愛を語れない関係【完結】

迷い人

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前編

02

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 待ち合わせのカフェに英雄と呼ばれる大魔導師ウィル・グランビルが到着すれば、英雄の訪れに客人が静かに騒ぎ出す。 大きな溜息をつく彼を店員が特別室へと通した。

 部屋の中では女性が2人待っていた。
 1人は色香漂う華やかだけど穏やかな笑みを浮かべる大人の女性。
 1人は清楚可憐なたおやかで無表情な少女めいた女性。

 金色の豊かな髪を豪華に飾り立てた大人っぽい女性の名はメアリー。 ウィルの父親が両親を亡くした彼女を哀れに思い養女として引き取った義妹だ。 メアリーは勢いよく席を立ちウィルに飛びつかんばかりに駆け寄った。 美しい髪がフワリと揺れる。

「お帰りなさい!! 無事のお帰りを待っていたわ兄様!!」

 走りよる義妹をウィルは当たり前のように抱きとめる。 いや……ウィルの背丈はメアリーの胸ほどしかなく抱きしめ胸の中に埋められたと言う方が正しいだろう。

「やめろよ……」

「あら、兄様ったら照れているの?」

「とにかく、止めろって言っているんだ」

 抱きしめられた時、メアリーよりもずっと背の低い自分にチクッと胸の痛みを覚える。

 カールは僕がメアリーを連れてきているかのように言っていたが、連れてきているのは僕じゃない。 何時だって僕を待っているソフィラがメアリーを連れてきている。 拒絶しないのは僕じゃなくてソフィラなんだ。 僕が文句を言われる筋合いはない。

 何度も同じ事が繰り返された。 それでも受け入れているのだから、これは彼女が良いって言っていると同じではないだろうか?

「心配していたんだから!!」

 ようやくその胸の中から離れたウィルは、チラリとソフィラを気にしながらもメアリーに礼を述べた。

「心配してくれたんだ。 ありがとう」

「当たり前でしょう。 兄様は私にとって大切な人だもの」

 ほんのわずかな間、視線が合った事に気付いたソフィラは、ユックリとした動作で立ち上がり国王が定めた婚約者である僕の方を向いて頭を下げた。

「お帰りなさいませ。 大賢者ウィル様」

 僕と同じように小さく幼い姿をした婚約者は、僕同様に既に成人している。 彼女もまた国のために働く魔導師なのだ。 彼女が幼いのは外見だけだと僕は良く知っている。 僕たちは理解者になれるはずだった。

 だけど、ソフィラの感情を一切表さない態度を人形のようだと思えば不愉快で深いで、ソフィラから視線をそらしながらボソリと口にしてしまった。

「相変わらず不愉快な奴」

 婚約者ソフィラは反論する様子もない。

「申し訳ございません。 ですが、挨拶を待たず女性を抱きつかせている婚約者を見てどうしてニコニコできるでしょうか?」

「メアリーは妹だ!! 嫉妬しているのか?見苦しい。 陛下に婚約を押し付けられたからと言って、それで愛している等と言う胡散臭い態度を取って欲しいと言うなら、そうするが?」

 反論された事に反射的に攻撃をしてしまい後悔した。 ごめん、そう言おうとするより早くソフィラが言う。

「世間体の話ですわ」

 そしてソフィラは静かにお茶を淹れだす。

 王国一と呼ばれるカフェにソフィラはお茶を納めているため、王族と同様に個室の利用が許可されている。

 メアリーのように戦場から僕が帰った事を喜ぶでもなく、淡々とお茶を淹れる。 ただ時を過ごすためだけに、そうやって静かにただお茶を飲むためだけにそこにいるのが気に入らない。

「ご無事ですか?」

 破壊の魔術に特化したウィルの魔術は、回復の魔術も破壊をもたらす。 同時に、膨大な魔術を使えば使うほど魔力を作り出す魔力回路は回転を増していき時に暴走をしてしまう。

 大魔導師と呼ばれるウィルは何時だって危険と紙一重。 だからこそ外見的な怪我はみられなくてもウィルを案じるメアリーは正しい。

「どうぞ、お座りになって」

 ソフィラはお茶を差し出した。

「メアリー、お茶を貰おうか。 彼女のお茶は美味しい」

 僕は義妹のメアリーをエスコートしながら席に座るよう促した。

 ソフィラは何時だって僕を苛立たせるばかりだけど、彼女のお茶だけは好きだ。

「そうね。 デザートは来ないのかしら? 本当、気が利かないんだから」

「この部屋の接客は、オーナーにお願いしておりますから」

「オーナーの接客がこれ? 命をかけて民を守っている英雄の来店、何よりも優先すべきでしょ!!」

「ウィル様もお忙しい方なのかもしれませんが、国1番のカフェ店のオーナー、いつ来るか分からない客のために待機していると言うのは難しい事ですわ」

「なら、他の店員に接客をさせればいいでしょ! 別に菓子の味が良ければいいんだから」

「メアリー……」

 ソフィラのたしなめるような声、悲しそうな視線に、メアリーはたじろいでいた。 メアリーがウィルと会えるのは、あくまでもソフィラが拒絶しないから。 そして拒絶しない理由は、未だ学生であるソフィラとメアリーの関係性のせいである。

「オーナーでなければダメって、いくらソフィラが花の乙女と呼ばれる存在だからって、態度が悪いのでは? そんなんだから私ぐらいしか話しかける相手がいないのよ」

 自分の立場を守るためメアリーが威圧した。

「メアリー。 特別に個室を使わせて頂きオーナーに接客をお願いしているのは、あなたのためですのよ。 ウィル様とのお茶会は色恋に慣れない私のために国王陛下が配慮し、作って下された時間です。 そこに私とウィル様意外の者が参加した挙句、行儀悪くウィル様に抱き着いている様子を、他の方が見ればどのように思うでしょうか?」

 溜息交じりにソフィラが告げる。

「ソフィラ……戦場から戻ったばかりの僕の前で、陰湿に説教をするのはやめてもらえないか?」

「では、ウィル様からもソフィラ様に礼節をわきまえるようおっしゃってくださいませ」

「メアリーは楽師だ。 君にはわからないのだろうけど親しみは重要なんだよ」

「そうですか……。 ご理解いただけないと言うのなら、私とは価値観が違うと言う事として理解いたしましょう」

「自分が絶対に間違っていないと思うならソレは傲慢と言うものだ。 それが分かっただけでもメアリーと過ごした時間は、君のためになったと言う事。 感謝するといい」

「では、お礼に申し上げます。 私の生きる世界では彼女の行動は下品とされます。 今までと変わらずメアリー様との関係を続けられるなら、ご一緒なさる場を良く考えられる事です」

「ウィル兄さまぁあああ」

「彼女は僕の幼馴染で、外見こそ成熟した女性に見えるが、子供のような君よりも3歳も年下なんだぞ!! もう少し思いやりのある言葉を使う事が出来ないのか」

「なぜですか? 私は世間一般的な感想を申したまでです。 婚約者のいる男性に、そのように抱き着き、寄り添う等、少し知恵の回る娼婦であっても避ける行為」

 パンッと頬を打つ音がした。

「君はメアリーを下品だと言いながら、自分がどれほど下品な言葉を口にしているかもわからないのか!!」

 涙に濡れるメアリーと、頬を打っても表情一つ変える事無くジッと自分を見つめて来るソフィラでは、どちらに情が沸くかと言えば一目瞭然である。

「彼女は、僕の家で育った。 妹のような子だ。 だからこそ、君に気にかけて欲しいとお願いした。 なのに、そんな風に考えていたなんて幻滅だよ」

「そのように思われるとは残念ですわ」

 深い溜息をつかれて、イラっとした。 そんな風にされてはまるで僕が悪いようじゃないか!!

「君と言う人「今日はこのあたりで失礼させて頂きますわ。 オーナーにはこのまま2人でお茶会を続けると伝えておきますのでごゆっくりなさってくださいませ」

 静かに去ろうとするソフィラに嫌な予感がして僕は慌てた。
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