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3章

41話 戦いの傷

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「っ!」

 気を失っていたのか。雪の冷たさで覚醒してよかった。一刻も早く出なければ。
 ヘイリーの姿も見当たらない。巻き込まれたときに手を離してしまったのかもしれん。

 雪だとはいっても、その衝撃は凄まじい。
 未だに視界が揺れている。
 体の節々が痛んでいるが、気にしていられない。

「ヘイリー、どこだ?」

 何とか掻き分けながら外に出られたが、手の先の感覚が既にない。それでも早く見つけないと。
 雪崩が起きて、私が気絶してどれくらい経った? 

 防寒具を着ていたとしても、彼女の下半身は肌が露出している。
 今の私よりも直に雪が当たっている状態になっている。
 最悪、後遺症が残ってしまうかもしれない。

 一分一秒でも早く見つけなければ。

「ヘイリー! 聞こえていたら雪上に手を突き出してくれ」

 呼吸音、彼女の声、自分の雪を掻きわける音。
 雪が音を吸収して聞こえない場合の方が多いが、逆に静かだからこそ聞こえたりもする。
 細心の注意を払って聞いていれば、だが。

「ヘイリー!」

 返事がない。気絶しているのか? それだとマズイ。
 探すのに時間を取られ、彼女が凍死してしまう。やみくもに探してはダメだ。
 何か。
 何か探せる方法があれば。

 鞄の中に何が入っていたか、思い出せ。何を持っていた?
 防寒具、携帯食料、スコップ、暗視ゴーグル。
 そうだ、その2つがあった。

 それを付けて探せば。

 まだ体温が下がっていなければ、どこかにいるはず。
 いた場所を重点的に掘ろう。

「ヘイリー!」

 頼む。反応してくれ。

「いた」

 ようやく見つけた。
 緑の視界の中で、白い何かが雪の中に埋もれている。
 人の形をしているということは彼女だろう。傷つけないように掘らなくては。

 掘り起こしたとき、厚い布は手元になかった。
 巻き込まれたときにどこかにいったのかもしれない。

「呼吸は……浅いがある。脈は……弱いな。一刻を争う事態だ」

 手に力が入りづらいが、なんとか彼女を抱えることが出来た。
 どこか体を温める場所に行かなくては。

「街まで歩いている時間はないな」

 少しずつ暗くなってきている。
 夜になる前にどこかの洞窟か家の中に入らなければ。
 薪を取って、服を乾かして、体を温めよう。

 息が上がる。冷たい空気が入って肺が痛い。意識が朦朧とする。
 ここで意識を失ってはダメだ。そうなれば2人とも死ぬ。

「もう少し、だ」

 生存時間ギリギリかもしれん。
 洞窟を探す傍ら薪を探していたが、洞窟が見つからない。

 早く。
 早く見つけなければ。


「ようや、く、か」

 上手く呼吸が出来ない。苦しい……。それでも動き続けなければ。
 後少しだ。後少しで洞窟の中に入れる。
 薪で焚火を作る前に彼女の装備を外して。

 下着はお互い濡れているがこのままにしておこう。いろいろとな。
 ヘイリーの服を脱がせようにも、指に力が入らな過ぎて外せん。
結構な時間がかかったが、ようやく外せた。次は自分のも。

「目が覚めたとき、怒らないでくれよ」

 お互い濡れてしまっている。
 雪山で遭難した時、裸で温め合うのがいいと言っていたような。

 彼女の容体はどうだろうかと確認する。歩いている時間が長すぎたかもしれない。先程よりも呼吸が弱くなっている。

「焚火の準備も出来ないか」

 密接することでゆっくりと温まってくる体に、少しだけ緊張の糸が解れたような気がした。
 このまま暖めながら彼女が目を覚ますのを待とう。
 時間がかかるかもしれんが、夜は長い。

「ん……」
「起きたか」

 まだ寝ぼけているのか私の顔をずっと見ている。
 時間が経つにつれて意識がはっきりしてきたのか、周りをきょろきょろと見始め、今の状況を確認していた。

「な、な、なにやって……!」
「体を暖めていたのだが?」
「なんで、裸で……」

 急に動くと心臓に悪いぞ。
 それにまだしっかりと暖めていないのに、こんな状況で離れたらすぐに体が冷えてしまう。
 とはいっても、こっちに来いだなんて言えんしな。

「なんなの、その体」

 先程まで怒っていたのに、今は驚いた顔をしている。
 私の体になにかついているのだろうか?

「何のことだ?」
「その体の傷……。アーロって本当にブロンズなの?」
「ああ。ギルドはそうだと決めた」

 なんだ、体の傷か。
 こんなもの、モンスターと戦っていれば必ずと言っていいほどつくものだ。今更だな。

「何者?」
「東の街の冒険者。クラスはブロンズのアーロだ」
「そういうことじゃない。本当の正体はって聞いてるの」

 切創や刺し傷。噛み痕にやけど。それが体中にあれば、驚きはするよな。
 自分は慣れたものだから気にしてはいなかったが、他人が見るとこういう反応をするのか。
 ヘイリーは何か恐ろしいものを見たかのような顔で、私を見続けている。

「10年間、ずっと1人で害をもたらすモンスター達と戦い続けていただけの者に過ぎん」
「そのモンスターの強さってどれくらい?」

 向こうとこっちの強さの基準が違うから難しいな。

 ワイバーンで例えるなら、この世界はカッパークラス。
 元の世界だと……Fランクの脅威度。ライフルマンが3人いて倒せるほど、だったような。

「そうだな。ワイバーンを5、6人で協力して、やっと倒せるほどではないかと思っている。それプラス、確実に当てられる腕があるのは必須、だな」

 こっちには魔法使いもいる。もしかしたら少ない人数で倒せるのかもしれない。
 見たことないから分からんが。

「そいつらを相手に10年間も1人で? そんなのブロンズから始めるってもんじゃないじゃん! 下手したらアイアンよりも上の、ミスリルとかアダマンタイトクラスになるよ!」
「それは買い被りってやつだ。いくら言葉で倒し続けていたと言っても、証拠がなければそれは認められない。実績がないのなら、ギルドで1からクラスを上げていくことしか証明にならんだろ」

 そもそも、別の世界のモンスターを倒していたとしても、ここに持って来れないしな。

「そ、それはそうだけど」
「それよりもそのままだと風邪ひくぞ」

 先程までじんわりと温まっていた体が、風に当てられたことで急激に冷えてきている。
 火が焚けない以上、時間を掛けて温まるしか方法はないのだ。
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