それに筋肉痛で動けないだろと悪霊に言われると、ぐうの音も出ない少女は静かに頷いた。
動けるようになった時に最初は近くの住人から。そこから少しずつ町全体に交流を広げていけと少女に提案した。
それに納得した少女だったが、悪霊はその判断をせざるを得なかった。
環や若い男には見破られなかったが、見ただけで悪霊が少女の中にいると京言葉を話す男に一瞬で見透かされてしまったのだから。
その男の視線を避けながらするとなると相当難しいことだろう。
ただ、ここで悪霊は疑問に思った。何故、会った時に祓われなかったのか。されてもおかしくない状況でただ挨拶しただけである。
「怒らせたら一番厄介かもな」
「何が?」
何でもないと言い、静かになる悪霊。
その一言を境に何も話すこともなく刻々と時間が過ぎていき、夕方になってお腹が空いた少女は、筋肉痛で痛む体に鞭を打ちながら二人分の夕食を準備していた。
夕食を食べ終わってもまだ帰ってこない環を心配し、限界まで布団の上で起きていたが眠気に勝てなかった少女は船を漕いでいる。悪霊から横になれと言われても頑なに断り続け、ついには完全に眠ってしまった。仕方ないとため息交じりに呟いた悪霊は一時的に少女と精神を入れ替え、布団で横になって内側に戻ると、寝るのだった。
指の関節を鳴らす――ということはしなかったが、そのしぐさをする悪霊。食事の邪魔をされたこと、昨日と同じことを繰り返しそうな雰囲気に、苛立ちが頂点に達していた。
「一ぇ、今日はそないな事言いに来たんちゃうやろ?」
一と悪霊のにらみ合いが拮抗するなか、どこか間延びした声が近付いてくる。その声を聞いた悪霊は、一瞬で全身に鳥肌が立ったのを感じた。そして動揺していた。……顔もわからない相手に自分が恐怖している、と。
「えらいすんまへん。うちの所の者がお世話になってもうたみたいで」
「気にするな、と言いたい所だが犬はしっかりと躾けとけ」
しかし、しょうはそれを表に出さず、努めて平静にいい放つ。
京言葉。門番の男たちや環から、目の前で因縁をつけてくる若い男からも訛りは一度も聞いたことがなかった。この目の前の男だけなのかどうかは今はまだ分からない。ただ、若い男よりも静かな殺気が悪霊の体に突き刺さる。
「変わったお人やね」
入れ替わっている悪霊を見て一言。そのたった一言にいろんな意味が込められていたことを直感で悟ったしょうは、背骨を指がゆっくりと伝うように、汗が下に流れていくのを感じた。
『どうやって侵入した』
『何故少女に憑りついている』
『今まで同族を食っているな』
と。
「ほな、さいなら」
京言葉で話す男の胸あたりの身長を持つ若い男の襟を掴んで持ち上げ、笑顔のままゆっくりと悪霊に頭を下げて出ていった。もちろん戸を閉めて。
「しょう?」
男が去った後、悪霊は呆然と戸の方を見ていた。そして何も言わず少女と交代し、内側で何か呟いている。初めて見る悪霊の行動に動揺し、桃は恐る恐る声をかけたが反応はない。
「……どうやら非常にやばいところに連れてこられたもんだ」
「だね、当たり前に刃物で斬りかかってくる人がいるなんて、信じられないよ」
「いや、そっちじゃねえよ。……あんなやつに目を付けられたら地獄だぞ」
京言葉で話す男に消されない為にも早めに力を付けるべきだと考えた悪霊は、どうやったらより多くの栄養を得られるか悩んでいた。
悩んでいたしょうの耳に、少女のお腹が鳴る音が聞こえる。そこで二人ともまだ朝食をとっていないことを思い出し、冷めないうちにと急に体を動かして、筋肉痛だった事を忘れた少女が布団の上でまた痛みに悶えていた。
「外出ちゃダメなの?」
「ああ、駄目だ」
なんとしてでも悪霊の為に家の外に出ようとする少女と、先程の男の気配を外に感じている悪霊の攻防戦が布団の上で繰り広げられていた。早めに力をつけたいと焦る悪霊だが、外にいる男のせいで何も出来ない。いや、何もさせてくれないが正しいだろう。思わぬ相手の出現にしょうは頭を悩ませている。
「でも、お腹空いているんでしょ」
「確かにそうだが、今は行かない方がいい」
その言葉の意味が分からない少女は首を傾げた。
昨日同族を取り込んだおかげでぎりぎり神域の中で存在出来ているが、悪霊の腹を満たすには十分な栄養になっていなかった。そんな状態で外に出て、同じように取り込んだら外で監視している男に殺されかねない。運が悪ければ少女も死んでしまうだろう。もし、悪霊だけ祓われ、少女が生き残ったとしても寂しさや絶望で命を落とす可能性がある。その二つだけは避けたかった。
どちらにしても、今の少女は筋肉痛で布団の上から動けないでいる。その間、どれだけ存在を保っていられるか。そこが悪霊の今の悩みどころだった。
「しばらくは家にいたほうがいいな」
「お悩み相談しないの?」
「今のところ予定にはない」
それに筋肉痛で動けないだろと悪霊に言われると、ぐうの音も出ない少女は静かに頷いた。
動けるようになった時に最初は近くの住人から。そこから少しずつ町全体に交流を広げていけと少女に提案した。
それに納得した少女だったが、悪霊はその判断をせざるを得なかった。
環や若い男には見破られなかったが、見ただけで悪霊が少女の中にいると京言葉を話す男に一瞬で見透かされてしまったのだから。
その男の視線を避けながらするとなると相当難しいことだろう。
ただ、ここで悪霊は疑問に思った。何故、会った時に祓われなかったのか。されてもおかしくない状況でただ挨拶しただけである。
「怒らせたら一番厄介かもな」
「何が?」
何でもないと言い、静かになる悪霊。
その一言を境に何も話すこともなく刻々と時間が過ぎていき、夕方になってお腹が空いた少女は、筋肉痛で痛む体に鞭を打ちながら二人分の夕食を準備していた。
夕食を食べ終わってもまだ帰ってこない環を心配し、限界まで布団の上で起きていたが眠気に勝てなかった少女は船を漕いでいる。悪霊から横になれと言われても頑なに断り続け、ついには完全に眠ってしまった。仕方ないとため息交じりに呟いた悪霊は一時的に少女と精神を入れ替え、布団で横になって内側に戻ると、寝るのだった。
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