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前編
03
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英雄、大魔導師と言われても、その働きはあくまで戦場に限定される。 戦場に出始めた当初こそ膨大な報奨金を得ていたけれど、勝利して当たり前となれば話は大いに違ってくる。
与えられる給与は、仕事に応じたものではなく、大魔導師と言う職業名に対して与えられる月給制となった。 戦争など何時もあるものではないし、攻撃力が強すぎるため、魔物狩りをすれば素材が木っ端みじんとなるため小遣い稼ぎも出来ないのだから都合が良いと思い契約をしたのだが……メアリーが王都に訪れた時から、事情が変わった。
膨大な魔力制御で成長が阻害される僕を一人前の成人男性として見る者はおらず、その割には魔力の余波を受ければ体調が悪くなるなどと言う理由で避けられる僕に対して、メアリーは違った。
お兄様とメアリーよりも幼く見える僕に対して、敬意を向け、甘え、寄り添ってくれるのだ。 無邪気に頼られ、実家からは面倒を見るように言われ……男としてのプライドが刺激されたのは言うまでもない。
だけれど……英雄とは名ばかり……楽師になりたいと言うメアリーに必要な物も買い与える事が出来ない。 出来ない事を、ソフィラに頼っている以上、彼女を怒らせる訳にはいかない!!
「ま、待ってくれ!!」
「何か御用でございましょうか?」
ユックリと振り返る彼女に、安堵した。
「この茶会は陛下によって定められたお茶会。 勝手に帰ってもらっては困る」
「では、陛下には私達には一般社会に対して大きな認識の差があり、そのまま婚姻に至れば大きな問題となるため、私達の婚約は無かった事にして下さいませとお伝えしましょう」
「なぜ、そうなる!! 陛下は僕たちの婚約に対して様々な配慮をされている。 お互いの魔力耐性、そして、次代に続く血。 ソレを少々の価値観が違うからと言って、陛下の考えに反するのはどうなのだろうか? 誤解しているなら、正させて欲しい、彼女は私は私の義妹だ」
「ですが……長年共に育ったと言う情もございませんのでしょう? なのに、彼女の事を何よりも優先したいとなれば、それは恋心と言うものではございませんか?」
「やだ!! ソフィラったら。 もしかして兄様と私との関係を誤解して嫉妬していたの?! おっかしいんだからぁ~。 私の兄様に対する思いは尊敬って奴よ。 何しろ彼は」
「命の恩人であり、憧れ、いつかウィル様の役に立つような力を手に入れたいでしたわよね」
「そうそう。 だから、嫉妬しないでくれる? そういうのってさぁ、ソフィラの中では正解なのかもしれないけど、正直言うと一緒に居る身としてはウザいんだよね」
「メアリー!! いい加減にしないか!! 君はあくまで世話になっている立場なんだぞ? いくら実家の爵位は消失したと言っても、庶民のように礼儀をわきまえず品性に欠ける言葉を並べ立てるようでは、僕でも擁護出来ないと言うものだ」
「は~い!! ごめんなさ~い」
「お話はもうよろしいですか? 私は失礼させていただきますので……」
「待ってくれ……これを……」
いつもはフンワリとした様子でユックリ歩いているソフィラが足早に去り、僕が呼びかける声を聞いているあろう状況でも、優雅さを忘れる事なく扉を音を立てず閉ざし去っていくのを見ればシマッタと思った。
手に持ったカールから渡された土産の小さな美しい箱が空しい。
どう……しよう……。
怒らせてしまった。
いや……自分の過去の働きを考えれば、国王陛下と言えど無碍な扱いをする事はないだろうし、今までだって親しく付き合ってくれる友人はカールぐらい……それに比べ恐怖からの悪名は多い……評判だって気にする必要はない。
問題は……ウィルはチラリと自分の手に持たれた箱を気にするメアリーの姿を見た。
楽師と言う芸能の中で生きると決めた彼女は自らを美しく飾る事も必要不可欠と言っており……最初の頃は一人王都で学ぶ彼女を気にかけてやって欲しいと言われ、必要だと言うものを買い与えて来た。
だが……やがて贅沢に身を包むメアリーに不安を覚え、各地の領主から様々な贈り物をされているソフィラに装飾品を貸し与えてくれないだろうか? と頼んだのだ。
ソフィラは贈って下さった方の気持ちもありますから。
そう言って1度は断られたものの、メアリーはソフィラが僕の婚約者なら、贈られたものはグランビルの物であり、私はウィル兄様の妹なのだからソレを使う権利があると言って追い回し、根負けさせたのだと言う話だった。
「メアリー、君はもう少し考えて発言をする必要があるんじゃないかな?」
「あら、兄様。 私達は家族でしょう? そんな他人行儀でどうするのよ。 家族なんだから仲良くしないと。 それより、兄様、コレは何かしら?」
「それは、ソフィラへの、こらっ!! 止めないか!!」
素早い動きで奪い取っていった木箱を奪い返そうとすれば、部屋の隅に走って行って箱を背に隠してお茶目に笑って見せた。
「ソフィラの物なら私の物よ。 だって、私達はいずれ家族になるんですから」
そう言って箱を乱暴に開け……そして放り出した。
「なんか、子供のオモチャみたいで私の趣味じゃないわ。 お兄様もこんな贈り物で婚約者の気を引こうなんて、安っぽい事は止めた方がよろしくてよ」
笑顔で懐いてくればカワイイと思えるが、こういうところを目の当たりにすれば危機感を覚えてしまう。
メアリー君は、僕の本当の妹ではない!!
そんな言葉を必死に飲み込み、ソフィラが感情的になってこの場を出ていったのが全て悪いんだ……と、心に折り合いをつけようとした。
なのに……胸が痛む。
何時もなら……それで全て納得出来たはずなのに……。
強い罪悪感を覚えた。
戦争が無ければ魔術研究に明け暮れるしかない自分と違ってソフィラは忙しい……謝罪の手紙でも書くか……。
「兄様!! 凄いケーキですわ!!」
まるでソフィラが部屋を後にするのを見計らったかのようにやってきたオーナーが、入口で騒ぐメアリーにデザートワゴンを渡し一礼して去って行った。
今まで業務的だと思っていたオーナーの視線に、背筋がヒヤリとした。 たかが庶民になぜ恐怖を……そう思っていたはずなのに……僕は僕たちを見る彼の視線が怖かったのだ。
早く、早く……早く謝罪の手紙を……。
気持ち悪いほどに僕の心は急かされたけれど……メアリーはソフィラを追いかけようとする僕の手を取った。
「兄様は、私に恥をかかせるつもりなのですか?」
置き去りに帰ろうとすれば、何時までも酷く責められるだろう。 そう考えれば、僕は溜息をつきながら席に座りなおした。
与えられる給与は、仕事に応じたものではなく、大魔導師と言う職業名に対して与えられる月給制となった。 戦争など何時もあるものではないし、攻撃力が強すぎるため、魔物狩りをすれば素材が木っ端みじんとなるため小遣い稼ぎも出来ないのだから都合が良いと思い契約をしたのだが……メアリーが王都に訪れた時から、事情が変わった。
膨大な魔力制御で成長が阻害される僕を一人前の成人男性として見る者はおらず、その割には魔力の余波を受ければ体調が悪くなるなどと言う理由で避けられる僕に対して、メアリーは違った。
お兄様とメアリーよりも幼く見える僕に対して、敬意を向け、甘え、寄り添ってくれるのだ。 無邪気に頼られ、実家からは面倒を見るように言われ……男としてのプライドが刺激されたのは言うまでもない。
だけれど……英雄とは名ばかり……楽師になりたいと言うメアリーに必要な物も買い与える事が出来ない。 出来ない事を、ソフィラに頼っている以上、彼女を怒らせる訳にはいかない!!
「ま、待ってくれ!!」
「何か御用でございましょうか?」
ユックリと振り返る彼女に、安堵した。
「この茶会は陛下によって定められたお茶会。 勝手に帰ってもらっては困る」
「では、陛下には私達には一般社会に対して大きな認識の差があり、そのまま婚姻に至れば大きな問題となるため、私達の婚約は無かった事にして下さいませとお伝えしましょう」
「なぜ、そうなる!! 陛下は僕たちの婚約に対して様々な配慮をされている。 お互いの魔力耐性、そして、次代に続く血。 ソレを少々の価値観が違うからと言って、陛下の考えに反するのはどうなのだろうか? 誤解しているなら、正させて欲しい、彼女は私は私の義妹だ」
「ですが……長年共に育ったと言う情もございませんのでしょう? なのに、彼女の事を何よりも優先したいとなれば、それは恋心と言うものではございませんか?」
「やだ!! ソフィラったら。 もしかして兄様と私との関係を誤解して嫉妬していたの?! おっかしいんだからぁ~。 私の兄様に対する思いは尊敬って奴よ。 何しろ彼は」
「命の恩人であり、憧れ、いつかウィル様の役に立つような力を手に入れたいでしたわよね」
「そうそう。 だから、嫉妬しないでくれる? そういうのってさぁ、ソフィラの中では正解なのかもしれないけど、正直言うと一緒に居る身としてはウザいんだよね」
「メアリー!! いい加減にしないか!! 君はあくまで世話になっている立場なんだぞ? いくら実家の爵位は消失したと言っても、庶民のように礼儀をわきまえず品性に欠ける言葉を並べ立てるようでは、僕でも擁護出来ないと言うものだ」
「は~い!! ごめんなさ~い」
「お話はもうよろしいですか? 私は失礼させていただきますので……」
「待ってくれ……これを……」
いつもはフンワリとした様子でユックリ歩いているソフィラが足早に去り、僕が呼びかける声を聞いているあろう状況でも、優雅さを忘れる事なく扉を音を立てず閉ざし去っていくのを見ればシマッタと思った。
手に持ったカールから渡された土産の小さな美しい箱が空しい。
どう……しよう……。
怒らせてしまった。
いや……自分の過去の働きを考えれば、国王陛下と言えど無碍な扱いをする事はないだろうし、今までだって親しく付き合ってくれる友人はカールぐらい……それに比べ恐怖からの悪名は多い……評判だって気にする必要はない。
問題は……ウィルはチラリと自分の手に持たれた箱を気にするメアリーの姿を見た。
楽師と言う芸能の中で生きると決めた彼女は自らを美しく飾る事も必要不可欠と言っており……最初の頃は一人王都で学ぶ彼女を気にかけてやって欲しいと言われ、必要だと言うものを買い与えて来た。
だが……やがて贅沢に身を包むメアリーに不安を覚え、各地の領主から様々な贈り物をされているソフィラに装飾品を貸し与えてくれないだろうか? と頼んだのだ。
ソフィラは贈って下さった方の気持ちもありますから。
そう言って1度は断られたものの、メアリーはソフィラが僕の婚約者なら、贈られたものはグランビルの物であり、私はウィル兄様の妹なのだからソレを使う権利があると言って追い回し、根負けさせたのだと言う話だった。
「メアリー、君はもう少し考えて発言をする必要があるんじゃないかな?」
「あら、兄様。 私達は家族でしょう? そんな他人行儀でどうするのよ。 家族なんだから仲良くしないと。 それより、兄様、コレは何かしら?」
「それは、ソフィラへの、こらっ!! 止めないか!!」
素早い動きで奪い取っていった木箱を奪い返そうとすれば、部屋の隅に走って行って箱を背に隠してお茶目に笑って見せた。
「ソフィラの物なら私の物よ。 だって、私達はいずれ家族になるんですから」
そう言って箱を乱暴に開け……そして放り出した。
「なんか、子供のオモチャみたいで私の趣味じゃないわ。 お兄様もこんな贈り物で婚約者の気を引こうなんて、安っぽい事は止めた方がよろしくてよ」
笑顔で懐いてくればカワイイと思えるが、こういうところを目の当たりにすれば危機感を覚えてしまう。
メアリー君は、僕の本当の妹ではない!!
そんな言葉を必死に飲み込み、ソフィラが感情的になってこの場を出ていったのが全て悪いんだ……と、心に折り合いをつけようとした。
なのに……胸が痛む。
何時もなら……それで全て納得出来たはずなのに……。
強い罪悪感を覚えた。
戦争が無ければ魔術研究に明け暮れるしかない自分と違ってソフィラは忙しい……謝罪の手紙でも書くか……。
「兄様!! 凄いケーキですわ!!」
まるでソフィラが部屋を後にするのを見計らったかのようにやってきたオーナーが、入口で騒ぐメアリーにデザートワゴンを渡し一礼して去って行った。
今まで業務的だと思っていたオーナーの視線に、背筋がヒヤリとした。 たかが庶民になぜ恐怖を……そう思っていたはずなのに……僕は僕たちを見る彼の視線が怖かったのだ。
早く、早く……早く謝罪の手紙を……。
気持ち悪いほどに僕の心は急かされたけれど……メアリーはソフィラを追いかけようとする僕の手を取った。
「兄様は、私に恥をかかせるつもりなのですか?」
置き去りに帰ろうとすれば、何時までも酷く責められるだろう。 そう考えれば、僕は溜息をつきながら席に座りなおした。
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