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幸福な時間。
だけれど玄冥は、上手く話しも出来なくて……、美しく可愛らしい少女の気をどうやって引けば良いのかと焦るばかり。 お茶? 菓子? 食事……は急には無理だ、使用人は全員祭りのために出払っている。
そわそわしている玄冥に風華は笑う。
「とても、気分が良いの……歌を歌っていいですか?」
「あぁ、ソレは嬉しい」
風華が歌を歌えば、美酒を飲むかのように玄冥はその歌に酔いしれた。 木の上に腰を下ろしているだけに、歌に熱中するあまり落ちては困ると玄冥は、風華の柔らかく小さな身体を膝の上に乗せ、細い腰に腕を回して支え、小さな背中を優しく撫でた。
風華が歌う歌は子供が好む春の歌だが、玄冥が背中を愛おしく撫でるたびに、風華が歌う春の歌はやがて恋の歌のようにどこまでも甘く切なく玄冥の耳を擽った。
心地よい幸福な時間。
甘いのは、花の香り、2人の声、温かな体温、優しく触れ合う手、見つめあう瞳。
それでも人嫌いの玄冥はその狂おしい衝動を恋心だとは気づかなかった。 そして風華の方と言えば、幼体なだけあって恋心には疎かった。 それでも、あぁこの人の事が好きだと温かな泣きたくなるような思いに静かに身を焦がし、歌声に乗せた。
やがて2人は抱きしめあいながら、春の香りに包まれウトウトと眠りにつく。
日が昇り、鳥のさえずりが聞こえれば、甘い逢瀬は終わった事に泣きたくなる思いを抱えながら2人は別れを自分に言い聞かせた。
「とても素敵な夜だった。 美しい歌を聞かせて貰った礼がしたい。 風華は何か欲しいものはないか?」
甘く優しい声で賛美の言葉を述べる玄冥であるが、風華にしてみれば、それは少し義務的な感じがして……大人が子供を褒めるのと変わらないのだなと少しばかりショックを受けたのだった。
それでも2人だけの記念が欲しいと、風華は考える。
図々しい娘だと言われて嫌われたくはない。
屋台で売られているようなアクセサリーでいい。
子供のオモチャのようなものだってかまわない。
「それでは、今晩……屋台を一緒に回ってくれませんか?」
そう告げれば、玄冥は眉をひそめた。
「街に行きたいのか?」
困ったような口ぶりに、風華は玄冥が人との付き合いを好まないと言う噂を思い出した。
「ぁ、いえ……申し訳ございません……ただ、玄冥様と共に過ごした記念が欲しかっただけで決して下々の祭りに出向きたいと言う訳ではございません」
「そうか……」
玄冥の方と言えば、孤独を好み、人の視線を、思いを気にした事が無かった事を後悔した。 彼の手元には何一つ少女の好むようなものが無かったのだから。
「では、約束を頂けませんか?」
「約束?」
「はい、来年の春、またコチラに招いて下さい」
「あぁ、分かった」
また会えるのだと言う安堵と、そして来年まで会えないのだと言う切なさ……。 だけれどその心の意味を知らない2人は、皇宮に戻り別れを告げるのだった。
曖昧な口約束ではあるが、翌年も、翌々年も2人は約束を守った。
だけれど玄冥は、上手く話しも出来なくて……、美しく可愛らしい少女の気をどうやって引けば良いのかと焦るばかり。 お茶? 菓子? 食事……は急には無理だ、使用人は全員祭りのために出払っている。
そわそわしている玄冥に風華は笑う。
「とても、気分が良いの……歌を歌っていいですか?」
「あぁ、ソレは嬉しい」
風華が歌を歌えば、美酒を飲むかのように玄冥はその歌に酔いしれた。 木の上に腰を下ろしているだけに、歌に熱中するあまり落ちては困ると玄冥は、風華の柔らかく小さな身体を膝の上に乗せ、細い腰に腕を回して支え、小さな背中を優しく撫でた。
風華が歌う歌は子供が好む春の歌だが、玄冥が背中を愛おしく撫でるたびに、風華が歌う春の歌はやがて恋の歌のようにどこまでも甘く切なく玄冥の耳を擽った。
心地よい幸福な時間。
甘いのは、花の香り、2人の声、温かな体温、優しく触れ合う手、見つめあう瞳。
それでも人嫌いの玄冥はその狂おしい衝動を恋心だとは気づかなかった。 そして風華の方と言えば、幼体なだけあって恋心には疎かった。 それでも、あぁこの人の事が好きだと温かな泣きたくなるような思いに静かに身を焦がし、歌声に乗せた。
やがて2人は抱きしめあいながら、春の香りに包まれウトウトと眠りにつく。
日が昇り、鳥のさえずりが聞こえれば、甘い逢瀬は終わった事に泣きたくなる思いを抱えながら2人は別れを自分に言い聞かせた。
「とても素敵な夜だった。 美しい歌を聞かせて貰った礼がしたい。 風華は何か欲しいものはないか?」
甘く優しい声で賛美の言葉を述べる玄冥であるが、風華にしてみれば、それは少し義務的な感じがして……大人が子供を褒めるのと変わらないのだなと少しばかりショックを受けたのだった。
それでも2人だけの記念が欲しいと、風華は考える。
図々しい娘だと言われて嫌われたくはない。
屋台で売られているようなアクセサリーでいい。
子供のオモチャのようなものだってかまわない。
「それでは、今晩……屋台を一緒に回ってくれませんか?」
そう告げれば、玄冥は眉をひそめた。
「街に行きたいのか?」
困ったような口ぶりに、風華は玄冥が人との付き合いを好まないと言う噂を思い出した。
「ぁ、いえ……申し訳ございません……ただ、玄冥様と共に過ごした記念が欲しかっただけで決して下々の祭りに出向きたいと言う訳ではございません」
「そうか……」
玄冥の方と言えば、孤独を好み、人の視線を、思いを気にした事が無かった事を後悔した。 彼の手元には何一つ少女の好むようなものが無かったのだから。
「では、約束を頂けませんか?」
「約束?」
「はい、来年の春、またコチラに招いて下さい」
「あぁ、分かった」
また会えるのだと言う安堵と、そして来年まで会えないのだと言う切なさ……。 だけれどその心の意味を知らない2人は、皇宮に戻り別れを告げるのだった。
曖昧な口約束ではあるが、翌年も、翌々年も2人は約束を守った。
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