憑かれ少女と悪霊は神隠しで異世界日本にきてしまったようです

yasaca

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8話 昂奮する者

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「やり方は分かったな? あんな感じにすればいい」
「今、教えてたの!?」

 まさか先程のやり方を悪霊が教えていたとは思わず、少女は大きな声を上げた。誰もいなかったから良かったものの、街中を歩いていたら確実に周りにいた町人達が足を止めていただろう。

「俺は教師みてぇに「始めるぞ」なんて言わねぇからな」
「理不尽すぎるよ……」
「世の中そんなのばっかだろ」

 少女は文句を言いながらも、悪霊が進む道を教えている方向へ進んでいく。その後ろ姿を陰からこっそりと見ている者がいた。それに気づいた悪霊は視線を送るが、その相手に気づかれることはない。
 相手は何者か。今の段階では不明のまま。

「環さん、ただいま戻りました」
「おかえり」

 家に戻り、少女が戸を開けると環が刀の手入れをしていた。時代劇などでよく見る、白くて丸い綿のような物で刀の表面を軽く叩いている。
 実際にやっている所を見れたと感動した少女は靴を脱ぎ捨て、隣に滑り込むように座る。環と少女の体と体が引っ付いてしまうくらいの近さで、環の洗練された動きを凝視していた。あまりにも近い場所で見られている彼女は、少し困惑した表情をして固まっている。
 どうしようかと迷っていると、内側から離れろと言う悪霊の注意が飛んできた。

「ご、ごめんなさい!」
「そんなに珍しかった?」

 床に額をこすりつけるように謝る少女を環が宥める。やれやれと首を横に振る悪霊がその姿を眺めていた。

「初めて見たもので」
「よほどの所に居たんだね……」

 どんな田舎にいようと、小さい子ですら見たことあるのにと環が驚愕していた。現代でも刀の手入れをする者はいることにはいる。ただ、平和な日本で見かけることは少ないだろう。現代に生きる少女がそれを見るとしたら、テレビか居合の道場だけである。

「そういえば、散歩どうだった?」

 悪霊との会話に集中し過ぎて何も周りは見ておらず、あ、見てない! と声を出しながら固まる少女に、思わず刀の手入れしていた環の手が止まる。二度見までしてである。沈黙が流れる中、環に言いたいことがあったのか、悪霊が少女に向けて交代しろと内側で騒いでいた。

「環。この街の中に悪霊がいた」

 この一言でピンと糸が張り詰めたような緊張が、この場の空気を支配している。最初、環と悪霊が会った時とは違う雰囲気出す彼女に、背中から頭へ痺れが這い上がってくるような感覚に高揚する悪霊。とっさに手で口を隠したものの、口角を上げずにはいられなかった。

「どこでそれを?」
「ここから先に行った家と家の間だ」
「怪我は?」
「二人ともねぇ」

 先程まで環の声には抑揚があったが、今では張り詰めた声で淡々と話している。その気配で只者ではないと感じた悪霊の心が躍る。目の前の女と闘いたい。そして無惨に殺した後、血肉にしたい、と。少女が悲しもうが止めようが悪霊の糧になるならば、それが例え恩人だろうと関係なかった。

「そっか。それは良かった」

 環がホッと息を吐く。その息とともに緊張の糸も解れ、穏やかな空気が家の中に戻ってくる。悪霊と変わっていたから良かったものの、少女ではこの緊迫感には耐えられなかっただろう。

「ちょっと、出かけてくるね」

 悪霊の言葉で一大事だと悟った環は、出かける準備をする。おそらく、所属している機関とやらに報告しに行くのだろう。鳥居で守られた町に居てはいけない存在が現れた。前代未聞な事件の対策を一向に早く対処しなくてはいけない。
 そう焦る環の背中に、悪霊が暢気な声で語りかけた。俺が取り出して祓ったぞ、と。
 一瞬何を言っているのか理解出来なかった環の足が止まる。そして、ゆっくりと振り返ってもう一度聞き直した。

「俺が直接手を突っ込んで取り出した後、祓ったぞ」

 悪霊は先程よりも少しだけ詳しく事情を話すが、二回聞いても環はわからなかった。いや、言っている言葉は分かるのだが、言っている意味が分からない。そんな状態だった。悪霊から詳しく聞く為に、環は外に出ようとしていた戸から手を離し、戻ってくる。

「霊の中に手を入れたってことでいいのかな?」

 先程の話し方だとこう勘違いされてしまうのは、仕方のないこと。そのことに気付いた悪霊は訂正した。子供の中に霊がいて、それを取り出すために手を入れた、と。
 そうだとしてもまた別の問題が発生する。直接入れたとなると、血が必ずと言っていいほどついているはずだ。だが、悪霊の着ている服や手には何もついていなかった。
 
 ますます不思議なことが起こっていることに環が首を傾げている。

「最初に言ったろ。『刀は持っちゃいねぇが、独自のやり方で今までしてきた』ってな」
「……それ、今度見せてくれない?」

 顎に手を当て、真剣な目で悪霊を見る環。その眼差しは普段のおっとりとしたものではなく、何か大切なものを守るための眼差しに見えた。未だ彼女がどういう方法で霊を退治するのかは、悪霊のしょうは分かっていない。それでも、環のその目からは、真剣に取り掛かっているものなのだという片鱗がうっすらと見えた。

「機会があればな」
「そうだね。とりあえず、その子供と会って事情を聞きたいんだけど、いいかな?」

 悪霊が無言で頷いて靴を履き、荒々しく外に出て、環を見ながら自分の首をクイッと目的地の方に向けて促した。早くしろ、と。その行動に彼女は面白そうに笑った。同じ人物であるにも関わらず、こうも性格が違うだけで、行動や思考が全く異なることに。
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