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3章

33話 敗北を知らせる

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「私の中にあるものが何かとシルフは聞いたな。こういうと変に聞こえるかもしれんが、心臓に木の枝が絡みついて動かしている」
「意味が分からないです……」
「そ、それって逆に止まるんじゃない?」

 もっともな反応が返ってきたな。それが普通だし、自分で何言ってんだ? と思う。
 だが、事実なのだから嘘の付きようもない。

「普通は止まる。だが、現に今も動いている。こうなったわけを今から話そう。長くなるから眠たくなったら無理はするなよ」
「せっかくなので最後まで聞きます」
「ひ、暇だから聞くわ」

 1人は素直に。1人は焦ったように聞くと言って自分が楽だという姿勢になった。

「こうなったのは、ほんの3年前のことだ。私が森の中でモンスターを探していた時、運悪く死んだんだ」
「え、もう、終わりですか?」
「ああ」

 全然終わりではないが、ちょっとしたいたずらをしよう。
 そうしなきゃ退屈だろ? 私もなりかけていたからな。

「そんな……」
「っていうのは、冗談だ。ちゃんと最後まで話す」
「だ、だましたんですね!」
「悪かった。君の反応が見たくてな」
「もう!」

 頬を膨らませて、怒っている。
 彼女にいたずらすると予想通りの反応が返ってくるから、それで安心してしまう。

「3年前死んだというのは本当のことだ。それが何故今こうやって生きているのか。それを話すとしよう」

 今度こそ話さんと怒られそうだからな。

「イングランドのとある森に任務で赴いていた。そこは鬱蒼としていていい気持ちはしなかった。息が詰まりそうでな。その時は霧も多く視界も最悪だった」
「な、何か急に訳が分からなくなりました」
「イングランドは私の生まれた国だと思ってくれ」
「わ、わかりました」

 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。
 通称イギリスのことを説明してもいいが、王国が成立するまでの話をしないといけなくなる。
 それだと長いからな。無理矢理だが、納得してくれ。

「その任務はゴルゴン姉妹の1人、メデューサを倒すことだった」
「メデューサってあの?」
「ああ。とっくの昔に退治されたはずのやつを倒さなくてはならなった」

 20歳のころからモンスターを狩るようになって5年。
 ある程度は慣れてきたとはいっても、あいつだけはいまだに怖い。
 私が命を落とした原因でもある。

「今なら奴を倒すことは出来るが、当時は出来なかった」
「準備とかは?」
「十分ではなかった。こいつの整備不良はなく、空腹を感じるか感じないかぐらいのちょうどいい調子で向かった。だが、アレシアに散々大事だと言っていた“情報”が、その時は足りなかった」

 当時は混乱したな。何をやってもすべてが石にされてしまうのだから。

「情報がないからって、正面突破するのは素人のやり方だ。そんなことをすれば、すぐ石にされるということが分かっていた。だから、木を盾にしながら奴の死角から攻撃したり、煙で視界を遮ったりした。それでも奴に一太刀浴びせることなく、全てが意味のないものになってしまった。やがて手持ちにあるすべての弾を撃ちつくし、為す術もなく一方的に弄ばれた」

 今はもう直っているはずの手足が石のように重く感じる。
 固まっていないか。壊れていないか。何度も確認した。

「奴は少しずつ私の体を石に変えていった。最初は右腕を。ある程度逃げ切ったら次は左腕を」

 重くなる両腕が更に走る速度を落としていった。
 体力の続く限り逃げ回ったが、奴の方が断然速かった。

「対抗策はなかったんですか?」
「あるにはある。だが、無理だ。奴を倒すには史実通りにしなくては意味がない。どの攻撃も聞かないのだから。もしその通りにするならば、神に頼んで武器を借りなければならなかった」
「その武器って?」

 信仰もしていない人間の言葉を聞いてくれるとも思わなかったし、第一連絡する手段もない。

「青銅の盾と翼の生えたサンダルだ」
「盾はどうにか出来そうですけど、翼の生えたサンダルは……」
「無理だな。人間は作れないと思う」

 しかも、タイミング悪く、石になった腕が取れてしまったのだから。

「……両腕が無くなり、片足も石にされ、絶体絶命な時に奴の髪の蛇に噛まれ、苦しみながらそこで1度死んだ」
「……1度?」
「ああ。確かに死んだ。目が霞んで出血多量でな」

 これは前座に過ぎない話だ。
 もしかしたらこれ以上話してはいけないのかもしれない。彼女にはきつい話だ。

「どういうこと?」
「最初、鬱蒼とした森で霧が多いって言ったろ?」
「はい」
「その時はメデューサだけを討伐するって目的だったが、対処するべき相手が他にもいた」

 その時からだな。情報が何より大事だってことを、深く理解したのは。
 戦いは情報戦だなんてよく言うが、その通りだった。

「それは、今私たちの周りにある木だ」
「え……」

 そう発したことで3人の空気が張り詰めた。
 シルフをのぞく2人が不安そうに周りの木を見始めている。
 さすがは森と風を司る精霊だな。こいつらではないということが分かっているから落ち着いている。

 それ以上に楽しんでもいるな。

「もちろん、ここにある周りの木ではない。後から知ったのだが、メデューサがいた場所は深淵アビソスの森と呼ばれていた」
「あ、あび?」
「アビソス。私がいる国とはまた違う国の言葉で深淵という意味だ」

 ギリシャ語でアビソス、又はハビソス。よく聞き取れなかったが、そのどちらかだろう。
 そういえば、上位種のモンスターを狩る時は、いつもそこらに向かわされていた気がする。
 どれだけ私を殺したいのだろうな。

 その真意は今でも分からないし、興味もない。

「なにが原因で息を吹き返したのかは、今でも分からない。ただ、分かることは人間が苦しむ様子見て楽しみ、その血肉を養分にしたということだけは確かだ」

 重い。痛い……。
 傷ついたところがぶり返している。
 もう、その傷は癒えているというのに、また同じところを同じようにされたのかと思うほどに。

 止めてしまいたい。
 だが、話すと言ったんだ。最後まで話さなければ。
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